8話 わた雲

 おれは課題を終えて、妖精の国・入道雲に戻ってきた。

 早々に帰ってきた為、モニターを見ながら、みんなの様子を見ていた。

 おれの涙の跡を見たウヅキ先生は、何も言わずに側に来て、おれの方は見ずにモニターを見ていた。

 カンナもおれに続いて割りと早く帰ってきた。課題でも優等生は健在だ。

 ヤヨイは人間の国を満喫したのか、3日目に笑顔で帰ってきた。

 やがて、課題に行った妖精達は無事に全員戻ってきた。



 ある日、妖精の国・入道雲にぶつかったような衝撃が走った。

 妖精は飛んでいるから平気みたいだが、人間の国で地震の経験のあるおれは、慌てて外に出た。

 外に出ると揺れが治まり、いつもの景色が広がって───いるように見えたが、よく見ると雲の面積が広くなっている。


「あ、来たですね!」


 ヤヨイは知っている現象のようだ。嬉しそうに飛んで行った。

 カンナが近付いて来て説明してくれた。


「サツキは初めてですよね」

「うん、これはよくある事なのか?」

「頻繁ではないですが、まぁ、ある事です。あちらを見てください」


 カンナが指差す方を見ると、いつもは空が広がる雲の切れ目の先に、見慣れない雲がくっついていた。

 向こうからも妖精達がきて、こちら側の妖精達が、それを迎える。親しそうに話している妖精もいる。


「あれは、妖精の国・わた雲です」

「……えぇ!妖精の国って他にもあったのか!?」

「はい。時折、わた雲とこうやってくっついて、おまつりをやっています。ちょっとした交流会みたいなものです」

「おまつりがあるのは、ヤヨイから聞いたことがある。神様、えっと、成喜神様の御言葉が聞けるとか」

「そうですね。わた雲には別の神様がいます。真学神様です。私達、妖精もですが、神様同士も交流して、情報交換をしています」

「へぇ、そうなんだ。他にも妖精の国はあるの?うろこ雲とか、ほうき雲とか」

「私の知る限り、こうやって交流をしているのはわた雲だけですね。ただの水蒸気の雲の方が圧倒的に多いので。けど、探せばあるのではないでしょうか」

「なるほど」


 ふと見ると、ヤヨイが妖精を複数連れて、こっちに来た。


「サツキ、あれを見せて欲しいです!育てた花!」

「え、なんで?」

「あの美味しさを、わた雲のみんなにも味わわせてあげたいです」

「食べる気か!」


 おれはヤヨイが連れてきた妖精に囲まれ、質問攻めに遭った。


「キミが人間だった妖精?」

「ヤヨイが妖精にしたんでしょ?」

「人間ってどんな感じなの?」

「育てた花は美味しいって本当?」


 髪型は違うが、4人は同じ顔をしていた。


「…えっと、ヤヨイ、どういうこと?」

「妖精の国・わた雲のお友達です。サツキの事を話したら、会いたいって言われたです。ヒガシと、ニシと、ミナミと、キタで、4兄弟です!」

「「よろしく」」

「よ、よろしく…あ、花なら食べないって条件なら見てきて良いよ」

「やったです!4人とも、行くですよー」

「やった!」

「サツキ、また話を聞かせてよ」

「おまつり一緒に行こー」

「行こう行こう」


 ヤヨイとわた雲の仲間たちは花壇の方に向かって飛んで行った。

 圧倒されているおれに、見守っていたカンナが話しかけた。


「大丈夫ですか?」

「今のは何だったんだ?」

「ヤヨイは仲良くなるのは得意なので、いつもだいたいあんな感じです」

「おまつりってこれからあるの?」

「そうですね。今日これから、妖力を使って準備して、明日・明後日と2日おまつりをして、最後にみんなで見送りをして、入道雲とわた雲が離れます」

「雰囲気だけ見てると楽しそうだけどな」

「ちなみに、学校は臨時で休みです。おまつりの間は救護所になります」

「え、怪我人が出るの!?」

「怪我人と言うよりは、妖力の使いすぎで、倒れる妖精が出ます。子どもはだいたい、このおまつりの準備で自分の妖力の限界を知るので、学校、つまり救護所にいたら、知ってる顔に出会えます」

「カンナは余裕そうだな」

「私はさすがに自分の限界は覚えましたので。もっとも、ヤヨイはおまつりの準備でどれだけ妖力を使っても、倒れた事はありません。大人も顔負けで妖力を使ってるので、入道雲でもわた雲でも『底無しの便利屋』で通ってます。あんな風に……」


 カンナが示した方向を見ると、4兄弟と一緒に花壇を見ていたヤヨイが、お願いされていた。


「ヤヨイ、今回も頼む」

「あ、入道雲とわた雲のみんなの食料ですね」

「ヤヨイくん、こっちもお願いします」

「あ、救護所の設置ですか?わかりましたです」

「ヤヨイー」

「あ、御台の飾りつけですか?もう一気にやっちゃうですよ」


 パチン、パチン、パチン

 頼まれた事を妖力であっさり済ませてしまう。これだと準備も早そうだ。


「すごいな」

「ヤヨイと張り合おうとして倒れる妖精もいます」

「へぇ」

「そういえば、おまつりは基本、物々交換です。サツキは何か用意しますか?」

「え、何かいるの?」

「参加しないという方法もありますけど、せっかくなので、何かしたらどうですか?」

「ヤヨイは用意してるのかな?」

「いつもヤヨイは準備と片付けで活躍するので、おまつりの間は厚意でもらえる事が多いと思います」

「あ、なんか納得。カンナは?」

「私はおまつりを楽しむ頃は過ぎてしまったので、基本は見学です。どうしても欲しいものがあったら、これで」


 パチン

 カンナの手の中に本のような冊子が出てきた。


「本?」

「はい。人間観察日記です。課題で見てきた人間の様子を本にまとめてみました」

「へぇ」

「最近では元人間の妖精も近くにいるので、観察の幅がより広がりました」

「え゛!?それって、おれ!?」

「まぁ、それは冗談です」

「……カンナが言うと冗談に聞こえない」


 カンナとは分かれて、散歩をすることにした。

 おれは悩んだ末、花の種と、土の入った栽培キットをいくつか用意する事にした。ヤヨイと一緒にいた4兄弟を見てても、需要はありそうだ。

 合体した入道雲とわた雲には、笑顔の妖精達であふれている。

 妖力をそこそこ使ったのか手で飾り付けしている妖精や交換材料を店のように並べている妖精もいた。

 ヤヨイは4兄弟と、入道雲の塔の上の方でベランダのようなもの(御台というらしい)の飾り付け具合を見ている。おまつりの間に神様達が過ごすとこらしい。

 

「ねぇ、そこのキミ。時間があるならちょっと手伝ってくれない?」

「え、おれですか?」

「そうそう、ちょっと手伝ってよ」


 おれに声をかけたのは中性的だけど女性寄りに見える大人の妖精だった。気さくなお姉さんって感じだ。

 

「そこのカスミを少しずつ器に入れてってくれる?」

「あ、わかりました」


 綿菓子みたいなカスミを少しずつ入れていく。

 お姉さんはカスミの入った器をとって、赤い色のついた液体をかけた。見た目はイチゴのかき氷みたいだ。

 そして、色のついたカスミを指につけて、ペロッと舐める。お姉さんは笑顔になった。


「うん、良い感じ。キミも食べてみる?はいっ」

「あ、ありがとうございます」


 返事も聞かずに器を渡され、とりあえずお礼を言う。

 試しに食べてみると、色のついたところが甘かった。


「おいしいです」

「でしょ!?私、カスミの研究をしてるの。あ、自己紹介がまだだったわね。私はわた雲のフミ。よろしくね」

「あ、おれは入道雲のサツキです。最近妖精になったところで、わからないことばかりですけど」

「最近妖精になったって、それまでは何だったの?まさか人間!?」

「はい。そのまさかです」

「すっごーい!ちょっと色々聞かせてよ!」


 この強引なところはヤヨイにも似てるなぁ。

 4兄弟といい、このフミといい、わた雲の妖精は気さくだなぁ。

 そんなことを考えながら、フミの質問に答えた。


「さっき食べてもらったこのカスミ!実は、人間の国のかき氷をモデルにしているの」

「あ、そうなんですね。見た目も似てるなーっと思ってました」

「かき氷はどんな味があるの?赤と黄色と緑は知ってるんだけど」

「赤がイチゴで、黄色がレモン、緑がメロンで、他にも透明のみぞれとか。青のブルーハワイ…これは何味なんだろ?他にも練乳をかけたり、アイスを乗せたりするタイプもあったかな」

「良いねぇ!あぁ、全部研究したいっ」

「フミさん、このカスミはどうするんですか?」

「あぁ、そうそう、これはみんなに配るためのものなの。私のこの液体にはね、妖力回復作用を配合してるなら、準備で疲れたみんなにおすそわけしようと思って」

「フミさん、優しいんですね」

「あ、フミで良いわよ。私も呼び捨てにするし。言葉も敬語じゃなくて良いわよ。

 優しいってとこも否定しないけど、みんなに配ることで回復具合とか、改善点のデータも取れるし、私にとってもプラスなの。だから、このまま配るの手伝ってね」

「あ、はい」


 器に入れたカスミに液体をかけながら、フミは道行く妖精に声をかけて配っていった。

 個人差はあるようだが、フミのカスミを食べるとみんな元気になっているようだ。

 フミが研究が大好きなのは伝わったし、イキイキしているように見えた。


 やがて、おまつりの準備も終わり、カスミも配り終わり、フミはおそらく今日のデータを書いている。


「サツキって、あの子に似てるのよね。懐かしい感じがする。見た目は似てるかも?ってくらいだけど、流されやすいとことか、なんだかんだで面倒見が良いとことか」


 そういえば校長先生にも誰かに似てるって言われた事を思い出す。


「おまつりの度に話してて、仲良いと思ってたんだけど、いつの間にかいなくなってて」


 フミは懐かしそうな、けど寂しそうな表情をしている。


「墓標に名前があった時にはショックだったなー。『ハヅキ』って」


 ドクン…

 心臓が跳ねた。

 ドクン…

 知ってる名前だ。

 『ハヅキ』

 それは、おれを10年間育ててくれたお母さんの名前だった。

 ドクン…ドクン…

 落ち着け、お母さんは人間だった。妖精の『ハヅキ』とは別人だ。

 

「あ、サツキー!やっと見付けたです。こんなところにいたですね」


 準備に駆け回っていたヤヨイだ。

 明るいヤヨイの顔を見たら、少し落ち着いた。


「あら、ヤヨイじゃない。サツキが一緒に暮らしてる妖精はあなただったのね」

「あ、フミですね!そうですよ。サツキと一緒だったですか」

「二人は知り合いなのか?」

「そうですよ」

「ヤヨイ、ちょうど今、サツキと『ハヅキ』の話をしていたの。サツキってさなんか『ハヅキ』に似てない?」

「そうですか?そんなこと考えてもみなかったです」

「え、えっと、ヤヨイも、その、、、『ハヅキ』さんのことを知ってるのか?」

「あれ、ヤヨイはサツキに言ってないの?」

「あ、そういえば言い忘れてた気がするです」

「そういうところは相変わらずね。『ハヅキ』はヤヨイの親だったのよ。だから、ヤヨイの事も昔から知ってて……」


──『ハヅキ』はヤヨイの親だったのよ──


 頭の中でフミの言葉を反芻した後、おれは全てが真っ白になった。

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