第18話 戦う姿勢
「――えぇっ!? じゃあ、ジルさんもティアさんもいないの!?」
「うん。なんかしばらく手がかかりそうな用事ができたって、二人とも帰っちゃった」
「……御使いである熾天使様が、用事……? しかも、リアにべったりだったあの二人が、同時にリアから離れたってこと……?」
鬱蒼と生い茂る木々の下、血に飢えた魔物達が今にも襲いかかってきてもおかしくはない〈
精鋭揃いと有名な
「本当はティアだけが行く予定だったんだけど、ジルも呼ばれちゃったみたい。最初はすっごく嫌そうにしてたけど、ティアは渋々って感じだったし、ジルもティアに説得されたみたいだよ」
「でしょうね……。あの二人のリアに対する思い入れっていうか愛情っていうか、そういうのって凄まじいもの……」
「そう?」
「……相変わらず自覚ないのね……」
正確に言えば自覚というよりも、そもそも比較対象がいないという環境に育ってきたリアである。あまりジルやティアのいき過ぎた愛情というものに特に頓着していない、というのが正しいところであった。
唯一の良心とでも呼ぶべきジネットに言わせてみても、ジルやティアの態度に対しては「当然だろうね」の一言で片付くレベルの話でしかないのだ。熾天使の至上の主である創世神アスレイアの寵児というだけで、熾天使が愛情を注ぐには十分すぎる理由なのだから。
「……熾天使なんて存在に愛されるリアって、何者なのかしらね……」
マリーナはもちろん、ケインやエルファはジルやティアの正体については知ってこそいるが、リアの出自やアスレイアの寵児であるという点については伏せられている。
ケインやエルファ同様、不思議に思ったマリーナがティアに理由を訊ねた事もあったのだが……――――
『気に入ったので。たまにこういう事があるのですが、知らないのですか?』
――――まるで当たり前のようにしれっと大嘘を吐いたティアの言葉を信じるしかなく、真相は知られていなかった。
無表情で、さも当たり前のように言われてしまっては、それ以外の理由があるのではないかと勘繰る事も言及する事もできなかったのである。
「――っと、魔物ね」
「うん」
周囲を取り囲むように散開している濃密な魔物の気配に気が付いて、二人はお互いに背を預け合うように立ち止まった。
三年前は一本の剣を構えているだけであったマリーナであったが、手数の少なさや膂力の弱さといった弱点を克服すべく、短い剣を利き手ではない左手に構えて戦うといったスタイルに転向しており、二本の剣を片手ずつに構えた。
対してリアは、周囲に銀珠を浮かべ、先程までの少女らしさをすっかりと鳴りを潜めさせ、凛とした空気を纏って佇んでいる。
――やっぱり、この子は不思議な子ね。
戦いとなった途端に、纏う空気が変わる。程よい緊張感もあり、同時にリラックスした空気を放ってみせるリアに対して、マリーナはそんな感想を抱いた。
繁殖力、人型であるという点、大した膂力も知恵もない魔物。
そういった点からも、新米冒険者が倒すべき魔物として挙げられるゴブリンという魔物がいる。
たかがゴブリン程度にも萎縮し、緊張してしまう――それは歳がいくつであろうとも新米冒険者が通る道だ。自分達に近い容姿や、ゲギャグギャと何を喋っているのかは判然としないものの、独特な声で意思疎通する魔物を殺すというのは、狩りに慣れている猟師ですら胸にしこりが残る。
そういったものを飲み込み、経験を重ね、苦しみすらも踏み越えて始めて立てるような場所に、リアはいる。
三年前からケインに剣を教わり始め、その流れから『蒼空の剣』に所属して以来何名かと共に行動する事もあるが、そういった空気を放ってみせる者の多くは戦い慣れている者が多く、また強者に共通した特徴とも言える。
マリーナもまたこの三年でかなりの実力をつけてきたが、未だに戦闘前となればこうも自然体にはなれないというのに、自分よりも八つも年下のリアがこうした空気を纏うというのは普通ではない――否、いっそ世間一般というものに当て嵌めるのであれば、有り体に言えば異質だった。
「――来るね」
リアの小さな声とほぼ同時に、茂みの中から狼型の魔物達が一斉に来襲する。
グレイハウンドと呼ばれる、個々の力はジルの依代であるシルバーガルムには遠く及ばないものの、集団での狩りを得意とする魔物達であった。
先陣を切るグレイハウンドが狙ったのは、当然と言えば当然リアであった。
内包した魔力を一切表出させていないリアは、一見すればただの女児だ。魔物にとってみれば、容易く狩れる獲物にしか見えない。
しかし、そんなグレイハウンドの視界の隅から、突如として肉薄してきた影。
マリーナが一瞬で間合いを詰め、グレイハウンドの胸部に横合いから剣を突き立て、吹き飛ばす勢いを利用して即座に剣を引き抜いた。
「リア、グレイハウンドって美味しいっけ?」
「臭みがあるかな? 燻製にすれば結構美味しいけど、もっと美味しい魔物が多いから食べないかなぁ。毛皮は売れるけど」
魔物の肉は、内包する魔力量によって大きく味が変わる。
たとえば魔物の最高峰であるドラゴンの肉ともなれば、口の中に入れた途端に脂が蕩け、しかし肉の脂特有の臭みや後味の悪さもなく、旨味が口の中に広がる上に、強大な魔力が身体中に染み渡るような感覚に酔い痴れる事ができる。
しかし、魔力の少ない魔物ではたかが知れているのだ。日本で食べていた、食べる為に育てられ、品種改良されていた食肉に比べればむしろ劣る、というのが現実的なところである。
もっとも、病床に倒れていたリアにとってみれば、一般的に不味い食べ物であっても食べる喜びが上回るのか、そこまで文句はないのだが。
「じゃ、毛皮狙いね」
「うん。私がやろうか?」
「お願いしようかしら。私の剣じゃ、肝心の毛皮に傷がついちゃうし」
一切の緊張感もなく、魔物を倒す段取りを話し合う二人。
そんな二人に向かって一斉に飛び出してきたグレイハウンド達は――その数分後には、物言わぬ屍と化していた。
「……リア、結構エグいわね……」
「うん?」
「なんでもないわ……。さすが〈銀珠の魔女〉って、改めて思っただけよ」
目の前に横たわる七匹のグレイハウンドの死因は、溺死であった。
普通の魔法使いであれば、
だが、銀珠を操るリアならば複数人でしか行えないような魔法すら一人で行使できてしまう。その結果が、リアによる一方的な封殺であった。
襲いかかってきたグレイハウンド達を【結界術】を使って強引に一纏めに包囲したかと思えば、結界内に水を大量召喚。逃げ場もなく、銀珠によって封鎖された空間内に追い詰められたグレイハウンド達は、そのままリアが大量の水に向けて放った【微電流】によって意識を刈り取られ、溺死である。
これをエグいと表現したマリーナは、決して間違ってはいない。
「最後に泡立った水が回転してたけど、あれ何?」
「洗濯! 汚いままだと臭いし売れないかなって思って!」
「……そう」
――まぁ子供らしい無邪気さと言えば、そうも言えなくもない、かも……?
マリーナは困惑したまま、引き攣った表情でリアの答えをそんな風に解釈した。
リアがそういった経験をVRMMOという世界で疑似体験したからこそ、心が慣れているという現実があったりするのだが、当然マリーナはそんな事までは知らない。
もっとも、向けられる本物の殺気、ゲームとは違う本物の命のやり取りに対する恐怖がないと言えば嘘にはなる。リアとて、ジネットとの訓練の最中や狩りに出たての頃はずいぶんと様々な感情を抱いた事もあった。
そんな風に苦しむリアを見て、アスレイアがわざわざ神託を授けたという裏事情があった。
『リア。いずれ盗賊などが自分の命を狙って襲いかかってくるかもしれない、人に似た魔物、或いは人と同じような容姿の魔族が襲ってくるかもしれない。そんな時、選べる選択肢を増やす為にも、強くなりなさい。圧倒的な力があれば、選べる道は増えます。悲しくない答えを、辛くない選択を得る為にも、強くなりなさい』
そんな言葉があったからこそ、リアは強くなろうと決めた。
ジネットもまたそう教わったリアの背中を押すと決め、今に至っているのだ。
余談ではあるが、リアにとって素材はイコールしてお金であり、両親にお金の事で苦労をさせてしまったという考えがあったせいか、金銭感覚に対してはジネット以上にしっかりとしている。
それが、今しがたの洗濯にも繋がっており、ナゼスの冒険者ギルドではリアの売る素材は最高水準の金額をいつも誇っていたりもするのだが、それはさて置き。
亜空間内に素材をしまって、ほくほく顔のリアと苦笑するマリーナは再び〈
そうして、リアにとっては半日ぶりの。マリーナにとっては半年ぶりの大樹のうろに築かれた、リアとジネットの家へと辿り着いたのであった。
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