第18話「龍神と少年」
本当は不安だ。だって神様と契約なんて実感がわかなくて。
トカゲは命に関わることは無い、とも言ってたし、色々いい事があると言っていた。
別に力が欲しい訳じゃないからその辺はどうでもいいんだけど…
僕が気にするのはそこじゃない。
水を司る神と名乗るこの龍神とそんな軽々と契約してしまって良いのかという事だ。
さっきは異変をどうにか出来ると聞いて、契約する気だった。
だけど…何と言うか…トカゲのフランクな感じが怪しさを全面的に押し出していてちょっと躊躇いが生じた。
それでも、悪い感じはしなさそうだし、それで少しはマシになるなら契約するしかないじゃないか。
「坊主、名前を教えろ」
「エリオス」
「ファミリーネームもや」
「ロロフィーネ」
「・・・そうか、エリオス・ロロフィーネやな」
一瞬間があったのが気になるけどトカゲは僕の名前を復唱した後ブツブツ唱え始めた。
契約のための呪文かなとそれを見つめていると足元に複雑な魔法陣が現れる。
そして僕とトカゲを隔離したと思えば急に体から力が抜けて僕は床に膝をつく。
急に膝を付いた僕を心配してくれているのか藤音さんたちが僕を呼ぶ。だけど、何故か意識をそちらに向けちゃ駄目な気がして僕はそのまま無視してしまった。
「エリオス」
目の前から名前を呼ばれて顔を上げるとそこにはトカゲではなく露出度の高い男の人がいた。
「お前と契約する為魔力を戴いた。後は契約の言葉を交わすだけだ。」
「契約の、言葉…」
「そうだ」
契約の言葉と言われても…
「何て言えば良いか分からないんだけど」
僕がそう言えば男の人は一瞬目を見開いてから笑い出した。何もおかしい事言ってないのに!
「なんで笑うの」
「いや、うん…そうだな…っ」
必死に笑いを堪えてるけど全然堪えれていない。暫く黙っていたけど僕の顔を見た男の人は引き攣った顔をして笑うのを止めた。
男の人は軽く咳払いをしてから僕に向き直る。
「そうだな、“契約の意志”をありのまま示してくれればいい。」
「ありのまま?」
僕が問えば男の人は頷く。
「そう、変に飾ったり、かしこまったりしなくていい。私と契約する意思を等身大の君で示してくれればいいんだ。」
そしてウケは狙わなくていいと付け足された。別にさっきのもウケを狙ったわけじゃないんだけど…
まあいいや、とにかく自分の言葉で契約の意思を示せばいいんだ。
僕は目を閉じて深呼吸をした。そして男の人の手を握る。
「僕、君と契約するよ」
僕の言葉を聞いた男の人が“契約成立”と言った途端、光と水が僕を纏ってそれはしばらくして割れた。
割れた時の光と飛沫が少し冷たかったけど力が湧いてくる感じがする。
「これで契約完了や。」
ふと前を見ると男の人ではなくあの青いトカゲがいた。
「なんで戻ってるの?」
「お前さんから貰った魔力をわいの魔力に変換して返したからな。またすっからかんなんや」
魔力交換と契約の言葉、これをやれば契約完了なんや!とトカゲが言えばエリオスはふーんと返す。
「特に変わった感じはないね」
…服が湿ってるのはこの際置いておこう。
「まぁ契約だけやしな、せいぜいお前とわいの魔力が繋がっただけやで」
トカゲ曰く、今はすっからかんの状態だから暫くは僕の魔力を使って回復するらしい。そして魔力を繋げることによって僕の魔力がトカゲに安定して供給されたり、僕が水属性の魔法を使える様になったりするそうだ。
「あぁ、だから倦怠感が現れるって言ってたんだ」
魔力を君に渡してるから、と言えばトカゲは頷いた
「今はわいの加護が働いた神殿におるから平気やけど外に出たら一気にだるなるから気い付けや」
「分かった」
「よっしゃ、ちゅーわけで契約も済んだ。保護者が怖い顔してこっち見とるわ、戻ろかエリオス」
いやだから保護者ではないんだけど…って言おうとした所である事に気が付く。
「ねぇ、君の事なんて呼べばいい?」
「ん?好きに呼んでくれて構わんで」
「それ一番困る」
「しゃーないやん、龍神って言う名称はあるけどわい固有の名前は無いねんもん。」
人間に名前を呼ばれるような機会今まで無かったしなーと、トカゲが答えればエリオスはうーん…と少し考え、思い付いたのか口にする。
「じゃあドラゴンのたまごみたいだからドラたまで」
「ドラたまぁ?」
エリオスの名付けに不満そうに繰り返すせばエリオスはボソリと
「トカゲでもいいけど」
「それは嫌や」
エリオスの言葉にトカゲは素早く返す。
じゃあドラたまね、とエリオスが言えば“ドラたま”は分かった、と頷き、エリオスとドラたまは藤音たちの元へ歩いて行く。
「エリオス!無事か!」
藤音が真っ先に走ってくる。
エリオスの元に着いた藤音は怪我はないか、と心配をする。
エリオスが大丈夫、と返せば藤音はホッと胸をなでおろした。
「ドラたまとの契約も終わったよ、帰ろう」
エリオスからの聞きなれない名称に3人は“ドラたま?”と声を揃える。
そしてエリオスはドラたまを抱き上げて名前が無かったから決めた旨を話す。
「ドラゴンのたまごというかトカゲに見えるがな」
「トカゲは流石に嫌やってん」
藤音がボソッと呟けばドラたまはすかさず言葉を被せる。
そう、それはまるで漫才のように。
暫くその話で和んでいた4人と1匹だったが、エリオスがあっ、と声を出しす
「それで、異変は何とか出来たの?」
エリオスは問う。本来の目的は異変を少しでも何とかしてもらうこと、契約までしたのに出来てませんでした、では困るのだ。
「すまん、うっかりしてたわ!」
今からめっちゃ急いで何とかするから魔力貰うで!とドラたまが言えばエリオスは呆れた顔をしたものの、良いよ、と頷く。そして藤音たちから距離を取り、ドラたまはエリオスを側にいさせ魔力を借り術式を展開する。
複雑な魔法陣と共に魔力の粒子が辺りに漂い煌めく。
ドラたまは暫くぶつぶつと何かを唱えていたが突然ぱたりと止み、その後勢いよく魔力が放たれた。
心做しか辺りの空気が澄んでいる。
「…よし、今のわいが出来るんはここまでや」
ドラたまはエリオスに向き直る。
「お疲れ様」
エリオスがドラたまを抱き上げて労り撫でると気を良くしたのかドラたまは目を細めてその手を受け入れる。
「力が戻ったらちゃんと戻したるわな」
「その時は頼むよ」
ドラたまとエリオスは談笑しながら藤音たちの元へ戻る。
本来の目的を果たした一行は神殿から出るために来た道を戻り外に向かう。
そして、神殿から完全に出たその時、エリオスは膝を付いてしゃがみこんでしまった、藤音たちが大丈夫かとかけ寄るがエリオスは頷くだけで答えない。
「立て…そうにはないな」
そう言って藤音はエリオスを抱えようとしたが藤音の足元もふらつき、アイルズがそれを受け止める。
「ちょっ、藤音さんも大丈夫!?」
「あ、あぁ…」
そう答える藤音の顔には疲れが見えている。
ただでさえ集中力が必要で負担のかかる浄化の術使用をしたのだ、疲れないわけがない。
「エリオスくんは僕が運ぶから!」
任せて、とアイルズは胸を張って言い、エリオスを抱えようとしたが持ち上がらない。
「…」
アイルズに視線が刺さる。
身長こそあるものの、鍛えておらず寧ろ筋肉の少ないひょろっこいアイルズが人を抱き上げること自体かなり無理があったのだ。
どうしよう、という顔で固まったアイルズを見かねたレナントが名乗りあげる。
「俺がエリオスを運ぶよ」
よっと、と声を出しながらレナントはエリオスを背負う。
「ありがとう、レナントさん…」
か細い声でエリオスは礼を言う。
エリオスの言葉にレナントは微笑み、柔らかい声色でどういたしまして、と返せばエリオスはそれを聞いて安心したのかすやすやと寝息を立て始めた。
「それじゃあ街に戻ろう。藤音さん肩貸すよ」
アイルズがそう言って藤音の腕を方に回せばすまないな、と藤音はアイルズに礼を言う。
こうして4人と1匹は神殿を後にし、街へ足を進めた。
エリオスは眠っており藤音も疲労で喋ることは無かったが、肩を貸しているだけのアイルズが息切れしておりぜいぜいと荒い息遣いをしていた、そんなアイルズにドラたまは、だらしないなぁと小言を言ってアイルズをからかいレナントはそれを苦笑いしながら宥めていた。
一仕事終えた一行はそんな和やかな雰囲気のまま宿に戻りエリオスと藤音をベッドに寝かせる。
「クエストの報告に行かないと…」
藤音は起き上がろうとするがそれをアイルズが静止する。
「僕が行ってくるから藤音さんは休んでて!」
「だが…」
渋る藤音にアイルズはいいから!と押し切って部屋を出ていってしまった。
「俺、水貰ってくるよ」
アイルズに続きレナントも部屋から出ていき、部屋にはエリオスの寝息だけが聞こえていた。
「ドラたま」
「ん?」
眠るエリオスの側で丸まっていたドラたまは藤音の声で起きる。
だこ、名前を呼んで以降なかなか口を開かない藤音にドラたまは痺れを切らす。
「言いたいことあるならハッキリせぇ」
「…」
ピシャリと言われて藤音はぽつぽつと話し始めた。
「ある場所だけで気分が悪くなる現象について知らないか?」
藤音は話を続ける。
ある日を境に自分の故郷に居ると今まで美味しかった食べ物が不味く感じたり気分が悪くなるようになった事、そして家族や周りの人からは何も変わってないと言われた事を話す。
藤音の話を聞き終わったドラたまは何も言わない。
「些細なことでもいい、何か知らないだろうか」
藤音の表情は曇っている。
長年悩まされてきた不可解な現象のせいで、満足に里に居ることも出来ない状態に藤音は嫌気が差していた。
だから、この龍神ならば何か知らないかと、解決の糸口を掴めないかと尋ねたのだ。
だがドラたまからの反応はない。
「…変な話をしてすまない、忘れてくれ」
藤音が諦めの顔でベッドに寝転がろうとしたが、やっと声を発したドラたまに体を起こす。
「思い当たる節はあるけど…それが真実かどうかは分からんし、何よりお前さんには酷かも知らん。それでもええなら話したる」
「本当か!」
藤音は身を乗り出す。
酷でもいい、頼む、話してくれ!藤音が血相を変えてドラたまに詰め寄れば近い!と顔をぶにっと押され藤音は少し落ち着きを取り戻し距離を取る。
「ほんなら話したる。・・・お前が体調崩すのはその里に悪い気が溜まっとるからや」
「…悪い気って、お前を呑み込んでいたあれか?」
頷くドラたまを見て藤音はある事に気が付く。
「だが私は神殿では一切体調を崩さなかったぞ?なのに何故里では駄目なんだ?」
ドラたまは少し黙った後一息ついてから話を続ける。
「それはお前の里が悪い気の発生源になっているか…悪い気を溜め込み続けた人間がいるからやろうな」
「悪い気を溜め込み続けた人間?」
藤音が反応したのは後半部分だった。
悪い気を溜め込み続けた人間?そんな人物がいるのか?
藤音は思い当たる節を思い出そうとするが見当たらないので諦める。それよりも溜め込み続けたからと言って何故駄目になるのかそちらの方が気になり尋ねる。
「それはお前さんの浄化の力が限界に来て本能がお前さんを守る為に“わざと”体調を崩してるんや」
「わざと?」
「そう、何らかの原因で里に悪い気が溜まるようになった。光属性のお前さんはそれを無意識の内に浄化してたんやろう。せやけど悪い気はどんどん溜まって…このまま留まれば自分が壊れてしまう。本能がそう察知したんや」
せやからお前を里から遠ざけるためにわざと体調を崩すように本能がそうさせてたんや、浄化がどれだけ体に負担が掛かるかは自分が一番わかってるやろ。そう言うドラたまに藤音は頷く。
何せ現在進行形でそれを体感しているのだから。
「とにかく何とかするには元凶を絶たなあかん」
「そうか…ありがとう」
「別にええよ」
長年の不可解な現象にやっとたどり着けた。解決の糸口も見えた。なのに…元凶が分からなければどうしようもない。
藤音は複雑な心境だった。
「そう思いつめんとき、今は体調を戻すのが先や」
「そうだな」
自分を気遣うドラたまに安心感を覚え、お返しとばかりに優しく頭を撫でた。
そして藤音は布団に潜り込む。
そういえばアイルズとレナント遅いな…と藤音の頭は2人の事を気にしていたが、色々考え、思いつめ、疲れていたのかそのまま眠りについてしまった。
「…」
そして、1人残されたドラたまは言葉を発するわけでもなくただエリオスと藤音を見ていた。
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