第7話

「・・・?」


 何だか違和感を感じる。

本当にこの悪人顔は傭兵なのだろうか。

何かの流派の面影らしきものはあるがそれだけ・・・。

ヴァーニス転移前は、傭兵に登録出来る最低条件に何かしらの戦闘経験が必要の筈なのに・・・。

もしかしてこれはボクを油断させる罠だったりするのだろうか。


「オラァッッ!!」


 剣筋が出鱈目な上段からの攻撃、ほんと冗談かと思えるほど見切りやすい。

ボクは、剣で受け止める事はせず、軸足を起点に半歩をずらす事で悪人顔の攻撃を避ける。


「ッナロー!!」


 下から右上への逆袈裟斬り(もどき)は、剣先がふらふらで上半身を仰け反らせるだけで避ける。


「テメェッ!!」


 片手で持っていた剣を両手で持ち直し、渾身の斬り落とし・・・、初めて速度の乗ったマシな攻撃が来る。

ボクは、剣を握り直し左から右へ横に薙ぎ悪人顔の攻撃を弾く。


「・・・」


 やっぱり、変だ。

どう見ても動きが素人でまるで初めて剣を使った様なテキトー具合。

攻撃のタイミングを知らせるかの様な下品な掛け声、容易どころかこれなら目を瞑っていても避けられそう。


「おいっ! 真面目にやれっ!」

「うっせぇ!! 黙っとけ!!」


 何合か適当に避けているとリーダー格が声を荒げて悪人顔へと発破を掛ける。

元々隙だらけだったけど、さらに大きな隙が出来た瞬間を見計らい剣先で悪人顔の剣の鍔を引っ掛けてボクの後方へ弾き飛ばす。


「なっ!?」


 悪人顔は後方へと飛んだ剣を追って行くと入れ替わる様にリーダー格の男が大剣”厳密にはバスタードソード”を担ぎながらボクの方へやって来る。

そして、間合いに入ったタイミングとほぼ同時に振り下ろす。


「っしゃあ、オラァァァッ」


 力任せの振り下ろし、悪人顔の攻撃よりは幾分かマシだけど、技量が伴っていない上に剣速も速い訳ではない。

こちらは流派らしきものがなく、ただ闇雲に剣を振り回している感じがする。

大剣は基本的に身体全体つまり腕・肩・腰・脚で攻撃をする事となる。

その内一つでも欠けると攻撃に重みも鋭さもなく、ただの隙の大きい武器となる。

このリーダー格の攻撃は、肩・腰・脚が掛けており腕のみで強引に振り回している。

そう、これはまるで鈍器の様な扱い、大剣の攻撃表現として叩っ斬るという表現を使う事はあるがこれは”斬る”という表現をなくした感がある。

まぁ、そんな事を鈍器使いに言うと怒られてしまうかな。

つまり、彼も悪人顔と同じで素人と言う事になる。


 ボクは剣の腹で負担の掛からない角度で受け流しつつ、右へステップして衝撃を和らげる。

そして、大剣の剣先は、脆い舗装された地面を叩き割り地面へとめり込む。


「チッ」


 リーダー格の視線は右へとステップしたボクを追っていたが重い大剣は未だ地面にめり込んだまま。


「ぬぅっ!!」


 そして、また力任せの横薙ぎは、剣先がボクに何とか掠る程度だったので今度は後方へ一歩下がる。

間合いもクソもない上に体勢が出鱈目で剣速はおろか剣筋がブレブレだ。

近所に住む騎士志望の子供の方がまだ動ける。

何合か適当にあしらいつつどうやって負かそうかを考える。


「でりゃああぁぁっ!!」


 本人にとって渾身の一撃であろう斬り落としは、ボクに数センチ届かずそのまま地面に減り込む。

ボクは、剣先の埋まった大剣の剣身に左足を乗せ右脚で回し蹴りを無防備の顔へ思いっきり蹴る。


「がぁっ!?」


 リーダー格はたたらを踏んだ後、尻餅を着き倒れる。


「っ、何をしている! お前らも攻撃すんだよッ!」


 剣士二人の攻防を呆然と傍観していた弓使いと魔術師に向けて尻餅をついた状態でリーダー格は叫ぶ。

それにハッとなり慌てて攻撃準備に入る。

最初から薄々感じていた事だけど、この時点でこれは実力テストではないというのが分った。

ならば、まずはこいつらの正体を確かめる。


「くっ」


 弓使いは手に持っていたクロスボウをボクに向けてトリガーを引く。

視線とクロスボウの向く方向が正直過ぎて、どこを狙っているのかまる分りだ。

むしろ、こんな数メートルの距離でボルトが当たると本気で思っているのか・・・。

避けるまでもなく、ボクは飛んできたボルトを剣で弾く。


「あ・・・」


 これでしばらく弓使いは、攻撃をする事が出来ない。

クロスボウは、威力、貫通力、取り回しの良さなどが弓を上回るけど次弾装填に時間が掛かりすぎる。

だから、こんな混戦で使用するものではない。

まぁ、混戦用の武器である剣をボクに渡してしまっているので仕方がないと言えば仕方がない。

ならば、不参加でも良かったものを・・・。

 ボクは、弓使いを無視し奥の方で魔術を詠唱している魔術師へ向けて走る。

と言っても、こんな近距離走るまでもなくちょっとステップすれば届く。

魔術師に肉薄すると共に剣で右太股を薙ぎ払う。


「ぎゃぁっ!?」


 魔術師は短い悲鳴と共に後ろへ倒れ呻きながら蹲る。

ボクは、魔術師の肩に右足を乗せ後ろへ弾く。


 傭兵を語ったただの追い剥ぎまたは野党で間違いないだろう。

本来ならクエストの受注などで身元がばれるものなのだけど、今回の異世界転移騒動でその確認が疎かになったのだろう。

世界に数千万人かそれ以上いるとされる傭兵の情報を全ての傭兵ギルドで完璧に共有が出来ない。

現在、どんな傭兵が駐留しているか傭兵タグをいつ紛失したかなどの情報は、流石に共有されない。

傭兵タグを所持している者が本人だという事が前提となっており、盗まれたり紛失した際に届出がない限り所持者イコール本人となる。

つまり、転移騒動で届出がされなかった可能性と共有前に転移した可能性がある。


 魔術師の首に掛けられている傭兵タグを剣先で持ち上げる。


「ひぃ」

「元の持ち主はどうしたの?」

「っ・・・」

「どうしたの?」


 剣先が魔術師の顎へ触れ一筋の血が流れる。


「うぁ・・・」


 魔術師は、怯えながらリーダー格の方へ視線を移す。

ボクは、そのリーダー格へ首を傾けて睨みながらもう一度質問をする。


「この傭兵タグの持ち主はどこ?」

「っ、し、知らねぇ。 こいつを奪って数分もしたら、何時の間にか知らない場所にいた・・・」

「ふ~ん」

「う、嘘は言ってねぇ。 本当だ」


 つまり、運よく傭兵が倒れている現場に出くわし、元々追い剥ぎなどの生業にしていたこの人達は、傭兵の装備やら何やらと傭兵タグを奪い喜び勇んでいたら、異世界転移に巻き込まれ知らない所へ飛ばされた。 そして、足元に倒れていた傭兵もいない上に周りの景色も様変わりしていたが遠くにこの街が見え逃れてきた。

こういう事かな?

まぁ、遠からず近からずって所だろう。

という事は、この人達・・・いや、こいつらは犯罪者という事になる。

なら、ボクの肩慣らしに付き合ってもらっても問題ないだろう。


「そ」


 ボクは素っ気無い返事と共に剣を振りかぶり容赦なく、魔術師の首を刎ねた。

ゴロンと悪人顔の足元へ首が落ちる。


「て、てめぇ・・・」

「貴様、正直に答えたろ!!」

「だから? 殺さないなんて約束はしていませんよ」

「ち、くしょう・・・」


 ボクは、一瞬で何かをしようとした悪人顔へと肉薄し、『月守夢想流つきもりむそうりゅう伍之太刀ごのたち』を繰り出す。

この技は、抜刀術の動作を利用する打撃技で、剣身を抜ききる前に柄頭を相手に叩き込む技だ。

格闘術の寸勁や発勁と同じ特性を持っており、強固な防具や鍛え上げられた筋肉をも無視し内臓へダメージを与える。

今回は、抜刀術に不向きな剣かつ鞘がないので威力は半減以下にまでなってしまう。

けれど、こいつらの様な雑魚にはこれでも十分な威力となる。


「ぐぎっ!?」


 悪人顔は両膝を着き前かがみになり動かなくなる。

感触からいって恐らく下腹部の肋骨が砕かれ、内臓にも相当なダメージとなった筈である。


「うぉぇえええぇぇ・・・」


 そして、血の混ざった嘔吐物を垂れ流しする。

振り返ると同時に弓使いがクロスボウをボクに向け射出する直前なのを一瞬で確認する。

身体の振り返る回転力を利用して剣を弓使いへと投げる。

クロスボウのトリガーは引かれる事なく剣が弓使いの心臓へ深々と突き刺さり、悲鳴あげる事なく糸の切れた人形の様に倒れる。

得物を投げてしまったので足元に落ちていた悪人顔の長剣を拾いリーダー格へと意識を向ける。


 まだ、地面からバスタードソードを抜ききれてなかったのか・・・。

ハッとボクと一瞬だけ視線が交差すると火事場のクソ力という感じでバスタードソードを地面から引き抜く事に成功する。


「ハハッ、し、死んでたまるかよ・・・」


 リーダー格は、バスタードソードを肩に担ぐ。


「うおぉぉぉぉおおお!!」


 担ぐと同時に雄たけびをあげ、ボクに向かって突進してくる。

正に鬼の形相だけど、目には涙、鼻水と涎を垂れ流ししている。

死を覚悟して玉砕かな?

ボクの間合いより少し遠い(と思っている)所で踏み切り豪快に横薙ぎをしてくる。

今までほとんどを左右に避けていたからの判断なのかも知れないが、リーダー格とボクの体格差からいえばしゃがむ事で難なく避けられる。

ボクはしゃがみながら長剣を下から上へと斬り上げてバスタードソードを弾き、それと同時に一歩踏み込んでジャンプし斬り落としの構えをとる。

そして、リーダー格の驚きで歪んだ顔を見ながら斬り落とす。


「がはっ・・・」


 右肩甲骨から左腰椎にかけて斬る。

気持ち両断したつもりだったけど、手入れもされていない長剣ではそれは高望みだろう。

大量の血を噴出しながら後ろに倒れるリーダー格を横目にボクは長剣を血振りしながら身体を反転させる。


「あなたは来ないの?」


 最初からいたにも関わらず高みの見物と手を出してこなかった、今現在鼻くそをほじりながらこちらを見ている特攻服を着たチンピラに剣先を向けた。

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