第3話 天空の住人と飛行茸の解読出来ない関係性について

 

思惟茸を天日に晒しておくと、時折、物珍しがった天女が降りてくる。


彼女たちが天空を舞うことができるのは、美しく透きとおった羽衣のお陰であることは言うまでもないが、実は衣の素材それ自体に浮遊作用はない。


衣の振りかけてある『飛行茸』の胞子のはたらきによるものなのである。



飛行茸 


標高5万リイグ以上の高地にのみ自生し、石にとりつく茸。

この胞子にモノを浮かせる力がある。


栽培に成功した者がいないどころか、採取すら困難な茸である。

   

そして、人一人の重さを浮かせるだけの大量の胞子を集めることは、その寿命という制約もあり、地上を歩行する我々にはほぼ不可能と言える。


雲間をも自在に舞う天空の住人のみが、それを行なうことができるということだ。



しかし、彼女たちが空を住処とするようになる以前は、どのようにして飛行茸の胞子を集めたのであろうか。

これはもう1000年過去の出来事であり、よく判っていない。


多分、一人の天才が、美しく、堅牢で、極めて独創的な技を持ってしてなし得た事であろう。


歴史は稀有の天才によって劇的に変化する。



そういうわけで(?)きのこがとても好きな天空の住人が思惟茸を見に来るのは不思議ではないのだが、実は彼女たちの目当てはもう一つある。


我が工房のそこそこに転がっている、石くれである。


黒雲母、石英、琥珀、メノウ、玻璃、黄玉から、特に価値のないと思われる火成岩の類まで、非常に丁寧に、興味深く眺めてゆく。


   

実は彼女たち天空の住人は、『石』を持つことが出来ない。

(正確には、持って飛ぶことが出来ない)


飛行茸の浮力は、石(金属)にはまったく作用しないのである。



そういうわけで(?)彼女たちは石を見るのがとても好きな者が多いようだが(いや、それは地上の女性達も同じか?)、それでも小1時間程で丁寧に礼をいい、透き通った空へと去ってゆく。



天空の住人は石を持つことが出来ない故か、武器らしきものを一切持たない。


争いごとを好まず、常に柔和で礼儀正しい。

    

オゾン層にのみ生息する光合成ウィルスに寄生され、それらから栄養分を受け取っているので、陽の光と水さえあれば生きてゆける。


そうして日がな一日、天空をふわふわと浮いている。


   


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


   


石を見せてから2,3日もすると、工房の扉の外にお礼の品がふわりと置いてあることがある。

   

透き通った薄い袋に、紫色の朝霧とか、虹の鱗粉とかが入っていたりするのだが、それらは彼女たちの存在と等しく、美しいだけでこれといってなんの役にも立たないという、此の上なく魅力的なものたちなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬菌術師の工房 言枝謙樹 @koto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ