第七話 勇者到来

「先生」


 イラ達のいる診察室へ、一人の女性が入ってきた。先生と呼ばれたウルスラは「なんだい」と女性のほうを向く。イラはとっくに胸元の鍵の模様を服で隠していた。


「お客様が来られたようです」

「お客様?」

「はい。勇者、と名乗っていました」

「勇者、だと」


 ウルスラの声が強張る。


「なんでも、鍵の痣を持つ人を探している、とのことで」


 それが誰を指しているのか。

 その言葉がどのような結果を示しているのか。

 想像は容易だった。そして、イラの辿る道筋は二つある。勇者の良識次第ではあるが、生か、それとも死かの。


「へえ、そうなんだ」


 真剣な表情で、ウルスラは続ける。


「エリさん。知らないと突っぱねておいてくれないかい。僕もすぐに行くから」

「分かりました。そのように」


 そう言い、エリと呼ばれた女性は退室した。


「イラちゃん。しばらく此処にいてくれ。オリバさんも。僕は少し会ってくるよ。その勇者様とやらにね。そして判断の材料にする。魔王討伐の為にどのような犠牲も厭わない人間なのか、否かを」


 そうしてイラと、イラの父親──オリバを残し、ウルスラもまた、扉を開けて外へと出て行った。

 どのような犠牲、の中にはイラも含まれている。そのことをイラは承知していた。

 なにせイラの命ひとつだけで、魔王幹部をひとつ飛ばせるのだ。そして魔王の幹部は、(これからしないという保証はできないが)今のところ、目立った悪を行っていない。護竜や双極のように、領域テリトリーを侵されたときのみ排除行動に移る者の被害だけだ。配下の魔者達を率いているのかも定かではない。そしてイラには、なんの根拠もない漠然としたものだが、魔王幹部は放置しているように思えた。魔物が何をしようとも無関係で、人間が何人死のうとも無関心で、ただ、各々の目的の為に機会を待っている──そのように。そう思う根拠は、果たしてなんだろう。イラは分からなかった。


「イラ、教えてくれ」


 ふと、オリバが言う。


「あの森の中で、本当は誰に会ったんだ」

「え?」

「お前は嘘を吐くとき、目が泳いで口に指をあてる癖がある」

「そ、そうなんだ」


 さすがは父親だった。今度から気を付けようとイラは思う。

 

 ──その"今度"は、訪れるのかな。


 嫌な思考が過り、イラは考えを放棄した。


「誰に、出会った」


 父の表情は真剣だ。


「な、なんだか、枯れ木のような男の人……」

「っ……そう、か。やっぱり……」

「やっぱり?」


 イラの疑問に、父は俯いたままで答えず、やがてぽつりと、独り言のように話し始めた。


「イラが生まれて間もない頃、アイラは──お前の母さんは、森へ入ったことがあるんだ。まだ幼かったお前を抱いて」


 どうして、というイラの疑問をオリバは予期していたのだろう、イラが口に出す前に「理由は、分からない」と付け足した。


「その後、アイラは無事に、事も無げに帰って来た。すやすやと眠るイラと一緒に。そして、森へ入るなと怒る私へ、穏やかに微笑みながら言ったんだ。『命の恩人に会いに行っていただけだから。枯れ木の怪物さんにね』とな」


 オリバは遠い光景を懐かしそうに見つめている。


「アイラがお前を連れて森に入る前日に、アイラの肌には鍵の痣が浮かび上がっていた」 


 鍵の痣。森で異形に遭うこともなく、すんなりとあの野原へ出られた母。

 母親もまたグンカに会ったことがあるのだろうか。だから、鍵が浮かび上がって。だから、森が危険ではないことを理解していて……

 イラは、そう考えた。

 そして、自らの逃げ道を得た。

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