SFっぽい世界

冒頭

文月ふみつきくんにとって、恋人の望みは叶えるべきことであります。

そして文月くんにとって、恋人の望みというのは阻止してはいけないものであります。


「やぁ、文月君。わたし、世界を滅ぼすことにしたから」

「おやおやチョコさん。朝っぱらから物騒なことを言いますね」


文月くんは焦りました。

だって文月くんは、恋人のチョコさんが世界を愛してやまない博愛主義者であり、世界中の贅の限りを尽くさんとすれば尽くせてしまうようなお金持ちであり、幸福という言葉を擬人化して表現したら、こんな姿になるだろう、と思っていたからです。

そんなチョコさんがやぶからぼうに世界を滅ぼすなんて言い出すのですから、ひょうたんからこまが出るなんて騒ぎではなくて、鼻からスイカを産んでしまいそうになるほど驚いてしまったのです。


チョコさんはココア色の髪の毛を指先にくるくると巻きつけながら、口を尖らせます。


「だって、わたし、この世界には少々飽きてしまったの」

「飽きるとか、飽きないとか、そういう問題なのですか」

「秋も春も来ないし、飽きのない生活なんて無理な話だと思うわよ。四季折々の秋も知らずに死ぬなんて、飽きを知ってしまった私には不可能ってこと」

「それのどこが『少々』なのでしょう?」


チョコさんは、そこまで言ってからハッと気づいたように口を開いて、すぐに文月くんの方を向き直り、バツが悪そうにもじもじとしました。


「あ、あの、べつにグレートオールドワンの選択に不満があるっていうか、そういう意味じゃなくてね?」

「そんな勘違いはしませんよ。人工頭脳であるグレートオールドワンは俺たち人間とは違って、正しい選択のみをしますから」

「電気羊はアンドロイドの夢を見るか?」

「見ませんけど」


文月くんはあきれたように首を横に振ります。

電気羊がアンドロイドの夢を見るはずがないからです。


ところでチョコさんが世界を滅ぼしてしまうというので、文月くんは大変です。

チョコさんが「光あれ」といってしまえば、光が生まれてしまうような世界なのです。それくらいの財力と権力と暴力を持っているのがチョコさんという女性なのです。言ってしまえば神様のような存在なのです。


「チョコさん。チョコさんが世界を滅ぼしてしまいますと、俺も一緒に滅んでしまうという結果になるのです」

「わたしは文月君だけを残して世界を滅ぼすという、太陽系を滅ぼしつつ地球だけを残すみたいなことができるのよ」

「太陽がなくなったら地球はどちらにせよ滅ぶのでは?」

「は? LEDがあれば何とかなるでしょう」

「あなたはLEDを何だと思ってるんですか?」


LEDは発光ダイオードです。


さて、困りました。

チョコさんの無知さにも困りますが、何よりチョコさんは本気で世界を滅ぼすつもりらしいのです。

文月くんは万策尽きたと言った様子で頭を抱えますが、その時、妙案みょうあんを思いつきます。


「では、この世界も意外と捨てたものじゃないってところをアピールしてみせます」

「文月君、今日は妙にやる気だね」

「えぇ、もちろんですよ。俺はけっこうこの世界が気に入ってるんです」

 

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