第二話 崩壊の箱庭(4)

「もう少し確認したいことがあります。九十分前、終業の鐘が鳴ると共に、俺たちは非常口から外へ出ました。俺、あらたあきらの順に出て、最後に少し遅れて日下部くさかべが外へ。そして、先輩方は実験室の施錠をしていました」

「正確には、むつみは準備室へブルーシートを探しに行っていた」

「その時の様子を、詳しく教えてもらえませんか」

 圭吾けいごがうなずく。

「睦が準備室へ入るのと同時に、俺はまず養生室ようじょうしつの傍にあるドアに向かった。普段はあまり使われないけれど、一応鍵がかかっているのを確認して実験室に戻ってきた。すると、ちょうど日下部さんが模型の傍を離れるところだったので、彼女の後に続いて非常口の鍵をかけたんだ。振り返ると、睦がシートを持って養生室から出てきた」

「準備室は整理されていなくて、荷物がごった返しているから、シートを探すのに手間取ったんだよ。オレは模型にそのシートを被せてから、搬入口はんにゅうぐちの鍵をかけた。後は外から鍵で入口を施錠して、二階に鍵を返しに行った」

「シートをかけたとき、模型はどんな状態でしたか」

 睦は戸惑うように視線を泳がせると、ゆっくりとかぶりを振った。

「分からん。時間が迫っていて急いでいたし、じっくり見たわけじゃない・・・・・・だが、特に異常はなかったと思う。少なくとも、液状化えきじょうかはしていなかった」

「鍵の管理はどなたが?誰でも簡単に持ち出せるんですか」

 睦と圭吾は顔を見合わせる。祐樹ゆうきが何を言いたいのか察したようだが、睦の表情は余計に曇った。

「土木棟の鍵は全て助手の先生の部屋にある。貸出簿に名前と時間を書いて鍵を借りるんだ。返すときも同じ手順をふむ。だが、鍵は金庫の中に保管されていて、番号は助手の先生しか知らない。勝手に入って鍵を持ち出すのは無理だ」

「そうですか・・・・・・では、これが最後の確認になります。鍵を返却した後、お二人は会議に出席されたそうですが、ずっと一緒だったんですか」

 睦は眉を寄せて祐樹を見た。

「さっきも言ったろ。直前まで一緒に会議に出てたって」

「睦、それは違う」

 睦に反論したのは、他でもない圭吾だった。大人の余裕とでもいうのだろうか、彼は先ほどから穏やかな笑顔を浮かべて立っている。祐樹の質問にも淀みなく、冷静に対処していた。

「生徒会室は図書館棟にあって、そこへ行く途中、俺は忘れ物をしたことに気付いて土木棟へ戻った。睦には先に行ってもらったから、その時は別行動だ。それと、会議が終わった後、俺は後輩に呼び止められていたから、睦の方が先に生徒会室を出た。それ以外はずっと一緒だったよ」

 祐樹はゆっくりうなずくと、思案するように目を閉じた。

 今の一連の会話の何処に、晃たちが犯人ではない根拠があるのだろう。晃には、実験室が完全な密室であったことを確認したように聞こえた。

 やがて、祐樹は意を決したように瞼を開く。漆黒の瞳には確信の光が宿り、静かな笑みを湛えた姿は、威風堂々としている。

 握った片手を上げると、指を一本ずつ立てながら説明を始めた。

「これまでの情報と問題点を少し整理しましょう。

 一、全員が部屋を出て、戻ってくるまでの間に液状化が起こった。

 二、犯行はごく短い時間で行われた。

 三、全ての出入口には鍵がかかっており、外からの開錠はできない。

細かいところを上げていてはきりがないので、大まかにこの三つでいいでしょうか」

 祐樹は全員の顔を見回す。お互いを伺うように、それぞれが首を縦に振った。

「一については証言がやや曖昧なので、補強をしたいと思います。日下部」

 急に呼ばれた春奈は、青白い顔で体をびくりと震わせた。睦が怒りを露にしたときからやけに顔色が冴えない。この状況におびえているのだろうか。

 春奈は、おどおどと視線をさまよわせ、声を震わせながら答えた。

「な、何。私は何もしてないわ」

「疑っているわけじゃない。模型から最後に離れたのは日下部だろう。その時、どんな状態だったかを聞きたいだけだ」

 みんなからの視線を浴びて、春奈は両手をぎゅっと握り締める。晃は心配になって「大丈夫か?」と言いながら、彼女の肩に手を置こうとした。

 その刹那、晃の腕が強く振り払われ、春奈は後退あとじさりを始めた。

「私、何も知らない。何もなかったし。何もしてないのよ」

 春奈の答えは堂々巡りを繰り返している。息が荒く、目には涙を浮かべて、恐怖の表情で晃を見つめた。

 急に声をかけられたからと言っても動揺しすぎだ。晃が後退さる春奈の両肩を掴むと、彼女は抜け出そうと必死にもがいた。

「離してよ!私は犯人なんかじゃない!」

「落ち着け、誰もハルが犯人だとは言ってないだろ。ハルが最後に模型を見たとき液状化していたか、していなかったかを確認したいだけなんだ」

 ドンと晃の肩が強く叩かれる。続けてもう二発。

 錯乱した春奈は涙を流しながら、小さな子供のように首を振っていた。

「あっちゃんなんか、他の人と同じよ。私のこと、信じてくれない」

 晃は、記憶の引き出しがゆっくりと開いていくのを感じていた。昔、喧嘩をしたときも、こうして春奈は泣きながら晃をっていた気がする。

 初めてクラスが離れたとき、思うように傍に居てやれなくて、ずいぶん春奈に寂しい思いをさせた。それは誰のせいでもなかったけれど、別のクラスで友達と楽しそうにしている晃に、まだ小学生だった春奈が疑心暗鬼になるには十分だった。


『あっちゃんなんか、他の人と同じよ。私のことなんて、どうでもいいんだから』


 ああ、そうだ。そう言って春奈は泣いた。今と同じように。

「いい加減にしろ!」

 晃は腹の底から怒鳴った。目を丸くして新と祐樹がこちらを見ている。

 春奈は雷に打たれたように晃を見つめた。瞳の虹彩こうさいが細かく震えている。

「あたしがハルを信じてるかどうかじゃねえ。ハルがあたしを信じてるかどうかだ」

 目を見開いた春奈の体から、急激に力が抜けていくのが分かった。

「日下部っていったっけなあ」

 地を這うような声がする。はっとして振り返ると、頬を引きつらせた睦がこちらを睨んでいた。

「その様子じゃ、何も知らないんじゃなく、何かを知っているってことだよな。洗いざらい全部を話してもらおうか。当然だが拒否権は無え。これは先輩命令だ」

 春奈は観念したように瞳を硬く閉じて、涙を拭った。

 晃は春奈が犯人であるとは思っていない。ここに至るまでずっと一緒だったという、いわばアリバイの点からだけでなく、彼女自身が模型に何の興味も示さなかったからだ。見ている内に突然、模型を壊したいなどという衝動に駆られることもないだろう。

 春奈は薄く唇を開くと、喉の奥からかすれた声を絞り出した。

「私は・・・・・・。私が模型の傍に最後までいたのは、そこにお守りを隠したかったからなの。そこに隠せば、来年、また会えると思ったから、だからあの箱庭の隅に石を埋めたの。やったのはそれだけ、本当よ。模型自体を揺らしたり、動かしたりしてないわ。その場を離れるときも、液状化なんかしていなかった」

「触るなって注意したはずだろ。それなのに、手を入れたどころか石まで埋めやがって。そんなことをする奴の言うことを信じられるかよ」

 つっけんどんに言い返えされ、春奈は目に涙を浮かべた。

「無断で模型に触ったことは謝ります。でも、本当に液状化はしていなかったんです。私は、模型が液状化えきじょうか再現装置さいげんそうちだとも知らなかったし、機械の動かし方も知らなかったんです。もっと別の実験に使われると思ったから・・・・・・」

「だから石を埋めたって?それは理由にならないだろ。だいいち、そんなに大切な物なら、箱にでも詰めて押入れにでもしまっておけばいいんだ」

谷澤やざわ先輩、ひとまず落ち着いてください。日下部が疑わしいと思う気持ちは理解できますが、彼女の証言は信用できます」

 祐樹は模型に近づくと、おもむろに手を伸ばし、それを持ち上げようと試みた。しかし、模型は一ミリも持ち上がらない。

「中には相当量の砂と水が入っています。俺でも動かせないのに、非力な日下部が動かせたとは思えない。液状化を起こすには下の機械を方法は無いんです。あの時、室内からは機械の動く音は聞こえませんでした」

 そうだ。機械が動いたとき、耳をつんざくくほどの音がしていた。あれだけの轟音がするなら、室内にいた圭吾と睦はおろか、外にいる晃たちにまで聞こえていただろう。

「日下部が機械に何らかの細工をしたというのも同時に否定できます。何しろ俺たちは機械の動かし方どころか、模型が一体何に使用されるのかさえ知らなかったんですから」

 睦は反論する言葉を失って黙り込んだ。その姿を気にも留めず、祐樹は再び手を上げると二本目の指を立てる。

「脱線しましたが、日下部と谷澤先輩の証言から、一つ目は証明されたと言っていいでしょう。全員が部屋を出てから戻ってくるまでの九十分の間に犯行は行われた。二つ目については、先ほど寺崎てらさき先輩が実演してくださったので、今更確認する必要はありません。コンセントに電源コードを差して、スイッチを入れるだけ。一分もあれば、実行は可能です。最大の問題点は三つ目」

 祐樹は言葉を切って手を下ろすと部屋中を見渡した。神妙な面持ちで新がうなずくと、

「ここが密室だったってことだね。扉には全て鍵がかかっているうえ、管理している部屋からは勝手に持ち出せない。しかも、助手の先生は四時過ぎからずっと僕たちの後片付けを見張っていたから、鍵を借りることもできない」

「ああ。残された可能性は二つ。一つ目は誰かが中に潜んでいたという可能性。外から入れないのであれば、初めから中に居ればいい。だが、これには無理がある。谷澤先輩が、今日ここに模型があるのを知っているのは俺たち六人だけだと言った。全員が室外にいたことは、関係者を含め第三者も見ている。可能性は無いとしていいだろう」

「二つ目の可能性というのは?」

 圭吾が微笑んで、ゆっくりと首を傾けた。祐樹は黙り込むと、圭吾を観察するような目つきで眺める。

 六人の間を不自然な沈黙が襲った。皆が祐樹の言葉を待っている。落ち着きを取り戻した春奈が、晃の袖を握り締めた。

 その時、晃は不意に胸騒ぎを覚えた。祐樹に話の続きをさせてはいけない気がする。それを聞けば、きっと良くないことが起こる。

 祐樹は良くも悪くも嘘は付かない性格だ。嘘を付かなければならないことなら、初めから口にしない。

 そして―――たぶん、彼はすでに答えを知っている。この事態を引き起こした犯人は誰なのか、どうやってやったのかも全て解っているのだ。

 言わせてはいけない。そう直感して晃は息を吸い込む。言い出すよりも先に、祐樹の口元が動いた。

「俺は、あなたが犯人だと思っています――寺崎先輩」

 静か過ぎる空間の中で、祐樹の声がやけに大きく聞こえた。低く、耳に心地よい声色。だが、内容が内容なだけに、うっとりと聞き入るわけにもいかない。

 一瞬の間をおいて、真っ先に声を上げたのは睦だった。

「ふざけるな!てめえ!」

 あまりの怒号に春奈が首をすくめる。顔を赤くした睦が、真っ直ぐに祐樹へと駆け出した。

 強く握り締めた右の拳を大きく振りかぶる。怒りに支配された睦は、祐樹の顔面に向けてその拳を突き出した。

 一連の出来事に、誰もが目を見張り動くことすらできなかった。ありがたくないことに、晃の厭な予感は的中してしまったことになる。

 睦の放った一撃は空を裂き、目標物の直前で―――静止していた。

 心臓が早鐘を打つように鼓動している。眼前には虚をつかれた睦の顔があり、拳は晃の腕によって行く手を遮られていた。

 睦が走り出すのと同時に、晃の体も勝手に動いていた。あと一歩でも遠い場所に立っていたら間に合わなかったかもしれない。それと、認めたくはないが、体が小さかったお陰で二人の間に滑り込むことができた。

 かまえを解いた晃は祐樹の方へ向き直り、彼の胸倉を掴んだ。

「祐樹。たとえそれが真実であったとしても、言葉は選べよ。圭吾先輩は睦先輩の右腕だぞ。怒るのも当たり前じゃないか」

「丁寧に言ったつもりだが」

 そううそぶく。晃は額に青筋を立てた。

「それ、本気で言ってる?言葉をオブラート・・・・・・じゃ薄すぎるから、厚紙に包めって意味なんだけど?睦先輩がしたかったこと、代わりにあたしがやったっていいんだぞ」

「わかってる。今のは八割冗談だ」

 晃は脱力してうなだれた。この状況で冗談が言えるとは、ずいぶん余裕じゃないか。祐樹のことだから、睦が怒り出すのも織り込み済みなのだろう。その証拠に、睦が殴りかかったときも、彼は避ける気配すら見せなかった。一発くらいは殴られてもいいとでも思っていたのか。

 晃は頭を垂れたまま、睦を振り返った。

「睦先輩、本当にすみませんでした。でも、根拠も無くこんなこと言い出す奴じゃないんです。最後まで祐樹の話を聞いてやってください。圭吾先輩も」

 顔を上げると、圭吾は変わらず悠然と微笑んでいた。

「初めからそのつもりだから、大丈夫だよ。それで、どうして俺が犯人なのか説明してもらえるかい」

 祐樹は「はい」と一つ大きくうなずく。晃は、お前も少しは悪びれろと内心毒づいた。

「二つ目の可能性は、搬入口か非常口のどちらか一方、ないし両方の鍵が開いていたというものです。一見、最も可能性が低そうですが、二つのドアについてだけ、と証言している人が一人ずつしかいないんです。非常口の開閉は寺崎先輩が、搬入口の開閉は谷澤先輩だけが行っている」

「養生室の出入口は?あそこも俺一人だけが閉めたと言っているけど」

「ここへ戻ってから、晃以外の人間は誰も近づいていません。晃が確認したとき、ドアには鍵がかかっていました。もし犯人がそこから逃げたのであれば、鍵が開いたままになっているはずです」

「確かに。じゃあ、嘘を付いているのは俺か睦のどちらかだとして、結果、俺だと判断したのはどうして?」

「それは・・・・・・俺たちの前で、寺崎先輩が非常口を叩いて谷澤先輩を呼んだからです」

「ん?ちょっと待て。その行為のどこがおかしいんだ?ドアに鍵がかかっていて、中に人がいるかもしれないなら、開けてくれって言うのは普通じゃないか」

 晃は横槍を入れた。自分が圭吾の立場だったら、きっと同じことをしたと思う。わざわざ他の扉へ移動するより中にいる人に開けてもらった方が合理的だ。

「そうだな。室内に人が居るときは扉を開けておくというルールがない部屋なら、そうするのも不自然じゃない。だけど材料実験室には。覚えているか?先輩方が室内に入ったとき、真っ先にドアを開けに行ったことを」

 晃は、はっとして圭吾と睦を交互に見た。

 そうか。室内に人がいれば、非常口のドアは開け放たれているはず。ドアが閉じられ、かつ鍵までかかっているとなれば、室内に誰もいないのは火を見るよりも明らかだ。たとえタイミングが悪かったとしても、叩いてまで呼ぶ必要はどこにもない。少し待てば、扉は自動的に内側から開かれるのだ。

 実験室に入り、習慣化したようにドアを開け放った圭吾なら、非常口を見ただけで睦が到着していないことはわかっただろう。

 それなのに、あえて晃たちの前でドアを叩いてみせたのだ。

「寺崎先輩は、俺たちが外に出たとき『ドアが開いていないようなら入口で待て』と言った。施錠に関係なく扉は閉まっていたのに、非常口の方へ行くのは少し変だなと思ったんだ」

 祐樹は疲れを滲ませて、大きく息をついた。唇を少し湿らせて続ける。

「つまり寺崎先輩の行動はこうだ。

 まず、俺たちが外に出た後、非常口を施錠したフリをする。あの時、施錠の音が聞こえたから、たぶん一旦ツマミを途中まで回してから元に戻したんだろう。

 そして谷澤先輩と共に実験室を出て鍵を返却した後、会議へと向かう。途中、忘れ物をしたと偽って土木棟へ戻り、非常口から実験室へと侵入する。放課後で土木棟の周りにも沢山の人が行き交っていただろうが、寺崎先輩が土木科の五年生だということは皆が知っている。五年は卒業研究があって、実験室には頻繁に出入しているから、非常口から中に入ったところを見られたとしても不審には思われない。

 実験室に入った先輩は、機械を作動させて目的を達すると、再び非常口を通って会議へと向かう。会議終了後、谷澤先輩よりも一足遅れて土木棟に着いた先輩は俺たちに会い、非常口に鍵がかかっていると誤認させた・・・・・・何か間違っているところはありますか?先輩」

 全員の視線を浴びて、圭吾は微笑んだまま軽く首を横に振った。

「全て君の言うとおりだ。何も間違っちゃいない。模型を駄目にした犯人は―――俺だ」

 圭吾の告白に全てが凍りついた。予想の上をいく真実に誰もが身動き一つとることができなかった。

 晃は息をするのも忘れて、睦をそっと伺った。

 彼は放心した表情で立ち尽くしている。信じられない気持ちは晃も同じだった。

 圭吾は睦の右腕という立場だけでなく、友人としても一番近しい存在だ。信を置いていた圭吾が犯人であったとは―――たとえ本人が認めていても―――簡単には納得できないだろう。

 睦がどれだけの時間と労力をかけて模型を作成したのか、それを一番知っているのは圭吾のはずだ。小細工を要してまで台無しにするとは、余程の理由があったに違いない。

「嘘だろ。なんで圭吾が・・・・・・」

「子供じみた嫌がらせだよ」

 圭吾は淡々と答えた。

「一年生の君たちは知らないだろうけど、睦の無茶振りにはずいぶん泣かされてきたんだ。この五年、いろんな人に頭を下げて回った。先生だけじゃなく先輩や時には後輩に対しても。それなのに全ての功績は睦のものになる。俺だって遣りきれない思いがすることだってあるさ。出来上がった模型を見たとき、一矢いっしを報いるには丁度いい機会だと思った。これを逃せばたぶん、もう二度とないってね」

 自嘲するように圭吾は顔を歪めた。

「名前も顔も分からない第三者の犯行になればいいと思ってたんだけど、結果的に君たちを巻き込んだのは、本当に申し訳ないと思ってる」

 圭吾の謝罪に、晃たちは答えられなかった。疑われたりもしたが、恨みに思うほどではない。それよりも真実を告げた圭吾が痛々しかった。

 圭吾と睦の関係は、完全に破綻したように見えた。重く息苦しい沈黙が体中にまとわりつく。振り払いたくても、彼らの遺恨について何も知らない晃たちには、なすすべが無かった。

「そうか、そういうことか」

 場にそぐわない明るい声で出し抜けにそう言ったのは睦だった。

「じゃあ、しょうがないよな。オレが圭吾に迷惑をかけまくってるのは本当だし、恨まれても仕方がない。それが、いつか自分に跳ね返ってくるんじゃないかとは覚悟してた」

 睦は圭吾に歩み寄ると、力強くその肩を叩いた。

「こんなことでお前の気が晴れるなら安いもんだ。圭吾にばかり損な役回りをさせてすまなかった。お前が厭じゃなかったら、これからも頼むよ―――相棒」

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