第3話【入寮二日目】時には染まるのも善し・前編

初めて寮のベットで一夜を明かした俺は、家から持ち込んだ長年愛用の、けたたましい音の出る目覚まし時計によって、目を覚ました。

朝七時。寝心地としては何とも微妙なベットだった。

枕が変わると寝れない、というよりも、そもそも枕を「使う」と寝れない俺は、至急されていた枕をクローゼットにしまっておいた。正直な話、家から寝具一式を持ち込みたい。

今後どうするか考えておくか。

そうこう考えていると、部屋に寮長の声が響いてきた。


「皆さん、おはようございます。今日は四月七日、ただいまの時刻は七時です!朝食の準備ができています!朝食を食べに食堂まで来てください!おはようございます!今日は…」


何度も繰り返しそうな雰囲気だったから、部屋についているスピーカーの音量を消した。

まさか、毎朝この放送ある訳じゃないよな?勘弁してくれよ?

とりあえずは、顔と髪を洗って、朝飯を食べるとしますか。


部屋を出て、中谷の部屋の前に来たが、チャイムを鳴らそうか悩んだが、

どうせ後で一緒に行動するんだし、いきなり訪ねるのも悪いか。

余計な行動は控えなければならないしな。

と言うのも、この寮、各階の両端に監視カメラが設置されている。

どうやら寮長室で監視しているようだ。『刑務所』の別称は伊達ではない。

一階に行くために、エレベーターを使う。階段を使って七階から降りるつもりは微塵も無い。扉の前で待っていると、他の部屋からも寮生が出てきた。眼鏡の爽やかイケメンだ。

なに?この寮はイケメンが多いの?喧嘩売ってるの?


「おはよう。七〇三なんだね。俺、七〇八なんだ。よろしく」

「あ、初めまして。斎藤です。よろしく」


緊張しながらも握手を求めてみたら、予想に反してすんなり返してくれた。

いや、握手くらいで緊張しすぎか?


「斎藤君は、下の名前とか何て言うの?」

「あー、聞きたい?」

「え?あ、いや、言いたくなかったいいけど…」

「そういう訳じゃないんだけどね。神輝、って言うんだ」

「女はみんなぶち込むんだよ!」

「は?」

「あれ、知らなかったか。気にしないでくれ。それにしても、凄いな」

「神様が輝く、って書いて神輝。名前負けするわ」

「なんでそんな名前に?」

「親曰く、よくいる苗字の人たちの中に埋もれない、傑出した人になって欲しいから、らしいよ」

「なるほどな。でも、じんきって良いな。かっこいいよ」

「インパクトも違うしな。高校の時もみんな下の名前読んでたよ」

「じゃあ、なんで渋ったのよ」

「まあ、心無いこと言う奴もいたからね。あまり気にしないようにはしてるけどさ」

「それもそうか。いきなり聞いてすまんかったわ」

「いいよ、どうやら君は感じの良い奴みたいだしね」

「あんがと」

「ところで、君の名前は?」

「オスの希望」

「忍野希望?」

「いや、ごめん。望月雄希っていうんだ。下の名前、オスに希望って書くのよ」

「なるほど、変態みたいな名前だな」

「…怖いもの無しかよ、神輝」

「そのつもりで言ったんだろ?」


神輝はそうニヤリと笑って言った。眼鏡掛けてるだけあって、頭の良さそうだ。

流石に偏見か。竹を割ったような性格してる。

後で中谷にも紹介してやろう。


当の中谷は、食堂で既にご飯をよそっていた。基本、配膳は自分でする形式だ。

自分で量を調節できるのは物凄く嬉しい。

ただ、昨日も中谷と話していたが、問題なのが、「味」だ。

まあ、贅沢は言うものじゃないけれど、これから一年間ここで飯を食うわけだし、それに俺自身胃腸が弱いから、変なものは食べたくない。


「望月君、席空いてるよ」

「おぉ、悪いな。もう一人いるけど、いいか?」

「うん、大丈夫だよ」

「お、二人は知り合いなの?」

「中谷は俺の部屋の隣なんだ。昨日駅で知り合ってな」

「なるほどね。初めまして、同じく七階の斎藤です。よろしく」

「うん。よろしくねー」


今日も中谷は朝から可愛かった。

うむ、良い一日になりそうだ。ホm、何でもない。

取った皿にはよく分からない焼き魚が鎮座していたが、かなり小さい。

何の魚だこれ。


「随分と不味そうな魚だね。東京はご飯事情がやばそうだよ」

「いや、恐らくここが特殊なだけだと思うぞ」

「腹に入れば変わらないだろ。美味しくなかったらコンビニで買わね?」


上から順番に、中谷、俺、神輝の言葉だが、二人の食に対する考え方がよく分かる。

食堂は昨日より賑やかだった。同じ階同士で固まっているのと、どうやら同じ高校から来ている奴らもいるようだ。多国籍というか、色んな県から集まって来ているのはかなり面白い。あちこちから方言が飛び交ってる。


「ねえ、これさ、何?白米なの?信じられない不味さなんだけど」


中谷は相変わらず不満のようだ。

うん、まぁ、確かにやたらと水気多いな、今日の白米。

早いところ、大釜で炊くのに、パートのおばさま方は慣れて欲しい。


 飯を食い終えた俺たちは、七階まで戻って、廊下で話すことにした。

神輝の高校時代についてやたらと掘り下げる内容となった。

「彼女とは、浪人することになったから別れた」

という一言に、俺がサイコパスを起こしたのは言うまでもない。


「あー、僕もそう。いくら大学が都内の所とはいえ、相手は無理だったみたいでさ」

「え?中谷も彼女居たの?」

「え?うん。いたよ。服の話が共通で仲良くなってねー」

「はぁー…。そう言えば、中谷の服、あまり見たことないけど、なんか高そうだな」

「これ、三万くらいした気がする」

「神輝、知ってるの?」

「見たことあるよ。しかも、スニーカー見てみなよ」

「ん?」


俺は神輝にそう言われ、中谷の靴を見ると、俺でも知っているスニーカーだった。


「まじか、pump furyか。高そうやな…」

「高校三年間で、だいたい二百万くらい使ったかなー」

「…、何に?」

「服とか」

「「まじで!?」」

「うん。大学も、有名どころに服飾関係の学科がある大学があるから、

そこ考えてるよ。関西だけどね」

「はー、凄えな」

「東京から離れるのは嫌だよ、俺」

「なんでよ?」

「知らない所に一人とか、絶対無理だ。正直、ここも寮に入らなくても、余裕で通える距離だしね」

「じゃあ、なんで寮に入ったの?」

「親に入れられたから。こんなに厳しい予備校に一年間とかかなり死にそうだ」

「なるほどねー。まあ大丈夫だよ。辛かったら、僕たちで何とかし合おう」

「中谷、お前、良いやつだなぁ」

「頼ってくれていいよっ!」


胸を張りつつ得意げな顔でそう言ったのだが、いかんせん身長が一五〇ちょっとしかないからか、微笑ましくなってしまったが、こいつにはそれがお似合いだ。こんな兄弟が欲しかったわ。もちろん俺が兄だ。それで、ひたすらに甘やかしたい。お風呂とか一緒に入りたい。


「みなさん、九時までに自習室に集合してください。その際には部屋の鍵を閉めて、散策の荷物と一緒に持って来てください!よろしくお願いします!」


放送が入った。時刻は八時半。まだパジャマから着替えていなかった。急がないといけないな。


「すまん。まだ寝間着なんだわ。着替えてくるな?」

「おー、分かった。ついでに部屋覗いててやるよ」

「扉開けてる状態でも、中に入らなかったら、さすがに文句は言われないでしょ」

「いや、まあ良いけど、お前ら男の着替えなんか見ても何も楽しくないだろ。あと、なぜそこで同調した」

「ここで話途切らすのもつまらないでしょ?折角だし、他の人の部屋がどんな感じになっているのか気になるし」

「だよな。俺の部屋、エレベーター横だから、角地だし、他の人と配置違いそうで、気になるわ」

「そんなもんか」


なぜかやたらと話の合う二人だ。こちらとしては、扉開けっ放しで着替えるとか、落ち着かなくて仕方ない。二人が良いなら気にしないが。


「じゃあ、着替えるから」

「気にしないでいいよー」

「好きに脱いでくれ。写真撮れたら良かったな。カメラ買ってくるか?」

「買わんでいい!あと、撮る必要も無いだろ!」

「浪人生活の記念なるじゃん?」

「黒歴史の上に黒歴史重ねるなよ!」

「でも、神輝君の言う通り、写真撮って、記念にするの良いかも」

「決まりだな、望月」

「せめて、普通の写真にしような?」

「馬鹿な写真の方が後で楽しいから、それはこっちで決めるよー」

「お前ら…」


数の暴力には誰も勝てないということなのか!民主主義強し!

と、くだらないことを話していたら、割と大きい声だったせいか、はたまた部屋の扉を開け放っていたからか、他の部屋の奴らが集まって来てしまった。


「朝から元気やネ。お三人さん。あんまり時間ないし、早いところ上がっときナ」


そう扉の陰から顔を出して話しかけてきたのは高瀬さんだった。

ここからでも香ってくる良い匂い。シャンプーかな。


「昨日は見なかった顔が一人いるネ。仲良くなったの?」

「あ、はい。エレベーター横の部屋の」

「斎藤神輝です。よろしくお願いします」


中谷と神輝は軽い紹介をしたが、神輝も最初の俺と同じことを思ったのか、少しばかり引っかかりがあったようだ。隠すのは下手なようだ。


「はいはい、よろしくネ。俺は高瀬っていうんダ。ここに二年目になるヨ。敬語とか使わなくていいヨ?こいつらと同じように話してくれて構わないからサ」


いや、高瀬さん。なんというか、先輩オーラ出まくりで、中々難しいすっよ。

内心思っていたが、口に出すのは悩むな…。

口調は、かなりフランクなんだけどさ、人生の先輩感あるんだよなぁ。

あと、イケメン。

現在、俺の周りに美形が三人。類は友を呼んでいない。もちろん、始点としては俺だからな。


「いいんすか?」

「いいヨ。面倒だしネ」

「じゃあ、遠慮なく」

「…、男前だネ」


高瀬さんは、神輝が即決したことに少し驚いた顔を一瞬したけど、嬉しそうに、ニヤっと笑った。


なんとなく俺の部屋の前に人が集まり始めたのをきっかけに、他の部屋の奴らも自己紹介をし始めた。お互いが緊張しつつも、初めての寮生活で不安があったのだろう。堰を切ったように話し始めた。


「おい、お前ら、話すのは良いけど、人の部屋の前ではやめろ!というか、あんまりジロジロ中を見るな!」

「減るもんじゃないんだから良いじゃないか。ねえ?」

「そういうことだよ望月君」

「パン・ツー、丸・見え!」

高瀬さん、煽らんでくださいよ…


「「「「パン・ツー、丸・見え!」」」」

「なんか増えてる!」


仲良くなったみたいで、何よりだよ…


自習室に集まって、ひとしきり散策するコースの説明を受けた。まずは予備校への行き方を実際に体験。東京駅周辺を見て、その後に浅草で少し遊び、スカイツリーを見学(入らないけど)して、最後に寮周辺施設を確認。という流れになるらしい。

かなりの距離を歩きそうだ。まあ、受験期から、学校の体育くらいしかしてなかったし、体を動かすのは吝かではないのだが、いかんせんこの時期は花粉が飛んでいて、花粉症の俺にはかなり辛い。マスクは必須アイテムである。

説明後、自習室を後にし、一階に集合することとなった。

今日はチューターと部長が引率すらしい。


「俺も行くけど、途中で抜けるから。よろしくネ?」

「あ、はい。いいですけど、どうするんすか?」

「ほら、俺は去年これ参加してるし、意味ないからサ」

「なるほど。それもそうだわ。どこ行くの?」


早速神輝はタメ語で話しかけていた。勇者だな。

俺もそっちの方が楽だけど、なんとなく測りかねるてよ…


「俺は、同じ階にもう一人いる去年からの友達と、飯でも食いに行って、のんびりしてるヨ」

「ああ、この間の人ですか?」

「中谷ちゃんと望月は見てたっけ?そうそう」


そうだ、昨日、初めて高瀬さんと話していた時に見た、あの人。

あれから見てないな…


「あの人、いないっすね。部屋っすか?」

「そそ、基本的に引きこもってるからネ。必要な時にしか部屋から出てこないヨ。今度紹介するから、その時はよろしくネ」

「全然いいっすけど、気難しそうっすね」

「うん。そんな感じするよね…」

「あー、その辺りは気にしないで大丈夫ダヨ。きっと、話したら分かるからサ。面白い奴だ、ってネ」

「了解っす」


高瀬さんがそう言うなら大丈夫なんだろう。面白い人、ねえ。それにしても…。


「神輝、どうした?」


神輝は何か考えている様子で俺たちの話を聞いていた。


「いや、お菓子でも持っていけば仲良くなれるかなって」

「お菓子?」

「そう。チョコくらいしかないけど」

「…、ハハハ!神輝ちゃん、面白いネ!きっと仲良くなれるヨ、あいつと!」

「そうか?」

「お菓子あげたら友達になれるって、どんだけ軽い奴なのサ!いや、良いと思うヨ。きっと喜ぶヨ」

「じゃあ、帰ったらよろしくな」

「りょーかいだヨ」


どこか波長が合うのだろうか。高瀬さんと神輝はかなり話が弾んでいた。

神輝の凄い所なのかもしれない。すぐに人と距離を詰められる。

いや、距離があるのを感じさせないのか。

俺は頑張ってそういう風になろうとしてるけど、神輝はもとからこうなんだろう。

ちょっと、嫉妬した。

そんな様子が顔に出ていたのか、


「大丈夫だヨ。望月もきっと仲良くなれるサ」


高瀬さんにフォローされてしまった。


「あっ、いや、もちろんっす」

「なに照れてるの…」

「いや、全然話してない中谷に言われたくないわ!」

「ホモなの?」

「だから、なんでそこに行くんだよ…」

「デレデレしてるから」

「してねえよっ」


俺は神輝の性格に嫉妬したのか、高瀬さんと仲良さそうに話していたのに嫉妬したのか、自分でもよく分からなかった。

いや、ホモじゃねえよ。

ほら、俺の方が先に知り合ったのに!みたいな?あるじゃん?


「誰に弁明してんだ、俺」

「いや、何の話かさっぱりだよ?」

「そこはエスパー能力発揮しないのな…。放置じゃん、俺」

「どこから聞いても、俺らの方が放置されてるぞ?」

「だよねー」

「仲良さそうで、なによりだヨ」

「高瀬、おじさん臭いよ」

「おっと、気を付けないとネ」


そんな漫才みたいな会話をしていると、出発時間だった。

百人近い人数がぞろぞろと連れ立って歩き出す。間違いなく通行人の邪魔だ。

寮長はお留守番らしく、俺たちに敬礼のポーズをしたまま直立していた。


「なんなんだろな、あの人」

「寮長のことか?」

「それ以外にないだろ。時間の言い方とか軍人みたいだし、一々敬礼とかするし」

「帰ってきたら聞いてみるか」

「だな。これで趣味とかだったら笑うよ」

「チョコの差し入れでもしてやれよ」

「するくらいなら、俺が食べるわ」

「ま、それもそうか」

「そういえば、望月君、朝何か寮長に言うことあるって言ってたけど、それのこと?」

「ん?何かあったっけ?」

「うん。水道がなんか変みたいなこと言ってなかった?」

「あ!そうだ、忘れてた!助かった中谷!」

「今なら戻って言えるよ?」

「ちょっと行ってくる!先に行っててくれ!」

「いいよ、俺も一緒に戻る。さすがに間に合わなかった時可哀想だ」

「二人が残るなら、僕も。一人でどうしろっていうのさ」

「すまん、助かる!」


水道の水が錆びだらけで飲めないことを、報告するのをすっかり忘れていた。

今から言っておくことができれば、帰ってくる頃にはどうにかなっているだろう。俺たち三人は小走りして寮に戻ることにした。


「寮長!」

「はいはいはい!どうしました?忘れものですか!」

「いや、昨日俺の部屋の水道をひねったんですけど、水が赤くて飲めなかったんです。今の内に言っておかないと、今日も水が飲めなくなりそうだったんで…」

「なるほど、部屋の番号は何番ですか?」

「七〇八です」

「分かりました!確認しておきます!今から走って戻れますか?」

「取りあえず走ってみます」

「分かりました!気を付けてくださいね!」


寮長に報告をし終えた俺は、玄関で待つ中谷と神輝に、

一先ず用事が済んだことを告げた。


「今から戻るか?疲れるけど」

「うーん、特に点呼も取らないとかなら、予備校までの行き方だけ確認して、この付近の散策とかにしちゃって良いかなぁ。中谷は?俺の都合に合わせちゃったけど」

「この辺疎いから、二人に任せるよー」

「神輝どうする?」

「うーん。予備校まで行ったら、帰ってくるかな。

正直、明日は日曜日で、昼までの自習が終わったら午後休みだろ?

その時に行きたい場所があれば周るとかにしようぜ」

「うん、僕は用事ないし、問題ないよ」

「決まりだな。じゃあ、行くとしますか」

「電車に乗る前に、コンビニ寄っていい?喉乾いちゃった」

「そうだな、飲み物買いに行くか。あと、チョコも欲しい」

「それは好きに買ってくれ」


結果として、三人でのんびり予備校まで行くことになった。

駅まで行ってみたものの、既に電車に乗ったようで、改札前には誰もいなかった。

これで、もし一人で歩いて回るとかだったら、間違いなく諦めて、

その辺のマクドナルドとかに入っていたと思う。会って二日でここまで付き合ってくれるのはかなり嬉しい。しかも、この辺に詳しい神輝も一緒にいる。心強いこと限りない。


それにしても、この町はやたらと怪しい店が多い。雑居ビルにデカデカと掲げられた中国式整体の看板(なぜか色っぽいお姉さまの写真が)、東南アジア系の女性がやたらと出入りしているピンサロと思しき店。パチンコ屋は当然あるし、そもそも駅周辺にやたらと外人が多い。

昔、こんな雰囲気の駅のロータリーで外国人による殺傷事件と、薬物所持の逮捕の瞬間を見たことがある。遅い時間帯にこの周辺をふらふらするのはよろしくなさそうだ。

まあ、そもそも外出は門限以降不可能だから、関係は無いんだろうけど。


駅前のコンビニに入ると予想外の先客がいた。


「やっぱり、間に合わなかったネ。待ってたヨ」

「高瀬さん!なんでここに?」

「君たちが後ろで何か話していた後に、急にコソコソ来た道を走って帰って行ったから、気になって残ったのサ。そうしたら、待ってたかいもあって、

こうして会えたってわけダ」


この高瀬さん、何かと敏い人だ。初日の鍵といい、周りをよく見ている。


「でも、高瀬は一緒に行かなくても良かったの?」

「さっきも言ったけど、去年、既に一回参加しているからネ。

今更住み慣れた場所を見ても意味の無いことダヨ」

「それもそうっすね。でも、ここで待っててくれたのは嬉しいっすけど、何かありました?」

「嫌だなァ、友達と遊ぶのに理由は要らないダロウ?案内するヨ。予備校までの道順を確認したいんダロウ?それに、昨日も言ったけど、連れていきたい場所もあるしネ」

「いいんですか?」

「中谷ちゃんみたいな可愛い子のエスコートは是非とも、お任せいただきたいですよ」


ニコリと微笑んだ高瀬さんは、軽くお辞儀をしながらそう言った。

昼間にも関わらず、夜の匂いがした気がする。


【後編に続く】

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