7話 恩返し

 『パチン』の努力の結果、音が出るようになった。


 ペチ

 音はちょっと違うけど……

 体も心も妖精の国に馴染んできた。

 ヤヨイに聞くと、おれは妖力も前より明るくなったらしい。自分ではよく見えないんだよな。

 妖力を使えるようになり、おれが出した種を基に、ウヅキ先生が花を育てる授業をしてくれた。もちろん、おれも妖力だけで花を咲かせる事もできるようになっている。

 花を育てる授業は、水やりをサボる妖精がいたり、花が咲いたら食べたりして、種まで取れた妖精は数えるほどだった。

 好奇心に負けて花を食べたヤヨイに聞くと、妖力で咲かせた花よりも美味しく感じたそうだ。

 カンナは種までとった。さすが優等生。

 花を育ててみたいと言ってたミナも種までとった。2人はその種で、また花を育ててるみたいだ。

 食べ物で言うと、雲みたいなカスミも妖力で出せるようになった。ヤヨイに頼ることも減ってきた気がする。


 妖精の国のことも教えてもらった。

 妖精には、性別が無く、お父さんとお母さんがいないみたいで、入道雲の塔の神様(確か成喜神様)が授けてくれるとか。ということは、みんな神様の子なのか。

 確かに大人の妖精と小さな妖精はペアで暮らしてる所が多いみたいだ。もちろん、大人の妖精だけの所も多いし、まれに前のヤヨイみたいに小さな妖精だけの所もある。

 後、人間の国と妖精の国では、時間の流れが違うらしい。ヤヨイはあぁ見えて50歳を越えてるそうだ。おじいちゃんだな(笑)

 と言うことは、人間の国ではカズネも、おれの知ってる姿じゃ無くなっているのだろうか。

 妖精の国は季節がなく、いつも晴天だ。時折校長先生兼ライジン様の雷が流れるくらいで、時間が止まっているような感じもする。


 ある日、おれは校長先生に呼ばれ、校長室に行くことになった。

 それを知ったヤヨイは過保護にも着いて来ようとしたけど、断った。

 ヤヨイと行ったあの日以来、校長室には行ってない。一人で行くのは初めてで、緊張した。けど、怒られるような事はしていないハズだ。

 校長室をノックして、返事を待ってから入ると、あの日と同じ穏やかな校長先生が迎えてくれた。


「サツキくん、あなたに話しておかないといけないことがあります」

「なんでしょうか?」

「今はまだ、あなたの育った街の近くにいるのですが、そろそろこの入道雲も移動をすることになるのですな」

「そうですか」

「と言うことで、学校ではまた人間の国に行く課題をしてもらうことになりました」

「…そうですか。その話をどうしておれに?」

「あなたの育った街で、あなたが課題に行くのは、最初で最後かもしれませんなぁ……いや、なに、今のは一人言です」

「……それは、伯父さん達を見に行っても良いということですか?」


 聞いて良いのか迷いながらも聞くと、校長先生は茶目っ気たっぷりに、人差し指を口元に当てた。内緒のポーズだ。


「ふぉふぉふぉ。妖力を使うのはことですぞ。そして、人のために、ですな」

「はい!」


 おれは、笑顔で校長室を後にした。

 

 翌日、学校で数日後になった課題について発表された。

 帰り道、おれはヤヨイから話を聞いた。

 ヤヨイは別室に呼ばれて、具体例と、力を使いすぎないように、延々と説教をされたそうだ。そして、赤い指輪をはめていた。妖力を抑える指輪らしい。


「もう、話が長くて疲れたです。赤い指輪に慣れる為って言われて、今日から着けるよう言われたです」

「まぁ、人間を妖精にした前科があるからな。似合ってるよ」

「課題が始まったら、青い指輪もつけるですよ?」

「それならヤヨイは緑の瞳だから、青い方が似合いそうだ」

「2個なんて嫌ですよー。でも、今度こそは人間の国をじっくり見るです!」

「おれは、伯父さん達を見に行ってくる」

「え!?」

「他には内緒にしておいてくれよ?ヤヨイにしか言ってないんだからな。まぁ、校長先生も知ってるけどな」


 ヤヨイは不安そうな表情になった。


「……人間に戻るですか?」

「あのなぁ、ヤヨイと一緒にするなよ。そもそも、おれには人間に戻るほどの妖力はないよ」

「そうですか」

「ヤヨイと違って、意味はわかってるつもりだしな」

「あー、ぼくがわかってないような言い方してー」


 いつもの表情に戻った。ヤヨイはわかりやすいな。

 

 

 課題の日がやってきた。

 ウヅキ先生が説明をしている。


「妖精の心得は

1つ  人の邪魔をしないこと

1つ  人に気付かれないこと

1つ  人に見つからないこと

以上の事が、原則的な妖精の心得です。基本的に人間は私達、妖精のことは見えませんが、この心得に従うように」


 そんな心得があったのか。

 人間の国で初めて会った時、おれに見られて焦ったヤヨイを思い出す。そういえば見られてはいけないとか言ってたな。それでとっさに(おれには無いくらいの)妖力を使って人間にした、と。

 

 課題の規則も頭に入った。青い指輪も着けた。

 ヤヨイも近くにいた。前回は説明が終わってすぐ飛んで行ったとカンナから聞いている。

 他の妖精に続いて人間の国に向かう。これで伯父さん達を見るのも最後かもしれないと思うと、ちょっと緊張する。

 妖精達は人間の国へと舞い散って行った。



 季節は冬と春の境目だった。桜が蕾をつけていた。おれが妖精になってから、どれくらいの時間が過ぎたのかはよくわからない。

 伯父さん家に行くのに躊躇ったおれは、まず通っていた中学校に行った。

 街並みは少し変わっている。

 中学校の校舎は変わっていなかった。簡単に見て回ったが、誰も知っている人はいなかった。

 

 勇気を出して、伯父さん家に行く。伯父さん家はおれがいた時と変わっていなくてホッとする。

 家には誰もいなかった。車もないから、どこかに出かけているのかもしれない。

 庭を見ると、伯母さんが育てている家庭菜園が目に止まった。種類は変わったが、キレイな所は変わっていない。

 伯母さんが水をあげている姿が目に浮かぶ。

 菜園には今にも咲きそうな蕾が3つ。他はまだ時期では無いようで、蕾すらない。

 花を咲かせるのは得意な方だ。

 を意識しながら、妖力をかける。


 ペチ

 音は違うが、3つの蕾は花開いた。

 おれは満足して、伯父さんの家を後にした。


 何となく、道行く車を見ていると、見覚えのある伯父さんの車が通りかかった。見ると、運転席に伯父さん、助手席に伯母さん、後部座席には知らないお姉さんが乗っている。

 カズネはどうしたのかと考えながら後を追う。

 車は3階建ての商業施設に入っていった。おれがいた時にはなかった建物だ。

 伯母さんとお姉さんが買い物をしながら話している。伯父さんはそれに着いて行く。


「もうすぐ卒業式ね」

「うん、実感は湧かないけどね」

「時間が経つのはあっという間ね。合格発表はいつだったかしら?ねぇ、カズネ」


 伯母さんはそう言ってお姉さんの方を見る。

 え、、、カズネ!?


「来週の月曜日よ。もう、お母さんたら、なかなか覚えてくれないんだから」


 え、本当にカズネなのか?

 そう言えば、よーく見ると面影がある。


「実力は出しきったのよ!だから受かってるハズ!大学合格がこんなに遅くなるとは思ってなかったわ」


 そう言いながらカズネはお菓子を取って、伯母さんの持ってるカゴに入れる。

 そうか、カズネは大学生になるのか。

 実力は出しきったって事は、勉強は頑張ったんだな。


 ペチ

 これは3年間お兄ちゃんだったおれからの餞別だ。

 来週の月曜日には合格通知が届くだろう。


「もし落ちても、予備校に通えば良いさ」

「もう、お父さんたら、受験生に落ちるとか禁句だし」


 当たり前だけど、3人は家族に戻っていた。ちょっと安心しながらも、寂しい思いが湧く。

 ふと、伯父さんが立ち止まってこっちに振り返った。見えてないハズだけど、おれは商品の影に隠れた。


「どうしたの?お父さん?」


 立ち止まった伯父さんにカズネが声をかける。

 商品の影から様子を窺うと、伯父さんはこっちの方を見ていた。けど、おれのことは見えてはいないようで、焦点はおれには合っていない。

 良かった。心得は破ってない。


「…何かの気配が……サ、ツ?──いや、何だったかな?何か物足りない気がして」

「変なの。先行くよ」


 カズネと伯母さんは先に行くが、伯父さんはまだこっちを見ていた。

 伯父さん、もしかしておれのこと覚えてる? ヤヨイの妖力で忘れたハズだから、微かな違和感くらいかもしれない。

 けど、嬉しくて涙が出てきた。

 伯父さんにとって、おれの存在は小さくなかったんだ。カズネの次かもしれないけど、3年だけだったけど、ヤヨイの強い妖力に逆らうくらい、ちゃんと愛してくれてたんだ──!

 おれの目から涙がぽたぽた落ちる。

 おれは商品から出て、止まっている伯父さんの前に出て行った。

 伯父さんの目はおれを映さない。見えていないようだ。


「伯父さん、ありがとう」


 涙を溜めて、おれは笑った。


 ペチ

 伯父さんは我に返ったようで、カズネと伯母さんの後を追った。

 今のでおれのことは完全に忘れただろう。

 それでも良かった。お父さんと似た優しい伯父さんには、引っ掛かり無く過ごして欲しい。


 青白く光った指輪に先導され、おれは妖精の国・入道雲へ上っていく。

 涙はしばらく止まらなかった。でも気持ちはスッキリしていた。


 妖精の国の青い空は、そんなおれを、優しく迎えてくれた。

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