6話 授業

 翌日、学校に行くと、クラスはほとんど埋まっていた。来ていないのは、5人くらいかな。 前に出て人間の国の事を話す日は、そう遠くは無いようだ……

 まだ帰ってきてない妖精には悪いけど、しばらく帰って来なくて良いと思ってしまう。

 そして、おれが人間の国について話すことを、クラスのほとんどが知っていた。

 ヤヨイだ。明るくて天真爛漫なクラスの人気者っていうおれの見立てはだいたい当たっていた。そういうタイプは発言力があって、みんなが聞く。

 口止めしておけば良かったが、それも効かなそうなくらい、嬉しそうにおれの事をクラスメイトに話している。

 ブラコンの兄ってあんな感じかな……おれにはお兄ちゃんはいた事がないから、イメージでしかないけど。

 恨めしい気持ちでヤヨイを見ていると、カンナが側にやってきた。


「人間の国のことを話してくれるそうですね」

「カンナも知ってるんだな」

「ヤヨイが嬉しそうに話していますから。ヤヨイはサツキのことが大好きなようですね」

「あー…何を話そう」

「何でも良いと思いますよ。課題で時々降りるものの、見慣れない物が多いので」

「おれには日常だったから、どれが妖精の見慣れない物なのかわかんないよ」

「それも含めて話したら良いんじゃないでしょうか?サツキが何を見て、どう感じたか、ありのままを話したらどうですか?」

「そうか…」

「不備があれば、ウヅキ先生がフォローしてくれますよ」

「そうだよな。ちょっと元気出た。ありがとう、カンナ」


 とうとう、その日がやってくる。ウヅキ先生に呼ばれて、課題に行ってた妖精が全員戻ってきた事と、例の授業を明日できるかの確認をされた。

 すでにほとんどの妖精が知ってる中、今更断れない。

 一応、内容のことも気にしてくれたが、話そうと思っていることをおおまかに話すと、あっさりOKが出た。ついでにフォローもお願いしておく。

 カンナにアドバイスしてもらったお陰だ。

 

 翌日、緊張しながら、いつものようにヤヨイと登校した。ヤヨイは楽しみにしているようで、飛び方もいつもよりフワフワしている。

 教室に入ると、隣のクラスの妖精もいる。あ、校長先生や、他の大人の妖精もいる。ウヅキ先生……聞いてないよ……

 

リンゴーン…リンゴーン…リンゴーン


 鐘が鳴り、ウヅキ先生が教室に入ってきた。


「今日はみなさんが知っての通り、元人間のサツキから、人間の国の事を話してもらいます。サツキ、よろしくお願いします」

「はい」


 おれは緊張しながら、ウヅキ先生がいた位置まで飛んで行く。


「えっと、まだ妖精になって日が浅くて、何をどう話して良いかわからなかったので、自分自身の事を話します。

 生まれたのは13年前の5月。あ、人間は男と女がいて、基本的には結婚して家族になって、子どもが生まれます。で、男がお父さんで、女がお母さんになります。

 生まれてから、おれは他の人間とは少し違ったみたいで、不思議な物が見えました。「にゃー」としか鳴かない猫がしゃべっていたり、小さい人が草影にいたり……それもあって、おれは妖精が見えたのだと思います。

 おれのお父さんは、穏やかで、暖かく見守ってくれる人でした。お母さんはフワフワしていて、ちょっと世間離れしていましたが、いつも笑っていました。二人とも、おれが人とは違うものが見えても特に気にしていなくて、受け止めてくれていました。

 小さい時は、お父さんは仕事で昼間はあまりいなかったけど、仕事が休みの日には遊園地や公園に遊びに連れて行ってくれました。お母さんは仕事をしてなくて、学校から帰ると、一緒にいてくれました。歩くとすぐ疲れてたけど、おれやお父さんがどこかに行きたいと言うと、文句も言わずに着いて来ていました。たぶんだけど、表情は明るかったからお母さんも楽しかったんだと思います。

 おれが小学校──あ、人間の国の学校は複数で、小学校、中学校、高校、大学があって、順番になっています。1年ごとに学年が上がっていき、小学校は6年、中学校が3年、ここまでは必ず行かないといけなくて、高校が3年、大学が4年……あ、短大は大学と一緒だけど、2年です。その後、社会に出て仕事をします。

 小学校や中学校の雰囲気は、大きさは違いますが、この学校と似た感じです。高校や大学は年齢の関係上、行った事が無いのでわかりません。

 おれが小学校4年の時、お父さんもお母さんも交通事故で亡くなりました。それからは伯父さん──お父さんのお兄さんが引き取ってくれて、3年間、伯父さんの家族と一緒に過ごしました。伯父さんと、伯母さん、その娘でおれの3つ下で従姉のカズネと一緒です。伯父さんも伯母さんもよくしてくれて、カズネも不満そうな事はあったけど、生まれた時から知ってるから、可愛かったです。

 伯父さん達にお世話になった3年の間に、おれは中学に上がりました。中学に3ヶ月程通った帰り道、上から降ってきた妖精と出会って、妖精になりました。あ、人間だった頃の身長は、ウヅキ先生と同じくらいでした。

 妖精の国に来て、まず、雲の上に妖精が住んでいた事に驚きました。

 後、空も花もキレイなところだと思いました。妖精は人間よりも数が少なくて、性別もみんな中性的で男にも女にも見えます。髪の長さや雰囲気で男っぽかったり、女っぽかったり見えます。

 簡単ですけど、おれが見てきたものについては以上です」

「はい、では質問のある人はいますか?」


 ウヅキ先生が聞いている妖精に向かって聞いた。

 カンナが挙手をする。


「はい」

「はい、カンナ、どうぞ」

「サツキの話に出ていた『交通事故で亡くなった』とはどういう事ですか?」

「サツキ、答えてもらえますか?」

「はい。車とぶつかって、死んじゃったってことです。交通事故にもいくつかあって、車、バイク、自転車、人等、道を通行している物がぶつかったことを交通事故と言います。病院で診てもらって、程度によっては死なずに済むこともあります」

「わかりました。ありがとうございます」


 カンナが座るのを見ながら、3年前の事を思い出して、少し胸が苦しくなった。お父さんとお母さんは、二人で歩いていた所を車にひかれた。どうして避けなかったのか、スピードを落とさなかったのか、という車に対する憎しみと、一人になった寂しさで何度も泣いた。

 3年が経って、伯父さん達との生活には慣れたけど、二人がいなくなったことにはなかなか慣れなかった。

 まぁ、今は伯父さん達とも住んでないし、人間ですらないけど。

 ふとウヅキ先生を見ると複雑そうな表情をしていた。同情されてるのかな。

 次に、勢いよく手を挙げていた妖精が指名された。


「車ってなんですかー?」


 あ、そこからか。思えば妖精の国では車は無いもんな。


「えっと、車は、大きくて、タイヤっていう黒い丸が4つ付いてて、道を速いスピードで移動する鉄の塊です。人間の国にはかなりたくさんあるから、見たことはあるハズです。同じクラスの妖精なら、昨日モニターで見たんだけど…」

「あ、あれかぁ!あの黒とか白とか色んな色で、どれも下に黒い丸いのが4つ付いてた!」

「そうそう。車の他にも、人がたくさん乗れるバスとか、荷物を運ぶトラックとかもあるけど、どれも車の仲間だと思って良いと思う」


 こんな気さくな妖精もいるんだな。敬語じゃない妖精はまだ会ったことなかったから、親近感が湧いてついつい敬語を忘れた。

 中性的だけど男っぽく見える、ヤンチャそうな妖精だ。おれも見た目は似てるから、気が合うかもしれない。

 次の質問は、以前モニターで子どもの植物に妖力を使っていたミナだった。


「妖精は妖力で、花を芽にしたり咲かせたりしますが、人間はどうやって花を咲かせるんですか?」

「花は妖力じゃなくて、太陽と土の養分と水で育てます。おれも小学校の時、アサガオを育てた事があるけど、種を土に植えて、毎日水をあげるんです。なかなか芽が出ないから、心配になるけど、芽が出たり大きくなったりするのは嬉しかったです」

「わかりました。私も育ててみたいです」


 妖精は花も育てた事がないのか。

 ウヅキ先生が授業のまとめに入った。


「では、そろそろ時間なので、授業を終わりたいと思います。他に質問のある方は個人的にサツキに聞きに来てください。サツキは逆に妖精の国の事を聞いても良いですよ。もし、困った事があれば、私まで言いに来てください」

「「はい」」


 おれは授業が終わり、ウヅキ先生や校長先生も含めた大人が退出した後、妖精に囲まれた。

 仕事の事、お金の事、病院の事を聞かれた。次の課題では、お金を拾う人や、病気や怪我が治る人が増えるかもしれない。

 自分が男っぽく見えるか、女っぽく見えるかも聞いてくる妖精もいた。

 質問に来る妖精も減った頃、カンナが無神経な質問をしたと謝りに来た。あの時、複雑そうな表情をしてたのは、ウヅキ先生だけじゃなくて、おれもだったようで、カンナは気にしていたみたいだ。

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