第17話 〈無常識少女〉
「――あ、リアちゃーん」
こっちこっち、と言いたげに手招きしてくる女性に気が付いて、リアは早速とばかりにその女性――フェルミアのもとへと歩み寄っていく。
ここはナゼスの冒険者ギルド。
当然ながら、そんな場所にまだ少女と形容されるリアがいるのは場違いとも言えるのだが、周りにいる冒険者達の反応も様々であった。
リアを見ても特に反応を示さない者、「なんであんな女の子が、
そうした視線を一身に背負うハメになったリアではあるが、一切そうした視線を気にしている素振りはなかった。
「おはようございます、フェルミアさんっ」
「はい、おはよう。相変わらず元気ね、リアちゃんは」
三年前の
まだどこかあどけなく、落ち着きのなかった新人時代とは全く異なる落ち着きを見せ、冷静に対処する。そうした大人の女性らしい雰囲気を纏ったおかげもあってか、最近では冒険者達からの人気も急上昇中である。
「聞いたわよ?」
「うん?」
「新米冒険者助けてくれたんでしょ? さっきドイルさんが連れて来てくれて、ガンド教官が地下訓練場で鍛え直すって連れて行ったわ。まぁ、その方があの子達の為なのよね。一歩間違えれば重罪だったんだから」
「へ? 重罪?」
小首を傾げるリアに、フェルミアは苦笑を浮かべた。
「知らなかったのね……。えっとね、リアちゃん。町の外から魔物を引き連れてくるっていう行為は、悪意の有無に関係なく重罪とされるの」
「それって、逃げるのもダメなんですか?」
「厳密に言えばそうじゃないんだけどね。まぁ、“冒険者に限っては厳しい”の」
どうにも理解できない様子のリアを見て、フェルミアが続ける。
「たとえば三年前程ではなくても、魔物の群れがいたとかならしょうがないんだけどね。今回の場合、あの子達は力量不足な上に、私達冒険者ギルド側の注意も聞こうとせずに自分の意思で〈
「うん」
「それも、魔物を引き連れる形でね。ああいうのは“引き込み”って呼ばれる行為でね、魔物と戦う能力のない人達を巻き込む可能性もあるから、冒険者としては禁忌とされているのよ」
冒険者という立場だからこそ、とでも言うべきだろう。
冒険者とはいわば“戦いを生業とする者”でもある。
その特性上、戦闘能力を持たない一般人に比べて厳しい処罰対象になりやすい側面を持つ。暴力沙汰を起こせば当然ながら一般人よりも厳しい処罰を与えられる事にもなる上に、冒険者資格を剥奪される。場合によっては即座に奴隷落ちするケースも珍しくはなかった。
そんな冒険者だからこそ、尚更に魔物を町に引き込むような行為――延いては一般人を危険に晒すような行為は重罪の対象となるのだ。
「幸い、リアちゃんが対処してくれたから大事には至らなかったけどね。もしドイルさんが戦う事になっていたら、あの子達はそのまま奴隷落ち確定だったでしょうね。一般人を戦いに巻き込んだという事実がある以上、重罪は確定だもの。一応、ドイルさんは一般人の枠に収まるからね」
「えっと、わたしは?」
「ふふふっ、リアちゃんは一般人とは言えないわね」
さり気なく失礼な物言いである。
ぽかんとしたリアに、フェルミアは軽い調子で笑いながら謝って続けた。
「ごめんごめん、決して悪い意味じゃないのよ? リアちゃんはまだ冒険者じゃないけれど、その実力は十二分に認められているもの。いつも持ってきてくれる素材は〈
「うん? そうなの?」
「そうそう。リアちゃんはそこらの男冒険者よりもよっぽど優秀だしね」
それは紛れもない事実であるようで、フェルミア以外にも聞き耳を立てていた他の受付嬢達だけではなく、リアの素性を知る者らもまた大いに頷いていた。
しかし、当然ながらにリアを知らぬ他所からの流れ者もいた。
「――おいおい、聞き捨てならねぇなぁ!」
わざわざ大きな声を張り上げて主張してみせる、一人の男。
そんな男が立ち上がり、リアへといちゃもんをつけようと歩み寄ろうとして――そのまま他の冒険者に肩を叩かれた。
「はいはい、そこまでな。言っとくけど、そういうのウチじゃやってねぇんだわ」
「そうそう。お前さんどっから来た? そういうのウチでやったらどうなるか、ちょーっとお兄さん達と奥で話そうか? ん?」
「えっ、あっ、ちょ……っ!?」
叩かれた肩だけではなく腕に腕を回されて、一人の男が二人の男性冒険者にずるずると引きずられていく姿をぽかんとした表情のまま見送るリア。去り際にサムズアップしてくる男性冒険者達に、フェルミアを含む受付嬢達までもがサムズアップして返している姿には気が付いていなかった。
荒くれ者の多い冒険者ギルド、今しがたリアに絡もうとした男のように、何かと文句をつける厄介な冒険者というのは珍しくはない。いっそ、そういった輩は黙認される事もある。というのも、そこから冒険者としての上下関係が生まれたり、実力がないのに鼻っ柱が強い少年などは性格を矯正されるという側面もあるからだ。
しかしながら、町ごとに独特の暗黙の了解というものが生まれるのは珍しくはなかった。それがナゼスであれば、“リアに絡もうとする馬鹿には死あるのみ”というものである。
すでに〈銀珠の魔女〉という称号を受け継ぎ、冒険者ギルドに登録できる十二歳になるまでは冒険者ですらないが、その実力は折り紙付き。この場にいる冒険者の何人かに至っては、〈
天真爛漫で、荒くれ者で強面の多い冒険者達を相手にしても満面の笑みで受け答えしてくれるリアを、大事な妹や娘のように温かい目で見てしまっている冒険者達にとってみれば、リアに絡む者など万死に値する、という訳だ。
そうした背景を、当然リアが知るはずもなかった。
ずるずると地下の訓練場に引きずられていく男を見送ったリアが振り返ると、すでにフェルミア達もサムズアップしていた手を下げて何事もなかったかのように座っていた。
「……? さっきの人、どうしちゃったのかな?」
「リアちゃんは気にしなくていいのよ?」
「う? ならいいや」
満面の笑みで言われて、リアもまた気にしない事にしたようであった。
フェルミアだけではなく、まるで何事もなかったかのように動いている周囲の誤魔化しぶりは、日に日に磨きがかかっているとも言えた。
「さて、それじゃあ商談といきましょうか。素材とか薬とか、色々とこっちで買わせてもらうわ」
「はーい」
気を取り直したリアが返事と共に、銀珠を操る。
その光景に驚くリアを知らない者達の反応を横目に、フェルミアは苦笑する。
――あはは……、リアちゃんは知らないんだよねぇ……。
亜空間に手を突っ込み、次々と荷物を引っ張り出して机の上に並べていくリア。それが魔法の中でも習得率が困難で知られている空間魔法を応用した技術である事も、ましてやそれを熟練の――壮齢の魔法使いですらないリアがあっさりとやっている事がどれ程普通ではない事なのか、リアは知らないのだ。
事の発端は、ジネットだ。
創世神とも呼ばれるアスレイアの寵児というリアの背景を知るジネットは、己の魔法技術の全てをリアへと与えつつ、更に自分では習得しきれなかった魔法技術やら、趣味で研究していた魔法といった部類までも“使えて一人前”とでも言いたげな顔をしてリアへと教えており、それをスポンジの如く吸収するのがリアだ。
氏族『蒼空の剣』に所属しているケインやエルファは、ジネットの元で修行をしているが、それでもずっと一緒に住み続けている訳ではない。それに、ジネットに傷を癒やしてもらった少女マリーナもまた、その才能を認められて以来、今では『蒼空の剣』に所属し、ケインやエルファ同様、リアとは半年から年に一回程度しか会わなくなってしまっている。
要するに、自重や常識といったものを教える存在が、リアの周りからはいなくなったという事を意味している。
結果、すでにリアの実力は常人のそれとはあまりにかけ離れたものになっているのだが、リアはそれをあまりよく理解していなかった。
というのも、そういった部分を敢えて隠している、というのがジネットの狙いでもあり、結果として、ナゼスの冒険者からは〈無常識少女〉という不名誉な渾名まで与えられているリアという少女が完成していた。
「――……はい、これが今回の買取金ね」
「ありがと、フェルミアさん! またねっ!」
お金を受け取って立ち去るリアを見送って、フェルミアは溜息を零した。
「フェル、どうしたの? そんな深い溜息吐いちゃって」
「……リアちゃん、もう少し常識とかそういうの、少しぐらい学んだ方がいいんじゃないかしら」
「あはは、いきなり何よ? 心配で溜息?」
「……違うわよ。だって、溜息ぐらいつきたくもなるでしょ?」
そう言いながらフェルミアが見せたのは、素材らの買取額の書かれた詳細である。
その一番下に書かれている合計金額を見て、フェルミアに声をかけた同僚もまた力のない苦笑を浮かべた。
「……はああぁぁぁ~~……」
その瞬間、深い溜息を吐く人物がさらに一人増える事となったのは、無理からぬ事だろう。
何せリアが持ってきた素材での買取額は、フェルミアらナゼスの冒険者ギルド受付嬢の平均年収の三倍に匹敵していたのだから。
冒険者ギルドの受付嬢にちょっとした憂鬱を与える結果となったリアが、そんな事実には一切気付かないままナゼスを歩いていた。
魔素が豊富な〈
そんな中、リアへと向かって駆け寄る何者かの影があった。
「――リア!」
「ん? あーーっ! マリー!」
駆け寄ってきた一人の少女。亜麻色の髪を揺らす、リアよりも歳上の少女の抱擁を受け止めて、リアは笑った。
「あはは、マリー。おかえり」
「えぇ、ただいまっ! なんか少し見ない間に大きくなってるわねー」
「成長期だからねっ」
抱擁から逃れたリアがふふんと胸を張ってみせるが、確かに背は高くなったもののあまり育っていない一部へとマリーナの視線が向けられた。
「……」
「……い、いつかはここも大きくなるもん……」
「そ、そうね……。まだリアは十一歳だし、これからよ、うん……」
感動の再会がどうにも気まずい沈黙に埋め尽くされたのは、二人の気の所為ではなかった。
とは言え、なんとなく気まずい空気を味わう事になったのは最初だけで、その後二人は半年近く離れていた期間を埋めるように会話を進めていく。
十七歳であった三年前とは違い、マリーナも十分に大人の女性らしい魅力を持っている。
そんなマリーナに言い寄る男も多いようで、リアに対しても「男と依頼は受けないように」と口を酸っぱくして忠告しているが、リアはどうにも自分の容姿に疎いのか、いまいち理解できていない様子である。
そんな中、マリーナがふと何かを思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、リアって魔法学園に入ったりしないの?」
「はぇ?」
あまりに唐突過ぎる話題に、無防備過ぎるリアが情けない声をあげながら首を傾げた。
「え? 魔法学園、知らないの?」
「うん。そんなのあるの?」
「このアルヴァレイム王国の魔法学園は、結構有名よ? 十二歳から試験さえ受かれば通えるし、実力があれば学費免除の特待生にもなれるし、リアなら一発で合格じゃない?」
マリーナの申し出は、少なからずリアの食指を動かすには十分であった。
リアは前世で学校生活というものをほぼ経験していない。もちろん、小学校低学年までは普通に過ごせてはいたが、満足できる程のものではなかったとも言える。
そういった経緯もあってか、リアの中で学校生活というのはそれなりに憧れとでも言うべき感情がない訳ではなかった。
しかし、だ。
「でも、わたしって魔法学園で学ぶこと、あるのかな?」
「……あー……」
すでに〈銀珠の魔女〉の名を受け継ぎ、実力は三級冒険者以上の実力はあるだろうとケインやエルファに断定されているリアが、今更学校に通って何を学べと言うのか。
そんな現実に気が付いた二人が、それきり学園の話を出そうともせずに買い物を済ませて家へと向かったのは、ある意味必然と言えば必然であった。
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