第1部
1 出会い ~加代の場合~
一目惚れ、だったのだと思う。
彼女の笑顔を初めて見た時から、私は彼女に囚われ続けているのだろう。
それほど彼女の笑顔は魅力的で、眩しくて、今でも私の心を照らし続けている。
♢
入学式が終わり、新入生たちがそれぞれの教室に向かう中、加代は一人、心の中で盛大なため息をついた。
周りは皆、既にいくつかのグループに分かれ始め、様々な話で盛り上がりを見せている。ある者は笑い、ある者は驚き、ある者は喜びの声を上げている。
「なんで、こんなに騒げるかな…。」
彼女らの姿を一瞥し、加代はまた(いや、今度は本当に)ため息をついたのだった。
加代は、幼少期から人見知りが激しく、友達も多くはなかった。初対面の人に自分から声をかけることは一切なく、ただただ誰かが声を掛けてくれるのを待つ。だからクラス替えなんてものがあった日には、一日二日、時には一週間経ってもクラスメイトと1度も喋らないことさえあった。
そのため入学式当日に、話せる友達など一人もいる訳がなく、ただ一人で周りを観察するだけだった。別に友達を早く作ろうとは思わないが、いつまでも一人でいるのもそれはそれでクラスの中で浮くのだろうなと思った。まぁ、そのうち誰かが声を掛けてくれるだろう。これから自己紹介する場面も山ほどあるのだろうし。
ところで、加代の場合は地味な見た目をしているのも、人見知りを助長しているのだろう。特に手入れもしていないショートカットの髪に加え、細いフレームの眼鏡なんて、地味な女子の代表格ではないかと、加代自身そう思う。だからといって、見た目を変えようなんて思いもしないのだが。
教室につくと、ここでもやはりいくつものグループが騒ぎあっていた。この女子高にはそれなりに偏差値の高い人たちが入ってくると聞いていたのだが、この様子を見る限り一概にそうとは言えないらしい。それとも、女子とはこういう姿が普通なのだろうかなどと思いながら、加代は一人、自分の席に着いた。
特にすることもないので、加代は中学から使っているスクールバッグから文庫本を取り出す。
スクールバッグは、加代が高校生になる時、母が買い換えてくれると言ってくれたのだが、少し汚れているだけでまだ充分使えると思ったので買い換えなかった。まだ使えるものを捨てるのは加代にとってとても気が引ける行為の一つだ。簡単にモノを捨てることの出来る自分が怖くなる気がするからだ。加代が母にそのことを言ったら、「よく分かんない。」と一蹴されたが。
音楽も聴こうかとミュージックプレーヤーにも手を伸ばしたが、流石に社交性に欠けると思い、加代がそのまま文庫本のページをめくり始めたその時だった。
「ねぇねぇ、その本面白い??」
前から声が聞こえた。
加代が文庫本から顔を上げると、前の席に座って後ろを振り返っている者がいた。一瞬誰が誰に向けた言葉なのか分からなかったが、すぐに自分に向けられた言葉だと分かった。もう一度彼女が声をかけてきたからだ。
「その本、この前ドラマ化したやつだよね。ドラマはイマイチだったと思うんだけど、原作は面白いの??」
加代は答えるのに困った。今日読んでいる本はただ加代が好きな作家の本であって、ドラマ化したなんて知らない。加代はテレビすらあまり見ないし、まして映像化したとかを気にして本を読むのは好きじゃなかった。
「いや、ドラマがどうかは知らないけど、これは面白いほう…だと思う。」
「ほんとに?じゃあ今度読んでみようかな。」
彼女はそう答えて、加代が持つ本を覗きこもうとする。よく見れば綺麗な顔だ。肌は白いし、肩まで伸びた髪は少し茶色がかっている。目も大きいほうだろう。一言で言って美人だった。
「うん、良かったら今度貸すよ。」
「え、ほんと!?ありがと〜!」
そんな言葉が自分の口からこぼれた後、加代は内心驚いていた。初対面の人に本を貸す約束をした。しかも自分から。普段の自分だったら絶対に有り得ないことだ。何がどうなっているのか、加代自身分からない。
「あ、うち、
「…
「じゃあ、加代って呼び捨てしてもいい??うちのことも瑠璃って呼んでいいから。」
「あぁ、うん。分かった。」
加代は焦る気持ちを抑えて頷く。なんだか、彼女と話し始めてから心拍数が上がっている気がする。自分の鼓動が聞こえてくるようだ。初対面の人と話して緊張しているだけだと思うのだが。
「宜しくね、加代。」
そう言って、瑠璃は笑った。
満開の桜のようなその笑顔に、加代の心拍数がまた上がった…ような気がした。
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