終 目標達成
どうしても汗を流したくて部屋を出ると、人の気配が一切ありませんでした。
宿屋の中はしんと静まり返っていて、聞こえる音は自分の足音だけです。
宿屋の外に出ても、同様です。家々から明かりが漏れてはいるのですが、そこに生命の気配は感じられませんでした。
「……」
夜闇からクラウさんがぬっと現れました。正直物凄く驚きましたが、クラウさんの表情を見ると、更に驚いてしまったので結果なんのリアクションも起こせませんでした。
クラウさんが、自らのアイデンティティともいえる薄笑いを放棄していたのです。いえ、勝手に私がアイデンティティと決めつけているだけですけどね。ちなみにトワさんのアイデンティティはあの着物とはだけた胸元です。ボンと出ている胸元を着物でキュッと隠してしまえば、それはもうトワさんではない別の誰かとなります。いつかやってやろう。ああ、あと、トワさんには香りがあった。会うたびに、色んなお花の香りがしますが、それがなんなのかはこの不肖イロハ、分かりませんっ。
「勇者殿……」
何か不愉快なものでも見てきたかのように、クラウさんは憮然としています。すっごく珍しい。というよりも初めて。クラウさんの不機嫌な表情は新鮮です。
なぜか、クラウさんの服はところどころが焼け焦げていて、おへそや太もも、真っ白なお肌がチラチラとなっています。チラリズムの大売り出しです。服が破けたからおこなのかな。
「さあ、これに聖剣を突き立ててください」
と、クラウさんが差し出したのは、真っ白の、なんだか石のような……石です。
「あの、トワさんは……?」
私がそう尋ねると、
「二姉さまは火葬されました」
と、無表情にクラウさんは答え、「さあ、早く」と私を促しました。火葬って、死んだんだよね……。トワさん、死んじゃったんだ……。
「う、うん……」
色んな出来事が立て続けに起こって、多少パニクりかけていた私は、言われるままに聖剣の鞘を払い、その真っ白な石へ突き立てました。
◇
背を向けてはならない。
振り返っては決してならない。
命を使って、グンカが私を逃がしてくれた。
だから、生きなければならない。
「う、うぅっ……!」
どうやってでも、生きなくちゃならない。
べそをかいてでも、前に進まなきゃいけない。
「うああああああああああああああああ!」
あの死んでしまった優しい枯木さんが、私に生きろと言ったのだから。
お母さんが、手紙の中で私の生を最期まで願っていたのだから。
たとえ、私達が、その内側にどんな核を持っていたとしても。
きっと、グンカは気付いていた。それでもなお、生かすために逃がしてくれた。自分が彼にとっての仇に分類されるにもかかわらず。
森はぐったりとしていた。
悪いものを食べた野良犬のように、どんよりと死にかけている。もう、この森は終わり……グンカと、その運命を共にしようとしているのだから。
もうすぐ森が開ける。
そしたら、真っ先に家に駆けこんで、お父さんやウルスラさんに事情を話して、私は遠くへ逃げないといけない。お父さんは反対するかもしれないけど、なんとか説得しなきゃ。
「……あ、れ?」
村の中は、しんとしていた。
人がいなくなってしまったかのように、静か。
夜だから? みんな寝てしまったから?
そう、なのかな……。
不穏を覚えながら、家へと歩いた。
「え……?」
真っ黒な平面の影が、戸口に立っている。
それを視界に入れた途端、私は……私は……ああ……みんな……。
「喜びたまえ。あなた方は魔王配下であるコシュ討伐へ、引いては魔王討伐へ、その身を呈して栄誉なる助力を為した」
恐ろしい相手。
逃げてはいけない。
立ち向かわなければならない。
「わたシは、ゼッタいニ……!」
黒い影が、みるみる視界の下に。
いいや、私が大きくなっているんだ。
もとに、戻っている、だけ────
「だんる、げに────!」
。るせみてき生
「たかが化物如きが、人を真似る……なんて、見苦しい」
。たえ捉を元首の私、が
─了─
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