第22話「レナント・シングラー」

前は狂気、後ろは壁。



そんな絶望的な状況にも関わらず藤音達は光を見失う事なく狂気に立ち向かう。


たった1人、レナントを覗いては。


自分はここの事を、この男の事を知っていた、そして藤音さんに忠告までしたのに…己の失態に顔をしかめて俯く。


更に、レナントの心には先程の光景が暗い影を落としていた。

先程見たあれは何だったのか、自分なのか、そうじゃないのか、いや、そもそも夢だったのではないだろうか。そんな思考と罪悪感、自己嫌悪がレナントを呑み込んでいく。

だが突然自分を呼ぶ声にハッと我に返る。


「とにかく奴らをどうにかしたい。何かいい案はあるか」


藤音はここの事を知っているレナントなら、とこの窮地を脱出する為の情報がないかと訊ねる。

藤音の問いかけにレナントは奴ら…ラビリとフーリオの事を話そうと顔を上げて見つめた。

そしてラビリと目が合う。その瞬間、レナントは言葉にし難い苦しみに胸を痛めつけられた。


「…その顔…アレを見たんだね?」


レナントの心を見透かした様に、ラビリは図星を突く。

アレとは何の事だ、と藤音達は疑問に思うがラビリは言葉を続ける。


「君ならあの部屋に行くと思ったからとっておきのプレゼントを用意したんだ。」


気に入ってくれたかな?そうわざとらしく聞くラビリにレナントの眉にはシワが寄る。


聞きたくない。


「おや、無視かい?イケナイ子だね」


やめてくれ


「耳をふさいでどうした?気になるだろう?」


嫌だ


「君の、なり損ない達の事」


「やめてくれ!!!!」


レナントの叫びにその場の空気はしん、と固まる。

そしてレナントは耳を塞ぎながら首を振り、聞きたくないと呟き続け、明らかに普通ではないレナントの態度に藤音たちは戸惑いつつも黙って聞いていた。


本当はどこかで気が付いていた、あれ自分の遺伝子から造られたものだということを。だけど認めたくはなかった、自分と同じ姿があんな風になっているなんて。


「やっぱりアレは…」


「レナントくんの遺伝子から私が作り上げたクローン…になる筈だったモノたちだよ」


今となってはただの出来損ないのお人形だけどね。そう言うとラビリは笑い出す。

出来損ないのお人形、そんなラビリの言葉がレナントの意識を支配する。

更に追い討ちをかけるようにラビリは続けた。


「そして、その中でも唯一成功した最高傑作が…君なんだよ」


ねぇ、レナントくん

ラビリの動く口がゆっくりに見えた。心臓の音がやけにうるさい。

どういう事だ?唯一成功した?俺は体を実験されたからこんな目があって…


「ドクター、やっぱりコイツも失敗作じゃねぇか?」


フーリオは俯くレナントを見て声を上げ、そんなフーリオにラビリはこら、と嗜める。


「彼はまだ受け入れられてないのさ、自分を」


自分を、受け入れる?何を言ってるんだ?俺は…レナント・シングラーだ、他に何を受け入れろというのか。。

フーリオとラビリの言葉に支配されるレナント、そしてエリオス達は様子のおかしいレナントを見ていることしか出来なかった。

フーリオは言葉を続ける。


「ウジウジしやがってうっとおしいな」


そう言って頭をかいた後に発せられたフーリオの言葉は、レナントを絶望に突き落とす



「テメェは『本物』のレナントなんかじゃねぇ、お前もあいつの遺伝子から造られた『偽物』なんだよ」



その場に衝撃が走る。

フーリオの言葉を聞き、なら自分にあるフーリオや、みんなとの記憶は何なんだ、とレナントは悲痛な声で叫ぶ。

そして、その答えはフーリオではなく、ラビリが答えた。


「あぁ…それはね、君にはレナントくんの記憶を与えたからだよ」


ラビリはあっさりと言う。

記憶を与えたと言われレナントは混乱するが、そんなレナントを気にすること無くラビリは続ける。


「顔も、声も、思考も、能力も、そして記憶も…全てレナント・シングラーと同じになるように造ったつもりで私としては最高傑作なんだが…彼は性格が全然違う事にご立腹でね」


ははは、と苦笑いするラビリに対してフーリオは嫌悪感を含んだ声で言い放つ。


「だから俺はコイツがレナントなんて認めねえ」


そう言うと斧を構えた。

ラビリは止めるわけでもなく慌てるわけでもなく、怒るわけでもなくただため息を吐く。


「私は彼を気に入ってるんだけどねぇ」


「趣味悪ぃ」


そして吐き捨てる様に言ったフーリオの言葉にラビリは止めはせず、壊さないようにしてくれよ、とだけ言って1歩下がる。

それが合図にフーリオは斧を、レナントに振り下ろした。


「レナントさん!」


声と金属音が部屋に反響する。

エリオスは槍でなんとか受け止める。だが上から力を加えられては押し返すのは困難だ。

危機的状況に冷や汗がエリオスの頬を伝う。


そして、狼狽えることしか出来ないレナントはエリオスに対するフーリオの攻撃をただ見ていた。

レナントはフーリオが傷付くのも嫌だがエリオスが傷付くのも嫌なのだ。

だから、彼にどちらかを止める事は出来ない。


「俺は…」


劣勢はエリオス。

先程まで体を痛め付けられておりいつもの力が出せず、本来猛威を奮うはずのそれはただ攻撃を防ぐだけの盾と化している。

だが、ただ受けるだけではなくエリオスは反撃の機会を伺っていた。

そして、今までとめどなく降り注いでいた斬撃がほんの少しだけ遅れたその瞬間。


「今だ…!」


エリオスはそのチャンスを無駄にはせず、一瞬の隙を突く。

しかしその一閃は途中で途絶えてしまう。


「…!」


レナントがフーリオを庇うように2人の間に立っていた。

槍の矛先は、レナントをあと数センチで突くという所で止まっているが、言い換えれば後数センチでレナントを貫く所だった。エリオスは直前で止められたからよかったものの、このまま自分が止めなかったらと想像し、顔を青ざめる。

エリオスは咄嗟にバックステップで後ろに下がり槍の構えを解いた。


エリオスはレナントを真っ直ぐ見つめる。レナントはただ眉を潜め、悲痛で悩ましげな表情を見せていた。

エリオスがどうして、と問おうとした時フーリオが高笑いをする。


「そうだ、そうだったよなぁ…!」


高笑いが響く、暫く笑っていたフーリオは冷静さを取り戻すと、レナントを蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされたレナントの体は前のめりになり、目の前にいたエリオスを巻き込んで倒れこむ。


「いたた…レナントさん大丈夫?」


「…」


レナントは俯いたままで答えない。

レナントを蹴り飛ばしたその後、フーリオから発せられた声色は優しいものだった。


「俺を選んでくれてありがとう、レナント」


レナントは顔を上げてぱっと振り返る。

だが振り返ったレナントが見たフーリオの表情は声色とは全く反対の冷酷なものでその口からは先程とはうってかわってドスの効いた低い声を発し、レナントはびくりと震える。


「お前は、俺が傷付けられるのを黙ってみてられないもんな?」


「だがな、俺はお前のそういう所が大嫌いなんだよ。」


偽物の癖に


フーリオがコツコツと靴を鳴らしてレナントに近付く。

その音が近づく度にレナントの体の震えと息は激しくなり、エリオスはレナントを安心させる為にぎゅっと抱き締める。


偽物。その単語はレナントの心を蝕む。

自分は偽物、レナントではない、自分は造られた存在


「俺がお前を憎んでいる理由、分かるだろ?」


「…」


レナントは首を振る。

フーリオは舌打ちをし、言葉を続けた。


「なら話してやるよ」



​───────



あいつは、レナントは、ドクターの実験によって死んだ。


フーリオの言葉は衝撃的だった。

ドクターに殺されたなら何故フーリオはラビリの側に居るのか。それが事実ならレナントに向けているその憎しみを本来向けるべき相手はラビリのはずである。

ならば何故レナントを憎むのか。


話は遡る。

あいつはは持ち前のリーダーシップで仲間を引っ張る兄貴的存在だった。

だから、生活が苦しかった俺達の為に生活の保証と引き換えに自らラビリの実験体になった。


それはレナントも『覚えている』

その実験は非人道的で、思い出すだけでも恐ろしい事も。


ある日、レナントは俺達の元に戻ってきた。


そう、そしてレナントは突然元の居場所に戻ることを許され、帰った。そこでフーリオや仲間との再会を喜んだ。


でもな、突然スラムが何者かに襲撃され、仲間も、そして俺も、みんな死んだ。


「そう、俺はその時レナントに看取られ、その後ドクターに命を貰った」


ここまではレナントの『記憶』何ら違いはない。だからこそレナントは訳が分からなかった、フーリオがレナントを憎む理由が見当たらないのだから。

フーリオは語りを続けた。


「俺は生き返った時喜んださ、仲間は死んでしまった…でもレナントだけは生きている。また一緒に居れる、ってな」


そういうフーリオの表情は懐かしさを見せていた、たが次の瞬間それは消え失せ、憎しみと嫌悪に染まる。


「だが俺はドクターから聞かされたんだ。お前が、居場所を、みんなを、そして俺を看取ったレナントを、全てを壊したんだって。」


「それは…ちが、う」


フーリオの言葉にレナントは声を発した。

違う?とフーリオは苛立ちながら復唱し、反論する。


「違わない」


「ちがう!」


レナント負けじと声を絞り出す。

ちがう、ちがう、ちがう、と言い続けるレナントにフーリオは怒鳴る。


「黙れ!!お前が殺したんだろうが!!!」


フーリオの怒声に一瞬体を跳ねさせたがレナントはなんとかして声を発する。


「おれは今でもおぼえてるんだ、お前が、うでの中で息たえたあのしゅんかんを」


「嘘をつくな!!お前が…!」


「はい、そこまで」


フーリオがそこまで言ったその瞬間、ラビリが横槍を入れる。

その後ろには藤音が壁にもたれて倒れていた。


「藤音さん!」


エリオスが視線を藤音に移し名前を呼ぶが返事は返ってこない。

藤音さんに何をしたの、そう問うエリオスの声色は恐ろしく低く怒りを顕にしている。


「安心したまえ、彼は死んではいないよ。」


ただ、少し私の邪魔をしてくるから黙ってもらっただけさ。

エリオスの声に怯むことなくそう言うとラビリは言葉を再開させる。

そして、フーリオは邪魔をするなと言いたげに睨むがそんな事を気にせずラビリは話を続けた。


「んー…盛り上がってきたところ悪いんだけど私もやりたいことがあってね」


にこにこと笑みを浮かべ、ラビリはフーリオの首筋に触れる。

その瞬間、フーリオの体はどす黒い魔力に包まれた。


「フーリオ…!」


フーリオの身を案じ、レナントが立ち上がろうとするがそれよりも先にどす黒い魔力に呑まれたフーリオがレナント目掛けて斧の刃の付いてない方で殴打しはじめる。

黒に染まったその瞳はもはや正気を失っており、フーリオは何度も何度もレナント目掛け斧を振り下ろす。


「い、たい…!やめて…!フーリオ…っ」


レナントは目を硬く閉じ、痛みに耐えるためにエリオスの服をぎゅっと握った。

レナントのその動きにラビリを睨んでいたエリオスはフーリオに意識を向け、その殴打を止めようと氷をフーリオの目の前に発現させる。


「コイツを、守るのか?」


お前じゃなくて俺を選んだコイツを?

をフーリオが意地の悪い声でエリオスに問う。


「そうだよ」


エリオスはフーリオの瞳を真っ直ぐ見て言えばフーリオがニヤニヤと笑みを見せる。


「なぜ?」


「レナントさんは痛がってた、僕はそれが嫌だった。ただそれだけ」


フーリオの質問に即答したエリオスはキッと眉間にシワを寄せ、睨みつける。


「…その目、ドクターが気に入るわけだ」


斧をエリオス目掛けて構える。

エリオスはフーリオを睨みつけてから、視線を移し、レナントが落ち着けるようにぽんぽんと背中を優しく叩く。


「エリオス…おれ…」


どうしたらいいか分からないんだ。

レナントはか細く弱々しい声でエリオスに縋る。

エリオスには、自分より年上なのにレナントが子供のように見えた。エリオスはレナントの顔を掴んで自分の方を向かせて言う。


「レナントさん、1度アイツとちゃんとお話しした方がいいよ」


「…お節介かもしれないけどさ、多分、2人はすれ違ってると思うんだ。」


「だけど、フーリオはきっとおれのことばを聞いてくれない」


「だったら聞かせるまでだよ」


エリオスは立ち上がって槍を構える。

レナントは戦闘態勢に入ったエリオスに不安げな視線を送る。


「そんな不安そうな顔しないでよ、何も殺すわけじゃないんだから」


ただ正気に戻してお話し出来るようにするだけだから、そう言うエリオスの瞳は笑っていない。

どす黒い魔力に呑まれたフーリオが正常でないのは誰が見ても明らかだ。それは心身を著しく疲弊させているレナントにも分かる。

そしてレナントは、例え深く傷つく事になってもフーリオと話がしたいと思ったのだ。

だから、彼なら何とかしてくれるかもしれない、そんな安心感を覚えさせるエリオスの言葉にレナントは「おねがい」と、呟き頷いた。

レナントの反応を見てエリオスはニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「手荒い目覚ましだけど勘弁してよね」


エリオスのその言葉を合図に、再び金属音が部屋に響いた。



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