Why Japanese people(2)


観光に行くといっても、やはり目的地選びが難しいです。


いままでの成功例を考えれば、まだチョコさんが知らないような美味しい食べ物を探せばいいのですが、残念ながら文月くんには心当たりがありません。

近くの群馬県に行けば未開の土地ですし、何かしら珍しい食材などがあるかもしれませんが、群馬県に入るには厳重げんじゅうな入国審査が必要ですし、あそこの国民はどうせ虫でもらっているんです。期待するだけ無駄です。


二人は、この国の命運をかけた悩み事を抱えながら、スマホをいじくりまわします。

文月くんの検索窓には「デート 関東 観光」という単語が並んでいますが、オレンジさんの検索窓には「暗殺 弁当 敢行かんこう」という単語が並んでいるので、きっと当日は手作り弁当を用意してくれる予定なのでしょう。献身的けんしんてきな女性です。


それにしたって、チョコさんを満足させられる旅行先が見つかりません。


「そうですね。アスパラさんに相談してみるのはいかがでしょう?」

「アスパラさんですか。しかし、まぁ、俺はそんなに得意じゃないんですよねぇ」


アスパラさんというのは、日本に住みついている不思議な生き物で、人の言葉を話しますが、見た目はテディベアです。主に少女の部屋に住みついていて、テディベアとして少女からの愛を受けながら生活しています。洗濯機の中に飛び込んでぐるぐる回るのを好む個体が多いのも特徴です。

おかげでチョコさんの家にはアスパラさん用の洗濯機まで用意されているほどです。


基本的に温厚な性格で知られるアスパラさんですが、文月くんはアスパラさんがちょっとだけ苦手です。チョコさんの家にも十人ほどアスパラさんが住んでいるのですが、何を考えているのかさっぱりわからないからです。


ちなみに、アスパラさんは『魔法』と呼ばれる科学技術を好き勝手に使いまくる、宇宙からやってきた生物なのですが、この惑星にはアスパラさんを教育する施設がないために中身は幼児性がぬぐえません。口は悪いし、いたずらっ子です。


「でもしかし、ここはアスパラさんの技術力に頼ることも大事だと思いますよ」

「オレンジさんがアスパラさんとお話してはもらえませんか。俺は遠くで待ってるので」

「それでもかまいませんが、文月くんにけられてると知ったらアスパラさんは傷つくでしょうね」


アスパラさんも基本的に文月くんが好きです。

文月くんは色々な人や物に好かれます。そういう才能を持っているのです。


「では、私の家のアスパラさんに相談してみましょうか。あの子だったら、きっとチョコさんを満足させられる答えが出せると思いますよ」

「そうですか。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますよ」


文月くんはそのままオレンジさんの家に入りました。

オレンジさんがいないと精肉店の店番をする人がいなくなってしまうのですが、近所にジャスコができたので、最近は商店街に来るお客さんも少ないですし、店番なんて必要ないでしょう。

それに、お店の売り上げよりも文月くんに恩を売っておいて、なんとか文月くんとの既成事実きせいじじつを作ることの方がオレンジさんにとっては重要なのです。肉食系女子という言葉がここまでしっくりくる女性もなかなかいないと思います。そう考えると精肉店で働いているのも納得ですね。


オレンジさんの部屋は二階でした。建物の一階は店舗として使われていて、二階と三階はオレンジさん一家の住居であるようです。

ぎし、ぎし、という階段の軋む音が、オレンジさんの精肉店の歴史を物語っています。床にビー玉を置くと北西の方向に転がっていくという特殊な技術によって建てられたオレンジさん宅は、オレンジさんのお爺さんの代から住んでいるという話です。


オレンジさんの部屋に招かれた文月くんは、オレンジさんに「お茶をれるからちょっと待っててね」という一言とともに置き去りにされ、意図せずアスパラさんと二人きりです。


テディベアの姿をしたアスパラさんにも、それぞれの外見に個性があり(生物なので当然なのですが)、オレンジさんの部屋に住んでいるアスパラさんはだいだい色の毛並が美しい、小ぶりのアスパラさんでした。


「それで、てめぇはオレンジの何なのです?」


アスパラさんが話しかけます。

文月くんはビクッと反応して、アスパラさんの方を向きました。

真っ黒のボタン状をした目が、ぎょろりと文月くんをにらみます。当然です。ここはオレンジさんの部屋であると同時にアスパラさんの住処すみかでもあるのですから、知らない人が入ってきたとあれば、居心地の悪さも感じます。いくらオレンジさんに連れられてきたとはいえ、自己紹介をするのが当然でしょう。非常識なのは文月くんの方でした。


「あ、俺は文月くんと申します。オレンジさんとは友人でして」

「オレンジと友達だなんて信じられるわけねぇですよ。あいつの性格の悪さは私が一番よく知ってんですよ」


表情のない顔でアスパラさんは答えます。

同居人にそこまで言われるオレンジさんってどうなのでしょうか。


文月くんは苦笑を浮かべながら、オレンジさんが早くお茶を淹れて戻って来てくれることを望みました。

アスパラさんは、座っていたベッドから降りて、よちよちと文月くんの方へ歩み寄ってきます。客観的に見れば可愛らしい光景ですが、文月くんの脳内では先程からずっとターミネーターのBGMが流れ続けています。


「自分が名乗ったら、普通は相手にも名前を尋ねるってのがマナーなんじゃねぇですか?」

「え、あ、すみません。アスパラさん界のマナーにはうといもので」


アスパラさんは溜息をつきながら首を横に振ります。

テディベアにここまでめた態度を取られたら、現代の日本男児はテディベアの四肢ししをもいで、中身の綿わたがなくなるまで振り回したりするものですが、文月くんは温厚な性格なのでそんなことはしません。

それに、彼女の態度は、アスパラさん全体の特徴でもありますので、文月くんは慣れっこです。ちなみにアスパラさんに暴力を振るったりすると、現行法では死刑になります。


「私はベーコンっていうですよ。レディとして扱うがいいですよ」

 

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