第3話「楽しいお出かけ」
お嬢さんの話から、ここはシャンリアネ帝国の端、タトラリー王国との境目にあるそこそこ栄えた街にいることが分かった。
ちなみにあのお嬢さんはシャリ―というらしい。
あのウォンスという男の領地はタトラリー王国だったので、どうやらいつの間にかシャンリアネ帝国に戻ってきていたようだ。
なんにせよ随分と遠くまで来てしまったものだ、と 藤音は街を見渡す。
昼過ぎの街は活気に満ちており、表通りの店は大繁盛。
そんな光景を見ながら藤音は自分の食事に手を戻し、最後の一口を口に入れる。
ごちそうさまでした、と手を合わせて口を拭き、飲み物に手を伸ばす。
エリオスも食べ終わったようで、手を合わせている。
「さて、腹ごしらえもしたし、なにか見たいものはあるか?」
あのお嬢さんに貰った観光用の地図を広げる。
この街は鉱山に囲まれており、金属や宝石の加工を主な産業としている様だ。
どおりで先程から良くそういう店をよく見かけると思った。
「うーん…」
エリオスが地図とにらめっこしている。
宝石などにはあまり興味はなさそうだ。年頃の少女ならばもっと食いついたのだろうが…。
エリオス自身、宝石等を綺麗だと思うことはあれど、特に執着かあるわけてはないのでそこまでめぼしいものはないらしく、地図を見ているだけだ。。
「あ、でもこれは気になる」
指したのは宝石加工の実演。
また渋いものを、と藤音は思ったが藤音自身も少し興味を惹かれ、じゃあそれに行こうか、と勘定をして店を出る。
暫く歩くと噴水のある広場に出た。
広場を見渡すと、噴水のすぐそばにはこれから実演をするであろう青年が準備をしていた。
開始時間までまだ時間はあるものの、遠巻きながらもその周りには人が集まり始めていた。
突然女性が黄色い声を上げる。なるほど、やけに女性が多いと思ったらどうやらその青年目当てらしい。良く見ると整った顔立ちをしている。
「まだ始まらない見たいだが、その辺で時間を潰すか?」
始まるまで後30分はあり、横にいるエリオスに声をかけると頷いたので、その広場から一時的に離れる。
近くにあった店でアイスを購入し、その辺のベンチに腰掛けて時間まで待つことにした。
美味しい。
それから暫くすれば人も集まってきたので、そろそろ行こうかと、ベンチから立ち上がって移動する。
奇跡的に一番前を取ることができたので、私たちは宝石加工を目の前で見ることが出来た。
感想はただただ凄いとしか言えない。
青年が杭を打ち込むと石が砕け、その欠片を慣れた手つきで形を整えていく。
初めて見る宝石加工の技術に私はそれに見入っていた。エリオスも私と同じようだ。
実演は一時間もなかったのだが、とても満足のいく内容でまた見る機会があれば見たい、と思った。
「そんなに宝石加工面白かったか?」
人が捌けていく中、青年が声をかける。
よほどのめり込んで見ていたのか、青年は、実演中穴が開くかと思った、と笑って言った。
そんなに見ていたか、と尋ねると即答される。
「2人は旅の人?」
「あぁ、」
そう答えると
「良かったらもう一度を加工見る?」
「見たい」
青年の言葉にエリオスは素早く反応した。エリオスの返事に青年は笑って、片付けかけていた道具と石を取り出した。
「せっかくだから2人の旅が良いものになる様プレゼントさせてくれ。何か希望はあるか?」
とてもサービス精神旺盛な青年だと思った。
宝石は安いものではないのを知っていたので断ろうと思ったが、これも何かの縁ですから、と押し切られてしまった。
エリオスは特にこだわりはない様で、おまかせで、と言っていた。お兄さんは?と聞かれたが私もエリオスと同じくおまかせにした。
青年はわかった!と元気よく返事をして加工を始める。
何度見てもその技術は見る人を引き込むもので、青年が声をかけてくれるまで私たちは見とれていた。
「どうぞ、気に入って貰えたらいいけど。」
いつの間にかアクセサリーの様に加工されていた宝石が掌に乗せられていた。
先程加工していた宝石がトップに置かれたブレスレット。
こんなもの店で買おうものならいい値段するだろうに、と青年を見れば満足そうにニコニコと笑顔を見せている。
「ありがとう、大事にするよ」
「ああ!」
私の瞳と同じ紫色の宝石が1つついており後は丸い水晶が繋げられたブレスレットを手首に通す。青年を見るとニコニコしていた。
「ありがとう、えーっと…」
「ラピスだ。それ、大事にしてくれよ?」
「うん、ありがとうラピスさん」
エリオスのは瞳と同じアクアマリンの宝石をトップに置いた、私のとは色違いのブレスレット。
物珍しいのかじっと見つめている。
それにしても本当にこんな物貰ってしまって良いのだろうか…ともう一度青年を見ると満足げにうんうん、と頷いていた。
「お兄さんの石は安らぎと癒しをくれる、君のは事故や災害から守ってくれる、そんな力を持つ石だ。きっと2人を守ってくれる、というわけで今日はもう閉店!」
ラピスは慌てて片付けを済ませ、荷物を一纏めにしてしまう。
そして私達に良い旅を、と別れを告げて手を振って行ってしまった。
宝石加工見習いのラピス、か。
今度あった時はなにかお礼をさせてもらおう。もう見えないがラピスが向かって行った方向を見つめる。
ふとエリオスを見ると、意味深な瞳で先を見つめている。どうしたのだろうと聞いてみた。
「ううん、何も」
何も無いことはないだろう、と言いたくなるようなリアクションをエリオスは返すが、別に言いたくないなら構わないと、藤音はそれ以上聞き出そうとはしなかった。
ラピスといたのはわずかな時間なのだが随分と充実した濃い時間を過ごさせてもらった。
まだ日は高い、他の場所も回ってみようという事になり、私たちは噴水を後にする。
それからというもの私たちはひたすら街をあてもなく歩く。
露天を見てみたり、珍しい食べ物を買ってみたりと、後は着替えなどの旅の道具を購入した。何?服は荷物がかさばる?ははは、RPGにそんなの関係ないさ。
とまあ、色々あったがとても楽しい時間を過ごした。
街を満喫したところで宿に戻って休む。
食べ歩きをしていたので腹は空いてないが、一日中歩き回っていたので、体がベタベタするという事で汗を流す事にした。
どうやら宿泊客が利用できる大浴場があるらしいのでそこを利用することにし、着替えを持って向かう。
「広い…」
その名の通り正に大浴場。まだ時間が早いのかエリオス達以外に利用している人はいない。
藤音はお湯が張られた広い浴槽を見て泳げそうだな、と子どもみたいな事を考えながらもまずは体の汚れを取ることにした。
うん、相変わらず髪が長すぎて洗うのに一苦労だ。
藤音は自分の長髪に苦戦しながらも体まで洗い終わる。
エリオスも終わったようで、桶に溜めたお湯を頭から被っていた。ダイナミックな流し方だな…
見た目の大人しさとやる事の豪快さのギャップを感じ、面白い子だ、と藤音は思った。
浴槽のお湯に髪がつかないよう髪をまとめて上げる。
ちらりとエリオスを見ると上手くいかないのか苦戦している。
「私がやろう、かしてごらん」
そのまま見てても微笑ましかったのだが、拉致があかないと、髪留めを受け取り髪の毛を束ねる。
あまりの肌触りの良さに、藤音は目を見開く。
凄いなんだこれ!見た目で綺麗な髪だとは思ってたけど…!さらさらしてて手触り良い!何だこれ!!
藤音はあまりの感動にひたすら髪を撫でていたが、エリオスの自分の名前を呼ぶ声にハッとなって、慌ててお湯につかないくらいの高さに束ねる。
「ありがと藤音さん」
「どういたしまして、じゃあ湯船に浸かろうか」
そして2人は立ち上がる。
湯船に入ると、熱さが気持ち良いのか表情が緩んでいる。
暫く風呂を堪能していた2人だが、大浴場の扉が音を立てて開く。
「えっ、あれ!?」
入ってきた人物が先客であるエリオスと藤音を見た途端、慌てて大浴場から出ていってしまった。
「…」
藤音は何となく察していた。大方女性と間違えられたのだろう。
大浴場は湯気で多少視界はぼやけるだろうし、髪を束ねているシルエットが見えたのなら誤解しても仕方がない。
そんな事を考えていたら再び扉が開き、先ほどの男性が戻ってきた、大方男風呂かどうか確認してきたのだろう。とても気まずい
その後も、入ってきては声を上げて出て行っては戻ってくる人や、驚く人が居たので、そろそろ上がった方が良いだろうと、うとうとしていたエリオスを起こし、大浴場を後にする
「エリオス、ちゃんと髪を乾かさないと風邪引くぞ。後寝るなら部屋で寝るんだ。」
さっぱりして眠気が襲ってきたのだろう、風呂でも寝かけていたのにエリオスはさっきよりうとうとしており、ロビーのソファで今にも寝そうだ。
髪はまだ濡れている。
私の言葉にエリオスは、うん、と今にも消えそうな声にならない声を発する。
これはまずい、と慌てて肩を揺らしたのだが。
「…寝てしまったか」
1歩遅かった、と藤音は頭を抱えた。
一度寝たら起きないのは、助け出した時に経験したので重々承知している。
仕方がないので、すやすやと眠っているエリオスを抱えて部屋に戻る事にした。
部屋に付くと、藤音はエリオスをベッドに下ろす。
風邪を引いてはいけないと、ベッドに寝かせたままエリオスの髪を乾かすようにわしゃわしゃとタオルを動かした。
大分乾いてきただろう、という所で藤音は窓の方に気配を感じ、窓際に歩み寄る。
そこには人の形を取った紙、式神が貼り付いていた。
そして窓を開け、その紙をとって中身を読む。
それは、先日の暗殺の成功報酬と依頼主からの手紙。
読み終わり、これで契約は終了か、と式神を
処分しようとした時、もう一つ窓に貼り付いてきたのに気づく。
「なんだ…?」
不審に思いながらもそれを取り、内容を確認する。
内容を見た藤音は眉間にシワを寄せ、先ほどの式神と一緒に燃やして処分する。
「まさか居場所を特定されたとは…」
恐らく依頼主から私の情報が漏れたのだろう。
藤音はぼそりと呟き、エリオスを見る。
「エリオスを巻き込むわけには行かない…」
藤音は自分とエリオスに術をかける。光の膜が2人を包み、それは光の粒を飛ばしてはじけた。
「これでしばらくは見つからない筈だ。」
私は、姿や気配を悟られない様にするための結界を自分とエリオスに張った。暫くは大丈夫だろう。
術を使用した途端、身体が急に疲れを自覚する。
流石に疲れていたのか、急激に襲ってきた眠気に耐えきれず、藤音はベッドに体を沈ませて眠りについた。
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