第2話
あの1件から土日を挟んで3日後。
俺はいつものように授業を受けている。
昨日の事が嘘のようだが、それは唇の生々しい感触が真実だと知らされていた。
今日の2限は数学の小テストだったが、焦らずに落ち着きながら、この前の事を極力思い出さずに目の前の解答用紙に答えをひたすら書き続けた。
なんでキスなんかしたんだろう?
他に方法だってあったのに、俺に気があるから?
いや、違う。
そうなら一緒に歩くはずだろ。
もう忘れよう。
土日にあの録画した前田さんと遠野さんのキス動画を何度も見てしまった。
忘れられずにパソコンのファイルにも外付けで入れて、ヘッドフォンで聞くんだから俺もだいぶ参ってきている。
あれはお互いの口封じだ。
だとしてもファーストキスがあの遠野さんだった。
これだけで俺の青春は勲章物の出来事なのだろうか?
なんかそれは寂しい気もした。
どうせなら遠野さんと付き合いたい。
今は地味な俺だけど、いつか遠野さんと付き合える男になればいいんじゃないか?
そんな感じで授業が終わるたびにテンションが地味に上がっていく俺だった。
戦争に行く前の兵士に女がキスをして、1人前のソルジャーになるってこんな気分なんだろうか?
…何だその訳の解らない例え?
※
そんなこんなで昼休みのチャイムが鳴り始めた。
考え事をしている時って時間は早いもんなんだなっとこの時の俺は思った。
なんか大人になった感がある。
新時代到来系男子か?
…本当に何言ってるんだ俺?
やっぱりこの前のキスのことで動揺しているんだろう。
我ながら情けない話だった。
でも小テストの問題は手応えあるんだよなぁ…どうでもいいけどさ。
購買部に行くために教室を出ると遠野さんとすれ違った。
「放課後ちょっと来なさいよ、あそこに居るから」
「えっ?」
ぼそっとそう言うと遠野さんはさっさと教室に入っていった。
どうやらこの前の事は現実でこれからも何かが起こるようだ。
俺はそう思うと購買部に行き、メロンパンとカスタードクリームパンにメンチカツを買って友人の堀田と屋上で食事を取った。
先ほどの遠野さんの言葉が気にかかり、堀田との会話の内容があまり頭に入らなかった。
どこかで彼女の事を意識しているのだろう。
手で胸を隠した裸の遠野さんが、真っ黒な背景の中で白い肌を象徴するような神聖なイメージで頭の中に浮かび上がった。
「重症だな、こりゃ」
「何が重症なんだよ?」
思わず口に出たことで堀田が反応した。
「な、なんでもねぇよ」
「変なやつ」
※
放課後になり、俺は体育倉庫の前に来た。
鍵は開いていた。
中に入ると遠野さんがマットに座って待っていた。
「来たならさっさとドア閉めなさいよ。あんたといて変な噂なんて立てられたらごめんだからね」
「わかった、閉めるよ。…あのさ、遠野さん」
「何よ?あんたまさか喋ったとかいうんじゃないでしょうねぇ?」
「喋ってないけど、何で職員室に鍵があるのにドアが開いているの?」
「あんたには関係ないでしょ!」
どうやら手癖がかなり悪いらしい。
クラスの人気者が聞いてあきれるし、昼休みの俺の裸の神聖なイメージの遠野さんを返してくれ。
「それよりも今日は…」
遠野さんがそういうと近づいてくる。
「念には念を入れて弱みを握る意味でこの前の続きやるわよ」
「えっ?そんな、ちょっと待っ…」
また言い終わる前に口が口で塞がれる。
胸の感触が柔らかいし、暖かい。
髪からは良い匂いがする。
香水の匂いがきつくも無く、かといって癖も無いほどよい匂いが鼻に入ってくる。
口から舌を入れられる。
「んっ…んんっ!…んっ!」
舌が舌で転がされるように動く。
この前と同じ甘いレモンの味がした。
俺は腰に手を回した。
手をはたかれる。
口も離されて睨まれる。
「ちょっと馴れ馴れしくしないでよね!あんたはただ私にキスされるだけで他はしなくていいの!わかった?勘違いしないでよね」
遠野さんはそんなことを言ってはぁはぁと息を切らす。
その吐息が顔に直に当たるので何とも言えない気分になる。
しかし、酷い言われようだ。
「で、でもキスするんなら手を腰に回すくらいいいじゃないか」
「それじゃ恋人になるでしょ?調子に乗るなよな、地味男の癖に生意気よ」
ちょっと、いや、かなりイラッとした。
「そんな言い方ってないだろ!」
頭に来たので俺はむいやりにでも手を腰に回した。
遠野さんがジタバタと暴れる。
「ちょっと何すんのよ!離れろ変態!」
「自分からキスしといて変態も何もないだろう!いい加減にしろ!」
そういうとマットの先に躓いて、俺達はそのままマットの上に倒れ込んだ。
「えっ!きゃあ!」
胸に顔が当たってほっぺが挟まれる形になった。
すごく柔らかい。
そして気持ち良かった。
「ちょっとどこに顔入れてんのよ!離れなさいよ!」
「そんなこと言っても手が遠野さんの背中とマットに挟まれて出れないよ」
動くたびに左右の胸が俺の顔に当たりまくる。
凄く柔らかいのでこのまま寝てしまいたい。
羊の毛皮に包まれるような温かさが感じられた。
「このっ!いい加減に!」
遠野さんが腰を上げたので、手がようやく動かせるようになったが、そのまま体が
ずり落ちて遠野さんの股間に顔がうずくまった。
「えっ!嘘っ!ちょっと止めてよ!」
股間に顔を突っ込む形になった。
ちょっと匂いが凄くてクラクラしてきた。
遠野さんが離れた所でようやく体が自由になり、立ち上がることが出来た。
遠野さんは顔が真っ赤である。
意外と可愛い一面もあったんだなっと思った。
「何てことしてくれたのよ!これであんたは何倍の弱みになったか解らないんだからね!」
「えっ?あ、ああ、うん。ソーダネ」
「なんかムカつくわね。絶対にばらさない事!良い?」
「そんなこと解ってるよ」
「それじゃあ、用が済んだし、私はもう出るからね。あんたは30分くらい経ったら出るのよ」
なんで時間まで指定するんだよ、細かいなぁ。
「わかったよ、俺だって早く帰りたいし、さっさと出てよ」
「出てくださいお願いしますでしょ?」
「デテクダサイ、オネガイシマース」
「ふんっ!」
腕を組んで睨み付けた後に遠野さんはドアを開けて出て行った。
なんか段々遠野さんのイメージが良い感じに崩れていった。
清楚ぶってはいるけど、ただの猫かぶりだったんだな。
本性はあんな感じか、ちょっと、いや、かなりショックだ。
でも、まぁ今回はキスだけじゃなくて思わぬハプニングで胸とかパンツの感触まで知ってしまったし…ラッキー?
いやいやいや、良くないだろ!
普通に恋愛したいのにこれじゃあ先が思いやられるよ。
俺は律儀にスマホの時計アラームを30分後に設定して、倒れ込んだ時のマットに寝転んで天井を眺めていた。
唇の生々しい感触に戸惑いを覚えながらも…。
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