(2)
「よっと、これで全員分だな」
熊雄は人数分の弁当を車に乗せ、トランクを閉めた。
「もう買い忘れたものはないか?」
「こんなもんだろう。まあ何か足りないもんがあれば、後で買えばいいしな」
修吾は助手席に乗り込んだ。日が落ちて、随分と久しい。既に時間は深夜を回っている。普段は活気のある駅周辺も、今は殆ど人気がない。
熊雄は車を発進させ、コンビニは後方へと置いて行かれる。
「あんたも車の運転出来たんだな?」
「一応な。免許は去年取ったとこだ」
二人の今乗っている車は、矢場多に借りた物だ。熊雄が貸してくれるよう頼み込むと矢場多は「親のだから」と渋ったが、四角野の一声で仕方なく折れたのだった。
「それにしても、誰も死人が出なくて良かったな」
「……そうだな。安心したよ」
熊雄はハンドルを回し、車線を変更しながら応える。
「まだ油断はするなよ。あいつが収容所に引き取られるれるまでは、引き続き緊張感を持っておけ。何があるか分からない」
「分かってるさ……」
修吾はウインドウの外に顔を向ける。暗闇の中を街灯だけが照らしている、そんな景色。
「収容所に入るまで、羊野の監視は俺達でやるんだろ? 何人くらいで見張ることになるんだろうな?」
「さあ、二人か三人ってところじゃないのか。非戦闘員の奴らを監視に回してもあまり意味がないし……何故だ?」
「……俺も監視に含まれるのかと思ってな」
「恐らくそうなるだろうな。疲れてるのか? 辛いなら、別の奴らに代わって貰えよ……」
「いや、そんなことはない。大丈夫だ」
などとさり気なく探りを入れ、修吾は情報を聞き出すのだった。監視の目が二人か三人なら、上手くやれば牢の中の羊野を隙を見て殺せるかもしれない。
「……依代、ダッシュボードに俺のスマホがあるだろう。一応、四角野に今から帰るところだと電話を入れてくれないか?」
「ああ、分かった」
いながら修吾は熊雄のスマホを手に取り、電話帳を呼び出す。
「……」
暫しの沈黙。
「……つながらないな」
「ホントか? 忙しいのだろうか……」
熊雄は少し考えてからいった。
「まあ報告は後でいいか」
熊雄はよりアクセルを踏み込み、車のスピードを上げる。
「それにしても――」
クマノミアジトは血に塗れていた。
至る所に死体が転がっている。
喉仏を喰いちぎられた者。足技で窒息死した者。盾にされ、仲間の剣に刺され死んだ者。
転がる死体の合計は七体。
羊野美隷捕獲作戦終了後、アジトに残ったクマノミの蟲飼い七名は既に全員死に絶えていた。
「――こいつら弱すぎだろ」
ぺっ、と吐き出しながら、美隷は誰にでもなく語る。
吐き出されたその物体。
べっとり赤い、生々しい何かの塊。
――人肉だ。
「あーあ、楽勝だったな。暇だなー。早く来ないかなあ」
クマノミアジト二階、三人分の死体が転がるその部屋で、美隷は退屈そうに口笛を吹き始める。
「あー、でも身体べとべとになっちゃったな。嫌だなー、早く洗いたいなー」
美隷の身体はあちこち血痕が色濃く付着している。それらは全て返り血だ。美隷自身の血液は僅かにさえも混じっていない。
せめて少しだけでも水洗いできないものかと、美隷がトイレに立とうとしたところ。
「……やあ、美隷ちゃん大丈夫かい?」
ドアノブが周り、赤神ネネが扉を開いたのだった。
「あー! アっカネさ~ん! もう待ちくたびれちゃったじゃないですか~!」
「うおっと。あいてて……」
後ろ手を拘束されたままだというのに、美隷は身体をアカネに投げ打ち飛び掛かる。アカネは痛みで少し顔を歪めながら美隷を受け止めるのだった。
「だ、大丈夫ですか? 怪我したんですか?」
「まあね。さすがに優木栗子は強かったよ……」
心配そうな美隷の声。苦し気にしながら、アカネは美隷の身体を地面に立たせる。
「君も無事のようで良かったよ。今回のミッションはこれで成功かな?」
「はい! あ。あとなんか二人、買い出しに行ってる奴らが居るんでそいつらを殺ったらあたしたちの任務は終了ですね」
「おお、成程。じゃ、早くその腕を解いてあげないと」
「持ってきてくれたんですね、アレ」
「勿論」
アカネが後ろから取り出したそれ。
桜色の獲物。
栗子の蟲刀『愚血』だ。
「ちょっとどいててくれよ」
美隷を下げると、アカネはその蟲刀の刃を地面に向け、構える。
「ふんッ」
呼吸と共に、地面に叩き付けられた『愚血』の刃は綺麗に砕け、パラパラと地面に零れ落ちた。
「よっと……これだ」
アカネは残った柄の、刃が砕け出来た穴に指を突っ込み、やがて一本の管を引き出す。
「こっちだな……」
慎重な手つきで、アカネは注射器を取り出し、針を管に刺す。ピストンを上げると、注射器の中には白い液体が少しずつ溜まっていく。
「こっちに来てくれ……」
「はい♪」
後ろを向き、アカネに肩を差し出す美隷。アカネはまたも慎重に、美隷の両肩、石化した部分より少し上部の肌に半分ずつその液体を注入していく。
「おお~!」
すると注射された辺りから順に、見る見るうちに美隷の岩の様にゴツゴツしていた腕の様子が変化していき、元の柔らかな肌の質感へと戻っていく。
「さっすがアカネさん! お見事ですね!」
いいながら美隷は腕を軽く広げる。プチン、と音がして手錠の鎖は簡単にはじけ飛ぶのだった。
「お見事って、君も解毒研修は受けたはずだろ?」
「あー、あたし実は注射器の扱い滅茶苦茶下手なんですよね……」
「おいおい、それは困るなあ。ボクが逆に毒受けた時はどうしてくれるんだい?」
「大丈夫です! その時は愛のパワーで乗り越えます!」
「ははは。やれやれなにいってるんだ君は」
「あ~、もう本気なんですからね! アカネさんの為だったらあたしはどんな不可能だって可能にするんですからね!」
相手の蟲刀の毒を受けてしまった場合、その毒を解除する方法は二つある。一つはその相手に抗体を打って貰うこと。そしてもう一つは、今アカネがしたように相手の蟲刀から蟲管を引き抜き、管から直接抗体を抽出する方法だ。
勿論、例えばアカネの『即死の毒』のように、抗体を云々する前に相手を死に至らしめる毒を受けた場合などはこれには当たらないが。
「アカネさん、あたし頑張りましたよね」
「そうだね。今回君は本当によく頑張った。上も良い評価を与えてくれるだろうね」
「じゃあですね、よしよしって頭撫でてくれませんかね?」
上目使いに、アカネを見つめる美隷。
「おいおい、まだ仕事は終わりじゃないんだぜ?」
「いいじゃないですか~、お願いしますよ~」
「やれやれ、仕方ないな。ほら」
甘える美隷に、仕方ないという調子でアカネは頭を撫でてあげるのだった。
「よしよし。もう一頑張り頼むよ」
「えへへ、幸せ♪」
恍惚の笑みで、幸せを満喫する美隷。
その時――
「はあ……人が折角アカネさんといちゃいちゃらぶらぶしてるっていうのに、マジで空気読めよなカスが」
瞬間、美隷は蟲刀を引き抜き、素早く振り回す。
ズタズタと、幾つもの線が走り。
部屋の扉が、サイコロステーキみたいに崩れ落ちた。
「……なんでお前が、ここに居る!」
崩れたドアの向こうで、依城修吾が叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます