第八話 勇者を名乗る者
「あの、初めましてっ」
初々しくお辞儀をする少女へ、ウルスラは戸惑っていた。
「私は勇者です」
彼女が勇者らしい。見たところイラと同い年ぐらいだろうか。
「私が勇者殿のお付です。クラウ、と申します。勇者殿共々、どうぞよろしくお願いいたします」
もう一人の少女が言う。見たところイラと同い年ぐらいだろうか。目が真っ黒だ。ちょっと怖い。
ウルスラは、予想していたのとだいぶ違う現状に困惑していた。
そもそも勇者と聞けば、もっと筋骨隆々の男を想像していたのだ。そのお付も、歴戦の勇士だったり術士だったり、とにかく凄い人が三、四人以上はいるであろうことを。
けれども如何にも非力そうな少女で、しかも二人だけ。
「えっと、君達二人、だけ?」
「あと十一人います。今は何処かで道草を食っていますが」
全部で十三人。数は予想よりも多かった。
「まずは村長さんのところへ伺おうと思うのですが、御家はどちらでしょうか?」
「村長の家は、この建物の前の道をずっと進むと掲示板が立っていると思うから、その真後ろの家だよ」
ウルスラが答えると、クラウと名乗った少女は微笑み(ウルスラはその光のない双眸が苦手だった)、「ありがとうございます」と礼を述べた。
「行きましょう、勇者殿」
「あ、はい」
勇者なる少女の手を握り、仲睦まじく出て行こうとした──その、折り。
「もう一度、尋ねますが」
振り返らずに、クラウは言う。
「鍵の痣を持つ少女は、やはり此処にはいないのですか?」
ぞっとした。
少女の声はやはり少女のものでしかないのに。その声色は鋭利で、冷酷だった。
「いませんよ」
努めて平然を装い、ウルスラは言う。
「そうでしたか。それは失礼しました」
そう言い、二人の少女は去って行った。
イラを何処かへ逃がさなければとウルスラは思った。
あの勇者と名乗った少女は、その実体はまだ分からない。けれども、少女めいた少女だった。問題は、もう一人のほうだ。あの黒い双眸の少女にとって、人の命は羽根よりも軽いのだと、ウルスラは直感的に嫌悪し、恐怖した。
去りゆく少女二人の姿が消えるまで、ウルスラは茫然とその背中を眺めていた。金縛りにあったかのように、動けずにいた。二つの背中はやがて見えなくなり、ようやくウルスラは体の自由を取り戻した。
ふと、仄かに甘い香りが、鼻腔をくすぐる。花、なにかの花の香り……
「ああ、そこのお方」
香気の正体を思うウルスラの耳へ、そのような粛々とした声が届いた。
「
乗るちんちくりんを見たのか、否かを」
見た。さっきまでいた。
ウルスラが声の方を向くと、見たことのない服装をした、なにやら艶やかな女性が佇んでいた。
「私、トワと申します」
「トワ、さん。ですか」
「ええ、お好きなようにお呼びください。勇者とクラウを、見ましたか?」
「は、はい。村長の家へ行くと言っていました」
「村長……
「あっちへ、ずっと歩いていくと掲示板があって、そこになります」
ふむ、とトワはゆったりと歩き始めた。「ありがとうございます。では」という言葉を残し────これ、は。
「……」
トワが傍を過ぎた際、花の香気に混じり、微かな死の臭いがした。長らく放置され、腐ってしまった肉の臭いが……。
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