現代日本っぽい世界
冒頭
文月くんにとって、恋人の望みは叶えるべきことであります。
そして文月くんにとって、恋人の望みというのは阻止してはいけないものであります。
「やぁ、文月くん。わたし、日本を滅ぼすことにしたから」
「おやおやチョコさん。朝っぱらから物騒なことを言いますね」
文月くんは焦りました。
だって文月くんは、恋人のチョコさんが世界を愛してやまない博愛主義者であり、世界中の贅の限りを尽くさんとすれば尽くせてしまうようなお金持ちであり、幸福という言葉を擬人化して表現したら、こんな姿になるだろう、と思っていたからです。
そんなチョコさんが
チョコさんはココア色の髪の毛を指先にくるくると巻きつけながら、口を尖らせます。
「だって、わたし、この国には少々飽きてしまったの」
「飽きるとか、飽きないとか、そういう問題なのですか」
「飽いて飽いて飽いた口がふさがらないわよ。明くる日も明くる日も飽く間もなく飽きているほど飽いているんですもの」
「いったい、それのどこが『少々』なのでしょう?」
チョコさんは、そこまで言ってからハッと気づいたように口を開いて、すぐに文月くんの方を向き直り、バツが悪そうにもじもじとしました。
「あ、あの、べつに文月君とのセックスに不満があるっていうか、そういう意味じゃなくてね?」
「日頃からチョコさんの喘ぎ声のささいな変化さえ見逃さないよう気をつけているので、そういう誤解はしていませんけど」
「うわ、うれしい! 結婚する?」
「まぁ、そのうちに」
文月くんは肩をすくめて答えました。
チョコさんは可愛らしくて素晴らしい女性ですが、すこし生き急いでしまう癖があります。
ところでチョコさんが日本を滅ぼしてしまうというので、文月くんは大変です。
チョコさんが「光あれ」といってしまえば、光が生まれてしまうような世界なのです。それくらいの財力と権力と暴力を持っているのがチョコさんという女性なのです。言ってしまえば神様のような存在なのです。
「チョコさん。チョコさんが日本を滅ぼしてしまいますと、俺も一緒に滅んでしまうという結果になるのです」
「わたしは文月君だけを新しい世界に生まれ変わらせると言う、縦列駐車のようなテクニックさえあるのよ」
「縦列駐車なんてできないでしょう」
「物の例えってやつなの。縦列駐車はできないけど、文月くんのクローンなら作れるの」
「やめてください。やめてください」
本気で青ざめてしまった文月くんは「はわわ」と言って冷や汗をかきます。
クローンさえあればチョコさんは満足なのでしょうか。不安です。
さて、困りました。
文月くんは万策尽きたと言った様子で頭を抱えますが、その時、妙案を思いつきます。
「では、この国も意外と捨てたものじゃないってところをアピールしてみせます」
「文月君、今日は妙にやる気だね」
「えぇ、もちろんですよ。俺はけっこうこの国が気に入ってるんです」
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