2 気づかぬうちに

授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。と同時に、教室内は喧騒に包まれた。話題に上っているのは、さっき返却された課題テストの結果についてだ。流石県内トップの女子高といわれるだけあって、新入生もお構い無しに入学早々テストがあった。科目は英数国の3教科。内容は中学校で習ったことだったが、やはり難しい。加代は一人、密かにため息をついていた。


「…思ってたよりも、悪かったな。」


加代が見ていたのは英語の答案用紙だ。右上の数字は79。中学校時代は90点越えは普通だった加代にとって、その数字は加代のプライドを傷つけるには十分だった。まぁ、加代にプライドと呼ばれるものがあるかどうかは定かではないが。


周りのクラスメイトたちは、お互いに何点だったかを探りあっている。まだ見定めの状態だ。

「テストどうだった?」

「いや、全然できなかった。そっちは?」

「うちも、全然あってなかった〜。」

そんな気持ち悪い馴れ合いを横目に、加代が答案用紙を仕舞い、帰る支度を始めた時だった。


「加代、放課後部活見てく??」


加代が前を見ると、瑠璃が既に支度をし終わって立っていた。


「え…?あ、そういえば部活動見学明日までだっけ?」


「そうそう。加代いつも帰っちゃうからさ。部活入んないの?」


加代はそう言われてはっとした。てっきり進学校だから部活動に入る生徒も少ないと思ったが、そういえばクラスメイトたちが、どの部活動に入部するのか話していた気がする。(後で知ったことだが、この学校の生徒の7割が部活動に入っていた。)


それよりも、加代にとっては瑠璃も部活動に入部するかが気になっていた。


「瑠璃は、どこか入るの?」


「うん。まだちゃんとは決めてないんだけど、中学でバトミントンやってたから高校でもやろうかなって。」


「バト部かー。私には無理かな。」


「あ、無理にバト部に誘ってるんじゃなくてね。加代も部活やった方が楽しいんじゃないかなって思って。」


「あ、あぁ。うん、そう…かもね。」


何を自分は言っているんだろう。瑠璃は誰に対しても分け隔てなく接するから、時々勘違いしそうになる。瑠璃が加代のことを特別気にしているわけではないのに。加代は少し気落ちしたような気分になった。加えて、さっきの自分の返答が急に恥ずかしく思えてきた。


「加代さ、中学で部活やってなかったって言ってたじゃん。だから部活とかよくわかんないのから見学も行かないのかなって思って。」


瑠璃は加代のそんな気持ちに気づかずに、また加代に話しかける。


確かに、先日瑠璃には中学の頃について尋ねられた記憶がある。その時、部活には入ってなかったと伝えたが、正確に言うと加代は途中で退部してしまっていた。その頃は加代にとって最も辛かった時期だったから、瑠璃にも詳しくは言わなかったのだ。


「だったら、うちも一緒に回れば少しはアドバイスとかできるかなって。まぁ、こんな偉そうなこと言えたほど部活に熱心だったわけじゃないし、まだこの学校のことだってよくわかってないんだけどさ。」


「でも、瑠璃はもうバト部に入るんでしょ?だったら悪いよ。」


「いーのいーの。兼部できるとこもあるみたいだし、学校見て回るついでだよ。」


そう言って瑠璃は笑った。裏表のない瑠璃の笑顔は、いつも加代を戸惑わせる。入学式の日から既に1週間以上経過していたが、加代は未だに瑠璃の笑顔を見ると心が落ち着かない気分になった。


「…じゃあ、少し見てこようかな。」


加代はそう言って、また荷物をまとめ始めた。


「おっ、じゃあどこから行く?運動部はほとんどが外だけど。」


「いや、運動部はいいかな。…文芸部ってあったっけ?」


「文芸部?確か、図書資料室でやってるって言ってたよ。」


「じゃあ、そこから行きたいんだけどいい?」


「いいよー。」


支度が終わった加代は、瑠璃とともに図書資料室がある図書館に向かい始める。


加代が歩きながら隣を見ると、瑠璃は色々な話をしてくれている。今までに見学に行った部活のこと、バト部の顧問が怖そうなこと、クラスのあの子はどこの部活に入るらしいこと…。


加代はそんな瑠璃の話に相槌を打ちながら、瑠璃と2人でいるこの状況に、自分も気づかぬうちに、少し心を踊らせているのだった。


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