第8話「動き始めた事態」
「あら藤音おかえりなさい」
「ただいま、母さん」
部屋に入ると母とエリオスがいた。
どうやら茶菓子を食べながら盛り上がっていたようだ。
そして母と談笑していたエリオスが私を見て言う
「藤音さん顔色悪いけど何かあった?」
エリオスはいち早く私の不調に気が付いたようで、心配してくれている。
母も気がついていたのだろう、素早く戸棚から薬を取り出した。だが、以前薬を服用してもこの不調は治らなかったので、薬を断る。
「薬が駄目なら竜胆さんに見てもらった方が良いんじゃない?」
「いい…」
親父の兄である竜胆おじさんは医療関係ではこの里1番の医者だ、信頼していない訳ではないが、合うと面倒な事になりそうなので遠慮する。
藤音の言葉に彰音は、そう、と心配そうに言い、薬を諦めてなら甘いものを、と茶菓子を食べないか、と勧める。
「…いらない」
本当は少し食べたいという気持ちがあったのだが、何故か体調を崩す様になってから食べ物も美味しく感じなくなっていた。美味しく無いだけならまだしも、口に入れると吐き気を催すようになっていたのだ。
しかもそれは里の中だけで、親父や叔父さん達は母の料理を変わらず美味しい、と言っていた、なので母の腕が落ちたわけでもなく、ただ私がおかしいだけ。
里にいる時だけの原因不明の体調不良に悩ませているとエリオスが、ん、と言って何か差し出した
「…これは?」
「え、だって食べたそうな顔してたよ」
茶菓子の団子を私の口元に持ってきて、あーん、の状態になっている。
「…」
「藤音さん」
「…分かったよ」
気分が悪くなるので、藤音は出来れば食べ物を口にしたくなかったが、エリオスの食べろと言わんばかりの視線に耐えきれず団子をぱくり、と口に入れる。
以前感じた様な気分の悪さは襲ってこず、それどころかとても懐かしい味がした。
何故かわからない、だが
「美味しい…」
「あら本当!?」
久々に食べる母の味。
私の言葉を聞いて母さんは嬉しそうにし立ち上がって綺麗に包まれた団子を山ほど持ってきた。
ちなみに、山ほどは比喩ではなく、本当に山だ
「良かったら持っていって、作りすぎちゃったの」
ふふ、と照れくさそうに笑う母さん。
悲しみの入っていない、楽しそうな笑みを見せる母さんを見たのは何年ぶり、いや、十何年ぶりだろうか。
そう意識した途端、今まで里を避けていたのに申し訳なさを一気に感じる。
「ありがとう」
団子を受け取って仕舞う。
ちょっと待てアイテムウィンドウを見たら団子カンストしてるぞ。
───────
「それで、もう出かけてしまうの?」
もう少しいて欲しい。そんな声色をさせて母さんは尋ねてきた。
本当はもう少し居たい。だが、体はこの里に留まるのを拒否している。
「ごめん、もう行くよ。」
「そう…いつでも戻ってきてね、お父さんも藤音に会えるの楽しみにしてたんだから」
「親父が?そんなの嘘だ」
嘘だ。親父がそんな事思っているはずない。だって……
「嘘だと思うのはあなたの自由よ、でもね、連絡くらいはとってあげて。先日貴方が結界を張って行方を眩ませた時は大変だったんだから。」
私が結界を張ったのは本当につい先日だ。それをわずか1日で見つけ出すんだから父が地味に怖い。
とはいえそこまでして必死に探したのは陛下の為だろう、だって父は私を跡取りとしてしか見ていないのだから。
「とにかく、お父さんも私も、みんなあなたの事心配してるんだから生存確認くらいはよこしなさい。わかった?」
「…わ、分かった…」
母の気迫に負けて思わず頷くけば、よろしい、と言って母はお茶を飲む。
そして、母は思い出したようにエリオスの方に向き直り。
「リオちゃんもまたいらっしゃい。もっといろいろお話したいわ」
母の言葉にエリオスが飲んでいたお茶を噴き出しそうになっていた。
返事はしているが、若干むせている。
私は咳き込んでいるエリオスの背中をさすった。
そしてエリオスが落ち着いた頃、私たちは母に別れを告げて里を出る。
───────
「相変わらず嫌われてるねぇ」
ヒペリオンがお茶を飲みながら呟く。
藤人は黙ってお茶菓子に手を付ける。
「 何が言いたい」
ヒペリオンの言葉に藤人は食いつく。
んーと言ってお茶菓子を口に含み、飲み込んでから言葉を続けた。
「親の心子知らず、とはこの事だね。本当は藤音くんが可愛くて仕方ないって藤人が思っているのを知ったらどんな反応するかな。」
「別にどうもないだろう。寧ろ嫌がりそうだ。」
「そう言ってるけど本当に目の前で嫌がられたら三日三晩寝込むんだろ?」
ヒペリオンの言葉に藤人は図星を指され、視線をそらし、藤人は言い訳するように言葉を続ける。
「……私が居なくなった後、あの子は里を引っ張っていかねばならない。甘えたで泣き虫の藤音を自立させるにはそうするしかなかったんだ」
「ずーっと藤人か彰音さんの後ろに付いて歩いてたからね」
いやー懐かしいなぁ・・・と言いながら記憶を引っ張り出す。
ヒペリオンのその言葉の後、暫く沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは藤人だった。
「…今まで突き放しておいて今更甘やかしたりするのは我が儘だろうか…」
「まぁ、今まで散々突き放しておいて今更何なんだ、とは思うよね」
ヒペリオンの言葉に藤人は項垂れる。
「今までは、突き放したままでもいいと思ってた。だが、いざ死の間際になると色々未練が出てくるんだ。もっと藤音を突き放さず話してやればよかった、もっと家族で一緒にいてやればよかった、そうすれば、彰音にも辛い思いをさせなかったのでは…。最近そんな事ばかり考えてしまう。」
「…」
「なぁヒペリオン、私は間違っていたのだろうか」
年上の友人が見せる弱い部分に、ヒペリオン一度黙る。
ただそれは反応に困っているわけではなく、ヒペリオンは藤人が今までの長い付き合いで、弱みを見せるのは自分しかいない事を知っているので、黙って受け止めているのである。
「私は、私がしてやれ出来る限りの事をしてやりたいんだ」
「…間違っているかどうかはわからないけど、そう思うなら今からでも変えてみる?」
「変える?」
ヒペリオンは言う。
藤人は言動で示さないで、裏で動くから分かりづらいし誤解されるんだ、だったら、今からでも言動で示す様にしたらいい。
「さっき藤音くんにやったみたいにね」
「…」
事実、先程藤音の頭を撫でて微笑む藤人にぎこちなさはなく、ごく自然だと、ヒペリオンは思っていた。
「…ど、努力はしてみよう」
ヒペリオンの提案に藤人は頷く。
そして、手遅れになってからでは遅いから、と付け加えた。
[newpage]
「…そういえばヒペリオン、お前が尋ねてきたのは本当の理由を教えてもらおうか。」
藤人の言葉で、部屋の雰囲気は打って代わり、緊張した空気が部屋を包んだ。
「流石長い付き合い、よく分かってる!」
「茶化すな。」
「…」
緊張した空気が嫌だったのか、それとも肩に力が入っている藤人を和ませようとしたのかは分からない。
ヒペリオンは口を閉じ、深く呼吸をする。
そして目を開き、真剣な眼差しで人払いをしてくれと言う。
「大丈夫だ、元々人払いはしてある。」
部屋周辺には近づくなと、忍達には伝えてあるのて、周辺に気配はない。
それに安心したのか、ヒペリオンも無意識に力んでいた肩の力を抜く。
「お前に人探しを頼みたい。」
「……例の儀式か」
「あぁ、太陽の儀式までもう時間が無い。」
太陽の儀式。それは世界存続をかけたシャンリアネ帝国の皇族に課せられた使命。
その周期は不定期で、ヒペリオンは儀式をすることは無かった。
ヒペリオンの嫡男はこの度の儀式執行者となってしまった。
そしてその嫡男はつい一週間までは所在が知れていたのだが突然居なくなってしまい、世界存続が掛かった太陽の儀式を執行出来る者がいない事が他国に知られれば、戦争が起きてしまう。
なのでどうにか探し出して欲しい。とヒペリオンは言う。
「突然居なくなった?」
「あぁ、本当にこの一週間で行方がわからなくなった。クロノスの力を持ってしても探し出せなかった…儀式までもう時間が無い、藤人。」
お前の力を貸して欲しい。
流石に国家機密なので、良く知った仲の藤人だけが最後の頼みの綱なのだ。
ヒペリオンは縋るような瞳で藤人に言う。
縋るような瞳を向けられては藤人も断れない、そもそも藤人は友人ヒペリオンの頼みを断る事はしない。
藤人の答えは一つ。
「皇帝陛下の御命令とあらば私は死力を尽くしましょう」
「頼むぞ…ってそんなかしこまらなくても」
正座をしていた藤人は膝立ちになり、ヒペリオンに跪く。
お前と私の仲なんだからそんなにかしこまらなくても、とヒペリオンは言ったが皇帝の、それも国家機密の頼みを軽々受けれるか、と藤人は叱る。
「悪かったからそんなに怒らないでくれ!……名前は言わなくても分かるな」
「あぁ」
「じゃあ頼む。…そろそろ帰らないとクロノスに怒られるからな」
クロノスの説教長いんだよなーと、ブツブツ呟きながらヒペリオンは帰り支度をする。
馬車まで送ろう、と藤人も続いた。
「あ、あと彰音さんにも挨拶しておくよ。」
「わかった」
支度の済んだ2人は彰音のいる部屋に行く。
「あら陛下、どうかしましたか?」
「いや、そろそろおいとまするので挨拶に」
「あら御丁寧にどうも。あ、よろしかったらお団子お土産に持っていきますか?」
「良いのか!」
「えぇ、どうぞ」
団子で盛り上がる妻と友人を見て、流石にやきもちは焼かないが、藤人は帰らないといけないのではないのか?と思ったが、楽しそうなので放っておく。
「何だ藤人拗ねてるのか?」
ヒペリオンは黙っている藤人に振り向き、いたずらっ子の笑みを見せてほっぺたをつつく
藤人は拗ねてない、と言ってヒペリオンの指を掴んでつつくのをやめさせ、そんな光景を見ていた彰音は相変わらず仲が良いのね、と笑っている。
そんな和やかなやり取りが終わると、ヒペリオンは彰音に礼を告げて藤人と共に玄関に向かった。
「待たせてすまない」
門の前に止めていた馬車に居る部下のクロノスに詫びを入れる。
「仕事があるんですから時間は守ってください。」
「す…すまんってば…!」
クロノスのぴしゃりと言い放つ言葉にヒペリオンは後ずさる。
そんなヒペリオンを見てクロノスは、まぁ息抜きは必要ですし、藤人様の前なので今日はここまでにしておきます。と言い、ヒペリオンに早く馬車に乗るように促す。
「わかった!」
思ったより怒られず、ヒペリオンは心の中でやった!とガッツポーズを決めて馬車に乗り込む。
「では藤人様、陛下がお世話になりました」
「いや、私も久々に会えて良かった。ヒペリオン、また時間がある時に来るといい。」
「行く行く!」
「せめて仕事を終わらせてからにしてくださいね陛下」
クロノスが騎士に馬を出すように言うと、馬車は動き出す。
藤人は見えなくなるまで馬車を見送り、見えなくなった頃、彰音が作った団子を食べようと屋敷に戻っていった。
───────
「藤人さんお団子食べるわよね?はい、お茶をどうぞ」
「ありがとう」
部屋に戻ると彰音が、団子とお茶を用意して待っていた。
流石は長年連れ添った夫婦、藤人が来るのを想定して彰音は準備していた。
「そういえば藤音が一緒に旅をしている子ね、とっても可愛い子だったの!」
「女性なのか」
「えぇ…リオちゃん、というのだけれど。髪の毛も長かったし、声も高かったし女の子だと思うわ。とてもいい雰囲気だったし」
そう言うと彰音はうふふ、と笑い、それを聞いて藤人も、驚きつつも喜ぶ。
あの藤音が、他人に深く入り込ませない藤音が女性と旅をしているのか。
「あなた嬉しそうよ」
「お前もな」
共に居てくれる人がいるのなら私は安心して死ねる。
でも、私が生きている間に孫が見たらいいな・・・なんて気が早いだろうか?
[newpage]
里を出てから藤音さんは黙ったままだ。
顔色も悪かったし、何かあったのかな…
お母さんの彰音さんとは関係は悪くないけどぎこちなかった。
でも問題は多分お父さん絡みだと思う、だけど僕がいくら心配しても、何とかしてあげたくても出来ない。
一緒の時間を過ごした家族という絆は強い。僕は赤の他人で、藤音さんと出会ったのもつい数日前。
エリオスは、親として愛情を注いてくれる自分の両親、祖母がもういないからこそ、両親が健在の藤音にはどうにかして打ち解けて欲しいと思っている。
自分の様に、何もしてあげられないまま別れにならない様に
藤音に後悔して欲しくない、エリオスはそんな事を心に思いながら藤音を見つめた。
「ん?どうかしたか」
エリオスの視線に気が付いたのか藤音は、エリオスに声をかける。
藤音には、色々してもらって、お世話になっているのに自分じゃどうもしてあげられない、そんなもどかしさを胸に抱きつつも、それを隠す
「何でもないよ」
「そうか?」
エリオスが返事を返すと、じゃあ宿に戻って食事にしようと藤音がいつも通りの笑みで言う。
「うん」
それから2人は、今日は暑い、あれが食べたい、これが食べたい、そんな他愛のない話をしながら宿に向かった。
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