5話 妖力

 学校の後、ヤヨイは花壇に連れて行ってくれた。ヤヨイの食事用の花もここにあるらしい。


 パチン

 ヤヨイの花壇の横のスペースに花のない花壇ができた。

 もちろん、ヤヨイの『パチン』だ。良い音がする。


「音が鳴るようになったら、ここに花を咲かせると良いですよ」

「わかった」


 カスッ

 ………

 

 カスッ

 まだまだ練習は必要そうだ。


「なぁ、ヤヨイ、ちょっと何回か見本を見せてくれないか?」

「…!良いですよ!」


 満面の笑顔になった。もしかして、頼られたかったのかな。


 パチン

 ヤヨイの花壇のスペースに花が増えた。

 中指が音を鳴らしている所は、おれも練習してる通り一緒だ。


 パチン

 さらにヤヨイの花が増えた。

 勢いの良さが違うのだろうか。


 パチン

 花壇に水が降ってきた。

 『パチン』の手の形は間違ってはいないようだ。


「ありがとう」


 カスッ

 おれもやってみたけど、音も鳴らず、何も起こらなかった。


「参考になったですか?」

「うん、手の形は合ってるみたいだけど……人間にも『パチン』って音が鳴らせる人はいるから、たぶん、おれが純粋に苦手なだけなんだろうな」

「それなんですが……サツキには妖力があるですか?」

「え?自分ではよくわからないけど……ないの!?」

「サツキを妖精にするとき、妖精のイメージは強くしたです。なので、妖力まで使えるはずなのですが……ぼく、実はあまり力が制御できないくて、『パチン』ってするのも、他のみんなは力を引き出す為にしてるそうですが、ぼくは力を押さえる為にしてるです」

「そっか。ウヅキ先生にも普通にはできないとか、カンナにも規格外とか言われてたもんな」

「ぼく、前は『パチン』ってしなくても妖力を使っていたのですが、妖力を暴走させてしまって、みんなに迷惑をかけたです。それからは『パチン』ってしないと、妖力を使ってはいけなくなったです」

「妖力にも色々あるんだな」

「もともと、妖力を大きく使うのは得意だったのですが、性格も相まって、細かいところが苦手です。気配りとか察するとか、説明とかがあまりできないです」


 そういえば学校で、何かを考える表情をしてたけど、そういうことを考えてたのか。


「ヤヨイは感覚で物事を考えるタイプなんだろ?たぶん、カンナは物事の成り立ちとか背景も考えるタイプみたいだし、その辺を踏まえて、ウヅキ先生はカンナにおれを見るように言ったんじゃないかな」


 どちらのタイプもクラスにいた。

 ヤヨイみたいな明るくて天真爛漫なタイプはだいたいクラスの人気者で、カンナみたいに真面目で冷静なタイプは勉強ができる優等生だ。

 おれは話すのが苦手だし、目立たず、当たり障りなくクラスにひっそり過ごしていた。

 

「苦手なとこを補いあって、役割分担ってことですね」


 ヤヨイは顎に手をあてながら、考え事をしているようだが、表情はスッキリしている。

 やっぱり、思ってることが顔に出ちゃうようだ。 


「そういえば、妖力の有無はウヅキ先生ならわかったりしないのかな?色々知ってそうだし。それか、校長先生も、困ったことがあったら聞いていいって言ってくれてたし」

「そうですね!ウヅキ先生は今ならきっとまだ学校にいるですし、早速聞きに行くです」


 おれ達は学校に戻り、ウヅキ先生を見付けると、ヤヨイが大声で呼び止めた。


「ウヅキ先生ー!聞きたいことがあるですー!」

「ヤヨイと、サツキ。どうしましたか?」

「あの、先生、おれに妖力があるかってわかりますか?」

「え、妖力?急にどうしたのですか?」

「おれ、妖力を使おうとしてるんですけど『パチン』て音自体がまだ出なくて。その内にヤヨイと、そもそも妖力がおれにあるのかって話になって」

「そうですか。ヤヨイ、あなたが妖精にしたのでしょう?サツキから妖力を感じますか?」

「ぼくですか?妖力を察するとかが苦手で、よくわからないです」


 ヤヨイの返答を聞いたウヅキ先生は、しばらく考えて、おれ達をモニターの前まで連れてきた。


「ヤヨイ、これを見てください」


 モニターには、人間が映っている。

 おれも同じようにモニターの人間を見る。


「よーく、目を凝らして見た後、私を同じように目を凝らして見てください」


 ヤヨイはモニターを見つめた後、ウヅキ先生を見た。おれもそれに倣った。


「あ!違うです!ウヅキ先生はお腹から下が明るい感じがするです」


 おれにはモニターの人間より、先生の方が暖かいように感じた。


「では、今度はモニターの人を見た後、サツキを見てください」


 ヤヨイはまた真剣にモニターを眺め、おれもそれに倣った。

 そして、ヤヨイはおれを、おれはヤヨイを見る。


「モニターの人より肩から下が明るいです。ウヅキ先生よりは暗めな感じがします」

「ヤヨイはなんかまぶしいな」


 ウヅキ先生は微笑んで説明してくれた。


「そうですね。それが妖力を見るということです。サツキも安心してください。妖力は無いと見ることはできません。暗めなのは、まだ妖精になって3日目なので、馴染んでいないだけでしょう。きっと妖力も使えるようになるハズです」

「わかりました」


 良かった。これで心置きなく『パチン』の練習をしよう。


「ヤヨイも苦手だからと言って諦めず、やってみる努力をしてみてください」

「はいです!」

「妖力の余談ですが、明るいと感じた部分が違うのは、妖力の残量です。肩から上の分、サツキは少し疲れているようですね」

「それなら、ウヅキ先生はサツキよりも疲れてるですか?」

「大人は疲れやすいのですよ」


 あれ、じゃあ、ヤヨイは疲れてもいないし、妖力も全身がまぶしい感じだ。

 ウヅキ先生とヤヨイの話を聞きながら、今まで受けた授業と、さっきヤヨイに見本を見せてもらったことを思い返した。それでもヤヨイは疲れてもいないし、妖力が減ってもいないのか……

 そんなおれを、ウヅキ先生の言葉が現実に引き戻す。


「そうそう、サツキにお願いがあったんです。みんなが課題から帰ってきた次の日に、人間の国の事を話してもらえませんか?」

「──え?」

「みんなの前で、今までサツキが人間として生きてきたこととか、人間の特徴とか、何でも良いので、話してもらいたいです。みんな人間の事は興味を持ってるので、長めでお願いしても良いですか?サツキさえ良ければ、質問の時間を設けても良いかなっとも思ってて……」


「ええーーー!!!?」


 妖精の国・入道雲におれの声が響き渡った。

 始めは「負担なく」とか言ってくれたのに。

 でも「負担です」とは言えず、ウヅキ先生の話はまだ続いている。もうおれにはほとんど内容が入って来なかった。

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