第20話「狂気の男」


「さて、始めようか」


男は、手術台のようなところに乗せられたエリオスを見て怪しく笑みを浮かべる。

その手にはメスが鈍く光っていた。


「くる、な…」


エリオスは首を振って拒絶する。

だがドクターはエリオスの言葉に一切耳を傾けず、メスを近づける。

エリオスはその狂気から逃れようと暴れるが、四肢と胴体は鉄の拘束具で縛られており、がたがたと台を揺らすだけで全く意味を成さない。


「…」


一方、その傍ではエリオスを攫った本人、フーリオが壁に持たれてその光景を見ていた。

フーリオ自身もドクターの実験にされていた、レナントに復讐をする為に。

実験は痛い思いもするし怖いと思うこともあった、だがそれでもフーリオはレナントを超える力が、復讐を果たす力が欲しかった。

そんな過去の事を思い出しながらエリオスを見る。


「そんなに暴れたら駄目だろう?」


手元が狂って折角の美しい肉体に傷を付けてしまうかもしれないよ。

と、ドクターが言ってエリオスの眼球の目の前にメスをあてがった途端、エリオスは顔を蒼くして体を硬直させる。


「ふふ、そう、いい子だ…」


そう言ってエリオスの頭を撫でる手付きは、今正にメスを近づけた人間とは思えない程優しいものだった。


そう、この矛盾こそドクター…いや、ラビリ・ティタールの狂った本性だ。

人間を、動物を生体実験にかけ、ある者は手を、またある者は足を、そしてまたある者は瞳を。

ラビリによって肉体の一部を奪われた者は多い、だがそんな非人道的な事をするにも関わらずラビリという男は実験体に敬意と、慈しみを持って接する。

人間に改造を加える時もあれば、人間の部品を集めて新たな人間を作る、時にはクローンや合成生物をも。

そして、そうやってあの男は自分好みのものを作り上げるのだ、己の欲望に従って。

そして実験が終わると献身的に実験体を労る。



「まずは、そうだな…このお薬を打ってみようか。」


注射器を掲げれば中に入っている怪しい液体がちゃぷん、と揺れる。

怪しく照らされるそれは人に使ってはならないのは一目瞭然だ、だがラビリは躊躇うことなくそれをエリオスの腕に宛てがう。


「い、やだ…」


エリオスは宛てがわれたそれを見て首を降って拒絶する。


「怖がらなくていい、少し身体が動かなくなるだけだから」


エリオスの拒絶も虚しく、液体はどんどん入っていく。




「ま、せいぜい頑張れよ」


液体が全て入りきったのを見届けたフーリオは部屋を後にする。

そして彼は口角をニヤリと吊り上げ武器をとった。

全ては来るべき侵入者の為に。




レナントの案内でセントラリアの、『ドクター』がいる研究所まで辿りついた一行。


「…」


エリオスを攫ったフーリオとドクターの事を、セントラリアに向かう道中、レナントは藤音とアイルズに話していた。


自分が『フリーオ』と呼んだエリオスを攫った人物は、自分の死んだ仲間だという事。

そしてフーリオが言っていた『ドクター』とは自分の欲望の為に人の体を使った生体実験をする狂った男だという事。

僅かそれだけの情報だが藤音とアイルズは事態の深刻さを理解する。


このままではエリオスが実験されてしまう。


話を聞いて直ぐに藤音とアイルズはレナントに急ごう、と言って足を早めた。

そして今も早くエリオスの元へ、と急ぐ2人に対してレナントは口を閉ざしていた。


この研究所は過去自分が実験されていた場所。

もうだいぶ前の事なのにレナントは同じ場所に戻ってきたことで当時を思い出し、立ち止まる。


「レナントくん大丈夫!?顔色悪いよ!」


レナントの顔色に気が付いたアイルズは心配をするが、レナントは大丈夫だと言って2人を先導する為に再び歩き出した。



「それにしてもここ随分入り組んでるというか…」


何かさっきと道変わってない?とアイルズはキョロキョロしながら施設内見た。

そしてレナント言う。


「ここは脱走出来ないようにそういう仕組みになってる。」


だから絶対はぐれるなよ、レナントは藤音とアイルズに向かって忠告をする。

その口ぶりはレナントが過去、ここにいた事を表すには十分だった。

藤音とアイルズはあえてその事を聞かなかった、レナントの顔を見るからに話したくないであろう内容だと2人は察したからだ。


この後、3人は無言のままひたすら施設内の道を進む。


かなり奥に来ただろうか、という所で閉ざされた扉を前にレナントは立ち止まる。

アイルズがどうしたのか尋ねるがレナントは黙ったまま扉を見つめた。

かと思えば懐からタクトを取り出しそれを構える。


そしてその次の瞬間、魔力を練り砲撃を放つ。


それと同時に、扉を突き破って、レナントが放った砲撃と同じ位の砲撃が迫ってきた。


「くっ…!」


思ったよりも威力が高かったのか、レナント魔力を更に練り、応戦する。


「アイルズ!自分と藤音さんを守れるように結界を貼れ!」


「でもレナントくんは…っ!」


「俺は良いから!!」


早く自分達の身を守れ。そう言うレナントの気迫に押され、アイルズは結界魔法を展開する。

それを確認したレナントは更に魔力強く練り、せめぎ合っていた砲撃を押し返し、2つの砲撃は相殺され、周囲に衝撃を与える。


「すご…」


その光景を見ていたアイルズと藤音は呆気に取られる。

そしてアイルズが結界を解除しようとした時、レナントはまだ解くなと声を上げ、アイルズに結界を保つ様に言う。

慌ててアイルズが薄くなっていた結界を強化した途端、鋭い射撃魔法が前方から飛んできて結界に命中する。

幸い結界を強化していたお陰で破られることは無かったが、それでもその高い威力にアイルズと藤音は目を見開いていた。


「俺の砲撃を相殺するとは流石だな、レナント」


声は相殺された砲撃の向こうにはエリオスを攫った張本人、フーリオが靴を鳴らして歩いてきていた。


「フーリオ…」


辺りに緊張が走る。


「その目で全て見えていたんだろう?」


フーリオはレナントの眼帯を指す。

レナントは何も答えない、代わりにその瞳は答えるようにフーリオを見る。


「答えないか」


口も開かない、動きも見せない、そんなレナントに苛立ちを覚えたフーリオはレナントに近付く。

1歩ずつ、ゆっくりと。

そして目の前に来て後ずさるレナントの手首を掴み、言う。


「お前の目の前で死んだはずの俺が生きてたらそりゃあ驚くよな。」


フーリオの言葉を聞いたレナントの息が止まる。

そして震えた声で名前を呼ぶ。


「うん、俺だよ。お前の友、フーリオだ。」


微笑んでいるがその瞳の奥は狂気と、憎しみ、そして好意が伺えた。

だがレナントは、微笑んだフーリオに涙を流し、何度も何度も名前を呼ぶ。

そして胸にしまっていた言葉を紡ぎ出す。


「俺は、ずっと…!お前が、お前達がっ…、」


「うん、うん」


「忘れられなかった…この胸から、いつだって…」


「うん、俺もだよ」


フーリオは優しく、とても穏やかな声色で囁く。そして


「私も、お前の事が憎くて憎くて忘れられなかった」


先程までの声とは一転、その声は凍てつく風のような冷たさでレナントの心を凍らせる。

何故、レナントは唖然とする。

その顔を見たフーリオは笑う。


「何故?それは本気で言っているのか?」


その目付きに先程までの穏やかさは無かった。冷かなその視線はレナントの動きを封じる。


「レナント!」


レナントの身体が飛ばされたと同時に藤音が叫ぶ。

フーリオはレナントに零距離で射撃を食らわせた、そんなものを至近距離で食らってはひとたまりも無い。

レナントは痛みに呻き地面を這い蹲る。


「信じていた人間に裏切られた痛みが少しは分かったか?」


「裏切られた…?」


レナントはフーリオが何故そんな事を言うのか分からなかった。

俺がいつ裏切った?俺は…俺はみんなの為に…理解が追いつかない状況にレナントの頭と心は乱される。


「何を、言っているんだ…?」


レナントは地面に伏しながらも縋る思いでフーリオを見つめる。

だが、そんなレナントの事など気にも止めてないようで言葉を続けた。


「立て」


フーリオは何処からともなくその身程、いやその身よりも大きな斧を取り出しレナントの首元に刃を向ける。

それを見た藤音とアイルズは武器を取り出しレナントを守ろうと構えた、だが刃を向けられたレナントは動こうとせず、ただ俯くだけだった。

そんなレナントを見てフーリオは再び舌打ちをして武器をしまう。

そして、言葉で追い打ちをかける。



「あの坊ちゃんの事、ドクターは大層気に入っているようだ。」


手遅れにならないといいな、と捨て台詞の様にそう言うとフーリオは来た道を戻る。

フーリオの言葉はレナントだけでなく藤音とアイルズにも衝撃を与える。

自分を覆う影が消えたことでレナントは我に返る、待てと叫ぶがフーリオは反応すらせず、そのまま足を進める。

そこにはただ、レナントの声が響くだけだった。


「…」


痛みに顔をしかめながらもレナントはフーリオが消えていった通路を真っ直ぐ見つめる。


「レナントくん、大丈夫?今回復魔法かけるから」


アイルズは魔法陣を展開させて魔法を発動する。魔法が効いて痛みが引いたのか、レナントはアイルズに礼を言ってふらつきながらも立ち上がる。


「レナント…早速で悪いがドクターとやらの居場所は分かるか」


そう言う藤音の目は据わっている。

藤音は一刻も早くエリオスの元へ向いたいのだろう、それはアイルズにもレナントにも容易に察することが出来た。

レナントは頷き、こっちだと足を進めた。



​───────



「さて、そろそろ薬は効いてきたかな?」


それだけ言うとラビリは拘束している鉄枷を外し始める。

今だ、とエリオスはガシャンと音を立てて外れたそれを見て、逃げようと目論むが身体が思うように動かない。


「あぁ、逃げたら駄目じゃないか」


エリオスは無理に動いて落ちそうになった所をラビリに抱えられ、再び台に戻されてしまう。

そして、ラビリの手はエリオスの首元に伸びる。


「ぁ、ぐ…っ!」


「あぁ…良いよ、その苦痛に染まる瞳に苦しむ声」


実に美しく、愛おしい。ラビリは恍惚の表情で天を仰ぐ。

何がなんだか分からないエリオスはただラビリを視界に入れたくなくて目を瞑る。


「彼の四肢を奪って私が居ないと生きていけないようにしようか」

「あぁ、やはりこの肉体に埋め込まれた2つの碧眼は素晴らしい、取ってしまうのが勿体無いよ…」

「だがこの瞳、1度でいいから満足いくまで調べたいな…」

「反抗的な瞳も良いがこの碧い瞳が従順に私を見たらどれだけ愛らしい事が…!そうだ、それなら私しか見れない様にするのも良いな」

「この声で罵られたい…あぁ、だが鳴かせるのも悪くない…いや、いっそ私しか呼ばないように躾ようか…」


目の前のエリオスを忘れてラビリの妄想はエスカレートする。

視界を閉ざしてしまった為、エリオスがその光景を想像するのは容易かった。そして、強がっていた心に恐怖の芽は着々と花開く。

だがエリオスは怯えるとこの男を一層喜ばせる事になるのは分かっていた、だから悟られない様に瞼を開き、睨みつけて反抗してみせた。

それが、ラビリをさらに興奮させるとは知らずに。


「その反抗的な瞳…!そんな目で見つめられたらぞくぞくするよ…!」


はぁ、と恍惚のため息を吐くラビリ。


「っ…、ぁ、が…っ!」


どんどん強くなる締め付けにエリオスは顔をしかめる。

先程から己の首に伸びる手をどけようにも、薬のせいで力が入らずその手は意味を成さない。

どんどんきつくなる締め付けはエリオスから呼吸を奪い、意識は霧掛かっていく。

薄れゆく意識の中、エリオスは名前を呼ぶ。



ふじね、さん



だが、その名前は声に出されることなくエリオスの意識と共に霧の向こうへと消えてしまった。

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