ビージアとアリス
流民
第1話
不意打ちをくらった、まさかこんな所にまでクリーチャーが来ていたなんて!
辺りには逃げ惑う街の人々、それを護る俺達傭兵の姿。
クリーチャーどもは月の無い暗闇を利用して、俺達のキャンプに忍び寄り、そして見張りの兵を音もなく殺し、圧倒的な数でキャンプに押し寄せてくる。
「くそ、いったいどれだけの数の化け物どもがいやがるんだ!」
俺はそう叫びながらも必死に刀を振り回す。
辺りでも必死に応戦している仲間の声が聞こえるが、圧倒的に不利な状態での戦いに、仲間たちは絶望し、中には逃げ出す者もいたが、キャンプから離れた物は例外なくクリーチャーどもに殺されていた。
「逃げるな、戦え!どうせもうどこに逃げても俺達は殺される。連中は捕虜は取らない、生き残りたければ今、目の前の敵を殺せ!」
隊長の声が戦場に響く。
しかし、その声にこたえる者はもうほとんどおらず、それから半時間もしないうちにほとんどの者はクリーチャーどもに殺された。
俺は戦場を走り、仲間たちの死体の横を駆け抜け何とかこの場所から逃げようと必死だった。
しかし、俺はクリーチャーどもに囲まれた場所に誘い込まれてしまった。
「ちくしょう!これでゲームオーバーか……アリーシャもうすぐお前に会えるな……」
俺は故郷の死んでしまった恋人の名前を口にして辺りを見渡す。
クリーチャーはじりじりと輪を狭め俺に近寄ってくる。
俺は覚悟を決め、刀を自分の首にあて命を絶とうと手に力を籠めようとした時。
すべてのクリーチャー達が同じ方向を見つめ、騒ぎ出す。
「な、なんだ?」
その瞬間、小柄な少女のような姿をした者がクリーチャーの真ん中に躍り出る。
その少女の手には小柄な体格には似合わないほどの大きなハルバートを持っており、それを軽々と片手で振り回す。
一振りごとにクリーチャーどもはなぎ倒され、その返り血を浴びながらも、少女は襲い掛かるクリーチャーの身体にハルバートを食い込ませ、その度に吹き出す鮮血を浴びながら、怯むどころか、まるでその状況を楽しむかのようにクリーチャーたちを真っ二つに切り裂き、完全に息の根を止めるまで執拗に攻撃を繰り返す。
その姿はまるで、神話に出てくるワルキューレの如く激しく、そしてどこか優雅に戦場を舞い踊るようだ。
戦場が落ち着きを取り戻し、クリーチャーの数もかなり減りほとんどが殺されるか逃げるかした頃、朝日が昇りだし、その地獄のような景色がはっきりと俺の眼に映りだしてきた。
そこはまるで獰猛な獣が眼に見える生き物総てを食い散らかしたかのように、辺りにはクリーチャーと人間の身体の一部が無残な状態で転がっている。
そしてその数々の死体の真ん中で、今最後のクリーチャーに少女はハルバ―トを振りおろす。
クリーチャーの頭部にハルバートを食い込ませ、その隙間から赤い血が滴り落ちそれと共に身体の中にしまわれていたものまでも身体の外に流しだしながら身体をびくびくと震わせ息絶えた。
それを長い黒髪の少女は冷笑を浮かべながら見下ろしている。
体はクリーチャーの返り血で真っ赤に染まり、薄い布地の服にも斑に血糊がこびりついており、身体で血が付いていない所の方が少ないほど少女の身体は赤黒い血で汚れていた。
俺はその光景を呆然と眺め放心していると、少女は俺に気が付いたのか冷笑を浮かべながら俺の方に近寄ってくる。
俺も殺されてしまうのか?俺は覚悟を決め俺の目の前に立つ少女を見つめる。
すると少女の口からは思わぬ言葉が発せられる。
「大丈夫か?」
殺されるかもしれないと思っていただけに、その言葉は予想外だった。
「えっ?あ、ああ大丈夫だ。おかげで助かった」
「そうか」
少女はそう答えると、俺に背を向けてここから立ち去ろうと歩き出す。
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!礼くらいちゃんと言わせてくれよ」
俺はその少女に駆け寄り声を掛ける。
「本当に助かった、君のおかげだ!しかし……」
改めて俺は周りの惨状を見てまた話始める。
「凄いな、いったいどこでこんな戦技を教わったんだ?俺なんかじゃとてもじゃないがこれだけの数に囲まれたらひとたまりもないよ」
少女は無表情に俺の事を見つめるだけで言葉を返そうともしない。
「あー……そ、そうそう、自己紹介がまだだったな!俺はハル、ハル・サカキてっんだ、君の名前は?」
少女は無表情に俺を見つめたまま答える。
「ビージア」
短く名前だけを言い、また歩き出す。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれよビージア!」
「なんだ?」
冷たく言い放つビージア。
「いや、その、なんだ……見た通り俺にはもう帰る所もないんだ、よかったらあんたと一緒に行ってもいいか?いや、自分の面倒くらい自分で見るからさ!一人よりも二人でいた方が今の世の中絶対に良いと思うんだ!な?だから良いだろ?」
ビージアは俺の方を見て無表情に「好きにしろ」とだけ言ってまた歩き出す。
こうして俺とビージアの旅は始まった。
前世期の戦争が終わったのは確かもう三十年位前だったか……
そう、はっきりとは覚えていないが確か西暦二〇八三年だったと思う。
まだ俺は生まれてもなかった。
戦争の切っ掛けは何だったのかなんて今となっては解りはしないが、戦争は二千年代の初期位から七十年ほど続いた。
戦争の主体は二千年代の中ごろに成立した二つの大国、環太平洋共同体(PRC)とアジア・ヨーロッパ連合(AEU)との戦いだったって爺ちゃんから聞いたことがある。
最初は潤沢な資源を食い潰しながら行われた戦争も、長引くにつれ兵器はだんだんと製造できなくなっていき、戦争が始まって四十年も経つ頃には兵士が鉄砲を持って向かって行くのが精いっぱいの状況にまで陥った。
しかし、それでも両国は戦争を辞めずに戦い続けた。
そしてどちらかの馬鹿な国、今となってはどちらが先にそれに手を付けたのか、なんてのは解らなくなっちまったが(恐らく両国とも同じことを考えていたのだろう)人間自体を遺伝子改造して兵器にしてしまいやがった!
それに伴って武器も変化していった。
遺伝子改造されて殆ど人間としての形を保たなくなった兵士たちは体が硬質化されもう、銃弾は受け付けなくなっていた。
そしてそこで新たに考え出された武器が、刀や槍、斧などの古典的な武器が主流になっていった。
もちろん、高質化した兵士たちにはなかなか効くもんじゃないが、それでも高質化された身体の隙間を狙えば十分に効果はあった。
それからはだんだんと武器の製造技術も上がり、高質化した身体でも切り裂けるような切れ味の物も出始めた。
いや、切れるというよりも叩きつぶすという方が正確かもしれない。
その武器に求められていたのは殺傷能力であり、その為には武器は重く頑丈にされていった。
その例に漏れず、この少女の武器は驚くほど重い。
俺が両手で持ち上げるのがやっとな位だっていうのに……いや、まあそれは置いて置くとして。
そして戦争が終わった二〇八三年、終戦後この戦争に勝者も敗者もいなかった。
もはやPRCもAEUも存在せず、その両方の大国が残した遺伝子改造された化け物だけが残された。
今も人類は生き残ってはいるが、昔ほどの繁栄は無く、そのほとんどは小さな町で暮らし、俺達のような傭兵を雇って自衛するほかに生き延びるすべはなくなっていた。
そして俺は傭兵になり、生まれ故郷の町で雇われ仕事に就いた。
まだ一年位前の話だが、今までの一年間に俺は三回ほど雇い主を変えている。
それは、解雇されたからとか言う訳ではなく、雇い主である町自体が無くなってしまったからだ。
それほどクリーチャーの数は増えており、恐らくもう何年かすればクリーチャーどもの支配する世界が訪れるだろう。
俺は運よく、その二回ともクリーチャーどもの襲撃を生き延びたが……
生まれ故郷の町はもうこの世には存在しない。そう、アリーシャと共にこの世界から消えてしまった。
「アリーシャ……」
俺はアリーシャの事を思い出し、知らず知らずのうちにアリーシャの名前を口に出していたようだ。
「何か言ったか?」
ビージアが俺に話しかける。
「いや、なんでもない」
俺はそう言ってまた、ビージアと共に歩き出す。
もうビージアと旅を続けて一か月ほどになるが、未だにこいつがまともにしゃべった所を殆ど見たことが無い。
いつも「なんだ?」とか「そうか」とか、そんな単語ばかりの会話しかしたことが無い。
見た目は華奢で、何処にでもいそうな可愛い女の子にしか見えないのだが、その手に持ったハルバートが異質さを表すには十分だろう。
今の武器は切れ味よりも、破壊力を重視している。
それを考えて、ビージアの持っている武器はかなりの重さ。それなのにビージアは何の苦も無くその大きなハルバートを片手で振り回し、クリーチャーどもをなぎ倒す。
もう一つビージアについて語っておきたい所がある。
それはこいつがあまりにも感情や表情を表に出さないという事だ。
普段は無表情で、無頓着。
時には俺が目の前にいるというのに、服を脱いで水浴びをしたりしだす。
俺が男と思われていないのか、そんな事を気にすることもないほどに幼いのか……
しかし、一度戦いが始まれば、その表情が一変する。
だが、普通の人間が抱くような恐怖や興奮のような感情ではない、こいつの場合は……
「ハル、クリーチャーだ。右前方に五〇体」
「何?どこだ」
この勘の鋭さもこいつの特殊な所だろう。
「三〇〇メートル先だ、まだこちらには気づかれていない」
「そうか、だったらやり過ごそう、わざわざ危ない橋を渡る事も……って、おい!ビージア!」
俺が言い終わる前にビージアは飛び出し、クリーチャーめがけて走り出す。
「ったく、どうしてあいつはこうも戦いが好きなんだ!」
俺もそう言って仕方なくビージアを追いかける。
『そう、これだ、この表情。こいつは殺戮を楽しんでやがる』
ビージアの表情はさっきまでの無表情と変わり、いつものあの冷笑に変わり、一気にクリーチャーとの距離を詰めるとビージアはクリーチャーたちに襲い掛かる。
これくらい数なら俺の出番はないだろう。
「しかし……いつみてもあいつの顔は……」
ビージアはクリーチャーの真ん中に飛び込み、ハルバートを一振りし周囲一帯のクリーチャーを切り倒す。
大体いつも最初の一撃でクリーチャーの七、八匹は切り捨てられる、その後更に周りにいる奴らが、ビージアに襲いかかろうとして、それをまた一振りで返り討ちにする。
いつものように、返り血を浴びながらあの残忍にも見える冷笑を浮かべる。
血を浴びれば浴びるほどビージアの攻撃は残虐になり、いつも最後は決まってクリーチャーの最後の一匹に頭からハルバートを食い込ませ、その返り血で自分の身体を染める。
それが戦いの終わりの儀式とでもいうかのように。
そして、今ちょうどその儀式が終わろうとしている所だ。
『ビギャー……』
断末魔を上げて倒れる最後の一匹を、また冷笑を浮かべながら見ている。
いつもその顔を見るたびに俺は、ビージアが悲しんでいるのか、楽しんでいるのかが解らなくなっていく。
「ハル、行くぞ」
「ああ」
俺はいつも戦いが終わった後のビージアに話しかける気がおきない。
実際、俺はビージアに命を守ってもらっているような物なのに、俺はどこかこいつの戦い方に恐怖を覚えているのだろう。
だから、戦いが終わった後はいつも無口に歩き続けている。
そして、今日もまた俺とビージアは無口に旅を続ける。
「なあビージア、ちょっと聞いていいか?」
無表情に答えるビージア。
「何だ?」
相変わらずの返事を聞き流し俺はビージアに話しかける。
「いや、ビージアの旅の目的は何なんだ?まぁ、別に答えなくなければ言わなくてもいいけど」
「姉妹を……姉を探している」
少し躊躇いながら話すビージア。
その答えに俺は少し意外さを覚えた。
「姉?なんだ、お前姉妹がいたのか。そうか、見つかるといいな。名前はなんていうんだ?」
「アリス」
「アリスね。そうか、俺もビージアの姉ちゃんに会ってみたいな。お前の姉ちゃんなら間違いなく可愛いんだろうな」
その時初めてビージアの表情が曇るのを見た。
「ビージア?どうしたんだ?なんか俺悪い事言ったか?」
俺がそう声を掛けると、また無表情になり短い言葉を話す。
「何でもない」
「そうか、ならいいんだ」
その次の瞬間、ビージアがまた何かに反応する。
「ハル、クリーチャーだ」
俺はその言葉で身構え、刀を抜き、周囲の様子を探る。
辺りは、見晴の悪い廃墟、こんな所なら幾らでも隠れ場所なんて有る、運が悪ければ囲まれてる可能性もある。さて、どうしたものか……
俺がそう考えているとまたいつもの通りビージアは冷笑を浮かべだす。
「ハル、気をつけろ。こいつらはいつもの奴らとは違うぞ」
そう言われて周りを見渡す、確かにいつもの奴らとは違う気配を感じる。
一瞬、廃墟から動く影を見つけ、その姿に俺は呆然とする。
「な、なんだありゃ……」
俺はその姿を捕え、潜在的な恐怖感が身体を支配する感覚を覚える。
その姿は、とても人間が遺伝子操作を受けて改造された位では到底成り得ないような、ほとんど人の姿からはかけ離れており、SF映画にでも出て来そうな宇宙の生物のようで、表面は黒く高質な鎧のような形をしており、肋骨が向き出しになっているかのような身体、頭部には目に当たる部分は見当たらず、大きな頭全体が物の動きを捕える事が出来るような構造になっているようだ。そして身体の表面はぬらぬらとした粘液のようなもので包まれている。
「俺はああなるんだったら死んだ方がまし……」
俺が言い終わるか終らないかの内にそいつはこちらに向かってせまってくる。
「ハル、来るぞ!」
ビージアの言葉を最後まで聞くか聞かないかの内にそいつらは一瞬のうちに俺達との距離を一気に詰め寄る。
「な、なんだこいつらの速さ!?」
俺はかわすのが精いっぱいで、とてもこちらから攻撃するほどの隙は見いだせず左側に飛び跳ねるのがやっとだった。
しかしそんな相手に対してもビージアは冷静に対処している。
さすがだな、俺はそう思いながらも何とか目の前のクリーチャーに刀を向ける。
「しかし、いつもながらに数が多いな……」
刀を身構え、相手の出方を伺う。
ふとビージアの方を見ると、いつもと違うクリーチャーに少してこずっているようだ。
意識をビージアの方にそがれた瞬間、目の前のクリーチャーを見失う、しまった!
そう思った時には一瞬にして目の前にそいつの姿は有り、そのかぎ爪のような手を俺に振り下ろそうとしていた。
俺は間一髪、刀でそれを受け止めるが、続く攻撃を避ける事は難しいと悟り、後ろにジャンプする。
しかし、それを読まれていたようで、俺の動きについてクリーチャーも前に前に出る。
俺はひたすら後ろに下がりながら、クリーチャーの早い動きを何とかかわしながら反撃の機会をうかがうが……
「くそ、こいつ……隙が全くない!」
そしてついに俺はこれ以上下がれない所まで追いつめられる、後ろは廃墟で窓もない壁が続く。
そしてクリーチャーの右腕が振り上げられそれを勢いよく振り下ろすが何とかその一撃は刀で受けとめたが次の一撃を俺は避けられなかった。
クリーチャーの右腕を受けた刀の下を左腕の鍵爪が俺の身体に深く刺さる。
その瞬間俺はその傷が致命傷であることを悟った。
グボッ、俺の口からは身体から逆流してきた血を吐きだす。
意識が遠ざかる最後の瞬間、目の前のクリーチャーの身体が真っ二つに割れるのを見て、俺の意識は途絶えた。
「ハル……ハル…」
俺を呼ぶその声でぼんやりとだが俺の意識は戻り始め、目の前にいる人物の姿の輪郭がぼやけて映りだす。
「ああ、ビージアか……お前無事だったんだな……そうか……よかった」
俺は身体を動かそうとするが、何かが身体の上に乗りかぶさっているようでなかなか身動きが取れない。
「まだ動くな、お前は致命傷を受けて死にかけていたんだ」
ようやくはっきりとした意識で俺の今の状況を確認し、その状況に驚く。
ビージアも俺も何も服を着ていない状態で俺の身体にビージアが覆いかぶさっている。
「ビ、ビージアお前何してんだ?」
「お前の身体を治療している」
冷静に、そして無表情に答えるビージア。
目の前にビージアの顔がある。
無表情だが、全体的に幼さの残る顔、しかしどこ艶めかしい。
俺の心臓は鼓動が早くなっていく事が自分でも解る。
「ハル、どうした?心拍数が上がっているぞ?」
冷静に言われて俺は少し顔を赤くして言い返す。
「うるさい、お前のせいだよ!」
俺は顔を少しそむけ、ビージアの顔から眼をそらす。
「ところで、いつまでお前は俺の身体の上に載っているんだ?」
意識をそらす為に俺は会話を振る。
「後半日はこの状態でいないとお前の身体は完治しない」
半日……半日もこの状態で耐えられるだろうか……どういう仕組みで俺の身体の怪我が治っていっているのかは解らないが、確かに確実に俺の身体は回復しているのが実感できる。
「まだもう少し寝ておけ」
「こんな状態で寝れるか!」
「なぜだ?」
少し疑問に思っているのか、困ったような表情を俺に向ける、その表情がまた艶めかしく感じる。
『こ、こいつこのタイミングでこんな表情を!』
完全に自分の理性が吹っ飛びそうになるのを何とか抑えるが、俺の身体の上に乗るビージアの暖かさを感じているとどうしても余計な事を考えてしまう。
「ハル」
ビージアの呼びかけに顔をビージアの方に向ける。
するといきなりビージアは俺の唇にその薄いピンク色の唇を重ね合わせる。
「!?」
一瞬の出来事で何が起こったのかはよく解らないまま俺はビージアの唇を受け入れる。
暫く俺はその柔らかいビージアの唇を感じていると完全に自分の理性が吹き飛んでしまった。
そしてそのまま向きを変えてビージアの身体を組み伏せようとするが、この華奢な身体のどこにこんな力があるのかという位の力で逆に抑え込まれる。
「まだ動くな、傷が開く」
「お前こんな状況でキスなんかするからだろ!」
俺の言葉にビージアはあっさりと答える。
「それがどうかしたか?私の身体の中にいるナノマシンをお前の体の中に直接投与しただけだが?」
その言葉の意味を理解する事が出来ずにいる俺を余所に、ビージアは更に話し続ける。
「外部の傷は殆ど塞がってきたが、まだお前の内臓はボロボロだ、だから直接お前の身体の中に私のナノマシンを入れ込んだ。不快か?」
こいつ何者なんだ?俺の頭の中にはそれが回り続けた。
「お前……いったい何者なんだ?」
「今はそんな事は気にせずに眠れ」
そう言われると俺は急に眠気に襲われ深い眠りに落ちて行った。
俺が死にかけたあの日から俺とビージアの関係は少しずつ変わっていったように思う。
相変わらずビージアは殆ど無表情だったが、前に比べると少しずつ言葉の数も増えていき、時には冷笑以外の表情も見せるようになってきた。
「お前最近なんか変わったよな」
俺の言葉にビージアは返事を返す。
「何がだ?」
「いや、前より少しは表情が変わるようになったし、言葉数も増えてる。何かあったのか?」
俺の言葉にビージアは困惑したような表情で、それに答える。
「解らないが・・・・・・それは恐らくお前と長い時間一緒にいるからだろう。そうする事でお前の思考パターンや言葉を覚えていったのだろう。それに……」
そこで言葉を止めるビージア。
「それに?」
「なんでもない、気にするな」
少し表情が変わったような気がしたが・・・・・・気のせいか?
ビージアはそこで無理やり言葉を遮った。
暫く俺とビージアは無言で歩き続ける、俺が怪我をして死にかけてから一週間経つ、本来なら死んでいてもおかしくない程の傷を俺は負った。しかし、ビージアのナノマシンのおかげで俺は今も生きながらえている。
ナノマシン?
そうだ!あの時の疑問を俺はまだ解決していない、そう思い俺はビージアに話しかける。
「なあビージア」
「なんだ?」
「ビージアはいったい何も……」
その先を言おうとした矢先に突然人の気配を感じる。
気配のする方に俺は視線を向ける、俺は言葉を飲み込んだ。なぜならそこには死んでしまったはずのアリーシャが立っていたからだ。
「アリーシャ……なんで……なんで」
俺は言葉をそこまで出すのがやっとだった。
しかし、その後にビージアが叫ぶ声で俺は正気を取り戻す。
「アリス!今までどこに行っていたんだ!」
ビージアの言葉に俺は更に混乱する。
「アリス?何を言っているんだビージア?これはアリスじゃない、アリーシャだ」
ビージアは少し驚いた表情で俺の方を見る。
ビージアにアリスと呼ばれたアリーシャが話し出す。
「あら、ビージア人間と旅をしていたの?面白いわね~。どうもその人間の知り合いみたいよこの身体」
何を言っているんだ?アリーシャじゃなくてビージアの姉のアリス?そんな馬鹿な?ブロンドの長い髪、少し垂れ下がっている眼それに何よりもあの腕にある痣。あれは間違いなくアリーシャの物だ、そんな馬鹿な、いったいどういう事だ?
俺は混乱し何が何だかわからない。
「ビージア、ちゃんとその人間に説明してあげたら?この人間はあなたが殺したっていう事を、ねぇビージア?」
俺はその言葉の意味がまったく理解できずにビージアの方を見る、嘘であってほしい、そう言う願いを込めた眼をビージアに向けながら。
「事実だ……」
今まで見た事も無い悲痛な表情でビージアは呟く。
「……嘘だろ?なぁ、ビージアなんでそんな嘘つくんだ?」
俺は知らなかったとは言え、恋人の敵と一緒に旅をしていたのか、そう思うと馬鹿らしくなって笑いが込み上げてきた。
「あは、ははははは、なんだよ……俺は知らないうちに恋人の仇とずっと一緒に旅をしていたのか?ははははははは……」
最後の方は言葉にならない、しかし俺は新たな感情が湧きあがり、刀を抜きビージアに切っ先を向ける。
「ビージア、お前は良い奴だと思っていたよ……残念だ……」
俺はそう言ってビージアに襲い掛かる。
しかし、ビージアはそれをあっさりとかわし、俺の身体に強烈な一発を入れる。
「ハル、すまない。しかし今はそれどころじゃないんだ、暫くそこで眠っていてくれ」
遠ざかる意識の中でビージアが泣いているのを俺ははっきりと見た……
「あらあら、その人間気を失ったみたいね。まぁちょうどいいわ……」
アリスが話し終えないうちにビージアはアリスに襲い掛かる。
それを紙一重でかわし、またアリスは話し出す。
「相変わらずせっかちねビージア、少しは私の話くらい聞いたらどうなの?」
「お前の話なんて聞く必要はない、解ったらさっさと私の身体に戻れ」
少しため息をついてまた話し出す。
「ふー、全く思考能力の低い人口知能は説得する事も出来そうにないわね……仕方ないな~」
アリスはそう言って腰に掛かったレイピアを抜きビージアに切っ先を向ける。
「ふん、そんな針金みたいな剣で私の攻撃を受けきれるものか!」
ビージアはそう言ってハルバートをアリスに向かって突き出す。
それをアリスはレイピアで軽くいなすとビージアに向かってまた話しかける。
「ふふふ、確かにまともに向き合えばこんな物ではあなたのハルバートは防げないでしょうね、でも力を受け流すだけならこれで十分よ。それにあなたとまともにやっても私には勝てるだけの力が有る訳ないからね~」
余裕の表情でビージアに対するアリス。
「さあ、かかってらっしゃいビージア」
ビージアは無言のままハルバートをアリスに向け、そして強烈な斬撃をアリスに放つ。
それをアリスはひらりとかわし、勢いの付いたビージアの身体にレイピアの切っ先を突き立てる。
「あら残念、急所には入らなかったわね、さすが戦闘用の機械ね。まあいいわ、いくら丈夫なあなたでもナノマシンの回復スピードを上回るスピードで傷を負わせればいつかは倒れるものね」
そう言うとアリスは細身のレイピアをしならせながらビージアに鋭い突きを連続して放つ。
ビージアはそれをハルバートで受けるが、圧倒的なスピードの前に総てをかわし切る事は出来ず、確実に急所に食らう所だけを防いでいく。
しかし、アリスの強烈な突きの度にビージアの身体は傷つき、体中からは血が噴き出す。
「いつまで耐えれるかしら?」
不敵な笑みを浮かべながらもアリスは攻撃の手を休めない。
次第に後退していくビージア、もう後が無くなっていくのを自分でも認識しながらも反撃の機会を伺う。
「そうよビージア、その表情よ!いつもみたいに冷たい笑顔を浮かべなさい。あなたのその表情たまらないわ……」
アリスの言葉に惑わされたビージアはアリスの攻撃をかわし切れずにアリスの攻撃を身体の深くに受けてしまう。
「うぐ……」
かろうじて即死に至る傷は避けたビージアだったが、これ以上の戦闘はほぼ不可能な状況に陥る。
「あらビージア、もう終わり?」
片膝を着いてハルバートを杖代わりにするビージアにアリスは不敵な笑みで話しかける。
「ふふふ、まあいいわ。じゃああなたの身体私がいただくわね。さよならビージア」
アリスはレイピアをビージアの身体に突き立てようとしたその時、アリスの後ろから何かが飛んでくる。
アリスはそれをかわし、何かが飛んできた方に少し意識を奪われる。
ビージアはその期を見逃さず、ハルバートの柄の部分でアリスの身体に強烈な一撃を加える。
「なっ……そんな……馬鹿な……」
アリスはそう言って気を失いその場に倒れ込む。
アリスを倒したビージアはハルバートを杖代わりに俺の方に歩いてくる。
「ハル、すまない。助かった」
「俺は……お前を許したわけじゃない……でも……お前がなんでアリーシャを殺したのか……その理由を聞きたい……」
ビージアは少し黙った後、言葉を選びながら話始める。
「もともとアリスは私の身体の中にいる別人格、いや、私の思考を司るAIだった」
俺は今まで疑問に感じていた事をようやくビージアから話される事が解り静かにビージアの言葉を黙って聞く。
「アリスと離れる前までは何度かあった事なんだが、アリスと私の人格は時に入れ替わる事が有った。アリスは私と違って生物すべてを憎んでいるようなところがあった。それが何故だかは私には解らないが……アリスの人格の時には、色々な街を襲ってそこの人間すべてを殺していったみたいだ」
「なぜ?なぜそんな事をするんだアリスは?」
「解らない、しかしそれは仕方のないことかもしれない。なぜなら私とアリスは先の戦争に勝利する為にPRCに作られた兵器だからなんだろう」
その言葉に俺は絶句し、再びビージアが話し出すのを黙って聞く。
「私の名前、ビージアはBIological WEapons Strategy Intercept Automaticその頭文字を取って名付けられた。アリスも同じようにARtificial Interigence Strtegyの頭文字で付けられた名前だ」
ビージアはそこで一旦言葉を区切り、少し考えるような表情を浮かべてまた話し出す。
「私とアリスは二人がそろって初めて威力を発揮するように設計された兵器だった。しかしアリスはいつしか私の身体にいる事に我慢が出来なくなったみたいだった。何度か私の中の思考プログラムを乗っ取ろうとしてきたが、私は何とかその攻撃を防いでいた。そしてアリスが私の身体を乗っ取る事を諦めたある時またアリスは私の身体を使って人間の住む町を襲った。そしてその時に襲ったのがハルの町だったみたいだ……」
「それで……それでどうしてアリスはアリーシャの身体を?」
悲痛な顔で言葉を選びながら話すビージア。
「恐らくアリーシャの身体を奪ったのは偶然だったのだと思う。気が付いた時には私の中からアリスは消えて、代わりに目の前にアリーシャの身体に入り込んだアリスがいた」
俺は怒りを覚えたが、まださっきビージアにやられた身体ではまともに動く事も出来なかった。
もしまともに体が動けば間違いなくビージアに殴りかかっていただろう。
しかし、それが出来ない今はビージアに怒鳴りつける事しかできなかった。
「偶然?たまたまそこに人間がいたから殺して、自分の都合のいいように動く人形を作っただけだって言うのか?偶然?たったそれだけの理由でアリーシャは……」
ビージアは俺の言葉に何も言い返すことが出来なかったのか黙ったままだ。
俺は悲しみ、涙を流した……誰にも向ける事の出来ない怒りをそれで癒すかのように押し黙ったまま。
「ビージア……いつか俺にやったみたいにアリーシャの身体を元に戻すことはできないのか?」
力なく俺はビージアに話しかける。
ビージアは少し黙った後話始める。
「もしかすると……可能かもしれない」
「なに?本当か?」
俺はビージアの言葉に耳を疑ったが、その言葉を信じた。
「だったらお願いだ!アリーシャを、アリーシャを元に戻してくれ!」
「しかし……」
ビージアの言葉を遮るように俺は話し掛ける。
「なんでもいい!アリーシャが生き返るなら!頼む!」
考え込んだ後ビージアは解ったとだけ言ってアリーシャの身体に向かっていく。
俺もその頃には何とか歩けるくらいまで身体が回復し、ビージアが今から行おうとしているそれをそばで見つめる。
「ハル、アリーシャの身体は生き返るだろう。しかし、生きていた頃の記憶を持っているかは解らない。それでもいいのか?」
俺はビージアの言葉に少したじろいだが、少し考えて答える。
「……ああ、構わないやってくれ」
これは完全に俺のエゴだろう、しかし何としても俺はアリーシャとまた一緒の時間を過ごしたい、いや、過ごさせてほしかった。
「解った、ハル……今までありがとう」
ビージアはそう言うと今まで見せた事のない笑顔でハルに向かって最後の言葉を紡いだ。
そしてビージアはアリーシャの身体に寄り添い、口づけを交わすかのようにアリーシャの顔に自分の顔を近づける。
その瞬間、ビージアとアリーシャの身体は光に包まれた。
その光はあまりにも眩しく俺の視界を奪い、何が起こっているのか解らない程の光に俺は眼を閉じた。
しばらくするとその光は収まり、俺ようやくは眼を開くことが出来た。
そこには抜け殻のようになって横たわるビージアの姿があった。
「う……うん……」
アリーシャは眼を覚まし、辺りの景色を見渡す。
「アリーシャ!」
俺は眼を覚ましたアリーシャに駆け寄り、その身体を抱き寄せた。
「ハル?どうしたの?それに……ここは何処?この人は?」
「アリーシャ、俺が解るんだな?よかった……よかった」
「ちょっと、ハル。苦しいよ」
「ああ、すまない。でも、もう少しだけ……もう少しだけこうさしておいてくれ!お願いだ」
俺の言葉にアリーシャは、変なハル、とだけ言ってしばらく俺に体を預けてくれた。
それから俺はアリーシャに起こった事を一から順に説明した。
アリーシャは酷く混乱した様子だったが、次第にそれも収まりようやくいつもの笑顔を俺に見せてくれた。
「そう……この人が私の事を助けてくれたのね」
そう言ってアリーシャはビージアの方を見る。
「ああ、そうだ」
俺はビージアがアリーシャを殺したことは伏せておいた。
ビージアは息もしておらず、おそらくアリーシャを助ける為に自分の命を投げ出したのだろう。
「アリーシャ」
「何?」
「そろそろここを離れよう」
「そうね……でも……」
「でも?」
アリーシャはそう言うとビージアの傍らに立ち、その体にそっと触れ、一言話しかける。
「ありがとう」
俺はアリーシャのその言葉を聞き、何とも言えない感情が溢れだす。
「アリーシャ、行こう」
俺はその感情を胸の奥にしまい込み、アリーシャに話しかける。
この先どんな困難が待ち受けるかは解らないが、俺はアリーシャを必ず守って行く、そう心に誓いアリーシャの手をそっと取る。
「あ、ハル。ちょっと待って」
「うん?どうした?」
おれはアリーシャの方を振り向く。
「うん、これから町に着くまでどれくらい掛かるか解らないから、私も何か身を守る武器を持って行こうと思って……」
そしてアリーシャはビージアの脇に転がるあのハルバートを手に取り、それを軽々と持ち上げる。
「この武器、見た目よりも軽いんだね」
アリーシャはそう言って俺の先を歩いて行く。
『まさか!ビージアお前……』
その時アリーシャから声を掛けられる。
「ハル、置いていくぞ」
いつも聞いていたあの口調で俺に話しかけられる。
「アリーシャ、今なんて?」
「あれ?私、今なんか言った?」
そうか……ビージア……
「いや、何も言ってない。さあ、行こうかアリーシャ」
そして俺はアリーシャ、おそらくはビージア、それに……厄介者のアリスの四人で旅を続ける……
ビージアとアリス 流民 @ruminn
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