第九話 逃亡
「逃げるべきだ」
ウルスラは言う。本心だ。即座に、早急に、火急で逃げなければならない。
「勇者というのは、そこまで冷血な奴だったのですか」
オリバは嘆く。ウルスラは首を横に振り、言った。「勇者じゃない。もう一人の方だ。そっちの方が、僕には遥かに危険に映った」
「もう一人?」
「ああ、勇者御一行とやらは、勇者を含めて十三人いるらしい。そのうちの三人が、この村の中にいる。いずれにせよ、奴らの目に映るのはただ、魔王を倒すことだけだろう」
「そんな……逃げると言っても、いったい何処へ」
「ええ……」
あの塗り潰された暗い瞳を見た今、ウルスラにはイラが何処へ逃げようとも、追い付かれるような絶望があった。最後の問いも、あれはイラがいることを確信していた上での質問だ。理屈は分からないが、勇者たちには鍵が浮かび上がっている人間を感知できる術がある。
「森へ入るわ」
悩むオリバとウルスラへ、イラはそう言った。
「森だって?」
「馬鹿を言うな。森はただでさえ危険なんだ」
窘める父を遮り、イラは強く言った。
「私は森に認められているから」
鍵の紋様を持つ者は、森を安全に抜けられる。
「……多分」
試すまでは、はっきりと分からないが。
「だが、」
「私は大丈夫。だから安心して。あそこには私の命の恩人もいるもの」
なおも言葉を続けようとする父へ、イラは決意を瞳に宿して言う。グンカは、今もあの極彩の庭園に佇んでいる。少しばかりその近くへ避難していても、決して文句は言わないだろう。
「本気なのか」
「うん」
根負けしたように、オリバは首を振った。
「……分かった。勇者たちも、直にこの何もない村を発つだろう。それまでは森の中に避難していなさい。充分な食糧と衣服、水……一日、いや二日分があれば」
「いえ、オリバさん。勇者は森へ入るという選択を採る可能性もあります。人の足の届かない森の中央に、ひょっとすると魔王の幹部の一体や二体がいないとも限らない」
勇者は、きっと森へ入ってくる。
今となっては、イラは確信していた。
グンカこそが、魔王の幹部の一人なのだ。
勇者にとって敵であり、魔王にとって味方に当たる──でも決して、怖くはない。
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