第7話「風賀の里」

「…」


何者かの気配がする。

寝ているエリオスを起こさないように、と藤音がそっと部屋を出ると忍者装束に身を包んだ人物が目の前に姿を現す。


「藤音、長が里に戻るようにと」


「父が?」


久々に会う里の人間にも関わらず、藤音は喜ぶ様子を見せることなく、眉を動かし一言だけ発する。


「皇帝陛下が藤音に会いたいと」


「…皇帝陛下?ヒペリオン皇帝陛下が?」


「そうだ」


何故皇帝陛下が私に会いたいと言うのだろうか。

父は皇帝陛下の友人らしい、だからといって私には関係ないと思うのだが…

藤音は思考を巡らせる。


「長も、何が何でも帰ってくるようにと」


そう言われても、藤音は旅を共にしているエリオスを家まで送り届ける約束をしているので、彼を1人放っておくわけにはいかない。

そう返すと忍は、長は藤音が誰かと旅をしているのは式神で知っているらしく、連れてきても構わないと言っていた、と伝えると、その言葉に藤音は眉間にシワを寄せる。


藤音の出身である風賀の里は、忍だけで構成された里で、例外はあれど、外の人間は滅多に入れようとしないのだ。

それなのに連れてきても構わない、と言うのだから何か企んでいるのではと藤音は疑ってかかる。

だがここで断ってもどうせ無駄だ、何か対策を立てれば良いんだ。藤音はそう決め、忍に向かって、明日に出発する、と伝える。


「わかった、陛下と長に伝えておく。」


忍はそれだけ言うと藤音の前から消える。


「面倒な事になったな…」


別にエリオスを連れていかなくても良かったのかもしれないが、1人にすることが出来なかった。

いつ帰ってこれるかわからないのと、もしかしたら1人で城に行ってしまうのではないか、という不安があったのだ。


「さて、どうするか…」


夜風に晒され、肌寒さを感じた藤音は宿に戻ることにした。


[newpage]

朝を迎える。

藤音はその後、寝ることが出来ず一晩中起きていた。

起きてきたエリオスが目の下に隈を作っている藤音を見て驚く。


「藤音さんどうしたの?」


「あぁ、少し眠れなくて…」


里の人間は呪いの類も使えるので、もしかするとエリオスに危害を加えるかもしれない。

そうなると、エリオスに危害がいかないようにするにはどうすればいいか、と一晩中考えていたのだ。

言い出しづらいが、言わねばならない、藤音はらしくもなく、もごもごと口ごもってやっと言い始める。


「エリオス、実は、その…今日は…」


たどたどしく話し始める藤音にエリオスは問い詰めるわけでもなく、黙って聞いていた。


「実家から帰って来いって言われたんだ。それで、エリオスにもついてきてほしい。」


「え?」


うん、うん、と聞いていたエリオスだが最後の言葉で初めて違う反応を見せる。

藤音は、いつ帰ってこれるかわからない事と、もしかしたら危ない目に合うかもしれないが、自分が守るから、という事を伝えた上でついてきて欲しいことを伝えた。


「…分かった。」


藤音の言葉にエリオスは少し考えて頷く。


「本当か!?」


「本当だよ」


エリオスは、今までの言動から藤音が自分を気遣っている事を知っていたし、そんな藤音を信頼していたから付いていく事を決める。

エリオスの返答に藤音はお礼を言い、そしてもう一つ、お願いを伝える。


「もしもの為に、出身地と名前を偽って欲しいんだ。」


「いいけど…何で?」


「里の人間は呪いの類も使える。本名が知られれば呪いをかけられかねない。」


それに加え藤音は、自分の能力でエリオスに加護を付けるので里の中では絶対に危害を加えさせないと、エリオスの目を見て約束する。


「うん、分かった」


「ありがとう、じゃあ偽名とかどうするか決めないとな。」


それから2人は黙々と話し始め、偽名はリオ、出身は不明、これで行こうと2人は意気込んだ。

吸血鬼が居るとされる城には帰ってきてから行くことになったので、荷物を置かせてもらうため、宿の主人に断りを入れると快く了承してくれた。

主人に礼を言って2人は街を出発する。



森をずっと進んで行く。

日が登り始めているのに辺りは薄暗く、見渡す限りが日差しすらも防いでしまう程の木々の集まりだった。

それでも藤音が躊躇うことなく進んでいたのでエリオスはそれに付いて行く。

道中、エリオスは何かに付けられている事を察知していた。だが危害を加えてくる様子はなかったのと、藤音が何も言わないのでそのまま放っておいた。

しばらくそんな状況が続き、藤音が急に立ち止まった事でエリオスは藤音にぶつかる。


「うおっ、すまない」


「僕こそごめん…」


割と勢いよくぶつかったらしくエリオスは鼻をさすっている。

そして、急に立ち止まってどうしたのか藤音に尋ねた。


「里に着いた、今から加護を付ける」


そう言ってエリオスに手をかざすと、光の粒子がエリオスを纏う。


「それで物理的な攻撃も呪いの類も効かない。」


特に変わった様子はないが、何となく暖かい何かに包まれている感覚があったので、魔法はちゃんとかかっているのだと実感する。

そして藤音が、行こう、と里の門の前に歩みでると、何処からともなく忍が現れる。


「陛下と長がお待ちだ。そちらの客人は・・・彰音様の元に我々が案内しよう。」


ここで別れるのは不安だったが、母の元なら安心だろう、と藤音は頷き、エリオスにまた後で、と言って忍に付いていく。



「客人、名は」


藤音と別れを告げ、ぼーっとしていると突然名前を聞かれ、咄嗟に本名を名乗りそうになるが直前で留まり、『リオ』と名乗る。


「ではリオ殿、付いてきてください」


思ったより刺々しくない雰囲気に、エリオスは安心しながら、忍の後ろを付いて歩く。

藤音さん、この人達と話してる時の雰囲気怖かったし、何だか嫌悪感を醸し出していた気がする。そう、自分が騎士団に持つような…

悶々と考えるが、それは藤音本人に聞かないと分からない事なので、諦める事にした。


どこかに案内されている道中、ふと横を見ると庭があった。

木には桃色の花が咲き誇って、その花びらはひらひらと池の水面に落ちる。

見たことの無い情景にエリオスは思わず立ち止まって釘付けになる。


「桜が珍しいですか」


先を歩いていた忍も立ち止まって、エリオスに声をかける。


「うん、あんな綺麗な花初めて見た」


エリオスが素直に感想を言うと、忍は少し笑みを見せ、『桜』という木の事をエリオスに教えてくれた。

そんな忍を見て、余計に藤音が何故そこまで嫌悪感を持っているのか分からなかった。



そして、桜の事で少しだけ忍と打ち解けたエリオスは他にもこの里だけの花や植物の話をする。そうしている内に目的地についたようで、忍は襖の前で中に声をかける。

中からは女性の声が聞こえた。


「どうぞ、お入りください」


忍は襖を引き、エリオスに、中に入るように言う。

部屋にはどこか藤音と似た女性が微笑んでおり、エリオスに入ってくるように諭す。


「失礼、します」


「はい、どうぞ」


女性は笑みを見せてエリオスを歓迎する。


「では私は失礼します」


「えぇ、ありがとう」


忍はそれだけ言って消えてしまった。


「貴方が藤音のお友達ね。私は藤音の母の彰音と言います、よろしくね」


藤音の母と言う彰音は、エリオスに警戒させないようなおおらかな笑みを見せた後、名乗った。

そんな彰音を見て、エリオスも名乗る。


「えっと、リオ…です」


「リオちゃん…可愛い名前ね」


うふふ、と笑っているが、エリオスは引っかかるものを感じた。

ちゃん付けされた気がするけどもしかして女の子と間違われてるのかな。

確かに小さいし声変わりもそんなにだけど…

いや、ちゃん付けはあると言えばある

エリオスは、どうせ会うのは1回きりだろうと思っていたので、まあいっか、と訂正しなかった。


「藤音と旅をしているようだけどどう?あの子ぶっきらぼうだからリオちゃんに怖い思いをさせてないといいのだけれど」


「いえ、怖いどころか楽しいです。」


藤音がとても気を使ってくれることや、藤音の寝相の事など、たった数日だが旅の途中にあった色々な事を話す。


「あら、貴方達出会って数日なの!?とても仲がいいって聞いていたからもっと長い付き合いなのかと思ったわ」


彰音はあらあらまあ、と嬉しそうに言う。

何故そこまで嬉しそうなのかはエリオスには知る由もなかった。


「あの子、13.4歳くらいの時には里から出ていっていたのだけれど友達もいないみたいだし、心配だったのよ。そんなあの子に短期間でこんな可愛らしいお友達が出来るなんて嬉しいわ」


「はぁ…」


可愛らしい、という言葉が何か勘違いされているような気がしなくもないがエリオスはあえて聞かなかった。

それからは先ほどの忍が持ってきた茶菓子を食べながらこの里だけの花や植物の話を聞いたり、いろいろな話をし、エリオスは彰音と打ち解け、話に花を咲かせて藤音が戻ってくるのを待っていた。




「長」


「入れ」


藤音も忍びについて歩き、とある部屋の前で立ち止まっていた。

忍は部屋の中の長に声をかけ、返事を聞くと襖を引き、藤音に中に入るように言う。


「やぁ、大きくなったね藤音くん」


襖が開くなり、声を発したのは藤音の父、藤人でもなく、藤音でもなく、藤人の目の前に座っているこの国、シャンリアネ帝国の現皇帝、ヒペリオンだった。


「あ、えっと」


「早く座らないか藤音」


藤音が皇帝に声をかけられ戸惑っていると、藤人に座るように言われる。


「藤人、そんな言い方はないだろう?」


「…だが」


「私は気にしないからそうきつく言うなよ」


ははは、とヒペリオンは笑い藤人は呆れている。

そんな2人を見つつ、藤音は藤人の隣に腰を下ろした。


「いやーにしても藤音くん彰音さんに似てきたね」


小さい頃は藤人似だったのに、とヒペリオンは話す。

そんな話しているが、藤音の記憶を遡る限り、ヒペリオンと会った記憶が見当たらず、藤音はどう返せばいいのかわからず、ただヒペリオンの話を聞いているだけだった。

私は皇帝陛下のお喋りのために呼ばれたのだろうか…そんなことを考え始めた時、藤人がヒペリオンの話を遮る。


「お前は世間話をしに来たのか?」


「え、うん」


うん!?藤音は思わずツッコミそうになるが慌てて耐える。

藤人も、即答したヒペリオンに呆れた視線を向ける。


「お前…」


「だって…」


「だってじゃない」


藤音にも無理を言って帰ってくるように言ったんだぞ、と藤人はピシャリとヒペリオンを叱る。

皇帝にここまで言えるのは、幼少期から友人として一緒にいた藤人だからこそなせる技だろう。

果たしてこのコント、いつまで続くのだろうとしばらく見ていたが、突然矛先が藤音に向く。


「藤音くん今旅をしてるんだよね?楽しいかい?」


「はい、」


「それは良かった!旅はいいよね!自分の知らない世界が広がってワクワクするよ!」


「そう、ですね…」


ヒペリオンは目を輝かせ、私も旅したいなぁーと言うが藤人に仕事があるだろう、と言われている。

陛下はそう言ったが、私はどちらかというとエリオスが行きたいところについて行っているだけなので、自分の意思で世界を広げているわけではないのだ。

それでも、自分が知らなかった事やものを知るのがとても楽しいのは間違いないのだが…


「あ、それと家に全然帰ってないんだって?不良だね~」


この〜と軽いのりで言ってくるがこの人は親戚のおじさんか何かだろうか。

次々話題が変わり、私は陛下に振り回される。嫌ではないが何というかその…気まずい。

その後も陛下は喋り続け、親父が物理的に止めるまで続いた。


「コイツは喋り出したら止まらんからな…」


「んんー!」


口に札を貼られているため陛下は言葉を伝えることが出来ない。

本当に皇帝にこんなことしていいのだろうか、という私の心配を他所に親父は私を見る。


「お前、ちゃんと食事はとっているのか」


「あぁ」


「そうか、ならいい」


少しだけ微笑んで頭を撫でられる。

今まで笑ってなんてくれなかったくせに、頭も撫でてくれなかったくせに、父親らしいこと全然してくれなかったくせに、色んな思いが沸き上がり、私は黙り込んでしまう。

そして、それより親父が陛下にバンバン叩かれているのに無視し続けてる方が気になる。


「あぁ、すまんな」


「っ、はあ…!」


べりっ、と札を剥がされた陛下はぜえぜえ言いながら親父を見る。

親父は親父でしゃべり続ける方が悪いといって悪びれた様子はない。


「あっ、藤音くん。わざわざ来てもらって悪かったね!」


「いえ…あの、私友人を待たせているので…」


「そうらしいね、ごめんね急に呼んじゃって。でも久々に顔見れて良かったよ。」


席を立つ私に陛下はまたね、と手を振る。

流石に振り返す勇気はなく、頭を下げて部屋を出た


部屋から少し歩いた所で私は立ち止まり、壁にもたれかかる。

気持ち悪い。

いつからか里に近づくと何故か私は体調を崩す様になっていた。だから私は里を避けていたのだ。

早く里から出たい、その為には母の元にいるエリオスを迎えに行かなければならない。

私は体を無理矢理動かし、足を進めた。

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