第2話 未来予知 - 女 -

 未来予知。

 誰もが一度は思うだろう。

 先の事が分かったら良いのに。

 明日の天気、五分後の未来。宝くじの結果。果ては数十年後の自分。

 もしそれが分かれば、違った選択をしたのに。

 誰もが考える。

 けれども、誰もが思うだけで終わる。それは至極単純明快な理由、先見が不可能な事だから、だ。そんな超能力、持ちえる訳がない。

 しかし。

 私には、それが見えた。

 見えるようになったきっかけは分からない。初めは、ぼんやりと先の事を考えたら、予想通りに事が進んだ事が重なった。ただの偶然だと思ったが、それが十回、二十回と続くとただの偶然とは思えなくなった。

 そして気が付く。

 自分に予知能力が備わった事に。

 初めは、無意識のうちに未来を見た。意識するにつれ、見るタイミングをコントロール出来る様になった。続いて、見る長さを。更に、見る時期を。


 しかし、私は気づく。

 予知能力も万能ではない事に。


 そういう物なのか、自分の才能的な物なのかは分からない。

 ともかく、彼女が予知可能な未来には条件があった。それは、人間の未来しか見る事が出来ないというものだ。自分の未来を予知する事は出来なかった。彼女が見る事が出来たのは、自身の半径二メートル以内に居る人間の未来だけである。

 当然、国の行く末、宝くじの結果、等の人ではない物の未来は見れなかった。明日の天気すら予知する事が出来ない。

 とても制限の多いものであった。

 彼女は考えた。

 どうにか能力を活かしてお金儲けが出来ないか、と。


 この力は職務怠慢な神だか仏だかなんだか知らないが、役にもたたないくそったれがくれた遅すぎる贈り物に違いない。

 思えばろくでもない二十五年間だった。家は貧しく、うだつの上がらない父親は酒で自分を誤魔化し、挙句に寄った勢いで暴力を振るってきた。母親はヒステリックであり、感情に任せ私を叱責をした。

 だが、そんな二人も、もういない。父は酒の飲みすぎで肝臓を壊し、母も癌で少し前にようやくこの世を去った。

 漸く、自分の人生が始まる。

 そう思った矢先に、身につけた予知能力であった。

 使い方は決まっている。これまでの人生を挽回するために、お金が必要だ。

 初めに思い付いたのは、占い師になるだった。

 ただ、直ぐにその案は却下した。

 占いで単位時間辺りにいくら稼げるというのだ。

 有名になれば話しは変わるのだろう。

 しかし、それまでは一時間に数千円稼げれば良い方だ。加えて、夏や冬は屋根の無い屋外に長時間居る必要もある。

 更に根本的な問題もある。生まれつきに加え、抑圧されて育った自分は、さほど口が上手い訳でもない。多くの知識が有るわけでもない。その様な人間が、上手く仕事をこなす姿を思い浮かべる事が出来なかった。

 もっと楽に稼ぐ方法はないだろうか。

 そんなある時、出会ったのが男であった。

 私の数少ない趣味であるテニスで偶然知り合ったのが男だ。

 性格は悪くないが、見た目、趣味も平凡であり、地味な人物。

 それが初めに抱いた印象だ。

 しかし、会話重ねるうちに、テニス以外にも、本や映画等の趣味、考え方も近い事が知れ、遊びに行く事も多々あったが、特別な感情を抱くことは無かった。

 なぜ自分でそうしようと思ったのか、今でも思い出せない。ただの気まぐれだと思う。たまたま、男の未来を覗いて見た。

 すると、どうだろう。

 男が大金持ちになる未来が見えた。

 当時、まだ然程有名でない時期に男の未来を見ただけにあって、私は大層驚いた。

 同時に、歓喜する。

 これだ。

 この男と付き合う事が出来れば、大金を手に入れられる。

 男に悪い印象を持っていない私は、交際に迷いはなかった。

 それから、私は予知能力を前面に駆使し、あの手この手で男の気を引こうとした。

 人付き合いに疲れていた男は徐々に私に引かれていった。


 詰めの一手は何かと、私は未来予知を使用する。



 ・・・すれば男が告白する。

 妙な未来が見えたが、疑いつつも私はそれを実行する。


 そして、私は結婚する。


 結果無事に交際がスタートする事と相成る。

 男との交際は順調であった。

 付き合い始めてから、私は予知能力は使わなかった。使いたくなかった。

 そこは私も人の子。一時の気の迷いと分かりつつも、恋愛などにうつつを抜かしてしまった。灰色の二十五年間で縁のなかった彼氏というものに、柄にも無く甘い夢を見てしまう。

 運命の日は突然訪れる。

 予知をしていない私には晴天の霹靂であったが、男がプロポーズをしてきた。

 答えは決まっている。

 男が夫になった。


 結婚後、暫くは問題もなく、生活が続いた。

 喧嘩する事もなく夫との間柄も良好。休日は買い物、食事、テニス、デートと充実した日々を送っていた。

 仕事は辞め、専業主婦となった。夫の貯金はサラリーマン人生を数回繰り返さないと稼げない金額にまでなっており、わざわざ働く理由も無い。


 綻びは徐々に生じていた。

 付き合い始めの浮かれた気分も落ち着き、現実が見え始めた頃に気づいた。

 夫は嫌いではない。

 しかし、不満はある。

 小さな事はこの際置いておくとして、一番はお金に関する問題だ。

 男の暮らしは質素であった。

 世間一般の同年代の人間と比べれば豪華な方であるのは間違いないが、収入に対するものとなると清貧であると言わざるをえない。

 暮らしは、築二十年の3LDKアパート。自家用車は使い勝手が良いと、面白みの無い国産エコカー。食品もそこらのスーパーで買える物ばかり。たまの外食も一人数千円の店に行くのみだ。飛行機が苦手と言い、旅行も国内にしか行かない。

 一番の不満は、お金を自由に使わせてもらえない事にあった。

 家の収入の殆どを男が管理しており、私が自由に使えるお金はお小遣い制で支給された月5万円のみである。おねだりをすれば高い物を買ってもらえない訳ではないが、しょっちゅうという訳にも行かない。

 折角、高収入の男と結婚出来たのに、思っていた生活とは異なっていた。



 私は思う。

 どうにかして、夫の貯金を自分のものに出来ないかと。

 男はまだ嫌いではない。だが、お金も欲しい。


 そして、私は自分に予知能力があった事を思い出す。

 久しく使っていなかったが、私にはこの力があったのだ。

 しかし、夫の金遣いが変わらないかと試みるも、結果は空振りに終わった。

それもそうだろう、表面的な結果を変えるのではなく、金銭感覚という心の深い部分の考え方を変える事は困難であった。

 小手先だけの行動で、相手の考え方は変わらない。

 私は考える。

 考えて、悩んで、考えて。

 たどり着いた答えはなんて事はない。

 夫を殺せばよいのだ。

 そうすれば、お金が手に入る。

 夫が好きだ。だが、お金も好きだ。

 ならば、殺すしかない。


 さと、そうした時に、どうやって夫を殺そうか。

 当然、私の手で直接殺すわけにはいかない。人殺しになってはその後の生活に支障が出る。かといって誰かに頼むわけにもいかない。殺し屋などという便利な存在など居る訳がない。荒事に慣れた知り合いが居る訳でもないし、そもそも自分の弱みを作る気もしなかった。

 夫に自殺してもらうのが理想的だ。

 かといって、人はそう簡単に自ら命を絶つものではない。

 人は何か悲観するものがあるから自殺するのである。


 予知能力者、予知能力を使うときのサインを作る。


 私は知っていた。

 夫にも予知能力が備わっている事を。

 おかしいと思っていた。夫が天才デイトレーダーとは言われていたが、あまりにも上手く行き過ぎていた。

 取引の失敗が全く無かった。

 それは結婚してから、気付いたことだ。

 常識的に考えて、取引の失敗がゼロという事は考えにくい。成功も失敗もするが、トータルの取引で収益がプラスになるのが、投資というものだろう。

 しかし、夫は常にプラス収支しか吐き出さなかった。

 何かある。

 予知能力者が自分だけだとは考えていない。

 もしかすると、夫も能力者ではないのか?

 怪しんだ私は、一時、夫の行動を逐一観察してみた。

 すると、容易に答えへ辿り着く。


 予知能力者は、能力を使う時に息を止める。


 仕事中の夫をそっと観察し、私は確信した。

 間違いない。

 偶然なのだろうが、夫も予知能力者だ。


 私に天啓が閃く。

 幸せな事に、夫は私を好いている、愛している。

 そんな私がいなくなったら、死亡したら夫はどうするだろうか?

 悲しみに打ちひしがれるだろう。

 嘆き、苦しむだろう。

 自惚れでは無い、確信があった。


 だから、私は、予知能力を使って夫が苦しむ未来を選んで行動するようにした。


 手始めに、走る自動車へ飛び込もうと決意する。

 私は本気だ。最悪、死んだら死んだでそれでいいと思っていた。親が死ぬまでろくでもない人生だったのだ。ここで終わらせる事も悪いとも思わなかった。


 効果はてきめんだった。

 突如、夫が引越しをしようと言い出してきた。

 私は渋った振りをしながらも、内心ほくそ笑む。

 これは、いけると。

 それから、私は死ぬ、正確には死のうとする努力をし続ける。

 その度に、夫は理由を知らなければ不可解とも思える行動を取る。

 私はそれが嬉しくてたまらない。

 夫に愛されている事も、財産がもう直ぐ手に入る事も、どちらもが堪らなく心地良い。

 私は、生まれてから今が最も幸せだった。

 全ての物が輝いて見える。世界は、これ程までに素晴らしいものだったのかと、初めて気付いた。



 夫が見る見る弱っていく姿の心が躍った。

 ある日、いつも疲れた顔をしていた夫が、久しぶりに晴れ晴れとした表情で私に尋ねた。

 幸せかと。

 私は本心から答える。

「もちろん、幸せよ。貴方と結婚出来て、本当に良かった」


 次の日、男は自殺する。

 私は欲しい物を手に入れた。


 私は笑いながら涙をこぼした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来予知の使い方 明川荘助 @Flying_marimo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ