第十話 森
大きな革袋に一杯の食料を入れ、イラは森を歩んでいた。
先日と違い、森全体の恐怖感というものが無くなっているように感じる。白い大きな異形の姿もなく、その気配も皆無。ただ真っ直ぐ歩いているだけだけど、そのうち野原に出られるという気がしていた。偶然ではなく、必然に。
(そういえば……)
あの白の異形は、いったいなんだったのだろう。
魔物……とは、少し違う。魔物はもっと黒に寄っている。曖昧な言い方だけれど、あそこまで白くはないのだ。もっと黒く、もっとどんよりとした……曇りのような存在。
けど、あの白の異形は違った。あまりにも真っ白なのだ。おおよそ闇に相応しくない、むしろ光、むしろ正義……のような。見た目は怪物そのものだけど。
それに、なにかを喋っていた気がする。
それは確かに、人の言葉だったような気がする。
その言葉は、その言葉、言葉、言葉……なんと、言っていたっけ。あの怪物は。
考え事をしていると、やがて森は開けた。
「────ッ!?」
瞬間、眼前に錆びた刃先が突き付けられる。その奥には、目深の帽子と、炎を湛えたかのように輝く両眼。グンカだ。物凄い速さでイラに接近し、斬りかかろうとしたのだ。
「……」
それがイラだと認識し、グンカは刃を下ろした。
「び、びっくりした……」
へなへなと、イラはその場にへたり込んだ。
あの一瞬、グンカの目は殺気に塗れていた。心の底から恐ろしかった。あれが、敵と
抜き身の刃を引っ提げ、グンカはイラを見下ろす。そして小さく首を下げて、踵を返した。
「う、うん。大丈夫、気にしてないから」
去りゆく枯木の背中へ、イラは言う。あれはグンカなりのごめんなさいなのだろう。もともと、とても律儀な人だったのね。人間、だった頃から。
そしてイラは立ち上がり、この前と同じく、グンカの後をついて行った。
遠くに陽が落ちようとしている。
闇が、迫りつつある。
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