第4話【入寮二日目】時には染まるのも善し・中編
「中谷ちゃんみたいな可愛い子のエスコートは是非とも、お任せいただきたいですね」
という、高瀬さんの誘いに乗る形で、一先ずは予備校までの行き方を確認するところから散策は始まった。
黄色い電車に乗り、地下鉄に乗り換え、数駅行くと、何度か見た覚えのある景色が眼前にはあった。お昼近くということもあってか、スーツ姿の人たちが大勢飲食店に入っていく。
「毎回に来ると思うのは、俺たちかなり場違い感あるよな、って事なんだよ」
俺がどこに居ようが、周りの人たちは何も気にしないのは分かっているけれど、いかんせん、勉強をするわけでもなく、暢気に『ここ』を歩いて回るというのは、背中がむず痒い。
「望月君は、相変わらずそれを気にするネ。数ヶ月通えば、そんなこと何にも感じなくなるヨ。気にしていられる程の余裕が無くなるせいなんだけどネ」
「まだ授業も受ける前から、そんな事言わんでくださいよ…」
「堂々と、『レペゼン!』とか言っておけば良いんだよ。say yhe!」
「神輝、そもそもレペゼンってなに」
「R&Bとかで、自己紹介に使ったりする単語なんだけど、歌詞で使うと『俺はここに居るんだぜ!それが俺の誇りなんだぜ!』みたいな雰囲気の意味になるんだよ。
俺の天才的なボケに解説入れさすなよ」
「音楽はアニソンばっかだから、リア充が聞くような曲はほとんど知らないのよ」
「僕のipodの中はどっちも大量に入ってるよ。英単語のCDも入ってるけど完全にカモフラ用」
「二人とも半端じゃないリア充オーラ出てるな…」
「嗜みダヨ、モッチ」
「高瀬さん、その『モッチ』って俺のことっすか?」
「そうそう!この会話の雰囲気に乗って、いい感じのあだ名付けてみたヨ。どうカナ?」
「…、なんでもいいっすよ。基本好きに呼んでくれて構わないですから、俺の事は」
「つれないなァ。男の子のツンデレはあんまり流行らないヨ?」
「俺の顔面偏差値では、ノリが良くても三次元の女の子は落とせないっすよ…」
「そうかなぁ、望月君、話し回すの上手だし、面白いし、三枚目って感じだよ?」
「それ、良い人なんだけど、友達で終わる男の典型じゃね、中谷…」
「あれ?」
「望月」
横に居た神輝に肩を叩かれた。
「ん?どした?」
「中谷に悪気は無い。あのすっ呆けた憎たらsh、もとい、愛らしい顔を見ろ。何も分かってない顔だろ?」
「お前に悪気しかないのは、よーく分かったよ」
肩に置かれた神輝の手を振り払ってやったが、神輝と高瀬さんは爆笑しっ放しだった。
これだからイケメンは…
「さて、話していれば、あっという間に予備校だヨ」
話に夢中になっていたせいで、ほとんど道順を確認してなかったが、なんとなくは覚えているし、まぁ大丈夫だろ。
ビジネスの中心地に、どでかく掲げられた予備校の看板。
向かいの道から1階フロアを見てみると、寮生が揃っていた。
何だかんだと合流できそうだが…
「まあ、今更行ったら絶対何か言われることは分かりきってるな」
神輝の言うとおり、余計な粉を被る理由は無い。
変に目を付けられても、今後に響く。
「ということで、ここで戦略的撤退をするわけなんダ。さて、寮の方に帰ろうか。途中で降りるけど、ちゃんとついて来てネ?」
「それは別にいいですけど、どこに行くんですか?」
「中谷ちゃんが、楽しくなれる場所ダヨ」
「俺は?」
「神輝ちゃんは、言わずもがなだと思うネ」
「昨日言ってたやつっすか?」
「察しが良いよネ、モッチー」
「なんか、俺だけその呼び方、馬鹿にされてる気がしてきた」
来た道を戻って、とりあえずは電車に乗る運びになった訳だが、かなり食欲をそそる匂いが漂ってきている。さすが、お昼時。
「その前に、この辺で昼ごはん食べません?これからここで昼を過ごすようになりますし、ちょっと見ておきたいんですよね」
「あー、それもそうだな。契約の弁当屋の飯だけじゃ絶対飽きるしな」
「そうだネ。ゴメンゴメン!すっかり慣れたものだったから、忘れてたヨ」
「僕さ、ちょっと戻ったところにあったインド料理屋さんに入りたい」
「そんなのあったか?」
「外人の店員さんが、チラシ配ってたから、貰っておいたの」
中谷はいつの間に貰っていたかは知らないが、ポケットの中からチラシを広げて見せてくれた。
インド料理屋と言うよりかは、カレー屋のようだ。ナンおかわり自由で1,100円。
ちょっと今の俺には高いが、初日くらいは贅沢するか。
早速目当てのカレー屋に向かった。
店の前には中谷の言う通り、インド人らしき人がビラを配っていた。
インド人『らしき』と言ったのは、パキスタン人と見分けが付けれら無いから。
高校のときの公民の先生が、知り合いにインド料理屋をやっている友人がいるらしく、よく授業中に話をしてくれていた。
先生曰く、「インド料理屋と銘打って、店員は全員パキスタン人って言う店はかなり多い。それで、どこで引っ掛けたのかは知らねぇが、日本人の女と結婚しやがる」
との、事らしい。
なぜ言葉に棘があるのかは俺にも分からないが。
好きな人でも取られたのだろうか、御歳58歳独身男性教師…
「ゴハン、ココデタベマスカ?4人?ハイレルヨ?」
「あ、お願いします」
あっさり入店できたが、俺たちの他にも数人ナンとカレーを食べているようだ。
ふと思ったが、本場?に近いカレーを食べて、その後職場に戻るんだよね?
匂い大丈夫なのかな…
「久しぶりにこのお店入ったヨ。俺が入ったのも、丁度1年くらい前だヨ」
「あれ?そうなんですか?他のお店に入ってたとか?」
「毎回この値段のご飯食べたら、お金無くなっちゃうでショ?それに、時間が取れないことの方が多くて、この先にあるコンビニで買って済ます人が大半。ブルジョアだけだヨ、毎回お店で食べるのはネ」
「高瀬さん、それ差別用語…」
「気にしたら負けだヨ、中谷ちゃん」
カウンターの奥には見慣れない形の釜があって、どうやらそこでナンを焼いているらしい。筒みたいな形で、側面にナンの生地を貼り付けていた。
4人ともチキンカレーを注文し、出来上がるのを待つ。
料理をしているのが見える店っていうのは好きだ。普段料理をしない俺には、全て真新しい。
「チキンカレーセット、オマタセシマシタ」
店員さんが運んできたのは、俺たちが思い描く、『魔法のランプ』のような入れ物に入ったカレーと、バスケットに入った特大のナンだった。
「え、ナンってこんなにでかいの?」
「見た目の割りに食べ切れるんだヨ。俺も最初はびっくりしたけどネ」
「これは、食欲誘うな。隠し味にチョコとか入ってないかな」
「神輝は、何かにつけてチョコチョコ言いすぎな」
「ま、冷めないうちに食べようカ」
「そうだな。そんじゃ、いただきます」
まだ熱いナンを一口大よりも少し大きめにちぎって、カレーにつけて食べてみる。
こういう本格的っぽい食べ方をするのは初めてだった。
「めっちゃうまい…」
もちもちしたナンに、今まで食べたことが無かったけれど、美味しいナン。
いや、それ以上の感想とか出てこない。相変わらず食レポが下手くそだが、実際に食べてみて欲しいんだ。そっちの方が伝わるし。
と、味の感想はいいんだけど、
「中谷、さっきから何も言わないけど、どうした?あれか?口に合わなかった、」
と話しかけて顔を覗き込んでみると
「………」
目をキラキラさせながら、一心不乱にナンとカレーを食べている中谷の姿が、そこにはあった。
「かなり気に入ったみたいだネ、中谷ちゃん」
「こいつが飯に何も言わないで食べてるの初めて見ましたよ…。まあ、まだ2回しか一緒に食べてないけど」
「中谷は、飯にはうるさいの?」
「悪く言うつもりは全く無いけど、良い所の坊ちゃんなんだよ、こいつ。寮で出た飯には文句めっちゃ言ってた。分からなくも無いけど、俺からしたら、まあ普通って感じだったからさ」
「なるほどネ。そんな中谷ちゃんがここまで食べるって事は、余程気に入ったんだろうネ」
中谷を横に見ながら、そう会話してる俺たちの事なぞ、まるで見えていないかの様に食べ進め、中谷は一番に完食をした。
「ナン、おかわりください!」
「まだ食うの?!」
「ナン、おいしい」
「いや、そんな『かゆ、うま』みたいに言うなよ」
「ハイ、ナンネ」
「「持って来るの早っ!」」
俺と神輝は声を揃えて叫んだ。
「いやー美味しくって、ついつい…」
中谷のナンおかわりを食い終わるのを待って、俺たちは店から出たが、この小さな体の中にあの馬鹿デカイのが2枚もすんなり入っていくとは、未だに驚きだ。
まあ、食事を楽しそうにしてくれるやつは大好きだ。こっちまで楽しくなるからな。
女の子もそういう子が好きだ。
美味しいものを美味しく食べられるってのは、見ていても気持ち良い。
1カロリーは1美味しい!なんて素晴らしい言葉。
「でも、おかげで中谷ちゃんのお腹がすごい事になってるけれどネ」
と苦笑気味に高瀬さんは言いながら、中谷の腹をさすっていた。
「おっ、動いたヨ!」
「僕と高瀬さんの子だよ」
「いや、ナンとカレーの子だ」
「食い物に『子』はいないだろ…」
男、三人寄ればホモホモしい。漢字にするだけのセンスは俺には無かったのが悔やまれる。
「さて、予備校も確認して、お昼ご飯も食べたし、ようやく今日のメインイベントだヨ!」
高瀬さんは両腕を広げてそう言った。
「なんか、お腹いっぱいで、めちゃくちゃ寮に帰りたいんですけど」
「ダメに決まってるじゃないか、モッチー。お楽しみはすぐそこだヨ?」
「一気に片付けたほうが、後が楽だしな。ちゃっちゃと終わらせようぜ、モッチー」
「神輝、お前はその呼び方はしなくていいぞ」
「いいじゃんかよー、なあ、モッチー」
「しなを作るな、変な声で呼ぶな、抱きつくんじゃねぇよ!!」
「中谷も、望月のこと『モッチー』って呼びたいよな?」
「えっ、僕?僕は…」
「ほら、見ろよ、モッチー。イベント発生だ。【中谷がモッチーと呼びたそうにこっちを見ている】」
「可愛いから、中谷は許す」
「即決!」
とまあ、なんとなくこの4人での会話も慣れてきた。
結局、中谷が俺のことを『モッチー』と呼んだかどうかは、ご想像にお任せする。
結局俺たちは、高瀬さんのお呼びに従う形で、とある場所に行くことにした。
一度気合を入れなおしたいと、誘った高瀬さん本人が寮に帰るとのことで、俺たちも帰寮することにした。
寮長は俺の部屋の点検をしている真っ最中だった。
「たぶん、水道の水は飲めるようになりますよ!前の寮生が水道を使わなかったんでしょうね!」
無事に飲めるようになるなら何でもいいが、部屋に寮長が居ては、休める雰囲気じゃない。
1階玄関で待つと、中谷たちに伝えて、1人ぼーっとすることにした。
俺たち以外の寮生はまだ帰って来ていないようで、なんとも静かなものだった。
コインランドリーがある。ふと入ってみた。
去年ここで、今年と同じように100人近くの寮生が汗水垂らして勉強した服を洗い、隣の食堂では、同じ飯を食い、最上階に上がって、みんなで勉強をしていたんだ。
まだ入寮して2日。そんな光景が俺の目にはまだ映らないが、いつかその生活を懐かしめる日が来るのだろうか…
『チン!』
突然の機械音に我に返ると、エレベーターが1階に到着したようだった。
「はーい、お待たせいたしました」
恭しく、けれど茶目っ気たっぷりに現れたのは、スーツを着て、髪をセットした高瀬さんだった。
「2人はどうしました?」
「俺の登場を格好良く演出するために、階段で来てもらうことにしたヨ。どう?今の俺!」
「一人称が相変わらず定まってないのを除けば、格好いいと思いますよ」
「ほーんと、つれないなぁ。ま、とりあえずはありがとネ!」
「それで、どこに行くんです?」
「それは、着いてからのオ・タ・ノ・シ・ミ」
「数少ない読者の声が聞こえますよ。『引っ張るの長すぎ』って」
「メタな事は言わない言わない!作者がついつい話を脱線させるのが良くないけどネ」
「勘弁してください…」
後編に続く
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