4話 学校

 翌日、おれはヤヨイに連れられて妖精の国の学校に初登校した。

 おれやヤヨイと同じサイズの妖精たちが、同じく似たような蜻蛉とんぼのような羽で飛んでいる。


「だいたい半分ちょっとが帰ってきてるみたいです」

「これで半分か」


 人間の時に通っていた中学校ではそこそこ人が多かったが、ここはその2クラス分くらいしかいなさそうだ。2つ教室がある。

 学年も無いみたいだし、妖精は数があまり多くないようだ。思えば、花壇や噴水の広場でも大きい妖精や小さい妖精はパラパラとしか見かけなかった。


「あ、先生です。おはよーございますです!」


 見るとウヅキ先生が廊下の奥からこっちへ向かってきた。

 春を連想する色の髪がさらさら揺れる。


「ウヅキ先生、おはようございます」

「サツキ、ヤヨイ、おはようございます。サツキは今日からでしたね。あなた達は同じクラスになりました。仲良くしてくださいね。サツキの席は真ん中の列の一番後ろです」

「やったです!席は離れたですが、同じクラスは嬉しいです!担任はウヅキ先生ですよ」


 喜んでいるヤヨイを見て微笑みを向けて、ウヅキ先生はおれを見た。


「もうすぐ鐘がなります。私がサツキの紹介をしたら、サツキからも簡単に自己紹介をしてもらえますか?」

「はい、わかりました」

「では、教室に入ってください」


リンゴーン…リンゴーン…リンゴーン……


 どこからか鐘の音が聞こえてきた。


「あ、鐘です!席に座るです!」


 ヤヨイがおれの手を引いて、さっきウヅキ先生に指定された席を経由してくれた。


「ここですよ」

「ありがとう」


 ウヅキ先生が前のドアから教室に入ってくる。と同時にヤヨイが窓際の席に座った。

 教室には半分くらいの妖精が座っており、見たことのないおれの様子を伺っている。

 

「では、今日から学校の仲間になる妖精を紹介します。一昨日、人間の国から来たサツキです。サツキ、その場で良いので立ってください」

「はい」


 椅子に座っている妖精がこちらを見る。

 ちょっと緊張する。


「えっと、一昨日から妖精の仲間入りをしたサツキです。ヤヨイと一緒に過ごしています。わからないことだらけなので、色々教えてください。よろしくお願いします」


 最後に頭を下げて、自己紹介を終わる。

 頭を上げるとウヅキ先生と目が合った。


「人間の国の事もまた聞かせてください。みなさんもサツキの負担にならない程度で聞かせてもらってください」

「はーい」

「サツキの生活のことはヤヨイがすることになっていますが…そうですね、学校のことはカンナにお願いしましょうか」

「わかりました」


 返事をしながら、真ん中くらいの席から立って振り返ったのは、日本人形のような黒い髪を肩で切り揃えたクールな感じの妖精だった。

 カンナは女にも見えるが、やっぱり中性的だ。


「私がカンナです。わからないことはなんでも聞いてください」

「あ、はい、ありがとうございます」

「えー。ぼくがいるから大丈夫ですよぅ!」


 おもしろくなさそうにヤヨイが異議を唱えるが、カンナは淡々と返す。


「ヤヨイだけでは不安だからだと思います。何をしでかすかわかりませんから」

「そんなこと、ないですよ!ぼくはいたって普通です!」

「ヤヨイは普通のつもりでも、色々と規格外なので……納得いかないなら、補佐とかおまけとかで考えたらどうですか?」

「むむっ…それならまぁ、いいです」


 カンナはヤヨイを上手く丸め込んだ。所々に毒を感じるのは気のせいだろうか…


「では、今日はサツキに紹介がてら、人間の国をモニターで見てみましょう。まだ帰ってきてない子達も半分ほどいますし」


 妖精達が席を離れ、羽ばたき始める。

 おれも後に続こうとすると、カンナが側にやってきて、説明をしてくれる。


「入道雲の塔の横に、人間の国が見れるモニターがあります。時々そのモニターで人間の国を見て、勉強しています」

「なるほど」

「チャンネル権は先生にあるですよ!」


 ヤヨイが負けじと説明に参加しようとする。

 ヤヨイには申し訳ないけど、カンナの方がわかりやすい……

 入道雲の塔の学校から出て右側に大きなモニターがあった。ウヅキ先生の背丈くらいの大きさだ。

 すでにモニターには妖精が1人、映っていた。

 ウヅキ先生と初めて会った時、見てたって言ってたのはこれかな。

 カンナがモニターに映っている妖精について説明してくれる。


「あの妖精は私達の仲間で、ミナです。ここにいる妖精はもう終わっていますが、課題をしに人間の国に降りています。『良いことを3つ叶える』為に、妖力を3回使うことができます」

「え、良いこと?」

「はい。ちなみに、人間を妖精にするのは、ささやかではありません。ヤヨイならやりそうですけど」


 カンナが疑問を口にする前から教えてくれる。おれが妖精になった経緯を知ってるのかな?

 ふと、モニターの妖精が青い指輪をしているところに目が行った。


「あ、あの指輪」

「あの指輪は、妖力を3回使うと、妖精の国に戻ってくることができます。課題の前に渡され、課題が終わって妖精の国に戻ってくると返却します。これは余談ですが、指輪は青いもの以外にもあるとか」

「へぇ」


 モニターを見ていると、ミナという妖精が人間の子どもを隠れて窺っている。

 子どもはベランダで、湿った土が入った小さなプランターを眺めている。

 ふと、母親に呼ばれて子どもは返事をしながら室内へ入っていった。


 パチン

 ミナは指を鳴らすと、プランターの土から植物の芽が出てきた。

 用事を済ませたのか、タイミング良く子どもが帰ってきて、生えてきた芽を見付ける。嬉しそうにプランターを持って室内に駆けて行った。

 母親に見せに行ったのかもしれない。

 ささやかってこれくらいのことを指すのか。

 ミナを見ると、指輪が青白く光っている。この光には見覚えがある。妖精の国に帰る合図だ。

 おれは、気になったことを側にいたヤヨイに聞いてみた。


「あの『パチン』はヤヨイもしてたよな。みんなもあれで力を使ってるのか?」

「はいです、『パチン』が妖力を引き出す合図です」

「おれにもできるかな?」

「やり方としては、具体的にどうしたいかを念じながら『パチン』ってしています」

「なるほど!カンナが説明を加えてくれるから、ちょっとわかりやすくなった!おれもやってみよ」


 カスッ


「……あれ?」


 カスッ

 鳴らない……


「……意外と難しいんだな」

「大丈夫です!練習すればできるようになるですよ!」

「うん、練習がんばるよ」

「まずは、妖力を使うことよりも、指の練習だけしてみても良いかもしれませんね」

「わかった!」


 そんな話をしている内に、モニターは違う妖精を映しており、さっきモニターに映っていたミナが戻ってきた。

 妖精達は戻ってきたミナを囲んで、楽しそうに話をしている。


 学校にいる間も、課題から続々妖精が帰ってきた。

 朝には半分くらいだった教室は、帰る頃には7割ほど埋まった。

 合間に『パチン』の練習をしてみたが、まだ音は鳴らない。

 ヤヨイは時々おれの練習を見守り、励ましてくれた。

 具体的な説明は苦手そうだが、こうやって側にいてくれるし、何より明るいヤヨイはおれの心も明るくしてくれた。

 

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