第23話「その名は」

「藤音さん…エリオスくんたちの方何か始まっちゃったよ」


フーリオと対峙しているエリオスとレナントを見てアイルズは呟く。

いつの間にか蚊帳の外にいた藤音、アイルズ、ドラたまはその光景を見ていた。

何か大声を上げているようだが金属音であまり聞こえない。

だが、エリオスたちが高い打撃力を持つフーリオの相手をする事で脱出手段を探すのが楽になっていた。

藤音はこっそりアイルズたちに耳打ちする。


「私はあの男の相手をする」


そう言って藤音は視線を移せば自分達を見つめる瞳と視線が合い、そしてニヤリと目を細められ、藤音は舌打ちをする。


「お前達はその隙に出る手段を探してくれ」


アイツには借りあるのでな、と藤音はアイルズとドラたまに言う。


「出る手段と言われても…」


アイルズとドラたまは辺を見回す。

だが視界に入るのは原型を留めていない不気味な生体や実験器具が目に入り、アイルズは顔を顰める。


「僕この部屋探索するのやだなぁ…」


「嫌でもやるんや!」


「いてっ」


アイルズの言葉にドラたまがぺチン、と頭を叩く。

藤音は、このような緊迫した雰囲気の中気はやられてないだろうかと心配していたが、今のやり取りを見てこの2人なら大丈夫そうだと安心すると、武器を取り出しラビリに斬りかかる。


「よっしゃ、取り敢えずあの辺から適当に見てみんで!」


「う、うん…」


ドラたまとアイルズは辺りを調べ始めた。


「なる程、この後に及んでまだ脱出を試みるとはね」


ラビリは藤音の相手をしながらも、横目でアイルズ達を見る。

藤音はその隙を付いて刀を振るうが、先程の様に上手くはいかずラビリはそれを軽く交わす。


「くそっ…!」


「もう少しなんだけどねぇ」


ラビリは煽る、藤音はあくまでも冷静にラビリと交戦するように務める、だが魔法で拘束しようと目論むも、それすら交わされてしまい藤音は次第に苛立ちを覚える。

そして、攻撃に集中していた藤音は、突然有り得ない所からの攻撃が鳩尾に入り、膝を付いてしまう。


「なっ…」


一体どこから、藤音が攻撃の筋が入ってきた方を見ると人の形をしたそれがラビリの前に立ち塞がっていた。


「良く出来たねNO.5、いい子だ」


人の形を保ってはいるが、その目は虚ろで焦点があっていない。さらにNo.5はぶつぶつと何かをつぶやき続けており、見た目も相まって不気味さを感じさせる。

だがラビリはNo.5と呼ばれたソレに、まるで子どもを褒める様に接する。


ラビリの言葉にそれは嬉しそうな態度を示している。

そしてラビリは言った。


「じゃあ次はあの人間を黙らせてごらん?」


でも殺してはいけないよ、とラビリが指さす先には藤音。

藤音は突然向いた矛先に警戒を強める、No.5は藤音を捕捉するとその形からは想像もできない速さで向かって行く。


「さぁ、存分に楽しみたまえ」


ラビリはNo.5の攻撃を避ける藤音を楽しそうに見てからアイルズ達の方へ視線を移した。

視線の先には脱出手段を探すアイルズとドラたまがおり、ラビリは気配を消してアイルズの背後に立つ。



「なにか見つかったかい?」


「ううんなにも……ってうわぁぁぁ!?」


振り向いたアイルズはラビリが自分の背後に居ることに驚き、勢いよく後ずさる。

余程動揺しているのか、あわあわとするだけで攻撃どころか落ち着くことも出来ておらず、ラビリすら呆気に取られている。


「君警戒心が足りないんじゃない?」


「あわわわわわ……!」


「アイルズ!」


へたりこむアイルズとアイルズに歩み寄るラビリを見てドラたまはアイルズの元へ駆け寄ろうと走るが、アイルズがそれを止める。


「ドラたまは脱出手段を探してて!こいつは僕がひきとめるからぁぁ!!!」


うわーん!と既にべそをかいて涙目になりつつアイルズはドラたまに言う。


「せやかてお前なんか瞬殺されるに決まっとるやろ!」


「僕体だけは頑丈だからちょっとくらい平気ぃぃぃ!!!」


「…ったく、わかった!ぱっぱと見つけたるわ!それまで持ちこたえや!」


どう見ても平気ではない、だがあまりにもアイルズがそうしろというのでドラたまは再び調べ始める。


「君の体は頑丈なんだね、耐久の実験とかしてみたいな」


ラビリはアイルズを見て興味津々に言う。

一方アイルズはそんなラビリにあわあわとするだけで相変わらずだ。


「君のその美しい顔が恐怖に染まるのはとても美しいが…」


もう少し緊迫感のある感じに出来ないかな?ラビリは問う。ラビリは、先程のエリオスの様な緊迫した中での恐怖の表情が好みなのであって、目の前にいるアイルズの様な緊迫感のない怯え方はあまり好みではなかった。

ラビリの言葉で、いつの間にか馬鹿にされている事に気がついたアイルズは、ラビリの言葉に恐怖を忘れて途端にぷんぷんと怒り始める。


「あ!その目僕の事馬鹿にしてるでしょ!」


「いやいや馬鹿にはしていないさ、ただ…ちょっとね…」


ははっと乾いた笑い、もとい失笑をすればアイルズは更に怒る。

アイルズとラビリのくだらない口論が始まったのだがそれは更にヒートアップする。


「まぁいい…君も私の実験体になれば少しは男前になるさ!」


「僕もう十分男前だから謹んで遠慮するよ!」


「まぁまぁそう言わずに!」


ジリジリにじり寄るラビリとジリジリ後ずさるアイルズ。他が緊迫しているのにこの2人のやり取りに緊張感など一切ない。

そしてそんな緊張感のないやり取りはまだ終わる気配はなかった。

だが、アイルズとラビリがそんな事をしている間にも藤音はNo.5に苦戦していた。



「くそっ、でかい図体の割に素早い…!」


体格でいえば2mはある、だが素早さは藤音と同じ、むしろそれ以上だった。

更に、素早さ特化で打撃力をあまり持たない藤音に対し、No.5は拳だけで床にクレーターを作る程の打撃力を持っている。

当たれば一溜りも無い、藤音はとにかく攻撃をかわすことに集中した。


だが暫く避け続けていると藤音に疲労が見え始め、動きが鈍くなったその瞬間、No.5の攻撃を避けきれず攻撃を食らってしまう。


「かはっ…!」


真正面から食らったそのダメージは大きく、藤音の体は実験器具が置いてある棚に叩きつけられ気を失ってしまう。

そして、がちゃがちゃと音を立てて落ちる器具に目ざとく反応したのはアイルズの相手をしていたラビリだった。


「No.5!」


ラビリは実験器具の音が聞こえるや否や、アイルズの事を放ったらかし意識をNo.5に向けた。

ラビリの声にNo.5は体をびくっ、とさせ振り返る。


「私の実験器具の方にやれと言ったか?」


先程までの緊張感ない空気が一転、その場は凍り付く様な冷たい空気に変わる。

そしてラビリは躾だ、といってNo.5を鞭で叩く。

No.5は蹲りながら、至近距離にいてようやく聞き取れる程の声でごめんなさいと何度も何度も呟き、突然放置されてしまったアイルズは、ラビリの豹変ぶりに驚きながらただその光景を見つめていた。


「お前に戦わせるにはまだ早かったか」


ラビリはため息を吐いてから落ち着き、さて・・・と言ってエリオスたちの方を見つめ声を掛ける。



「はい、そこまで」


ラビリの言葉で怒鳴っていたフーリオの声も止み、辺りは静かになる。

アイルズと口論をしながらも、No.5を叱責している間もラビリはレナントとフーリオの会話を聞いていた。

そして、都合が悪くなってきたので流れを変えようと横槍を入れたのだ。


「藤音さん!」


エリオスの声が響く。

No.5を叱責していたラビリの後ろには先ほど気を失った藤音が倒れており、エリオスはラビリがやったのだと思い込んで睨みつける。


「安心したまえ、彼は死んではいないよ。」


ただ、少し私の邪魔をしてくるから黙ってもらっただけだ。

ラビリはそれだけ言うと睨んでくるエリオスから視線を移し、フーリオの元に歩いていく。

フーリオ自身も何故邪魔をした、という顔でラビリを見ている。


「盛り上がってきたところ悪いんだけど私もやりたいことがあってね」


そう言ってラビリはフーリオの首筋に触れる。

その途端、フーリオはどす黒い魔力に呑まれレナントを斧で殴打し始めた。


「エリオスくんもう薬の効果が切れたんだね、その回復力とても興味深いよ」


レナントを庇うために魔法を使用し、フーリオと一騎打ちで戦おうとするエリオスを見てぼそりと呟いてからラビリは視線を移す。



「あ、放ったらかして悪かったね」


いや寧ろ放って置いて欲しかった。アイルズは心の中で答える。

だが、へたりこんだままのアイルズはラビリの意識がまだ自分に向かっており、ドラたまにまで意識がいってない事に気が付いてしめた、と口を開く。


「ねぇ、君の目的は何?」


「目的?」


ラビリは首を傾げる。


「エリオスくんを攫ったと思ったらアンタはレナントくんと知り合いみたいだし、こんな悪趣味なことしてるし…」


アイルズは蹲っているNo.5をチラリと見る。

No.5の見た目はこの施設が何をしているかをアイルズに一目て理解させた。

2mはあるであろう図体、だらんとされ、地面に付きそうなほどの長い腕、焦点のあっていない瞳、そして、常に開かれた口から聞こえる細い無数の子供の声。


「悪趣味とはNo.5の事を言っているのかい?」


「それだけじゃないけどね」


この施設は様々な実験の形跡が見られる、それは明らかに非人道的で許されるものではないのは一目瞭然だ。

それを行っている男が引き起こしたこの状態、良くないことだということはわかっていた、だからこそアイルズは知りたかった。この危機を脱するために。


「目的ね、教えてあげてもいいけど・・・そうなると君だけじゃなくてみんなにも聞いて欲しいな」


みんな、そう言ってラビリは倒れている藤音、暴走しているフーリオ、それに応戦するエリオスたち、そして



「君も宝探しは一旦おあずけ」


部屋を調べていたドラたまの尻尾を掴んで持ち上げ、アイルズの方にぽいっと投げる。


「うわっ!」「何すんねんアホ!!!」


アイルズに受け止められたドラたまはその雑な扱いに吠える。

だがラビリはドラたまを気にする事なく藤音の元へ向かった。

観客はちゃんと起こさないとね、そう言うが前にラビリの首元に刀が突きつけられる。


「おや、目を覚ましていたのかい」


藤音は言葉を返すことなく黙ってラビリに刀を突きつけている、まだ頭がぐらぐらするのか顔を顰め、頭を押さえている。


「そうじゃなくっちゃね」


刀が首筋にあるにも関わらず、ラビリはその刀を見て笑みを見せたかと思えば、今度はエリオスたちのもとに歩いていく。

そしてたった一度。指をパチン、と鳴らせばフーリオを纏っていたどす黒い魔力が消え失せる。


「フーリオ・・・!」


突然倒れたフーリオをレナントが咄嗟に受け止めた。

レナントが何度も名前を呼べばフーリオはゆっくり目を覚ます。


「俺に触れるな偽物!!!」


「嫌だ!おれの話を聞いてくれフーリオ!おれは・・・!」


自分がレナントの腕の中にいるのに気がついたフーリオはもがくがレナントはそれを離そうとしない。

そしてレナントがフーリオに何か言おうとしたその時、ラビリがそれを遮る。


「おっと、今からショーが始まるんだ、おしゃべりは禁止だよ」


ね?というラビリの声色は明るく笑みを見せているが目は笑っていない。

レナントだけでなく、自分にも向けられたその圧力に少しの恐怖心が芽生え、フーリオは黙るしかなかった。


「さて、ショーを始めようか。No.5、こっちへ来るんだ」


ラビリが呼べばNo.5はどすどすと音を立てながらラビリの元に歩いてくる。

ラビリがいい子だ、と言えばNo.5は先程までの怯えはなく嬉しそうにしている。


「さて、私の目的だったね」


「私の目的は」



2人のレナント・シングラーを会わせること



「いやぁ・・・本物と偽物が顔を合わせたらどうなるかなーって」


興味ない?ねぇ?ラビリは同調を求めるように聞くが同意の声は一切上がらない。


ラビリの質問にを一切無視し、藤音は口を開く。


「貴様は何故エリオスとドラたまを攫った。」


「質問に質問で返す?君態度悪いよ?」


ラビリの言葉に藤音は黙れと言ってから再び言葉を続けた。

お前の目的にエリオスは関係ないはずだ、と藤音は問い詰める。

エリオスは攫われ、怖い思いをしたのだ、そんな目に遭わせた輩を藤音は許せなかった。


「彼の目はとても美しい、いや目だけじゃない、珍しい金髪に碧眼、顔も、声も、彼は全てにおいて素晴らしい!!そんな素敵な素体実験せずにはいられないよ!・・・そこのトカゲは私の趣味ではないがね」


「なんやとこの変態!!!」


ドラたまはラビリに噛み付くが無視されてしまい、ラビリはそのまま言葉を続けた。


「あぁ、だけどそれだけじゃない。レナントくんをここに連れてくるのに丁度いい人質だったんだよ」


ラビリは語り始める。

優しいとレナントならちょっと仕掛けるだけで連れてこさせる事は容易だ、だがただ連れてくるのはつまらない、だからレナントを監視し、レナントの大切だと思ったものを利用しようと思った。と


「それでエリオスとドラたまをを攫ったのか…!」


「うん、彼はどうやら子どもや小動物に弱いみたいだからね」


ラビリの言葉にレナントは自分の所為で出会ったばかりのエリオスたちに迷惑を掛けてしまった事に罪悪感を覚え、俯いた。

ふらついたレナントをエリオスが支える。


「予想通りの反応ありがとうレナントくん、優しい君なら傷付いてくれると思った。」


そして、そんなレナントをを見てニコニコ楽しそうに言い放つラビリにエリオス達は不快感を醸し出す。

そんな自らへの敵意をラビリはものともせず、自らの近くにあったショーケースを覆う布を掴んだ。


「君のその右目はね、実は彼のものなんだよ。」


そう言ってラビリは布を取る。

布の中から現れたのは


「レナント…」


いち早く反応を見せたのはレナントでもなく、エリオスたちでもなく、フーリオだった。

液体の入ったショーケースに入っていたのはレナント・・・なのは間違いないが、幼い姿で顔には目を隠すように布が巻かれている。


「どうだい、本物の自分を見る気分は」


ラビリの言葉にレナントはビクッと体を震わせエリオスに寄りそる。

ラビリはそんなレナントの様子を見て、君のそういう所、本当にレナントくんと似てもにつかないね。という


「だけどそんな2人が顔を合わせたらどうなるのかが興味あるんだよねぇ」


ラビリがショーケースに触れる。


「長い眠りはもう終わり。さぁレナント、君はこの世に再び生を受けるんだ!」


命を吹き込むための言葉を言い切ったその時、ショーケースが光を纏ったかと思うと突然ガラスが割れた。

中に入っていた液体は床を水浸しにしていき、レナントは静かに動き出した。そしてペタペタと歩きある程度の所で歩くのを止める。

布のせいで見えてはいないはずだが本物のレナントは辺りを見回した、そしてレナントの方に顔を向ける。

レナントは襲われる、と咄嗟に顔をそらすが何も起きないので恐る恐る顔を上げ本物を見つめた。


「・・・」


2人のレナントはただ無言でお互いを見つめ合う。

先に口を開いたのは・・・



「久しぶりだなもうひとりの俺」

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