第16話「呑まれた龍」

4人は覚悟を決め、扉を開き先へ進む。

どうやら禍々しい気配の出どころの様で、部屋の奥からから流れ出た空気がぶわっと4人を包んだ。


「何この空気…気持ち悪い」


アイルズとレナントはそれに当てられ顔色を悪くする。光属性の藤音はそういった物の影響を受けないので、アイルズとレナントに駆け寄り治療をする。

そしてエリオスは一見、けろりとしているように見えるが顔色は悪く、いつしかのアイルズの様だ。

そんなエリオスを見て藤音は駆け寄り声をかける。


「エリオス」


名前を呼ばれてハッとする。

大丈夫か、と藤音が声をかければ、大丈夫、とオウム返しのような返事が返ってくる。

その声色は少し震えており明らかに大丈夫ではない。

今にも倒れそうなエリオスの肩を支え、1回戻るか、と藤音が扉の方を向く。


「なっ…!扉が!」


入ってきた扉は閉ざされ、先程の様な水の壁が形成されていた。

こんなことが出来るのは…と藤音が視線を部屋の奥へ移せば部屋を覆っていた禍々しい気が晴れていく。


「あれは…龍?」


「恐らくここの主だ」


少し体調が回復したアイルズとレナントは藤音の側に寄る。

そして、ずっと黙っていたエリオスは藤音がそばにいるお陰で少しは回復してきたのか龍を見て口を開く。


「見つけた…」


エリオスはじっと龍を見つめる。


「でも話せそうな雰囲気じゃないね」


話す気だったのか!と藤音とアイルズは心の中で驚く。

エリオスから話を聞いていたレナントは驚きこそしなかったものの、この状況でまだ話す気なのかと別の意味で驚いていた。

今はただ佇んでいるだけだが、こちらが1度でも攻撃を仕掛ければ龍は間違いなくこちらに襲いかかってくる。

緊迫した空気が辺りに漂う。

ふと、アイルズは思いついたのか呟く。


「でもなんで襲ってこないんだろう」


「そう言えばそうだな、侵入者である私たちが目の前まで来ているのに何の動きも見せない」


禍々しい気を纏っており、敵対する者というのは明らかだ、なのに、自分の領域に人間がいても攻撃するわけではなくただ佇んでいるという奇妙な状況だ。

だがその割には退路が絶たれている、龍の仕業か、はたまた部屋に入ると閉ざす仕組みなのかは分からないが、とにかくこの状況を打破するには龍を何とかするしかない。エリオス達はその結論に至る。


どうしたものかと頭を抱えている3人にエリオスは口を開く。


「ねぇ、龍に1度近付いてみてもいい?」


「何を言ってるんだ!?」


思いもよらぬ言葉にいち早く反応したのは藤音だった。

龍に近付く?そんな危険な事駄目だ!と珍しく声を荒らげる。

いくらエリオスが高い戦闘能力を持っていても、龍神相手に襲われては命の保証はない。この時ばかりは藤音もアイルズも、そしてレナントも止める。


「この状況を打破するにはあの龍を何とかするしかないんでしょ?ここに来たいと言ったのは僕だ、危険でも僕が何とかするべきだ。」


「…ただでは済まないぞ」


「そうかもね」


心配するレナントにエリオスはさらりと答える。

だが、こうなってしまった原因は自分だとエリオスは理解しており、藤音達を不安にさせないようにわざと軽く言った。


騎士団に所属していた頃、優れた能力や力を持つ者が集まるその中でも秀でて高い戦闘能力を持っていたエリオスは若輩ながらに前線で部隊を率いることが多々あった。

前に立つ自分が恐れてしまっては付いてきてくれる人も恐れを抱いてしまい出来ることも出来なくなってしまう、故に恐怖心を見せてはならない。

だから勝利を得るため人を率いる責任がある自分は、みんなが安心して戦えるようにしなければいけない。そんな自分を追い詰める環境で生まれた考え方は、短い間とはいえエリオスの心に強く刻まれていた。


そして言葉を続ける。


「だけど、僕が近づいて何も無かったとして、どれだけ運が良くてもきっと戦闘は避けられない、そうなったら僕は前で戦う。だから藤音さんたちは安全な場所から戦って欲しいんだ。」


僕だけじゃ倒せない、だから力を貸して欲しい。

エリオスがそう言えば藤音が口を開く。


「私の力ならいくらでもくれてやる」


それに、付いてきたのは自分の意思だ、だから君が責任を感じる事は無い、と続けエリオスの頭を撫でる。


「後ろからでいいならならいくらでも貸すよ」


藤音に続いてアイルズ、レナントが頷く。

じゃあちょっと行ってくるね、と言うエリオスだったが、藤音がそれを呼び止める。



「エリオス、君に光の加護を。」


藤音がそう言い、エリオスの髪を掻き分け額に口付けを落とす。

それはまるで親が子どもにする、愛おしく思う気持ちの表現や、安心させるような所作だった。

突然額に口付けをされてぽかーんとしていたエリオスだったが我に返る。


「何だか藤音さんに護られてる感じ」


と嬉しそうに額を撫でて、いってきます、と言い藤音たちに背を向けて龍神の元へ歩き出す。

そして、藤音たちはいつ戦いになっても良いように戦闘態勢を取る。


エリオスの足はどんどん龍神に向かっていく、龍神に動く気配はなく、とうとう目の前に来てしまった。

エリオスは意を決して声を掛ける。


「あの、」


エリオスの声に禍々しい空気をまとったそれはぴくりと反応を見せる。


「…れ」


たった一言、聞き取れないほどの小さな声で言葉を絞り出していた。

それを耳にしたエリオスはもう一度声を掛けようと試みるがその前に龍神が言葉を発する。


「…が、もう…抑…」


そう聞こえた瞬間、禍々しい空気が溢れ出し、龍神はエリオスに向かって攻撃を仕掛ける。

警戒はしていたので避けることは出来た、だが次の攻撃が素早く繰り出される。


「うわっ!?」


爪を避けたかと思ったら次に尻尾が飛んでくる、掠っただけだが、エリオスは強い痛みを感じる。

先程は聞き取れないほど小さな声とはいえ同じ言語を話していた、だが今は、唸り、轟くような鳴き声を上げて暴れている。

それを見たエリオスはあることに気が付き、藤音たちに向かって叫ぶ。


「この龍神正気を失ってる!藤音さんたち気を付けて!」


エリオスの叫びを聞き、藤音達に緊張が走る。

正気を失った神に適うのか、どうにか出来るのかと。

だがどうにかするしかないのだ。


「どうしよう、正気に戻すことって出来るのかな…」


「さあ…そもそも何故正気を失っているのかも分からないのに…」


アイルズとレナントは後方から魔法でエリオスの援護をしながら相談する。

そして藤音も援護をしているが、2人とは違い黙って何かを考えていた。


「…正気に戻す方法ならある」


ぶつぶつ言っていた藤音が突然顔を上げて言う。

アイルズとレナントが尋ねると藤音は話し出した。


「浄化の術を使い、龍神に付いているあの禍々しいモノを祓うんだ。」


「浄化の術って…その言いぶりだと藤音さん使えるの?」


アイルズの言葉に藤音は頷く。

生まれつき光属性を持つ藤音は邪気などを寄せ付けないどころか退ける力を持っている。

現に、アイルズとレナント、エリオスが禍々しい空気に当てられた時も1人だけけろりとしていたし、触れることでその気を浄化していた。


「ただ、神の意識を喰らうほどの気を浄化するにはかなり強力な術でなくてはならない」


そうなると術を発動するのに時間がかかる、だから私は戦闘に参加出来ない。

藤音がそう言えばアイルズとレナントは黙る。


「私が術を発動するまでエリオスの援護を頼んでもいいか」


藤音がアイルズとレナントを見つめ、2人はそれに顔を見合わせ頷く。

2人の返答によし、と言って藤音は更に後ろに下がり術の展開を始める。

そしてアイルズとレナントも援護に集中する為に龍神に視線を向けた。


「エリオスくん!」


アイルズが名前を呼べばエリオスは振り向く、そして先ほどの藤音との会話を手早く伝える。

そして、藤音くんがが術の発動をするまで時間を稼ぐよ!とアイルズが叫べばエリオスもそれに答える。


時間稼ぎか…苦手ではないけどこれだけ厄介な相手だとしんどいな…だけどアイルズさんとレナントさんが援護してくれるなら大丈夫。


エリオスは槍を振りかぶり、龍神に向かって振り下ろす。

その時、たまたま額の宝石に直撃し、龍神は苦しげな声を上げ動きが鈍くなった。


「もしかしてこの石、弱点?」


もう一度、当てることが出来れば確かめられるんだけど…

エリオスは額の宝石を狙うが、龍神は先程の攻撃を覚えたのか額の宝石に当たらないように避ける。くそ、とエリオスは舌打ちをする。


「アイルズさん!レナントさん!」


「どうしたの!」


アイルズとレナントは魔法の詠唱をしながらエリオスの声に答える。

そしてエリオスは2人に額の宝石を狙って欲しいと伝えれば、レナントがすかさず射撃魔法を飛ばす。

レナントが放った射撃魔法は見事に龍神に命中し、また動きが鈍くなる。


「レナントくん、凄いね…」


アイルズはぽかーんと口を開けている。


「見とれてくれるのは嬉しいがお前も働いてくれよ」


レナントはふっ、と笑うとまた狙撃に集中する。

そしてレナントの言葉にアイルズは慌てて詠唱を始めた。


藤音が術の展開を始めて数分、わずか数分とはいえ術の展開にしては長い方だ。

その数分間エリオスたちは龍神の攻撃を交わしつつ動きを鈍らせる、そうして時間を稼いでいる内に術の展開は完了し、いつでも発動できるようになっていた。


「エリオス、アイルズ、レナント!展開が完了した!頼む!龍神の動きを止めてくれ!!」


藤音は叫ぶ。

高度な術だ、失敗して1からやり直しとなるのは自分の精神的にも、エリオスたちの為にも避けたかった、動きを封じて確実に術を当てたい。

あの3人ならやってくれるだろう、藤音は信じてエリオス、アイルズ、レナントの3人に託す。


「エリオス!指示をくれ!」


レナントは叫ぶ。

前線で龍神の相手をしていたエリオスだからこそ、どうすればいいか分かるはずだとレナントとアイルズは最終判断をエリオスに託した。


「…レナントさん、出来るだけあの石に魔法を当てて動きを封じて!アイルズさんは氷属性の魔法をお願い!氷で完全に動きを止めるよ!」


エリオスの言葉にアイルズとレナントは顔を見合わせて各々動く。


「ありったけの狙撃魔法を食らえ!」


レナントの周りに無数の魔力の玉が現れ、レナントが手で空を切るとそれは龍神目掛けて飛んでいく。

龍神は避けようと動く、だが玉の進路がそれに合わせて変わり、龍神の弱点へ確実に命中していく。

弱点に無数の狙撃をされた龍神はほとんど動かなくなり、うなり声をあげて佇んでいる。


「後は任せた!エリオス!アイルズ!」


レナントがそう言い終わった瞬間、アイルズの魔法の詠唱が終わる。

アイルズがエリオスを見るとエリオスは頷き、行くよ、と声を掛ける。


「「凍れ!」」


その声が空間に響くと辺りの気温がどんどん下がり、龍神の足元にアイルズの発動した魔法陣が現れ、そして、そこにエリオスの魔法が合わさって龍神を氷漬けにしていく。

完全に凍り付き、龍神が氷像化すのに時間はかからなかった。


「「藤音さん!」」


エリオスとアイルズか叫べば藤音は2人を見る。

これで確実に浄化をすることが出来る。


「任せろ!」


藤音が手を掲げる。


「邪悪を祓い、浄化せよ!」


そう言うと、それを合図に浄化の術が発動し、氷漬けの龍神に光が纏う。

そして、光の柱が立ったかと思えば氷は砕け散り、龍神の姿が消える。


「あっ…」


龍神の近くにいたエリオスはなにか見えたようで、砕ける氷の中に走っていく。

危ないぞ!と藤音が声を掛けるものの、エリオスの周りはガラガラと氷が音を立てているので声は届かず、エリオスはそのまま走って行ってしまった。



「よっ、と」



エリオスは氷の中から何かを青いものが落ちるのを発見し、それを抱きとめた。

なんだろう、と腕の中を見る。




「…おっきい青いトカゲ…?」



エリオスの腕にはぐでーんと伸びた青い生き物が抱かれていた。

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