未来予知の使い方

明川荘助

第1話 未来予知 - 男 -

 未来予知。

 誰もが一度は思うだろう。

 先の事が分かったら良いのに。

 明日の天気、五分後の未来。宝くじの結果。果ては数十年後の自分。

 もしそれが分かれば、違った選択をしたのに。

 誰もが考える。

 けれども、誰もが思うだけで終わる。それは至極単純明快な理由、先見が不可能な事だから、だ。そんな超能力、持ちえる訳がない。


 しかし。


 僕には、それが見えた。

 見えるようになったきっかけは分からない。初めは、ぼんやりと先の事を考えたら、予想通りに事が進んだ事が重なった。ただの偶然だと思ったが、それが十回、二十回と続くとただの偶然とは思えなくなった。

 そして気が付く。

 自分に予知能力が備わった事に。

 初めは、無意識のうちに未来を見た。意識するにつれ、見るタイミングをコントロール出来る様になった。続いて、見る長さを。更に、見る時期を。最後に、他人の未来を見れるようにもなった。


 未来予知の工程は、水に潜る時に似ている。

 大切なのはイメージだ。

 息を止め、ただ、深く深く望む場所へ、見たい未来へと進んでいく。

 近くの未来を見ることは簡単だ。少し意識を集中させればいい。近くの未来なら、長時間予知をする事も難しくない。

 対して、数ヶ月先といった遠い未来を見る事は難しい。深く潜る必要がある。かつ、そこで待機する必要もある。深い水底で、息を止め続けるイメージだ。

そして、予知から戻ってくるにも手順が必要だ。急に予知を止める事は出来ない。それは深く潜っていればいるほど当てはまる。


 慣れないうちは、未来を見た後に急に現実に戻り、何が現実で、何が予知の映像なのか分からず、パニックになり倒れたことがあった。

 現実に戻るにも、徐々に意識を予知から現実へと向けていく必要がある。

 潜水時に、水底から一気に地上に戻れない事と同じだ。時間をかけずに戻れば、肺が膨張し破裂してしまう。だから、ゆっくりと現実へ戻る必要があった。

 そして自分よりも、他人の未来を見る方が難しい。


 予知能力を手に入れてから、改めて気づいた事がある。

 人の未来は無限大である事に。

 以前、友人が外出先で事故に遭い、足を切断する未来を見た。その時、僕はあの手この手を使い、相手に気味悪がられるながらも、どうにか出かける予定を取り止めさせ、結果友人は今でも自分の足で歩いている。

 その時の選択によって、未来は全く違った結末を迎えるのだ。


 僕が予知能力に目覚めたのは、大学を卒業し社会人になってからだ。

 それまでは何の事はない、平凡な人間であった。普通に高校を卒業して、そこそこの私大に入学して、留年しない程度に勉強をして、そして有名ではないが東証一部上場企業に入社した。

 社会人二年目のある日、突然予知能力がある事に気づいた。

 そして、僕は悩んだ末、会社を辞める

 折角の予知能力だ、使わない手はない。次に職業として選んだのは、デイトレーダーだった。


 今更、政治家だの、スポーツ選手だのといった大層な職業に付こうとも思わなかった。

 僕が必要としたのは、そこそこのお金と、そこそこの名声、そして自由な時間だ。

 加えて、僕の能力的な問題なのか、未来は一年先までしか見れないという制限付きだった。

 そうした時に、デイトレーダーは理想的だ。

 予知能力を駆使さえすれば、それ以上の努力は必要ない。お金は勝手に入ってくるし、常に取引に成功していれば勝手に名声も付いてくる。


 天才デイトレーダー。

 周りが勝手に騒ぎ出した。

 知名度が上がると、今度は人が寄ってくる。

 会った事もない親戚、怪しい投資を持ちかけてくる人間、慈善家、宗教法人、報道・出版関係者。


 そして、最も多いのが女性だ。

 僕の才能、もといお金を目当てに、光に群がる虫のように女性が近付いて来た。あの手この手で僕の気を引こうと、必死だ。

 僕も簡単には騙されまいと抵抗する。


 やはりここでも役立つのが予知能力だ。

 気になった相手と交際を始めたら、どうなるかを予知する。

 が、碌な未来が見えなかった。

 それもそうだ。

 彼女らが引かれたのは大金であって、僕ではない。

 どいつもこいつも、ひどい手のひら返し様だった。

 僕の財布から現金を抜き取る奴がいた。

 銀行口座から勝手に引き落としをする者も居た。

 けど、それはまだマシな方だ。

 ヤクザの愛人を隠して僕に近付き、お金をせびる者も居た。

 果てには遺産目当てで僕を事故に見せかけ殺そうとする者まで居た。


 軽く人間不信に陥りつつも、そこは人の子。

 予知能力を持つだけでその他は一般人となんら変わりがない僕も、やはり人恋しい。家に篭って他人に会う機会が少ないから尚更だった。


 そして、ある女性に恋をする。

 彼女も僕のお金に引かれた部分はあるようであった。ただ、それだけではない事も分かっていた。

 その人は、僕が有名になる前からの知り合いで、同じテニスを趣味とする運動仲間だった。テニス以外にも、本や映画等の趣味、考え方も近く、遊びに行く事も多々あった。

 対人関係に疲れていた僕に、彼女は変わらぬ態度で接してくれた。元々抱いていた好意が、いつしか愛情に変化したのも無理からぬ事だろう。

 我ながら卑怯だと思いつつも、どうすれば彼女と付き合えるかと予知能力を駆使した。


 彼女が、うなぎの様にくねくねと、詭弁公爵ウォークをするから、そのタイミングで告白すれば上手くいく。

 何だそれはと疑いつつも、予知の通りに彼女は奇妙な行動に出た。


 そして無事に交際がスタートする事と相成る。

 彼女との交際は順調であった。そして僕は決断する。

 この人と結婚しよう、と。したいと思った。

 その時は予知能力は使わなかった。使いたくなかった。

 果たして、プロポーズの結果だが。

 僕らは結婚する。



 結婚後、暫くは順調に生活が続いた。

 喧嘩する事も無く、妻との間柄も良好。休日は買い物、食事、テニス、デートと充実した日々を送っていた。

 仕事も当たり前だがトラブルはなく、順調に資産を増やし今や現金、株等の全ての資産を合わせると、サラリーマン人生を数回繰り返さないと稼げない金額にまでなっていた。


 綻びは前触れもなく、ある日、突然生じた。

 何の話をしていたか思い出せないが、話の中で未来が見えたら良いのにね妻が言い出した。

 仕事以外ではあまり使う事もなかった予知能力だが、ふと悪戯心が湧いて妻の未来を覗いた時だ。

 あまりの衝撃に、予備動作も忘れて一気に僕は、予知から現実へと戻る。

 頭痛と息切れに悩まされながらも、僕の心臓は別の事態に早鐘を打っていた。

 僕が見た未来。それは妻が死ぬ未来であった。

 それも先の話ではない。

 一年後、妻は死ぬ。

 予想外の展開に、僕はパニックになりかける。


 しかし、直ぐに冷静になった。

 変えればいいのだ。

 未来を。

 僕にはその力がある。

 都合が悪い未来は回避すれば良い。これまで、何度もそうしてより良い未来を選んできたではないか。

 人の未来は変わる。

 世界線がどうのという説もあるが、そんな物は関係がない。

 少なくとも、僕は経験から未来は変わる、変えられるものだと信じている。



 それから、僕は妻が死なない未来を必死で探した。

 初めに、妻が死ぬ未来の映像を思い出してみる。

 彼女は車に轢かれていた。その場所には見覚えがあった。あれは、そう、家の近所だ。そして映像の妻は買い物袋を手に持っていた。簡単な連想だ。つまり、彼女は買い物の帰りに車に轢かれて死ぬ。

 原因が分かれば対策は簡単だ。

 そうして、僕は風水がどうだのと適当な理由をでっち上げ、慣れたアパートから別のアパートへ引越しをした。

 これで一安心だろうと、新居の生活が一段落し始めた頃に改めて僕は未来を確認した。

 すると、どうだ。


 また、だった。

 場所も、時間も全く違うが、彼女は再び自動車事故に遭ってこの世を去った。


 近所は駄目だ。

 彼女は渋ったが、交通量の少ない、田舎へ引越しをする。だが今度は、用水路に落ちて彼女は亡くなった。

 縋る様に、これまでの引越しで未来が変わっていないかと僕は住みなれた町に戻るが、やはり彼女が死ぬ未来に変わりはなかった。

 場所ではないのか?

 生活パターンなのか?

 彼女の仕事か? 僕の仕事か? 食生活か? 趣味? 交友関係? 日々の習慣?

 分からない。

 しかし、諦める訳にはいかなかった。

 妻が死ぬ事は耐えられない。



 それから僕は、効果がありそうなものから無さそうな小さなものまで、あらゆる事を試す。

 生活パターンを変化させるために、起きる時間を変えたりもした。カフェやファミレスで仕事をする事が多かったが、なるべく妻に近い所に居ようと家に篭って仕事をするようにもした。

 家事を手伝うようになった。妻には外出を控えるように言い、買い物は専ら僕がするようにもした。


 しかし、効果はない。

 妻が死ぬ未来は変わらない。

 彼女が死ぬ姿が、脳裏に焼きついて離れなかった。彼女は決まって、笑みを浮かべて死の瞬間を迎える。

 それを見る事が、その結末が、どうしても辛かった。

 何とか彼女を助けたい。いや、正直な事を言おう、僕自身も希望の持てない未来をこれ以上見たくないという気持ちも有った。


 そして、僕は彼女が生きる未来を予知する。

 彼女は涙を流していた。だが、同時に彼女は笑っていた。



 僕の選択肢は決まっている。

 欲しい未来のために、僕の取る行動は一つだ。

 彼女のためなら何だって出来る。

 僕は早速、準備に取り掛かった。


 二ヵ月後。

 全ての用意が終了した。

 後は行動に移るばかりだ。

 この二月、疲れはしたが、今は充実感で一杯である。


 僕は彼女に尋ねた。

「幸せかい?」

 彼女は柔らかに微笑みながら答える。

「もちろん、幸せよ。貴方と結婚出来て、本当に良かった」

 その言葉に、胸が満たされる。


 翌日。

 新聞の地方欄の片隅にある記事が載る。

 著名個人投資家 ○○ ○○氏 自殺。

 ××××年××月××日、個人投資家の○○ ○○氏がN市内で心肺停止状態で見つかり、その後死亡が確認された。警察では自殺とみて調べている。

 ××日午後7時半ごろ、N市郊外の廃病院 駐車場の車の中で、○○さんが意識を失った状態で発見される。救急車を呼んだが、すでに心肺停止状態で、死亡が確認された。遺書のようなものもあったといい、自殺とみられる。


 彼は欲しい物を手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る