3話 入道雲の塔
翌日、おれとヤヨイは入道雲の前まで来ていた。
妖精の国・入道雲には、唯一大きい建物(?)がある。それが目の前の入道雲だ。入道雲の塊にいくつか窓がついている。妖精の国だけでなく、人間の国までも見守っているようだ。
「この入道雲の塔の1階は、学校なんですよ。妖精の国や人間の国の勉強をしてるです」
「明日からここに通うのか」
「はいです。まだ課題から戻ってきてない妖精もいるですけど、帰ってきた妖精からここに戻ってくるです」
課題は定期的に、人間の国で行うものらしい。
そして、場合よっては数日間帰って来ない妖精もいるようだ。
ヤヨイは人間の国を楽しみにしてたみたいだけど、入道雲から来てすぐ3回妖力を使い切ってしまった為、戻ってきてしまった。
「では、校長先生に挨拶に行くです」
「うん…」
昨日の焦げたヤヨイの髪を思い出しながら、緊張していた。
あの雷を間近で受けたら死ぬんじゃないだろうか……ヤヨイは生きてるから大丈夫か。
ヤヨイに着いていきながら、1階にある学校の教室をいくつか通りすぎる。
入り口が前と後ろと2ヶ所あり、前には黒板があって、机と椅子が並んでおり、人間の国と同じような風景だ。
角を曲がると、そこには階段……じゃなくて、滑り台があった。
まぁ、おれもヤヨイも、妖精はみんな浮いてるし、階段は必要ないよな。
ヤヨイに続いて、おれも滑り台の上を飛んで進む。滑り台が終わると、そこには物々しい扉があった。
ヤヨイは普通にその扉を叩く。
「コンコンっと、校長せんせーい、サツキを連れてきたですー!」
止める間もなく、中からの返事も待たずにヤヨイは扉を開ける。
その言葉遣いは良いのか、校長先生は中にいるのか、そもそもおれに一言声をかけてくれても良いんじゃないか…とか色々ツッコミたいところはあったが、飲み込んで中の様子を見る。
応接室のようなソファが並んでいる奥に、机が置いてあり、そこにいたおじいさんが立ち上がった。当たり前かもしれないが、大人のサイズをしている。
おじいさんがこちらに向かってくる。後ろにはガラスの無い窓があり、キレイな青空が広がっている。
「サツキくんですな。妖精の国へ、ようこそ!」
「ありがとうございます。これからお世話になります」
校長先生はヒゲのある優しそうなおじいさんだった。見た目だけならば、昨日の3回の雷は本当にこの人だったのかと疑うくらいだ。
また、妖精の国に来て、一目で性別がわかる人は初めてだ。
「私はライジンと言います。妖精の国の校長をしています。後、妖精の国の運営の補佐、他にも副業もしていましてな。人間の国でも有名でしょう」
「え、雷神様なんですか?」
「ふぉふぉふぉ…名前はライジンと言いますな。そして人間の国の気候を見ながら、雷を落とすのが副業です。まぁ、それ以外でも落とすことはありますがな」
「…ごめんなさいです」
ヤヨイを見ながら言った校長先生に、ヤヨイが謝った。
「ヤヨイくんには悪気はないのですがな。突っ走って周りが見えないことがよくあるのです。今回のように規則やルールが飛んでしまうことも多々……そういう時にはサツキくんにも止めてもらえたら助かりますなぁ」
「はい、わかりました」
「こんなきっかけではありますが、サツキくんはこれから妖精として生きて行くことになります。これも縁だと思って、勉学に励んでください。なぁに、人間の国と同じ所も多い。君ならすぐに慣れますよ」
「はい、頑張ります」
「困ったことがあったら、私にでもウヅキ先生にでも聞いてください。妖精は基本的に人間の事が好きなので、他の妖精もきっとサツキくんを歓迎するでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「では、明日からヤヨイくんと学校に来てください」
「はい、失礼します」
おれは校長先生に一礼して背を向けようとした時、校長先生が呟いた。
「君はよく似ているな」
「……?誰にですか?」
「ふぉふぉふぉ…この窓から人間の国はよく見えるのでな」
校長先生はそう言って窓の外を見つめていた。
答えてはくれないようだ。
おれはヤヨイと校長室を出た。2階から見ると、階段のように折り返して、3階へ向かう滑り台があった。
「あれ、ヤヨイ、ここには上があるのか?」
「あるですよ!ここは5階まであるです」
1階に向かいながら、ヤヨイはこの塔の事を教えてくれた。
「1階はぼくたちが通う学校で、2階は校長室や会議室、3階はこの入道雲を実質動かしている運営部、4階はこの入道雲を物理的に動かしている動力部、そして5階は神様の部屋です!」
「神様?」
「はいです。神様──成喜神様はこの妖精の国・入道雲と人間の国を、入道雲の塔の最上階で見守ってくれているのです」
「神様って、あの神様?神社とかで祀られてて、人間がお願い事をするあの神様?」
「人間の国のことはよくわからないですが、その内の一人だとは思うです」
「神様って、何人もいるのか?」
「たぶん。ぼくが見たことあるのは、成喜神様ともう一人だけです。学校では、何人かいるって聞いたことがあるです。あ、でも、ここの神様は成喜神様、一人だけですよ。おまつりでは姿を見せて、御言葉が聞けるです!」
「ふーん。おまつりもあるんだな」
「はいです!こないだ終わったとこなので、次はまだ先ですけど、次はサツキと一緒に行くです!」
「そうだな」
「そういえば、人間の国にもおまつりはあるですか?」
「あるよ。それこそ神様を祭ってる神社とかで、屋台が出てて。たこ焼きとか、かき氷とかが食べられるんだ」
「たこ焼きにかき氷ですか…妖精は、昨日ぼくとサツキが食べたカスミか、育ててる花しか食べないです。残念です」
妖精は体が小さいからか、あまりお腹が空かない。昨日も1回だけ、少量で済ませた。人間の時はあんなにお腹も空いて、結構な量を食べていたのに……妖精は自然に優しいエコだな。
「あー、あのカスミって、雲だよな?」
「違うです。カスミです」
「だって、部屋もモクモクした雲の中だと思ったら、ヤヨイはその一部分をちぎって食べたんだよ?その部分は食べられるとか言われてもわかんないし」
「大丈夫です。サツキの分はぼくが用意してあげるです!その内サツキにもわかるようになるです」
「見た目は綿菓子みたいだけど、甘くはなかったな」
「甘い方が良かったですか?」
「や、見た目が似てる綿菓子が、甘いっていう先入観があるだけで、甘いものばっかりを食べるのはちょっと抵抗が…」
「じゃあ、今日はカスミを甘くして、綿菓子体験です!……と思ったですが、今日はお花の方を食べるです。サツキに妖精の国に慣れてほしいですから」
「そこは任せる」
ヤヨイに連れられて、おれは花壇に来た。噴水が昨日と同じく水で線を描いている。
「そういえば、おれみたいに妖精が増えることはあっても、減ることはあるのか?ウヅキ先生も増やす事は普通はできないような言い方してたけど」
「ぼくが学校に通い始めてからは、途中で増えたことも減ったこともないですよ」
それは、よくおれを妖精にしようと思ったなぁ…おれはヤヨイが心配になった。
「サツキにはぼくがいるから大丈夫ですよ」
心配そうなおれの表情を、自分の心配をしてるととったのか、ヤヨイが励ましてくれた。
やっぱり、そういうところは憎めないんだよな。
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