第11話「真っ直ぐな言葉」

街に辿り着き、エリオスたちは街の人たちの視線を浴びた。

エリオスと藤音はそれを気にすることなく見つめる人混みを掻き分け、歳を召した男性が案内すると言えば大人しくそれに付いて行く。

そして特に会話もすることなく宿にたどり着き、そこで男性とは分かれた。


「待ってたぞ、部屋の準備は出来てるから早く休ませてやりな!」


主人は、にかっと笑って部屋に案内し、何かあれば言ってくれ、とだけ言って部屋を出ていった。

藤音はアイルズをベッドに寝かせ、術をかける。

植物の匂いを感じなくなって楽になったのか顔色は徐々に回復していく。


「はぁ、少し楽になってきたよ」


「それは良かった。…そうだ、アンタ食事は出来そうか?」


「え?どうだろう…あそこにいた間は食べ物なんて口にしてなかったから」


アイルズはえーっと…と顎に手を当てて考える。

アイルズ曰く、自分は魔力を栄養素として循環させる事ができる為、食べなくても生きていけるのだと。

それを聞いた藤音とエリオスは流石に驚く。

吸血鬼は皆そうなのか、と問えば、魔力を栄養素に生きるのは僕くらいだ、とアイルズは笑う。


「そうか、今から食事を作ってくるから食べれそうなら食べてくれ。」


「僕は残るね」


「…そうだな、そうしてくれ」


それだけ言うと藤音は部屋から出ていく。

部屋に残ったエリオスとアイルズの2人はお互い顔を見合わせる。


「君といい藤音さんといい、優しいね」


アイルズはポツリと呟き、それを聞いたエリオスは、藤音さんはともかく僕は別に優しくないよ、と返す。

世話を焼く藤音は優しいかもしれないが、自分は特に何もしていないのだから、そう言われる理由がエリオスにはわからなかった。


「優しいよ、放っておけないだけって理由で、危険を承知で僕を助けるなんて」


と言われるが、エリオスは本当に放っておけなかっただけなんだけどなぁ…と呟く。

だがその放っておけない、という気持ちだけでもアイルズは嬉しく思っていた。


「そう思ってくれるだけで嬉しいんだよ。僕の攻撃を受けてまで助けようとしたのは君たちだけだから」


「ふぅん…」


アイルズが嬉しそうにしているのでエリオスはそれ以上は追求しないことにした。

そして、アイルズはそうだ、と声を上げる。


「でも何で放っておけなかったの」


「…」


アイルズの問いに、エリオスはうーん、と首を捻り静かに答える。


両親と祖母が他界し自分は1人になった、それがとても辛く寂しいもので、その気持ちがわかるから、アイルズを助けたかったのだと、エリオスは言う。


「それに、吸血鬼って本で読んで興味があったんだ。」


人間より圧倒的な力を持ち、人間を襲い、血を吸う冷血無慈悲な悪魔。そして色白の肌に、美しい容姿を持つ種族だと。

そして、世界を見てほしいという祖母の言葉と、その伝承は本当なのか、自分の目で確かめたかったと伝える。


「実際アイルズさんを見たら伝承も頼りにならないなって思ったよ。だってアイルズさんは冷血無慈悲な悪魔じゃなかったもん」


「だけど僕みたいなのばっかりじゃないよ?」



「それでも、アイルズさんみたいな優しい吸血鬼がいるって知れたから良いんだ。」



エリオスの真っ直ぐな言葉。

アイルズは心の中で迷っていた己に決心がつき、エリオスをまっすぐ見つめて口を開く。



「エリオスくん…僕の全てを君にあげる。だから、僕を好きな様にしてもいいよ?」



「……………………は?」


あまりの衝撃発言にエリオスは固まる。

え?全部?好きにしていい?何を言っているのだろう、アイルズに向ける視線は自然と冷める。

その目やめてっ!とアイルズが涙目になっているがエリオスはその目を止めない。


「うーん…言い方悪かったかな……つまり僕の未来は全部君に捧げる、って事なんだけど…」


「お、重…」


エリオスの反応も当然で、突然自分の未来を捧げるから好きにしてくれ、なんて言われても重すぎるし困る。


「そう、かなぁ…」


アイルズはションボリと俯く。

アイルズはアイルズで行く宛のない身であり、例えどこかで生活するにしても周りに気を使い1人になるのは目に見えていた。

1人は嫌だし、何より自分を救ってくれた彼に恩返しをしたい、そう思い、アイルズはそう申し出たのだが重い、と言われへこむ。

だが、そんなアイルズを見てエリオスは慌てて訂正する。


「別にどこかに行けって言ってるわけじゃないよ、僕は見返りが欲しくてやった訳じゃないからアイルズさんはアイルズさんで好きな様にして欲しいんだ。」


「じゃあ…ずっと一緒にいてもいい?」


「う…うん…?」


アイルズの言葉にエリオスは首を傾げる。


「ずっとじゃなくても、エリオスくんに恋人ができたり、結婚したり、僕が邪魔になる時には離れるから…駄目かな。」


「駄目じゃないけど…僕恋人とか結婚っていまいち分からないからそんな時が来るかどうか…」


「そうなったら死ぬまで一緒にいさせてよ…なんてね」


「アイルズさんがそうしたいならそうするといいよ。僕はアイルズさんのこと邪魔だと思ってないから。」


エリオスの自分を受け入れる真っ直ぐな言葉に不覚にも目尻を熱くする。

藤音が言った通り、エリオスはアイルズ望んでいた、自分を知った上で受け入れる言葉を、何の躊躇いもなく心の底から顕にした。

それだけでアイルズがエリオスに尽くす理由は十分だった。


2人の会話が一段落すると、部屋の扉が突然開く。


「不安要素は全部取れたようだな」


藤音は大きなトレーに食事を持って戻ってきた。

だが、それでも全てではないらしく、エリオスに残りのトレーを持ってきてくれと頼む。

エリオスはわかった、と頷き部屋を出ていく。


「どうだった?」


「藤音さんの言った通りだった」


先程の言葉を藤音に伝えると、そうか、と笑う。

まるでエリオスの性格を熟知しているかの雰囲気に、アイルズは疑問を問いかける。


「随分仲が良いみたいだね」


「まだ出会って数日だがな」


「嘘っ!?」


帰ってきたのはまさかの答え。

出会って数日であの親しさ!?てっきり数年くらいの付き合いぐらいだと思ってたアイルズは声を上げる。

どちらもも、いや、せめてどちらかが賑やかでフレンドリーなタイプなら打ち解けるのが早いのも分かるが、エリオスと藤音はどちらもそのタイプではない。

アイルズには、エリオスはクールで無口と言う印象で、藤音も冷静でそこまで親交を深めようとするタイプではなさそうに見えていたからだ。


「本当だ、私達はまだお互いをよく知らない。」


藤音の言葉に嘘だぁ…とアイルズは呟く。

戦闘のコンビネーションはバッチリだったし、藤音がよくエリオスの頭をなでたりといったスキンシップも多い。

そして、藤音が一方的に構っているかと思えばそうではない、エリオスもまんざらでもない感じで嬉しそうなのだ。

傍から見ればとても出会って数日の関係には思えない。


「そうだろうか…」


「うん」


そうか…と藤音は手を顎に当てて考える。

そんな話をしていたらエリオスくんが戻ってきて扉を開けて入ってくる。

両手がふさがっているのに入ってこれたのは先程、エリオスが出ていった後、閉じられた扉を藤音が少し開けていたからだ。

藤音は部屋に入ってきたエリオスのトレーをご苦労さま、と言って受け取る。

エリオスは、持つよ、と申し訳なさそうにしている。

その光景を見てアイルズは、何故2人が短期間で打ち解けた関係になったのか少しわかった気がした。


「アイルズは食べること自体が久々だと言っていたから、食べやすいものにしてみた。私たちのものとは違うが今日はこれで腹を慣らすといい」


そう言って藤音さんが差し出したのはご飯を煮た、お粥、という食べ物。

藤音さんの住む所では割と知られている食べ物らしく。体調を崩した時によく食べるものらしい。


「粥は胃に優しいからな、アイルズでも食べれると思う。」


「ありがとう」


アイルズが器を受け取り、3人はいただきます、と言って食事を進める。

お粥という食べ物は食べやすく、久々に食べ物を食べるアイルズでも容易く平らげることが出来た。しかも美味しい。


藤音は、そうやって美味しそうに食べるアイルズとエリオスを見比べて 、やはり人間とそう変わらないものだな、と改めて思った。

そして3人は、談笑しながら食事を済ませ、これからの事を話し合う。



「明日には街を出ようと思っているが、アイルズは行けそうか?」


「うん、食べたら体調良くなってきた」


「それは結構」


藤音の問いに満足げに返すアイルズ。

それを見た藤音は話を続ける。


「次に近くにある街が割と広くてな、そこでアイルズの完全回復を待ちながら依頼を受けた方がいいと思うんだ。2人はどう思う?」


「それでいいと思う。」


エリオスは地理に詳しいわけでもないので、藤音の提案に頷いた。

アイルズも、特に異論はなく、口出しする必要が無かったのでそのまま頷き、意見が固まる。


結果、明日の朝に街を出発することになった。

そうとなれば今日はもう寝てしまおう、という事になり、3人は眠りにつくことにした。


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