第11話 本物

「――大暴走スタンピード……!?」


 フォーロア辺境伯領、最果ての開拓村ナゼスに設置された冒険者ギルド。扉を潜れば大広間となり、円卓や椅子が置かれているといったオーソドックスな造りをしている冒険者ギルドには、多くの冒険者が思い思いに時を過ごしている。


 そんな中で齎されたジネットからの報告に受付嬢が思わず声をあげて聞き返してしまったために、ガヤガヤと騒がしかったロビー内は一転――水を打ったように静まり返った。


「す、すみません!」

「受付嬢としちゃ失格だけどね、こんな森で大暴走が起きたんだ。そうなっちまうのも無理はないさね」


 慌てて頭を下げる受付嬢に呆れのため息を漏らしつつ、ジネットはちらりとロビーを一瞥する。


「……対抗するにしたって、ここにいる連中じゃ期待なんてできやしなそうだしねぇ。せいぜい邪魔しないように釘を刺してくれりゃ、それでいいさね」


 本来ならば閑散としそうな昼時にも関わらずに、こうして冒険者の多くがここに留まっている理由は、マリーナとバジリスクとの戦いが原因だ。

 初めて〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉で見つかった魔物が、よりにもよって大人数で対処しなくてはならないバジリスクなどという厄介な魔物であったため、実力的にも人数的にも心許ない者達だけが、必然とここに残る形となってしまっている。


 そういった背景を瞬時に理解したジネットであったが、しかしジネット言葉に納得できない者もいるようで、数人ばかりが眉間に皺を寄せてジネットを睥睨した。


「おい、婆さん。俺たちをバカにしてんのか?」

「バカになんてしちゃいないさ。まぁ、いちいちこの程度の事で目くじらを立てちまう程度の陳腐なプライドを引っ提げてるような輩は、わざわざバカにせずともバカだって事ぐらいすぐに判るけどねぇ」

「んだと……ッ?」


 苛立ちを露わにジネットへと歩み寄ろうとした大男。

 しかし、その周囲をバスケットボール大の銀珠が三つ、取り囲むように姿を見せると同時に銀珠が光を放ち、赤く煌々と輝いた魔法陣が展開され、男は一切の身動きすらできぬように封殺された。


「な……ッ!?」

「バカに構ってる暇はないんだよ。いいかい、よくお聞き。ただの魔物の群れが大暴走を起こしてるんじゃない。今からここに来るのは、〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉で生き残れるような魔物達だ。それこそ、五級以上の魔物が黒い波になって押し寄せてくるのさ。――それで、お前さんはそいつらを前に、この老いぼれ相手と同じような気概を持って立ち向かえるってのかい?」


 ――余計な事を口にするのなら、この場で消える覚悟があるんだろうね?


 先程までの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、ジネットの冷たい双眸が言下にそう語っているのは誰の目にも明らかであった。


 この場にいる誰もが一度は死線を潜ってきている冒険者だからこそ判る、絶対的な強者の気配。

 大男と同様に苛立ちを露わにしてみせた者達でさえ、思わず腰を抜かして椅子に座り込んでしまう程の恐怖すら抱かせるような代物を向けられ、誰もが言葉を失っていた。


「――そこまでにしていただけませんか、ジネット様。いえ、〈銀珠の魔女〉とお呼びした方が、この場にいる者達も貴方様が何者かを理解できるかもしれませんが、ね」


 何時の間にか机に腰掛け、腕を組んだまま立っていた男の声に、周囲は騒然とし、ジネットは忌々しげに声の主を横目で睨みつけた。


 歳は二十前後といったところか。

 金色の髪に整った顔、青い瞳を携えた美しいとすら思わせるような男だ。冒険者らしく、少々見窄らしい外套を羽織ってはいるものの、そんなものが不釣り合いな程に整った顔をした男だった。

 男はジネットに睨まられてもなお苦笑を浮かべる程度でおどけるように肩を竦めてみせた。


「……何者だい?」

「しがない冒険者の一人、ですよ」

「私の威圧を受けてもそんな事を言えるなんて、随分と余裕がありそうだねぇ。訂正しようじゃないか。お前さんと――そっちのお前さんの仲間なら、この大暴走でもそれなりには頼りになりそうだよ」

「そう言っていただけるのは光栄ですが、少しばかり戯れが過ぎるのではありませんか? 冒険者に喧嘩を売るような真似をするなんて」


 突然やってくるなり暴挙とも取れる行動を取ってみせたジネットに、金髪の男は咎めるように告げてみせた。

 そんな男の態度など何処吹く風とでも言わんばかりにジネットもまた肩を竦めてみせた。


「私はただ、真実を口にしているだけさ。ま、それだけじゃあないけどねぇ。ここに入ってきた時から感じるこの鬱陶しい探るような魔力の主に、ちょっとお灸を据えてやろうかとも思ってね。――予想通り釣れてくれたみたいで何よりだよ。そっちのフードのお仲間さんだね。そろそろこの鬱陶しい魔法を解いとくれ」

「……エルファ、バレバレみたいだよ」

「……申し訳ありません」


 男と同席してフードを目深に被っていた女性が、ゆっくりとフードを取って頭を下げた。

 僅かに緑がかる、白に近い淡い長い髪を携えた、髪と同色の切れ長な瞳の美女。その耳は〈普人族ヒューマン〉のそれとは異なり、長く横に伸びて尖っていた。


「やっぱり〈森人族エルフ〉かい。結界系の魔法と似た探知術式なんて使うからそうだとは思っていたけどね」

「魔法系統から私に当たりをつけていらしたとは……。さすがはかつての英雄、〈銀珠の魔女〉様。やはりここに来たのは正解でした」

「へぇ……まるで私を探していたみたいな言い分だねぇ」


 ジネットの威圧を正面から受けてなお、それでも真っ直ぐジネットの瞳を見つめた〈森人族エルフ〉の女。

 用件があるのなら告げてみせなとでも言いたげに、ジネットは「それで?」と続きを促した。


「その通りです。〈銀珠の魔女〉、ジネット様。是非あなた様の叡智を、私にご教授していただきたく……」

「おっと、エルファ。せっかく憧れの人に会えて嬉しいのは分かるんだけど、その話は面倒事が終わってからにしてもらえるかな?」


 最初に声をかけてきた金髪の男が、エルファと呼ばれた女性を制してジネットへと再び振り返った。


「さて、ジネット様。大暴走について僕らに手伝えとは言うつもりもないようですが……、どうでしょう。協力させてもらえませんか?」

「あの、ケイン様。どういう事なのでしょう? ジネットさんは協力の要請できたのでは……?」

「いや、どうも違うみたいだよ。良く言えば「自分が引き受けるから避難しろ」っていう警告で、悪く言えば「邪魔だからどっかに行け」ってところかな。違いますか?」


 会話に割って入ってきた受付嬢に対し、ジネットはしれっと「その通りだよ」と短く肯定をしてみせた。


 良くも悪くも冒険者は細分化され、それぞれの得意な仕事を受けるのが一般的だ。今回のように大暴走が起こったとしても、本来ならば町を守るのは領主や国の仕事であり、冒険者の仕事かと訊かれれば「依頼さえあれば」といった前提条件がつく。冒険者ギルドとして確かに戦力を募集する事もあるが、それはあくまでも依頼として出されるものであり、冒険者だからと町を守るために強制的に町に残されるような拘束力などないのだ。

 故にジネットは、観光気分で来ている程度の冒険者をアテにするつもりなどなく、むしろ〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉に近寄るなと警告しに来ただけに過ぎない。


 そんな意図をしっかりと読み取り、理解した上でなお協力を申し出てみせるという金髪の男――ケインをまっすぐ見つめた。


「協力したい、かい。したけりゃすりゃあいいさ。けれど、どうしてこんな厄介事に首を突っ込むんだい? さっきのやり取りと言い、そこのお嬢ちゃんの態度と言い、お前さん達は名を知られた冒険者なんだろう? この村を守る義理があるほど、この村に長く居着いているようには見えないけどねぇ」


 受付嬢が名を知り、様付けで呼ぶともなれば三級以上の超がつく程の実力者ぐらいなものだ。そういった仲間達と同行していた過去があるからこそ、ジネットはそれに気がついていた。


「……今日だけで受付嬢として二つも大きなミスをしていますよ、フェルミアさん?」

「す、すみません……!」

「まぁ、いいけどね。改めて名乗らせてもらいます。僕はケイン。こっちの彼女、エルファと共に氏族クラン――『蒼空の剣』に所属しています。専属は『魔物狩りのハンター』で、僕は三級冒険者。エルファは二級です」


 氏族――《クラン》とは、冒険者として地位と名誉を持つ冒険者が作る、六人以上からなる大きなパーティのようなものだ。とは言え、氏族を作るには義務が発生してしまう。

 それは『三級以上の冒険者が四名以上所属し、かつ拠点を設け、拠点のある町や村を支配する領主とも懇意に付き合える上で、自分達のホームを設ける』といったものであり、生半可な実力者程度では立ち上げる事すらできない。


 それだけの苦労をして氏族を作るメリットとしては、冒険者ギルドから直接依頼を受け取り、好きに割り振る事も可能であり、同時に氏族に加入している者は、信用を得られるといった点だ。もちろん、氏族の名前が有名でなければ信用もたかが知れるが、大きな後ろ盾を持ち、下手な真似をしないという安心感があるため、ギルドも率先して難しい依頼などを有名な氏族に頼んだりもする。


 ケインとエルファ。

 二人が所属する『蒼空の剣』と言えば、このフォーロア辺境伯領の領都にある、この国でも有数の大手の氏族だ。『蒼空の剣』に所属するという二人――それも、剣士としては最高峰の実力を持つとされ、今後に期待がかけられて名を売られているケインと、魔法使いとしての実力とその美貌により憧憬を向けられるエルファ。


 そんな現在の英雄とでも言うべきケインとエルファが話す相手こそが、かつての英雄である〈銀珠の魔女〉だと言う。


 今になってようやくジネットの正体に信憑性が増し、現在の英雄とかつての英雄の対峙という構図に、思わず誰もが、まるで物語の参加者にでもなったかのような気分で感動すら覚えていた。


 だが――ジネットは周囲のそれとは全く異なる、冷めた目で二人を見つめていた。


「――それで、のひよっ子に何ができるっていうんだい?」


 誰もが『蒼空の剣』の有名所である二人の登場に、大暴走など脅威ではないとでも言いたげな程に熱に浮かされる中、ジネットはまるで冷水をかけるようにあっさりと続けた。


「〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉の魔物は奥地に行けば準三級以上の魔物しかいない。そんな奴らが出てきてごらん、いくらお前さん達でもあっさりと死ぬだけさ。そっちのエルファって子はせいぜい足止めができるだろうけどね、見る限りお前さんは剣を得物に戦う前衛じゃないか。犬死にするだけさ」

「僕も自分の剣にはそれなりに自信を持っていますが、かと言って過信はしていません。ジネット様かエルファ。いずれにせよ、強力な魔法を使うには隙が生まれてしまいます。その護衛に徹しましょう」

「……なるほど。なかなかいい男じゃないか」


 自分の身の丈を知り、手柄ではなく味方を優先してみせようとする。矜持を叩き潰すような発言をしてみせたというのに、ケインはそんな事は当然だとばかりにあっさりと受け止めてみせた。

 なるほど、確かにこの男は良い冒険者なのだろうとジネットは思う。


「なら、私と一緒に来るといいよ。それと、そっちのエルファと言ったね」

「はい」

「私の魔法を学びたいってんなら、ついておいで。それだけの実力があるのか見極めてやるさ。けれど、私だって数が多いんじゃ守ってやれやしないよ。自分の身はそっちの坊やに守ってもらいな」

「ふふふ、心配は御無用です。私はジネット様の魔法に憧れていたのですから。当然、接近されても対策できますので」

「だったら自由に動きな。ただし、私の目の届くところでだよ。下手に動いたりしたら、魔物と一緒に灰にしちまうからね。――それで、そっちのお嬢ちゃん」

「は、はいぃ!?」


 急に水を向けられて声をあげた受付嬢であるフェルミアに、ジネットは呆れたようにため息を吐いた。


「ナゼスはいつ大暴走が起こっても対処できるように、大規模な結界が埋め込まれてるのは知ってるね? 私もさすがにこの村全部を覆いながら戦うんじゃ骨が折れちまうからね。ここの長にさっさと状況を説明して、魔法起動をすぐに開始しな」

「はい! で、ですが、村長達からの許可も得ないといけませんし……」

「鈍臭いこと言ってるんじゃないよ、バカたれ! あの小僧共には文句があるなら私に言えって伝えておきゃいいさ! 領主に物資の支援を頼むやら、行商人やらに結界が発動するやらやる事は山程あるんだよ! ほら、さっさと動きな!」

「は、はははいぃぃぃっ!」


 ジネットの一喝に、誰もが今更ながらに思い出したかのように動き出した。

 我先にとナゼスを後にするか、それともナゼスの結界の中で大暴走が終わるまで待つのか、自らの実力に自信もなく、愛着もない者達ならば選ぶのは前者だ。


 そうした理由もなくこの場に留まっている者達――命の危険が差し迫っていようとも、『蒼空の剣』と〈銀珠の魔女〉の活躍を見たいと願う者もいるらしく、その場から動かずに目を輝かせる者もいる。


 そんな彼らを見て、ジネットは苦笑を浮かべた。


「やれやれ。平和ボケも過ぎるね。自分達じゃ敵わない相手と対峙するってのに、目を輝かせるなんて。魔物と対峙して糧を得てるってのに、ずいぶんとまぁ日和ってるねぇ」

「ははは、それは同感――と言いたいところですが、彼らは見たいんでしょう。本物ってヤツを。そしてそれは僕も同じです。伝説の英雄であるジネット様と肩を並べて戦えると思うだけで、その戦いを目の当たりにできるというだけでも、この戦いに参加する価値はあると思いますよ」

「それは私のセリフよ、ケイン。憧れてやまない方と会えて、その力を見られるんだもの。にわかファンが騒がないで」

「に、にわかファンって……」


 先程までの丁寧過ぎる態度とは一転、エルファの砕けた物言いにジネットは小さく笑った。


「まったく、しょうがないひよっ子だね。早死にしたくなけりゃ、その悪癖はどうにかするこったね」

「面目ありません」


 穏やかな空気を纏う三人が、ようやく歩き出す。

 そんな所へ、「待ってください!」と声がかかり、扉を開けて一人の少女が飛び込んできた。


「あたしも……、あたしも行く!」

「……せっかく拾った命を捨てる気かい?」


 声の主――マリーナを叱責するかのように低い声を出したジネットであったが、しかしマリーナは決して目を逸らそうとはしなかった。


「違う! あたしは見たいんだ! 死にかけたからこそ、強さってモンがどんなモンなのか、それを知りたい! がむしゃらなままじゃダメだって思ったから! だから、一度しっかりとこの目に焼き付けておきたい!」

「……へぇ」

「……良い目をしているわね」


 ケインとエルファは、マリーナの目を見てそう評してみせた。

 ただの羨望でもなく、貪欲に何かを吸収しようとする目。それは周囲の者達とは明らかに隔絶している力強さを宿して、ジネットへと向けられていた。


「……もし、私が突っぱねたらどうするつもりだい?」

「その時は、勝手に行くだけだ!」

「だろうね……。僕もそう思うよ」


 譲るつもりなどないと、その目を見ていれば簡単に理解できる。ケインはどうやらマリーナの出す答えを強制しようとするつもりはないらしく、任せるとばかりに一歩引いてみせた。


「ケインは甘いんだから……。ねぇ、あなた。ジネット様の邪魔になるというなら、私が排除させてもらうわよ? ジネット様のお言葉を借りるけれど、邪魔になったら魔物ごと切り刻む事になるわよ?」

「それでも、あたしは行く」


 これ以上を追求するのは野暮だと、エルファは思う。

 自分とて、ジネットにとってみればマリーナは大して変わらないような扱いを受けているのだ。覚悟をしているというのなら、それ以上を言葉で語る必要などないだろう。

 ケインに続き、エルファもまた一歩、後方へと下がってみせた。


「……冒険者を辞めようとは、思わないのかい? せっかく拾った命を、再び危険に晒す事に恐怖はないのかい?」


 そう言いながら、ジネットは指先を僅かに動かして魔力を動かす。その僅かな変化にエルファだけがそれに気付いて注視する中、マリーナがゆっくりと口を開いた。


「……怖いよ。あの傷を負った時、ずっと死にたくないって、そう思ってた」

「……続けな」

「死なない為に、あたしは知りたいんだ。目指すべき場所を、何が足りないのかを。答えの全部が欲しいわけじゃない。でも、自分なりの答えを見つけるために、一つの目標が欲しい。だから、あたしは見に行きたい。行かなくちゃ、知らなくちゃいけないんだ。知識としてだけじゃなくて、肌で感じて、その先に一体何があるのかを。あたしは、それを見に行く」


 じっと見つめられ、緊張に汗を伝わせつつもマリーナはジネットの答えを待った。


 バジリスクの討伐の邪魔になると聞かされ、一度は食い下がる事をやめた。それでも、マリーナはそれからずっと考えていた。

 このまま逃げてしまって良いのか。

 このまま任せてしまって、自分は後悔しないのかと。


 ――――答えは、否だった。


 いても立ってもいられず、冒険者ギルドでバジリスク討伐の助手を探すだろうと当たりをつけて、ここまでやって来た。そこで、中の様子を偶然にも目の当たりにしたのだ。

 このチャンスに乗じて、勝手について行けば良かったのかもしれない。だが、それではジネットへの不義理になる。命を救ってくれた恩人だからこそ、勝手について行って死んでしまうなど、それはただの不義理な裏切りにも等しい行為だと考えて、危険を承知で自分は全てを見たいと伝える為にこうしてジネットに宣言するという方法を取ったのだ。筋を通す。その一点を貫いてみせようと考えて。

 確かに、これは我儘だと謗りを受けても仕方のない事だと、マリーナは十分に理解している。命を助けて貰っておきながらとジネットが激昂するのなら、その時は無理矢理に自分に言い聞かせてでも、諦めようとも考えている。


 はたしてジネットは――呆れを隠そうともせずに苦笑した。

 その瞬間、ジネットが操作していた魔力が霧散していくのをエルファはしっかりと感じ取っていた。


「……もし死ぬのが怖くないなんて言おうもんなら、置いていってやろうと思ったんだけどねぇ。なかなかどうして、立派な答えだったよ」


 ジネットはゆっくりとマリーナへと歩み寄り、頭をポンと叩くように撫ぜた。


「いいかい、よく憶えておきな。死んでもいいなんて思うヤツは、強くなれないのさ。最後まで諦めずに生きたいって思うヤツだけが、本当の意味で強く――最後の最後まで生き残れるんだ。そういう意味で、お前さんはその素質をしっかりと持っていると認めてやるよ」


 それはとても――重い言葉だ。

 かつての仲間達と死線を潜り抜け、英雄と呼ばれるまでに何人の仲間が命を落とし、何人の仲間が心を壊してきたのか。その経験があるからこそ、ただの綺麗事やおためごかしでもない、説得力のある重い言葉だとエルファは思う。


「いいだろう、生きる為に死地に行くってんなら、ついておいで。死に場所を求めてついて来られるのは迷惑だけどね、そういう決意があるなら、私は反対したりはしないよ」

「じゃあ、いいの……?」

「あぁ、いいさ。エルファにケインと言ったね? この嬢ちゃんのお守りが、お前さん達の仕事だよ」

「えぇ、そういう事でしたらお任せを」

「ふふっ、構いませんわ」


 かくして、四人はナゼスと〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉の境界へと向かって歩き出す。


 奇しくもこの三人――マリーナ、そしてケインとエルファこそ、自分の愛娘であるリアと数年後に共に行動する事になるなどと、この時のジネットは知る由もなかったと後に笑う事になるのだが、それはさて置き。



 ――――刻一刻と時は流れ。

 ついに魔物達は、ナゼスへと押し寄せようとしていた。

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