2話 妖精の国

 おれとヤヨイは手を繋いだまま大きな入道雲に入った。

 白いモクモクとしたトンネルを抜けると、おれは眩しさに目を細めた。

 そこには、色とりどりの世界が広がっていた。


「ここは……雲の上なのか?」


 抜けるような青空の下、雲の上では草花が咲き乱れ、ところどころ噴水が水しぶきを振り撒いている。よく見るとおれやヤヨイと同じサイズの人(妖精?)が飛んでいる。

 そして、その先には山のような入道雲がそびえ立っていた。

 雲の下では夏だったが、暑さはあまり感じない。


「そうですよ。ここが妖精の国・入道雲です!」


 嬉しそうにヤヨイが説明をし始める。

 ふと、後ろに気配を感じて振り返ると、大きい人がそこにはいた。人間の時のおれくらいのサイズかな?花のような色の髪はストレートで長く、優しそうな顔付きをしている。髪は長いけど、中性的で男の人にも見える。

 優しそうな大きい人が口を開いた。


「ヤヨイ……」


 キレイだが決して明るくはない声色が、嬉しそうに話していたヤヨイを止めた。

 あ、ヤヨイ、気付いてなかったのか。


「あ、、、ウヅキ先生、、ただ今、戻りましたです、、、」


 明らかにヤヨイが動揺している。顔には笑顔が貼り付いているが、繋いだ手が汗ばみ、顔にも汗が流れてきている。

 妖精でも汗ってかくんだな。


「ヤヨイ、校長室に行きましょうか」

「……はい、です…」

「人間の国に行って、短時間で心得を3つとも破ったことを反省してください」

「え、でも…」

「妖精にしたからという屁理屈は通用しませんよ?」

「──!……はいです」


 ショックを受けた様子のヤヨイはおれの手を離し、肩を落としながら、大きな入道雲に向かってヨロヨロと飛び始めた。

 おれもヤヨイの後に続こうとしたところを呼び止められた。


「サツキですね。あなたはこっちです」

「あ、はい」


 おれの名前を知ってることを不思議に思いつつ、緊張しながら『先生』の後を追う。


「私の名前はウヅキ。ヤヨイが通う学校の先生です」

「あ、おれは、サツキです。さっきヤヨイに妖精にされて──」

「ええ、見ていたので知っています」


 そう言いながら、ウヅキ先生はじっとおれを見つめた。

 居心地が悪くなってきて、思わずウヅキ先生に聞いてみた。


「やっぱ、人間を妖精にするってまずいことなんですか?」

「そうですね。──それに答える前に、両耳を塞いだ方が良いですよ」

「え?」


ドカーーン!!


「!!?」


 意味をはかりかねて、行動に移す前に入道雲から雷が空中に流れ出た。……人間の体でここにいたら音だけで死んでた気がする…


「もう2回ほど来ますよ」


 ウヅキ先生に言われて、おれは今度は迷わず両耳を押さえた。

 あ、ウヅキ先生も塞いでる。


ドカーーン!!


ドカーーン!!


 ウヅキ先生の予言通り、残り2回をカウントして、雷はおさまった。


「では、人間を妖精にするのはまずいのか、でしたね」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 何事もなく話を再開しようとするウヅキ先生を慌てて止めた。


「今のは雷ですか?」

「そうですね。あなたにも在籍してもらうことになりますが、学校の校長先生です」


 え、雷が?校長先生は雷様なのか……ということは、あの先にいるのはさっき校長室に行ったヤヨイ?

 学校に行くこと自体は人間でもさっきまで通っていた為、構わないが、規則はちゃんと守ろう、とおれは心に誓った。


「人間を妖精にするのは、普通はできないんですよ」

「え?」

「あの子は妖力がありすぎて、がよくわからなかったのでしょうね。そして、そんなあの子が、あなたに出会ったのは、縁としか言いようがありませんが」


 それは、おれが妖精の見える人間だったということだろうか?

 ウヅキ先生からは、ヤヨイの行動を咎める雰囲気はあるが、おれを拒む雰囲気は感じられない。


「あの子は人間の国に興味を持っています。人間の国のことを教えてあげてください」

「あ、はい」

「では、サツキ、あなたは明後日から学校に来てください。ヤヨイ、あなたは最後までサツキの面倒を見るように」

「はいです!」


 いつの間にかヤヨイが戻ってきていた。

 一見さっきよりも明るくなって帰って来たように見えるが、ヤヨイのクルクルした金髪が少し焦げていたのは、見なかったことにしよう………


 それからはヤヨイに案内されて、妖精の国を巡った。

 花や噴水は妖精達が管理しているみたいで、広場一帯が自然で溢れているように見えた。

 妖精達が住んでるのは、その地下というか、雲の中だった。ヤヨイも例外ではなかった。

 どうやらウヅキ先生のように大きい人が大人で、おれ達みたいな小さい人は子どもだと認識されているようだ。そして、子どもはみんな学校に通っているようだった。

 学校も決められた年数があるわけではなく、大人になったら卒業するみたいで、大人になるのも個人差があるみたいだった。

 大人と子どもが家族のように暮らしているところもあれば、ヤヨイみたいに子どもだけで暮らしているところもあるようだ。

 ヤヨイには大人がいないのか問うと、


「ずっと前にお別れを言われたです。ぼくは一人でも大丈夫だったから、それからずっと一人ですよ」


と笑っていた。

 思ってたよりも、ヤヨイはおれと似た境遇だった。

 おれの話をすると、


「サツキはずっと頑張ってきたんですね」


 と言いながら涙ぐんでいた。

 きっと、おれはこのおっちょこちょいで素直な妖精を憎めないんだろう。

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