ドラゴン


チョコさんに世界の面白さを理解してもらうために、文月くんは奔走ほんそうしました。

世界のどこかに、まだチョコさんの知らない、エキサイティングでファンタスティックな何かが残っているはずです。

幸せの青い鳥は意外とすぐ近くにいると聞いたことがありますが、近くにいる分の青い鳥はぜんぶ狩り尽くしてしまったのです。


「ということで、オレンジさん。俺の恋人であるチョコさんが世界を滅ぼしそうなので、それを阻止してはもらえませんか」


そう言われてオレンジさんが断るはずがありません。

女性と言うのは不思議なもので、とくにイケメンでもない文月くんにチョコさんがご執心しゅうしんであられますように、オレンジさんもまた文月くんが大好きなのでした。


なのですきさえあればオレンジさんはチョコさんをぶち殺してしまいましょう、と思ってもいるのですが、チョコさんも大富豪らしく、文月くん以外と会うときはSP、いわゆるセキュリティポリス、を従えています。

なので、まだまだオレンジさんの殺人行為は未遂みすいの域を出ません。


オレンジさんはかわいらしく、短いポニーテールを揺らしながら首をかしげます。


「そうはいっても、文月くん。私はそんなに面白いものを知っているわけではないのですよ」


ドラゴンにまたがったオレンジさんは、横目に弓矢でゴブリンたちを虐殺しながら言いました。

この世界はとってもファンタジーな世界なので、ゴブリンとかエルフとか、そういうファンタジーな生き物もたくさんいらっしゃいます。

ちなみにチョコさんの好物はゴブリンを無理矢理に肥えさせて、その肝臓を食べる“ゴブリンのフォアグラ”です。


「たとえば、そのドラゴンですが、何か芸ができたりはしませんか」

「芸ですか。火を吐くくらいしか能のないダメドラゴンなので、どうでしょう。以前、ブリーダーに預けてしつけてもらおうと思ったのですけど、そのブリーダーを焼き尽くしたとかで多額の慰謝料いしゃりょうを払うことになってしまいましたし」

「あぁ、そういえば、そんなこともありましたね」


ちなみに、その慰謝料はチョコさんが肩代わりしてくれました。

オレンジさんはチョコさんのことが大嫌いですが、対してチョコさんは博愛主義者で世界中の全人類を愛しているので、お友達が困ったとあれば金に糸目は無いのです。


「では、急いでドラゴンに芸を覚えさせましょう」

「そうはいっても、プロであるブリーダーの手にも余るようなダメドラゴンですよ。今は私が太ももの筋肉を使って必死に締め上げているので、私の指示に従っていますが」


なんだかイヤラシイ従わせ方です。

文月くんはちょっとだけ頬を赤く染めて、ドラゴンの前に立ちました。


「たとえば、ドラゴンが玉乗りをするとあっては、チョコさんもこの世界の愉快さを認めざるをえないでしょう」

「でも、私のドラゴンは玉乗りができるほど賢くはありませんし、ましてドラゴンが乗れるような玉など存在しますかね?」


そう言われてしまっては文月くんの思いつきは実現しそうにありません。

文月くんは困ってしまって、眉毛も自然と下がって八の字になってしまいます。

残念ながらドラゴンの玉乗りはあきらめるしかないようです。


オレンジさんの股の下にいるドラゴンは、さっきからゴブリンの死体をむしゃむしゃと食べているだけで、まさか自分に世界の命運がたくされようとしているなんてことには気付きもしない様子です。


「申し訳ないのですが、文月くん。今回は私のドラゴンに芸をさせる話はなかったことにしていただけませんか? さすがに、このダメドラゴンに自分の命を預けるのは飼い主としても気が引けます」


飼い主のオレンジさんがそう言うのであれば、文月くんも引き下がるしかありません。

とうとう文月くんの眉尻は下がりに下がって、八の字を通りこして垂直になってしまい、!!の字としか呼びようのないほどに下がりに下がりきってしまいました。


「困りましたね。ドラゴンに芸をさせるというのは妙案だと思ったのですが」

「でしたら、ドラゴンでも他のドラゴンを探してみたらいかがでしょう?」


オレンジさんは提案しました。


「この近くに、珍しいドラゴンが生息しているという話を聞いたことがあります。そのドラゴンの尻尾しっぽは高級食材として取引され、なかなか食べられるものではないとか」

「おぉ、それはいいですね。では、オレンジさん。一緒に探すのを手伝ってくれますか?」

「え、あー、はい!」


オレンジさんは空中に視線をただよわせながら、声だけは快活に答えました。

冒頭の「え、あー」の部分で彼女は「いやいや、今日はこれからゴブリンを討伐とうばつした報酬をギルドに受け取りに行って、欲しかったエルフ製のバッグとか色々ショッピングに行く予定だったんだけど、文月くんのお願いとあっては断れないなぁ」という思考があったことは言うまでもありません。

もちろん、言うまでもない事なので文月くんは、そんなオレンジさんの思考を知らないまま、二人はドラゴンの住むという険しい山に向かって出発しました。


「ところでオレンジさん。俺、ドラゴンの尻尾を手に入れることができたらチョコさんと結婚しようかと思ってまして」

「そういう台詞セリフは死亡フラグと言って、言ってしまうと目的を失敗すると、古くから言い伝えられている類の言葉ですよ」

「俺はそういう迷信とか、あまり信じない方なんですよ」

「ははは、そうですね。無事に戻って結婚できたらいいですねこれたら私が殺してあげますね


オレンジさんは乾いた笑いの中にじっとりとした狂気をにじませながら、文月くんに答えました。

文月くんは言うまでもなく言うまでもないコンテクストを読み取れるような能力の持ち主ではないので言うまでもないことは言うまでもなく読み取れないのでした。


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