第5話【入寮二日目】時には染まるのも善し・後編
「それで、どこに行くんですか」
1階ロビーに集合した俺たちは、高瀬さんに聞いた。
「すぐ着くから、大丈夫ヨ。いくらかお金と学生証があればネ」
「まあ、持ってますけど、そんなに出せないですよ?」
「そこは、僕が出すから、平気だヨ。なんにせよ、行かないことには始まらないし、早速行こうカ」
イケメンスーツの若者と、学生浪人生3人という組み合わせで、再び駅の方向に歩き出す。
「スーツって、俺たちは良いのかね?完全に私服だけど」
「まあ、高瀬何も言わなかったし、このままで良いってことだろ。1人だけスーツってのは、もしかしたらそこの従業員とかなんじゃないか?」
「スーツで働く場所?サラリーマンでもないのに…」
「行けばわかるってみたいだし、それに3人一緒だから、怖くはないよ」
「中谷は、警戒心というものを持った方がいいと思うぞ…」
朝に入ったコンビニの前を通り過ぎ、狭い路地を進んでいく。
雀荘や中華料理屋が立ち並ぶ路地の一角で、先を歩いていた高瀬さんはこちらを振り返った。
「はい止まってネー」
「着いたんですか?」
「ウン。着いたヨ。ほら看板あるでショ?可愛い看板が」
「ベストフレンズって書いてありますね」
「最高の友達、ってことだよね…?」
「んまあ、そうだろうな。日本語に直すと随分間抜けな名前だけど」
ピンク色の看板には、『ベストフレンズ 50分4000円』と書かれている。
これはまさかとは思うが…
「マッサージですか?」
「ある意味マッサージだネ。最高のマッサージの一種だよネ」
「どういうこと?」
「中谷、お前、童貞じゃないよな?」
「神輝、察したか」
「何する店かは、何となく」
「で、中谷、お前、経験ありか?」
「えっ、いや、まぁ、キスくらいなら…」
「そんな初心(ウブ)な君たちボーイズに、最高のリラクゼーションを提供するために、僕チンが一肌脱ごう!ということなんだネ」
「「あー…」」
「なんだい、神輝ちゃんとモッチーは乗り気じゃないのかい?」
「こんな人数で入る方がハードル高いと思うんですけど…」
「だよな。望月、お前入るか?」
「いやぁ、さすがに真昼間からその気は無いわなぁ」
「中谷は?」
「僕も、ちょっと…。恥ずかしいよ」
「なんだイ、皆揃ってー。ここらで一発大人の階段を三段飛ばし位で上ろうとは思わないのかイ?またとない機会ダヨ?」
「個人的に誘ってはもらえないですかね」
「俺、ネットの掲示板で読んだことあるけど、『店から出てきて、お互いそれとなく感想を聞きあったら、同じ相手に接客受けてたことが判明した』なんてことがあった人たちいたらしい。俺、そんなことになったら辛過ぎる」
「俺も読んだことあるわ、それ」
「二人とも、やっぱり興味はあるんだね。僕は調べたこと無いよ」
「中谷、お前がその外見でとんでもないプレイボーイだったら、俺は何を信じてこれから生きていけばいいか分からなくなるから、そのままでいてくれ」
「え、う、うん。よく分からないけど、ありがと?」
「という訳で、高瀬、今回は見送らせてもらうよ。折角の誘いで悪いけどさ」
「うーん、そっかー。ま、無理にするものでもないし、仕方ないネ。個別に、日を改めて誘うことにするヨ」
「すんません」
とりあえず、高瀬さんの色気の正体は判明した。
どうやら高瀬さんはここでボーイとしてアルバイトをしているらしい。
土地柄的に、色々な人が訪れるらしく、見ていて飽きないのが楽しいらしい。
というか、高瀬さん、マジで年齢不詳だわ…
「この後どうします?結果、すること無くなりましたけど」
「この周辺を見て回ろうカ。今後の生活に必要なもの揃えるのに、店を知らないんじゃあ大変だしネ」
「そうだな、まあここなら大体が揃ってるし、一回場所見ればすぐ覚えられるよ」
「神輝、埼玉県民なめんなよ?こんなごちゃごちゃした所一回で覚えられるかよ」
「いや、望月、それはお前、埼玉県民の皆に謝れよ」
「ごめんちゃーい」
「そんなキャラだったか?お前…」
「望月君、連れて行ってもらうばかりだと、土地勘付かないよ?ちゃんと覚えようね?」
「モッチー、中谷ちゃんに窘められたら終わりダヨ?」
「ごめんなさい…」
「謝るテンションが中谷相手の方がしっかりしてるって、中谷をどう思ってるんだよ」
「天使」
「即答するお前が怖いわ」
「ちょっと照れる…」
「え、中谷ちゃんも、その反応はおかしいからね?」
「頼むから、寮内で面倒だけは起こさないでくれな…」
とまぁ、馬鹿話をしながら駅周辺を散策することにした。
駅前には某ドンキ〇ーテ、ネットカフェ、駅の反対側にはショッピングモールがあった。
弁当屋もコンビニもあり、浪人関係なしに生活したいと思うくらいに便利そうだった。一本路地に入れば怪しいお店満載だったが…
大学に受かって、一人暮らしをするなら、こういう場所に住みたい。
先のことを夢見るのは、かなりモチベーションを上げるのに役立つ。
まあ、気休め程度にしておかないと、ただの現実逃避になっちゃうけれど。
「それじゃあ、寮に戻りますか。大体は見て回ったでしょ?」
「だな、帰りますか。今から帰れば、ゆっくり風呂にも入れる」
「髪乾かすの時間かけたいよね」
「中谷の髪さらさらだもんな」
「良い匂いもするネ。良いシャンプー使ってそうダネ」
「外見にはお金かけてるよー」
「天使は作れる、か」
「可愛いは作れる、みたいに言うなよ。あと、中谷のことを『天使』って言ってるのはお前だけだぞ、望月」
「これからは、中谷のミドルネームをエンジェルにしようと考えてる」
「そもそも僕に、ミドルネームなんて無いよ?」
「モッチーは中谷ちゃんにぞっこんダネ」
「高瀬さん、ぞっこんって、たぶん死語ですよ」
「突っ込む所そこナノ!?」
と、そうこうしている内に寮まで帰ってきた。
かなりの時間歩いていた気がする。
時計を見ると15時半だった。
自習開始は19時半だし、そうなると結構時間に余裕があった。
「はい!お疲れ様です!朝は間に合いましたか?」
相変わらず声の馬鹿でかい寮長だ。
「ええ、間に合いましたよ。僕が待ってあげてましたからね」
「…そうですか。ちゃんと見て回って来たのですか?」
「この周辺のお店はしっかり案内しましたよ。日用品あたりはこれで困らないと思います」
「了解です!他の皆さんはもう帰って来ますか?」
「そうですね、去年と同じだと思いますよ。ぎりぎりまで帰ってこない人もいるとは思いますけどね」
「分かりました!それでは、部屋の番号教えてください!鍵を渡します!」
高瀬さんと寮長の会話は、何となく不思議な雰囲気だった。
高瀬さんの話し方はいつもよりしっかりしていたし、寮長はどこか他人行儀というか、いぶかしむ感じだ。
俺たちは鍵を受け取るとエレベーターに乗り込んだ。
「高瀬さん」
「んー?どうしたの、モッチー」
「いや、さっき寮長と話していた時、なんか普段の雰囲気と違ったなぁって」
「あー、そうダネ。僕は去年の段階で目を付けられてるからネ。寮長も何か感づいてはいるだろうけど、そこをカモフラするというか、いかにも『何もしてませんよ』っていう風に話しているからネ」
「でも、そんなあからさまな話し方してたら、余計怪しくないか?」
「逆ダヨ。隠そうとする方が駄目なのサ。行動に一貫性が無くなった時、一気にばれる事になりかねないからネ」
「そういうもんですかね」
「そういうもんなんダヨ、モッチー」
「僕たちは、そのあたりのことは何も言わなければ良いんですよね?」
「できればそうしてくれるカイ?」
「りょーかいです」
「今年は良い子達が同じ階で嬉しいよ」
「そこについては同感です」
「それじゃ、何かあったら部屋にいるから、呼びに来てネ」
「ありがとうございました」
「ご飯一緒に食べましょうね!」
「神輝」
「どした」
「中谷、可愛いな」
「否定はしないけど、間違いは起こすなよ?」
「去勢するわ」
「おいおい…」
一先ず解散となった。
軽く雑談していたこともあり、16時。
二時間は余裕がある。
まずは、水道のチェックでもしますかねー
夕飯は中谷が言っていた通り、俺たちを部屋まで呼びに来た(もちろん呼び鈴で)から、四人で食堂まで行った。
さすがに二日目の夜ともなると、食堂のおば様たちも勝手が分かってきたのか、中谷の及第点をもらえるご飯だった。
ほんとにグルメな奴、というかなんというか。
中学時代に勉強合宿なるものがあったが、そこで食べた「割り箸の折れるハンバーグ」を食って以来、こういう所で食べる飯はかなり気にならなくなった。
今回の散策で仲良くなったのか、昨日よりも食堂が賑やかだった。
話しかけてきたよく分からん空気の読めない奴(名前は忘れた)は見た限り食堂にはいなかったが、どこに行ったのか。
さて、問題の夜の必修自習。
緊張感が蔓延しているあの空間でやるからこそ意味があるんだろうけど、終わった頃には灰になってそうだ。
「毎日爆睡コースなのは助かるけどさ」
ぼそりとつぶやきながら、今夜も最上階、自習室の扉を潜った。
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