Why Japanese people
はてさて、数多の世界を滅ぼしてきてとうとう辿り着いた先が現代日本という、世界中のあらゆる世界を探し回っても、これほどまで退屈な世界はないだろうという世界であるわけですが。
文月くんはそれでもあきらめないようです。
「ということでオレンジさん。俺の恋人が日本を滅ぼしたがっているので阻止してもらえませんか」
オレンジさんは六本木にある会社に
「文月くん。いくらチョコさんが圧倒的な財力と権力と暴力を持っていたとしても、日本を滅ぼすなんて簡単にできることではないと思いますよ」
「チョコさんは『輪転機と日本銀行券を発行する権利を買い取って、恐ろしい円安を起こせば、日本の貨幣経済が
「すでに滅ぼし方まで考えているあたり、マジでやってしまいそうな雰囲気がありますね」
オレンジさんはチョコさんとは小学校からのお友達ですので、チョコさんがどんな人物なのか知っています。
中学校で同じ部活に所属していた時は、「帰りの夜道が暗くて怖いの」とオレンジさんが口走った際に、チョコさんは道沿いの建物すべてを燃やしながら「これで明るくなったでしょう?」と笑顔で道を照らしてくれたこともありました。
「そういえば、どうしてチョコさんは日本を滅ぼしてしまおうとか思ってるんですか?」
「日本に飽きてしまったと本人は言っていますね」
「あらら、それはもう救いようがないかもしれないですね。彼女が以前に付き合っていた男性と別れた理由も『彼が存在する世界に飽きた』という感じでしたし、その後に彼の戸籍ごと
オレンジさんは、わざとチョコさんの元カレの話をして、文月くんを煽りました。
文月くんはおとなしそうに見えて、意外と独占欲が強くて面倒くさい女々しいタイプの男性なので、恋人の元カレの話を聞いたりするのは好きではありません。
どうしてオレンジさんがそんな意地悪をするのかといえば、オレンジさんは相も変わらず文月くんが大好きだから。おやおや、ここは「愛も変わらず」とか書いておいた方が良かったでしょうかね?
しかしながら文月くんにとっては「チョコさんが元カレを世界から抹消した」という単純な構図にしか思えなくて、むしろチョコさんは自分だけのものであるという実感が湧いてしまう、というオレンジさんの思惑とは外れた方向に捉えてしまったようです。
こういうのが色恋の難しいところですね。
「日本に飽きたなら外国に観光でも行ってみたらいいじゃないですか。それで充分なのにどうしてわざわざ日本を滅ぼしたがってるんですかね」
「外国に行ったら俺がいないから嫌だと言ってましたね」
「はぁ……。文月くんも一緒に行くとは言わなかったんですか?」
「俺、外国の水を飲むとお腹下しちゃうんですよ」
オレンジさんは、文月くんが日本の将来よりも自分の胃腸を優先するので、こういう人も日本にいるんだから滅んでも仕方ないのかもしれないと思い始めましたが、彼女としても文月くんが外国に行ってしまうのは寂しいので、それ以上は追及しませんでした。
「そもそも、どうしてチョコさんは今さら日本に飽きてしまったんでしょうか?」
「それは俺も疑問に思っていたところなのです。でも疑問は疑問のまま残しておくことも大切だと思います。高校で数学を指導されているなかで、俺の質問に対して教師が『それは受験には関係ありません』と答えたときに、そう学びましたよ」
ちなみに文月くんは東京大学を卒業して、チョコさんが筆頭株主である商社にコネ入社後、独立して今はベンチャー企業の社長となっています。社員のみんなには「君たちは、お金では買えない貴重な経験を買っているんだ」と言い聞かせて安い給料で長時間の労働を強いているようです。社員のみなさんが目を輝かせながら文月くんに従っている姿は、それはもう美しいものですよ。
日本には、こういう場面にぴったりな言葉で「騙す方も悪いが、騙される方も悪い」ということわざが伝わっているのだとか。
「だけど、さっきオレンジさんが言った、観光というのは良いかもしれませんね」
「たしかに。日本の素晴らしさを再発見するという、ベタな展開はありえます」
「なにかチョコさんの気を引けそうな、この国を滅ぼしてしまうのが惜しいと思えるようなものを探しに行きましょう」
「え、その感じだと私も一緒ですか」
「もちろん。お友達が一緒の方が、きっとチョコさんも楽しいでしょうから」
まさか、恋人同士の旅行に自分も同行するなんてことは悪夢としか考えられないのですが、オレンジさんはぎゅっと握りこぶしを作って、うなずきました。
使命感です。この国を救おうという、使命感です。
(一緒に旅行していれば、チョコさんを暗殺する機会もあるかもしれない……)
オレンジさんは、心にもないことを心に思いながら、心ここにあらずといった様子で、にへへ、と笑ったのでした。
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