フードファイト

 「昔は大食い選手権ってのがあったんだって。参加者は一度に何十皿もステーキを食べたらしいぜ。信じられないだろ? ステーキなんて見たことねぇよ」

 ヤンは小学校の帰り道、シュエンから聞いた話を思い出していた。二十一世紀ぐらいまではステーキという分厚い牛肉を焼いた料理があったらしい。当時も高級品だったそうだが、今では牛肉を食べるのは、世界でもほんの一握りのお金持ちだけだ。それを一度に何十皿も食べるなんて信じられない——ヤンは、そんな時代に生まれていたらどんなに幸せだったろうか、と古き良き時代に思いを馳せた。

 食料難と言われて久しい二十三世紀では、様々な栄養素が含まれる粉末を水に溶いて胃に流し込むのが食事の基本となっていた。ヤンが住む国は砂漠化はあまり進んでおらず、野菜を食べる機会はあるものの、肉や魚を口にすることは無く、主なタンパク源は大豆の粉末であった。

 だが、ヤンはそれ以外に父親が飼育した家畜の肉を口にすることができた。柔らかくて甘いその肉はたちまち評判となった。だが、その成功を妬む者もいた。

 シュエンも今日、「昔はもっとウマイものがいくらでもあったって知っているか?」と言ってきた。シュエンの家では大豆の粉末に味付けしたものを売っている。シュエンの言葉の端々からは、ヤンの家の肉が旨いという評判になっていることを悔しく思っているらしいことがうかがえた。

 ヤンが荒れた砂利道を何キロも歩き、ようやく自宅に着いたころ、背後から声をかける者がいた。

 「ねぇ、君。学校の帰りかい?」

 ヤンが振り向くと、若い三人組の男が立っていた。声をかけたのは手前にいる猫背の男らしい。この男はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていたが、後ろにいる髭面の男と長髪の男はヤンの自宅を睨みつけるようにして観察していた。

 「そうだけど……」

 「お父さん、いるかな?」

 「ちょっと待って」

 ヤンは鍵を開けて自宅に入ると、父親を呼んだ。だが、両親は不在だった。

 ——彼らはお客か仕入れ業者だろうか。だが、今まで見たことのない顔だ。

 ヤンは少し警戒心を抱きながら、猫背の男に言った。

 「いないみたい」

 それを聞いた猫背の男が仲間の方を振り向いた直後、背後にいた髭面の男がヤンに襲いかかった。ヤンはたちまち地面に組み伏せられ、後の二人はヤンの開けた扉から家の中に入って行った。

 ——強盗だ。

 気付いたときには遅かった。侵入した二人は、しばらくすると家の物をいくつか抱えて戻ってきた。

 「アニキ、ここには大したものは無さそうです」

 「ちゃんと探したのかぁ? この辺りじゃ大層繁盛していると聞いたんだがな。しょうがねぇ、家畜の養殖場にも行くか」

 そう言うと、髭面の男はヤンの耳元に顔を近付けてきた。

 「お前の親父は大層な数の家畜を飼っているそうじゃないか。お前も場所を知っているんだろ?」

 ヤンは恐怖で何も言えず、ただ震えていた。

 「ちゃんと教えてくれりゃあ、痛い目には合わせねぇよ」

 「……奥」

 ヤンにはそう言うのが精一杯だった。

 「家の奥か? 木が茂っているだけで何も見えねぇが」

 ヤンが頷くのを見ると、髭面の男はヤンを解放し、養殖場まで案内しろと言ってきた。ヤンはゆっくり立ち上がった。男に押さえつけられていた背中は、まだしびれるように痛かった。だが、ヤンは涙をこらえ、家の奥にある父親の養殖場に向かって歩き出した。

 「まるっきり森の中じゃねぇか。何を養殖しているのか知らねぇが、本当にこんなところにあるのかよ」

 歩き疲れた髭面の男がそうボヤいたとき、ちょうど養殖場の白い建物が見えた。ヤンは建物を指差し、「あそこです」と告げた。

 「リィ、まずはお前が行ってきな」

 髭面の男に命令され、長髪の男が養殖場に向かった。だが、彼は数分もしないうちに戻って来た。

 「アニキ、ダメです。扉は鍵がかかっています。でも何だかすげぇでかい音がするんですよ。何かが中にいるのは間違いなさそうです」

 「でかい音って何だ? モーモーとかブーブーとかか?」

 「いや、ちょっと違うような…でも数匹そこらじゃないと思いますよ。あの数を捕まえて売ったら相当な額になりますよ」

 「そうだな。じゃあ、俺も行こう」

 三人はヤンを置いて養殖場に向かった。ヤンにはもう用は無いらしい。ヤンが逃げるのを止めようともしなかった。

 ——あいつらは、何が飼育されているのか知らないんだ。

 ヤンは急いでその場から逃げ出した。

 三人は養殖場に近付くと、侵入できる場所を探した。正面の扉には鍵がかかっていたが、その横の扉は木製で容易に破壊できるように見えた。猫背の男は近くになった岩を持ち上げると扉に叩きつけた。長髪の男も続けて同じことを行い、すぐに扉は破壊された。

 穴の開いた扉からは、建物全体が振るえているかのような低いブブブブ……という音が聞こえてきていた。

 「アニキ、これは豚っていうやつですかね?」

 「ブーブー鳴くって聞いたことがあるが、実際はこんなものなのかもな。肉はちょっと甘味があって大層ウマイらしいぜ」

 「楽しみだなぁ……一度食べてみたいと思ってたんです。早く入りましょうよ」

 そして、三人は養殖場に入った。ブーンブーンという音はさらに大きくなった。その音を立てている何万匹もの生き物は、侵入者を見つけると、一斉に襲い掛かったのであった。

 二十三世紀、昆虫は大豆と並ぶ貴重なタンパク源となっていた。ヤンの父親がオオスズメバチの養殖に成功したということを三人は知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る