第6話【入寮一週間目】「瑠璃も玻璃も照らせば光る」前編
タイトル通り、入寮して一週間が経った。
いきなりメタ発言だが、まあ許してくれ。
一週間も経つと、段々予備校や寮での勝手が分かってきた。
俺が行っている予備校は志望大学区分別にクラスが編成されている訳だが、クラス毎に、必修授業というものがある。
つまり、『自分には必要なさそうだ』と思っていても、全員がその授業は受講しなければならないのだ。
浪人生に身を落とした人は、極論『勉強が足りなかった人』だ。
体調不良等の理由を除けば、詰まる所そういうことなのだから、受けなくていい授業なんていうものは、個人で決めていいものではない。
その点、この予備校は、半強制的に受講させるというスタンスを取っているのは、個人的にポイントが高かった。
始まって半年あたりまでは言われるがままに基礎からしっかりやり直すべきだと、再確認できたのは非常にありがたかった。
まあ、それは平均的な偏差値帯に位置する大学にすら合格できなかった俺に限るのかもしれないが…
何が言いたいかといえば、入塾当初から某T大合格のみを目標に、厳しいと有名なここ【監獄予備校】に来た猛者もいるということだ。
その猛者達のことを、当時俺らは【スパルタン】と呼んでいた。
酷いネーミングセンスだ。
そのスパルタンたちが目立ち始めたのは、入寮一週間目だった。
「今日は実力診断テストだろ?どんな感じよ?」
「僕は英語以外はダメダメだと思うなぁ。望月君は?」
「国語と日本史以外は神のみぞ知るレベル」
「僕と似たようなものってことね」
朝飯を食べながら、今日行われるという実力テストなるものについて、中谷と話していた。神輝は朝からシャワー浴びるとのことで、一緒ではない。
「数学なんて高校一年以降はてんで理解できなかったし、理科目においては全てお手上げ。英語も安定してないし、期待できるのは本当に限られてるな」
「高校の時、勉強どうしてた?」
「生徒会ばっかりやってたから、あんまり」
「へえ、意外だよ。生徒会は三年間やっていたの?」
「そうだよ。これでも、外聞だけはよかったからな」
「表面上は良い子、って内面がダメな人の典型なんじゃ…」
「辛辣な中谷もなかなか…、んっ、んん!なんでもない」
「最近、望月君がどんな人か分かってきた気がするよ…」
「ま、それは僕のおかげだネ」
「あ、高瀬さん、おはようです」
「どもー」
「ハイハイ、オハヨウ」
「って、高瀬さんのおかげって、何か変なこと教えてないですか?中谷は純粋なままでいてほしいんですよ!」
「まあ、大人の知識っていうものをイロイロネ」
「とっても勉強になりました」
と、中谷は言いながら、俺のことをジト目で見てきた。
うん、悪くない。
どうやら中谷は、俺の知らない間に、しかも一週間の期間でこっちの世界について詳しくなったようだ。まあ、俺としては冗談だけど。
「高瀬さん、この人堪えてないですよ」
「モッチーは重症患者だネ」
「そこまで言うかい…」
「冗談だよ」
「そうでなくては立ち直れんよ、文字通り」
「朝から下ネタ言う元気があるなら大丈夫ダヨ」
「そんじゃ、とりあえずは、神輝を迎えに行きますか」
「だね、長湯してたら冷やかしてあげよう」
「最近の中谷ちゃん、結構いじわるな事するようになったネ…。僕のせいカナ…」
「ええ、間違いなくね」
「モッチー、言葉に棘があるヨ…」
「いつの間にか、中谷さんが責められてるね」
「これをトータル戦法って言うんだ。俺の判定勝ちだ」
「そもそも勝負じゃないけどね」
そのまま、食器を片づけ、我らが住処の七階へと、神輝を呼びに戻った。
「おーい、神輝!シャワー終わったか?」
「チャイムくらい鳴らそうよ」
「この時間に鳴らしたって、意味ないでしょ。さっさと支度して予備校行こうぜ」
「まあ、分からなくもないけど…」
「だろ?というか、反応ないな」
「二度寝かましてるネ、これは」
「そんな気がしますわ。部屋は入れないですし、どうします?」
「あんまり壁叩いたりするのも悪いし、ソウダネ…。ちょっと待っててネ」
「何か呼びかける方法があるんですか?」
「ここに一年以上いるんだヨ?こんなこといくらでも見てきたからネ」
「先輩にお任せします」
「オケオケ」
高瀬さんはそう言うと、エレベーターに乗り込んで一階に向かったようだった。
どうするつもりなんだろう…
「高瀬さんって、俺らが一年ここに居たとしても、知らなそうなこと知っている雰囲気あるよね」
「分かる。何というか少しアウトロー気味というか」
「でも、そこがかっこいいよね」
「不良に憧れるのと似ているな」
「そんな感じだね。僕は高瀬さんみたいには一生なれないと思う」
「中谷は一生中谷のままでいてくれ」
「そりゃあ、婿養子にならない限りは中谷のままだよ?」
「その言葉聞いて、安心したわ。一生今のままな気がする」
「?」
「気にしないでくれ」
「うん、まあ、そう言うなら…」
と、話していると
『RIRIRIRI!』
「ん?電話の音か?」
「だね、部屋に備え付けてある」
「これって、高瀬さんかな?」
「まあ、このタイミングで電話が鳴るのはあの人がやったからだろうな」
「どうやってかけたんだろう」
「今に戻ってくるだろ。聞くのはそれからにしようぜ」
案の定、エレベーターが七階に帰ってきた。
と、同時に
「今何時?!ご飯は?高瀬さんどこ?!」
かなり慌てて神輝が飛び出してきた。
「落ち着け、時間は微妙な感じだけど、今から出れば十分間に合うから。高瀬さんなら…」
「ハイハーイ、ココダヨー」
エレベーターから出てきた。
「とにかく、準備したら予備校に行こう。ご飯はさすがに食べてる暇はないから、コンビニでカロリー○イトでも買って、歩きながら食べよう」
「みんなは?食った?」
「あたりまえじゃん。もう何分も前だよ、食べ終わったのは」
「っかー!マジか!完全にミスった!高瀬さん、とにかく助かりました!」
「あんまり二度寝とかやりすぎると、寮長から電話来るようになるから、気を付けておきなー。あれはかなりうるさいヨ」
「うげぇ、気を付けるわ。ともかく、出よう!」
「そうだねー」
中谷は、こんな時でもかなりおっとりしている。人によっては好き嫌いの分かれる性格してるな。俺にとっては天s(以下略)
とりあえず、俺たちは急いで予備校に向かうことにした。
「そういえば、何で神輝は二度寝しちゃったの?」
「ん?ああ、今日テストだろ?消灯後もスタンド点けて勉強してたんだけど、思ったより夜更かししちゃってさ。あんまりにも眠かったからシャワー浴びたんだけど、それでも眠くてなぁ。気付いたら寝てた」
「すげえな、準備万端じゃん。俺、即寝たよ
「僕も。寝る前に少し日本史の教科書読んだくらい」
「え?勉強せずに寝たの俺だけ?」
ちらりと高瀬さんの方を見てみた。
「いくら僕でも、さすがに少しは勉強してから寝たヨ。みんなが思っているほど、不真面目じゃないからネ」
「すんませんでした」
予備校の最寄り駅で降りて、早歩きで歩いていると
「あれ、スパルタンの奴らだよな?俺らより早く出てて、着く時間ほとんだ変わらないな」
「ああ、今年もやっぱりいるんだネ」
「スパルタンが、ですか?」
「彼らのタイプの人を、中谷ちゃんみたいに『スパルタン』って呼ぶのは今年が初めてだけど、まあそうだネ。ちょっと追いついてみようカ」
「いいけど、なんで?」
「見れば分かるサ」
言われるがままに更にスピードを上げて、丁度信号で止まってくれたから、横から覗いてみると、
「単語帳?」
「ま、そういうことだネ。歩きながらも勉強してるのサ。僕らの時は『二宮金次郎』って呼んでたけど」
「まじか、危なくね?」
「歩きスマホとかしている人もいるくらいだし、まあ、不思議じゃないけどネ」
「俺には電車内が限界ですわ。歩きながらとか怖すぎる」
「このやり方を推奨しているチューターがいるんだよネ。集中できるのかは疑問だけどネ」
「さすがスパルタン」
「真似しだす人もこれから増えるヨ。僕はしないけどね」
「危ないからですか?」
「中谷ちゃんみたいにかわいい子を見れなくなるからダヨ」
「相変わらずブレないっすね」
「高瀬はこれがデフォだと、最近思ってるよ、俺」
「にしても、どこでも勉強しているよな。確か、食堂でも何か読んでた気がする」
「昨日、数学の問題集読みながらご飯食べてる人いたよ」
「飯がまずくなりそうだ。砂食ってるみたいになりそう」
「ご飯が不味くなるのは絶対無理だよ!ながらでやるくらいならもう少し時間を上手く作る方を選ぶね」
「中谷は何となく、きっちり時間管理というかオンオフの切り替えというか、上手そうだよね」
「まあ、そう見えるだけだと思うよ。もししっかり出来てたら、今ここに居ないだろうし…」
中谷のその一言に一気に俺たちが口をつぐんだのは言うまでもないだろう。
完全なブーメラン、明らかな地雷だった。
予備校に着くと各個人タイムカードを押す。
最初こそ戸惑ったが、今となっては特に何も思わないが、高瀬さんいわく
「完全に社畜か囚人の気分だヨ。管理社会反対」
とのことだった。
タイムカードに関しても何かしら細工をすることも度々あるらしい。
一年通うとそういう知恵を身につけるのかと、変に感心してしまった。
まあ、寮に帰ってもタイムカードがあるのは正直疲れるが…
「それじゃ教室に上がりますか」
「このテストの結果、家に送られるから、それなりに頑張った方がいいヨ」
「「「えっ」」」
「知らなかったのカイ?これから受ける模擬試験の結果は全て送付されるんだヨ」
「オワタ」
「ごまかせないのかよ…」
「ご飯食べて忘れよ」
「これから成績が伸びていくんだし、そこまで深刻にならなくてもいいと思うヨ」
「さらにプレッシャーが…」
「そこが狙いだヨ。地方から来てる人たちも居るし、成績が一番勉強しているか分かるからネ。それが分かってる僕たちも、頑張るようになるって寸法サ」
「頑張るのはもちろんだけど、胃が痛くなる案件だわ」
「とりあえずは、目の前のテストを何とかしようぜ」
「ご飯…」
一人あらぬ所へ意識が飛んでる奴が居るが、しっかり歩いていたから放置することにした。
チューターから一通りの説明を受けて大教室へと移動。
他クラスの連中と一緒にテストを受けることになった。
「去年もこのテスト受けたから、大体の感じは知ってるし、ここで点数取れないってのは無いね。英語は9割行くね」
「マジっすか。難易度的にはそこまで難しくは無いなら少し安心しましたよ」
他のクラスの連中が話していたが、高瀬さんの他にも多浪は居るのか…
「ああ、神保ネ。口先だけの奴サ。いけ好かない奴だヨ。二浪してれば点数取れるのは当たり前だしネ。逆に目標点数が満点じゃない時点でお先真っ暗だヨ」
「高瀬さんが真面目なこと言ってるの初めて見ました」
「心外だヨ。勉強以外はクソかもしれないけど、こと受験に関してはきっちり考えてるんどだヨ」
「さすが多浪。重みが違う」
「神輝、それこそ今更だヨ」
「はい!私語をやめてください!これから第一回予備校内模擬試験を実施します!参考書、筆箱、飲食物はカバンにしまって下さい」
ここは私立文系、一部の国公立文系志望が試験を受ける教室らしい。
さっきのホラ吹き先輩は話したことが無いのを考えると、国公立志望なんだろう。
俺たち四人は私立文系志望。科目は少ない分、最初から全開で頭を使っていける。
勉強時間も一教科あたりに集中してかけていける。
今日で、自分の現在位置が分かるんだ。その位置をしっかり受け止めないと…
「それでは一科目目、国語、始めてください!」
予備校での初めての試験が始まった
後編に続く
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