第10話「旅は道連れ」
「ぅ…」
藤音は目を覚ます。先程まで感じていた重量感は無く、普通に起き上がることが出来た。
思考はぼんやりしていたが、とりあえず起き上がると、手の上に何かが落ちた。
「…濡れた布?」
何故こんなものが、と辺りを見る。
隣には先程まで戦っていた吸血鬼が額に濡れた布を乗せて寝ていた。
確か、水晶が砕けてこの男が倒れてきてエリオスが倒れてきて……
そうだ、2人分の体重を一身に受けて気を失ってしまったんだ。
思い出したところで、エリオスはどこに行ったのかと、探すために立ち上がる。
「藤音さん、気が付いた?」
大広間の入口にエリオスが、大きな器を持って立っていた、器には水が入っているのだろう、零さないようにゆっくりこちらに歩いてきた。
「さっきは止めを刺すように乗っかっちゃってごめんね」
先程の出来事を謝られる。
気にしなくていい、と俯いているエリオスの頭をぽんぽんと撫で、そして看病してくれた礼を言う。
「良いよ。それよりどうしよう、この人起きないんだけど…」
エリオスは男に視線を移す。
男の肌は血の気が失せ、白いを通り越してゾンビ色といって良いくらいの顔色になっていた。
エリオスは額に乗せた濡れた布を器にに入れた水に浸し、絞って乗せる。
ひやりとした布の冷たい感覚に男は意識を取り戻したようで、ゆっくり瞼を開いた。
「…」
「気が付いた?」
「君たちは…」
男はまだ意識をがはっきりしないのか、エリオスと私を交互に見て瞬きをする。
だんだんはっきりしてきたのか、ハッとして男は顔を蒼くする。
「ほ、僕…君たちにとんでもない事を……!」
先程の戦いを鮮明に思い出したのか、狼狽える。
「とりあえず落ち着いて」
「つめっ、冷たっ!なにこれ冷たい!!」
エリオスが男の頬をぺちっと叩く。
エリオスの手からは冷気が放出されており、冷たい冷たいと騒いでいる…エリオス、なぜ楽しそうなんだ
「危うく凍傷になるところだったよ…」
エリオスが手を離すと、男は涙目で先程まで触れられていた箇所をさする。
まるで熱々の食べ物を当てられて熱い熱いと騒ぐ3人組のコメディアンみたいだったとは言わないでおこう。
とはいえ、エリオスの行動に気が緩んだのか、先ほどみたいに狼狽えてはいなかった。
「落ち着いた?」
「うん、落ち着いた…」
「それで、呪いは解けた?」
「君たちが近くにいても体の自由が効くから解けたみたい」
「そう、良かった。」
エリオスはほっとした表情を見せ、言葉を続ける。
「僕たちは街に戻るけどお兄さんはどうするの?」
「僕は……行く宛もないし人目の付かない場所に行くよ。人がいるところだと怖がらせちゃうからね。」
男は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
男の言葉を聞いたエリオスは少し考え、そうだ、と何かを思いつく。
「じゃあ僕たちと一緒においでよ」
「へ?」
「藤音さん」
エリオスがいい?と言いたげにこちらを見る。
そんなの答えは一つに決まっている。
「私は構わない。」
「やった」
「ちょっ、ちょっと待って!分かってる?僕吸血鬼だよ!?」
「それがどうしたの?」
小さくガッツポーズを決めるエリオスに、男は慌てて声をかける。自分が怖くないのかと。
エリオスはポカンとして首を傾げた。
「何でって…!あ、そっちのお兄さんも吸血鬼が一緒って嫌じゃないの!?」
「え、別に」
正直、この目で見るまでは怖いと思っていたが、先程の大広間での私たちの身を案じる言葉や態度で恐怖心などどこかへいってしまった。
そう言うと男は口を開けて固まる。
「この子は一度言ったらなかなか折れないぞ。諦めろ。」
「いやいやいや!!」
「嫌なら無理は言わないけど」
「…嫌、じゃない、1人はもう嫌だし…君たちの申し出はむしろ嬉しいよ。だけど、僕は…」
男は、人間じゃなくて吸血鬼だし、君たちを傷付けたし…とうじうじしている。
傷付けたと言っているが、正直攻撃は一撃も食らってないので私とエリオスは無傷である。せいぜい下敷きにされた位だ。
「僕たちは色々あって観光しながら旅をしているんだ。旅は道連れって言うし。」
1人が嫌な気持ちは僕も分かるしね、と男をまっすぐ見つめ言葉を続ける。
「それに、怪我人はいないし、お兄さんも無事だったんだからこの件はそれでおしまい。で、お兄さんはどうしたい?僕たちと来るか、来ないか。」
エリオスは手を差し出す。
男は手を伸ばし、エリオスの手を取ろうとして、止める。
「これだけは聞かせて欲しい。何故僕を仲間にしようとする?本当にそう思ってる?吸血鬼の僕を受け入れることが出来る?」
「これも何かの縁だと僕は思うし、ずっと一緒にいろとはいはない、お兄さんが別れたい時に別れたらいいよ。…あと、受け入れることが出来るかって言うけど、そもそも受け入れれないなら一緒に行こうとは言わない。」
はっきりと、エリオスは言い切る。
エリオスのその言葉を聞いて、決心がついたのか男はエリオスの手を取りエリオスと私に笑いかける。
その顔はどこか吹っ切れたように感じた。
じゃあ街に戻ろうか、とエリオスは座り込んでいた男を引っ張って立たせる。
引っ張られた男は、まさか小柄なエリオスがそんな力があると思わなかったのか、エリオスと自分の手を二度見し、私に視線を向ける。
「エリオスは見た目より力あるぞ」
なんせ、そこそこ鍛えてると思っていた私ですら腕相撲をして負けたのだから。
「人は見かけによらないんだね…」
男はあはは、と笑っている。
正直、黙ってたら美男子なのに、冷気が冷たい冷たいと騒いでいたこの男のリアクションも大概だと思う。だがあえて言わない。
少しは打ち解けられただろうか、そう思った矢先、あることに気がつく。
「アンタ、名前は…?」
「そういえば聞いてない…」
男の名前を聞くのを忘れていたようで私たちは、街に戻る道中、自己紹介をする事にした。
「僕はエリオス・ロロフィーネ」
「私は藤音」
「エリオスくんに藤音さんだね、僕はアイルズ・マクリスター」
よろしく、と言う。
よろしく、と返したエリオスはそういえば、と口を開いた。
「アイルズさんずーっと1人だったって言ってたけどどれくらいいたの?」
「んー…ざっと100年?」
「えっ、アイルズさん何歳?」
「軽く200は生きてるよ」
「じゃあアイルズさんおじいちゃんなの?」
「体は若くてピチピチだよ」
「『体は』なんだな…」
「心も若いよ!」
アイルズはもう!と言って頬を膨らます。
実年齢の割に子供っぽいところがあるようだ。
和やかな雰囲気の中、私たちはお互いの自己紹介を済ませ、改めて握手を交わした。
街に向かって歩いていると、アイルズの顔色がまた悪くなる。
そうか、街の植物だ!
「歩けるか?」
「 うぅ、無理そう……」
城にいた時より青い顔をして何かもうゾンビの様なアンデッド系のモンスターみたいになっている。あ、でも吸血鬼ってアンデッド系か。って1人でノリツッコミしてる場合ではない。
元々こんな肌の色ではないので、流石にまずいだろうということで肩を貸すことにした。
「これで何とかいけるか?」
「うん…ありがと、何とか歩ける……エリオスくんどうしたの?」
エリオスもアイルズに肩を貸そうと思ったらしく、腕をまわすのだが身長が足りず、子供が大人にかまって欲しい時みたいになっている。
エリオスは真剣なんだ、笑うな私!…とはいえあまりにもその光景が微笑まし過ぎて笑いが堪えられない。
「…」
表情の変化の乏しいエリオスだが、一緒にいる事で藤音は少しずつエリオスのちょっとした変化が分かるようになってきていた。
あれは拗ねている顔だ。
笑ってしまったことを反省し、エリオスに言う。
「エリオス、街に行ってクエストの報告をして来てくれ。」
あと、いきなり吸血鬼を連れていけば街の人は反対するかもしれないから、説得も頼むぞ。と、お願いするとエリオスは頷いて走って行った。
神の使い、と言われてたエリオスが言えば、まだ街の人は分かってくれるだろう。
私はエリオスの背中を見送り、このゾンビの様な顔色の男を街に連れていくためにゆっくり足を進めた。
「野宿よりはちゃんとした所で休んだほうがいい。植物の匂いは私の術をかければ問題ないからそれで構わないな?」
「うん」
アイルズは頷く。
だが、少しだけ不安があった。
もし街に着いた時、出ていけと言われたらどうしよう。僕だけならいい、だけどこの人達までそんな事を言われて敵意を向けられるのは嫌だ。
この街だけじゃない、他の所でもそうなったら…
そんな考えが頭の中でぐるぐる回っていたアイルズだったが、藤音の声で思考は止まる。
「難しい事を考えているな?」
「・・・」
図星を付かれたアイルズは黙る。
それを見た藤音はため息を吐き、一言言う。
「アンタは自分が吸血鬼だという事に怯えすぎだ。」
「だって…」
吸血鬼と人間は元々襲う、襲われる、の関係で相容れない仲なのだ。
そして、もうだいぶ昔の事だがアイルズがまだ実年齢的に若かった時、文明の発達で人間の力が強まるや否や。突然吸血鬼狩りだなんていって仲間が殺されることもあった。
自分が住んでいた土地では、人間と吸血鬼は上手く共存していたのだが、次第に人間達は自分達を嫌い始めた、と話し始める。
「それでアンタはあの城に、人間に閉じ込められたのか?」
「違う。……僕を閉じ込めたのは同族なんだ」
アイルズは首を横に振り、言葉を続ける。
「だからさ、人間、みんながみんな悪い人じゃないし、同族でも僕を城にを閉じ込める奴もいる。信じられないかもしれないけど、僕は人間が好きだよ。」
だから彼は、城に来た人間を追い返していたのか、自分にかけられた呪いで傷つけないように。
藤音はアイルズがとっていた行動に納得する。
「おかしいでしょ?吸血鬼がこんな事言うなんて」
「いや…なんと言うか意外だった。」
私は、目の前の吸血鬼と話しているうちに自分の世界の狭さを思い知らされる。
エリオスが城に行く事に折れていたら、人間が好きだ、と言う吸血鬼がいる事なんて知りもしなかったのだから。
正直、任務と言って人を殺したり、傷付けたり。そして大事なものから逃げてばかりの私より、人を傷付けたくない、と悲しむアイルズの方がよっぽど人間らしいかも知れない。
それを言うと、アイルズは、嬉しいなぁ、と無邪気にはにかむ。
その顔は人間となんら変わりない。
「そっか、人間らしいか…何かそう言ってもらえただけで少し不安が消えた気がするよ」
「どうしても不安ならエリオスに聞いてみるといい。あの子ならきっと君が望む答えを言うだろう。」
「僕が望む答え?」
「あぁ」
アイルズは吸血鬼である自分が一緒にいることで私たちに迷惑がかかるのではないかと心配している。
私も、恐らくエリオスもそんな事は気にしていない。あの子の言葉は真っ直ぐだ、きっとアイルズの不安を取り除くだろう。
「じゃあ街に戻ろう。エリオスも待っているだろうから。」
「…うん。」
───────
「だから、そのアイルズさんの体調良くなるまで休ませて欲しいんだ。」
エリオスは街に戻り、クエストの報告をした。
そしてそこで保護した吸血鬼を休ませて欲しいと、宿の主人にお願いをする。
吸血鬼が街に立ち入るとなっては、宿の主人も狼狽え、街の人を集めて話し合っている。
「彼がこの街に危害を加えない、という確証はあるのですか」
歳を召した、男性がエリオスに尋ねる。
「アイルズさんは、人間を傷付けたくなくて、城に来た人を追い返していたんだ。危害を加えない証拠はそれだけで十分だと思う。」
エリオスの言葉に男性は、確かに、と呟く。
街の人々は、エリオスの言葉に頷きながらも、渋っていた。
街がかかっているため、安易に最後の決断が下せないのだ。
そんな、話が難航している所に一人の女性が現れる。
「いいじゃありませんか。」
街に来た時にも出会ったあのシスターの様な女性。
「シスター!」
「神の使い…神使様のお願いですもの、これも太陽神のお導きかもしれませんよ。」
そんな大それた者では…とエリオスは言おうとしたが、男性がが言葉を発した為、それは叶わなかった。
「太陽神の導き…そうだな、そうかもしれない。」
男性がそう言って頷くと、他の人たちも続いて頷く。
エリオスに向き直り、その吸血鬼を連れてきてください、とはっきり言う。
宿屋の主人も、部屋を用意する、と言って立ち去った。
「ありがとう」
「いえ。それより早く迎えに行ってあげて下さい。」
街の人たちはありがとう、と言って走って行くエリオスを見送る。
その中の1人が、何故吸血鬼を立ち入らせることを許可したのか男性に問う。
「そうだな、シスターの言葉もあるが…」
あんなに真っ直ぐな瞳でお願いされては、断れないだろう?そう答えた男性の言葉に他の人たちはそれだけですか!と声を上げる。
そうだ、と返せば諦めたようでみんな散っていく。だが不満がある雰囲気ではなく、納得しているようだった。
エリオスは来た道を戻り、藤音とアイルズの元に向かい、街の傍で2人を見つける。
「藤音さん、アイルズさん。」
「エリオス、どうだった?」
「報告済ませてきたよ。後、アイルズさん連れてきても良いって。部屋も用意してくれるみたい。」
そうか、ありがとう。と藤音はエリオスの頭を撫でる。
そして3人は日が沈む前に街にたどり着くため、再び足を進めた。
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