第19話「忍び寄る危機」

「あれ、…寝てるのか」


水を貰って戻ってきたレナントが部屋に入るなり寝ているエリオスと藤音を見て呟く。

それに反応したのはドラたまだった。


「こいつら体にめっちゃ負担かかってるからな、疲れて寝てもうたわ」


「そうか」


レナントはテーブルに水を置き、側にあった椅子に腰掛ける。


「ドラたま」


「ん?何や」


ドラたまは顔だけレナントに向けて返事をした。

そしてレナントは少し頼みがあるんだと言ってドラたまをじっと見つめる


「抱っこさせてくれないか」


「えらい可愛いお願いやな」


駄目か…としゅんとするレナントにドラたまはええけどな、と言ってぽてぽてと歩き膝に飛び乗る。

ドラたまが膝に来たことでレナントの表情は綻び、優しく抱きしめて撫で始める。


「お前見た目に反して可愛ええ趣味しとんな」


「…」


レナントは顔を赤らめて悪いか、と言って目をそらす。


「別に悪いとは言ってへんで」


ドラたまの言葉にレナントはそうか、と嬉しそうな声色で返してからそれ以降口を閉じた。

そう、少し恥ずかしい思いをしても、レナントはどうしてもエリオスたちともう少し一緒にいたかった。

自分はこのクエストが終わればお別れだ。

短い時間だったがレナントはエリオスたちに愛着が湧いていた、過去の…自分の仲間達との楽しい時を思い出すから。

暫くドラたまを撫でていたが突然扉が勢い良く開きレナントは驚きドラたまを強く抱きしめる。


「クエストの報告終わったよ!」


扉を開けたのはアイルズだった。

アイルズがエリオスくんと藤音さん寝てるの?と聞けば今度はレナントがそうだと返す。ドラたまレナントに強く抱きしめられてもがもが言っていたが、レナントが落ち着いて力が緩んだのか今は大人しく抱かれている。


「そっかー、じゃあ報酬は後で渡そっと」


アイルズも疲れたーと言って椅子に腰掛ける。

そして一息ついたところであっ、と声を上げた。


「そういえばレナントくんはこれからどうするの?」


アイルズの質問にレナントはすぐに答えることが出来ずにいた。いつもならまたギルドでクエストを受けたりする、と答えているのだが今回は違った。

レナントは黙る、それを不思議に思ったアイルズとドラたまは首を傾げた。


「急に黙ってどないしたんや」


ドラたまは問う。

だがレナントは答えない。


「ぼ、僕何かまずいこと言った?」


アイルズがおろおろとすればレナントは静かに首を振った。

レナントは静かに話し始める。


エリオスたちといると危なっかしく放っておけなくて、でもそれが嬉しくて、楽しくて、そして、別れが寂しいことを


それを黙って聞いていたアイルズだったがレナントが話し終わってすぐ口を開く。


「レナントくんって本当にいい人だよね」


「いい人じゃないさ、俺はお前たちを過去と重ねているんだから」


そうじゃないんだけどなー…とアイルズは心の中で苦笑いをする。

大事な過去の仲間と、出会って間もない僕たちを重ねてそんな風に思ってくれる君のその気持ちを言ったんだよ、と伝えようとしたが、それよりもいい事を思いついたのでアイルズは身を乗り出して提案する。


「じゃあレナントくんも一緒に旅しよ!」


エリオスくんと藤音さんならきっと一緒に行って良いって言うよ!と、アイルズの突然の提案にレナントは目を見開いたまま固まった。そして次に紡ぎ出した言葉は、エリオスと藤音さんは…という戸惑いの言葉だった。

そしてそこに新たな声が加わる


「私は別に構わんぞ」


「あれ藤音さん起きたの?」


おはようと言って返せば藤音は眠そうな声で返す。


「アイルズの賑やかな声で起きた」


頭をかきながらベッドから起き上がり衣服を整える。

そして言葉を続けた。

ただ、最終的にはエリオスの意見で決まるがエリオスなら良いと言うだろう。と

それを聞いたレナントは黙って頷いた。


「さて、私は買出しに行ってくるよ」


それだけ言うと藤音は部屋を出て行こうとしたが、アイルズはそれを慌てて制止する。

先程までふらついており、肩を貸さなければ歩けなかった藤音を1人で出歩かせるわけにはいかなかったからだ。


「もう回復した」


そういう藤音の顔色は血色が良く、本当に回復したことが伺えた。

でも…とアイルズが渋ればドラたまがしびれを切らし、3人まとめて追い出してしまう。

レナントは完全にとばっちりだ。


「ったく!エリオスが目ぇ覚ますやろ!!声のボリューム考えろっちゅーねん!!」


追い出した際ドラたまは鍵をかけドアの向こうに向かって叫ぶ。

そして3人の心は揃う。


お前の声の方が大きい、と


ともあれ、鍵まで締められてしまったので3人は大人しく買い物に向かうことにした。



「藤音さん今日のメニューは?」


アイルズはわくわくとした声色で藤音に質問し、藤音は顎に手を当て悩む。


「希望はあるか?」


と藤音が言えばアイルズが即答で肉と答えた。アイルズの答えにまたか、と笑って返す藤音だが異論は無いようでそのまま肉屋に向かう。





買い物を終えて藤音たちは宿に戻ってくる、宿のロビーはこれから宿泊しようとする客が僅かにいるものの、人は少なく静かだ。

だが3人は足を踏み入れた瞬間のただならぬ気配に気を張り詰める。宿は至って普通だ、なのに胸騒ぎを覚えさせる何かが漂っていた。


「なに…この胸騒ぎ…」


アイルズが呟く。

とりあえず部屋に戻ろうとして階段に足を踏み入れたのだが藤音が突然エリオスの名を呼び、階段をかけ登って部屋の扉を勢い良く開けた。

そして、2人もそれを追いかける。


「っ…エリオス!」


藤音は部屋を見て、どうしたのかと問おうとしたが部屋を見てアイルズとレナントは目を見開く。


「来たか」


部屋には眠っているエリオスとドラたまが居るはずだった、なのに見知らぬ仮面の男が居て、エリオスとドラたまを抱えて今にも拐おうとしていた。


「貴様っ…!エリオスを離せ!!」


エリオスとドラたまの危機に、藤音は咄嗟にクナイを男に向かって投げる、だが頭に血が登って冷静さを欠いたその一筋は簡単に弾かれてしまう。

そして男は自分に攻撃を仕掛けた藤音に目もくれず、後ろにいたレナントを見つめた。


「気付いているんだろう」


男はたった一言、その言葉を発しただけだ。

その一言を聞いたレナントは目を見開き呼吸を乱す。

何の事か分からない藤音とアイルズは怪訝な顔で男とレナントを交互に見る。

レナントはなにか言葉を言い出そうとしていたが男の言葉に遮られてしまう。


「その目…」


男はレナントの眼帯に向けて指を指す。

レナントは背筋の凍る様なその感覚に慌てて目を隠した、眼帯があるにも関わらずだ。


「なに、奪いやしないさ…だが」


そこまで言って男はレナントから視線を外し、エリオスを見る。


「この少年の綺麗な瞳はどうだろうね」


その場の空気が凍てつく。

男の言葉は回りくどいがエリオスの瞳を欲しがっている事を意味していた。

男の言葉に藤音は武器を取り出し男に切りかかる、だが男は避けるわけでもなく藤音前で手を開くだけだった。

チャンスとばかりに藤音が武器を振りかぶればその瞬間、男の足元と手前に魔法陣が展開される。


「藤音さん避けて!」


アイルズがそう叫ぶも、頭に血が登って冷静な判断が出来なくなっている人間が咄嗟に体の動きを変えれる訳もなく、そのまま男の魔法を正面から受けてしまう。


「くっ…!」


「藤音さん!」


禍々しい気に纏われ藤音は膝を付き、アイルズはそれを支える。

そんな藤音とアイルズを横目で見てから視線をレナントに移し、男は口を開く


「この少年を助けたければ『ドクター』の元へ来い」


「っ、まて!何故お前がドクターを…!」


今まで声を荒らげることのなかったレナントは『ドクター』という単語に反応する。

待て!と叫ぶレナントを無視して男はそのまま開いた窓から去っていく。


「待ってくれ!フリーオ!!!」


レナントは窓枠に乗り出して名前を呼ぶが、既に人の気配のない暗闇となってしまった空に声が響くだけだった。


「何で…」


遠い空を仰ぎ、己の感情に心をかき乱されるレナント。



「くそっ!エリオスとドラたまが…!!何なんだアイツは!!」


「藤音さん駄目、落ち着いて!」


アイルズの言葉でレナントはハッと意識を現実に引き戻される。

男の術のせいでまだ本調子ではないようだが、それでも今にもエリオスを追いかけようとし怒りを顕にしている。

アイルズも藤音を抑える為に必死に腕を掴んでいる。


そんな2人を見てレナントは心を痛めて俯いていると突然名前を呼ばれ顔を上げる。


「レナント、あの男はどこに行った!!エリオスはどこに連れて行かれたんだ!!」


血相を変えた藤音はレナントに詰め寄る。

レナントはそのあまりの勢いに驚いてとっさに応えることが出来なかった。


「藤音さんってば…!レナントくんどうしてこうなったのか落ち着いて話してもらえる?」


冷静さを失った藤音に代わり、アイルズが状況の説明を求める。

幸いアイルズが、ほら、深呼吸だよ、と言って2人を落ち着かせたのでレナントも平常心を取り戻せた。

レナントは事態は一刻を争う事を知っていたので一息つく間もなく話し始めた。


「エリオスはきっとドクターの元に連れて行かれたんだ」


そのドクターはセントラリアに居る。

レナントがそう言えば藤音は急いで身支度をする。


「セントラリアの何処だ、私をそこに連れていけ」


詳しい事も話してもらおうか、そう言う藤音の静かな声は、アイルズのお陰で少し冷静さを取り戻していた。だがその言葉と行動は焦りを見せていた。

藤音を見てレナントは頷く。


「わかった、詳しい事は向かいながら話す。」


そして3人は宿を出てエリオスとドラたまが連れて行かれたドクターの元に急いだ。



​───────


「…ぅ」


薄暗く殺風景な部屋でエリオスは目を覚ます。


「何これ…」


後ろ手に縛られて床に転がされている自分。

前にもこんな事があったような…と寝ぼけた頭で考えるが、暫く頭を使って思考がクリアになったのかエリオスは自分の状況がおかしい事に気が付き完全に覚醒する。

だがどうしてこうなったのかは分からなかった。


確か…僕は、ドラたまと契約して、神殿を出た途端眠くなって、レナントさんに背負ってもらって……それから…


エリオスは必死に記憶を辿るがどう頑張ってもレナントに背負われた所までしか思い出せなかったが、思い出せないなら仕方ないと諦める。

それよりも藤音たちの姿を見つけようと体を起き上がらせ辺りを見回す。

辺りは殺風景な白い空間。



「ドラたま…!」


だがその殺風景な空間で、自分から少し離れた所にドラたまが横たわっているのを発見する。

手を後ろ手に拘束されていて動き辛いが何とかドラたまの元まで辿り着く。


「ドラたま…起きて…」


拘束のせいで横たわるドラたまを揺することすら出来ないが名前を呼び続ける。

何回か呼べば、ドラたまは耳をピクリと動かしてのその体を起こした。


「エリ…オス、どない、したんや?」


寝ぼけているのかドラたまはむにゃむにゃ言いながら顔を擦っている。

この異質な空間でドラたまの行動に少し恐怖心が和らぎ、エリオスはホッとする。


「ドラたま、ここどこか分かる?」


「どこかってそんなん宿に…………ここどこや!?」


ドラたまは見知らぬ場所にいる事に驚いたのか声を上げる。


「なぁエリオスここどこやねん!」


「そんなのこっちが聞きたいよ…」


ドラたまの声に驚きながらもエリオスは気が付けばここに居たんだから、と答える。

エリオスの言葉を聞いてドラたまはそうか、とだけ返しそしてエリオスを見てまた声を上げる。


「お前縛られとんのか!」


「うん」


エリオスが肯けばドラたまは後ろに周り、今解いたるからな!エリオスの拘束を解こうとする。

だがエリオスを拘束しているそれは鉄製で噛みちぎることも壊すことも不可能、魔法で何とかしようにも、部屋自体に特殊な加工が施されているのが魔力を練っても魔法が発動せず、諦めるしかなかった。


「アカン…魔法も使われへんしなんやねんコレ…膝ちょっと借りんで」


疲れたのかドラたま体で息をし、座り込んでいるエリオスの膝に乗っかる。


「うん…」


エリオスはドラたまが傍にいる事で少し安心していた。

そしてエリオスは改めて冷静になって何かないかと辺りを見回す。

だがドアらしきものがあるだけで、他には物さえ見当たらない

自分がいる所は本当に何も無いただの白い空間だったのだ。


エリオスはこの異常な空間に恐怖を覚え、ドラたまを抱き締めたかったがそれは拘束のせいで叶わなかった。



「お目覚めかな」


突然薄暗かった部屋に明かりが灯り、真っ白だと思っていた部屋の1面がガラス張りだという事が分かる。

そしてそのガラスの向こうには男が居り、座り込んでいたエリオスに対して声を掛ける。


エリオスは警戒して声を発することなくただ男を見つめていた。


「あぁ…いいねその瞳…とても…美しい碧眼だ」


距離があって分かりにくいが男がエリオスを危険な目で見ているのは明らかで、ガラスに隔たられているにも関わらず、エリオスは恐怖で後ずさる。


「その目、その目だよ…!」


男の興奮は激しさを増す。


「なんやねんお前気持ち悪いんじや!」


男を見てドラたまが声を上げる。

興奮していた男は横槍を入れられ機嫌を損ねたのか、冷たい瞳でドラたまを見た。


「うるさいトカゲだね」


「はっ、うるさいのがわいの性分でな!」


男のその冷たい瞳に怯むことなくドラたまは言い返す。

その態度が気に食わなかったのか男は舌打ちをし、扉を開けてエリオスたちがいる空間に入ってきた。


「No.5、この子をあの部屋に。あぁそんな乱暴に扱っては駄目だ、もっと優しく、そう…丁寧にね…そっちのトカゲは乱暴に扱って構わない」


No.5と呼ばれた人の形をしたソレはエリオスを大切に抱え、ドラたまは尻尾を一つかみされ、宙ぶらりんにされる。


そして男はNo.5を連れ、白い空間を後にした。

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