過ぎた未来

笠虎黒蝶

ストレージ

 ポールが働くデータセンターは海中にある。ポールの会社はネット検索やSNSなどのサービスで世界的にも有名であったが、そのサービスの根幹となるのがデータセンターと呼ばれる施設である。世界中の人々が検索した言葉、ブログに書き込んだ内容、友人とのやりとりなどは全てデータセンターにあるストレージ(外部記憶装置)に格納される。故障や災害に備えて他の地域にも複数のデータセンターが存在するが、ポールの職場はその中でも最大の規模を誇り、その巨大なストレージの冷却のためにデータセンターが海中に設置されたのであった。

 ポールの仕事はデータセンターにある各種装置のメンテナンスだ。だが、実際のところ、装置にトラブルが発生することはほとんど無く、異常があっても自動で修復する機能を持っている。モニターに表示される数値を眺めながら、時々装置を見て回るだけの単調な仕事であったが、人見知りな自分には機械相手の仕事が性に合っているとポールは思っていた。

 だが、毎日機械だけを相手にしていると自分が仕事が何の役に立っているのだろうかと疑問に感じることもある。データを入力した本人もとっくに忘れたようなことがここには残っている。くだらない中傷や自慢、欲望を吐き出したようなもの、そんなゴミのようなデータも含めていつまでも大事に保存しておく必要があるのだろうか——保存したデータが会社の収益の源泉になっていることはわかっていながらも、ポールは新しいストレージの装置が納入され、仕事が増えるたびにそんな疑問を抱くのであった。

 このデータセンターの巨大なフロアには、ラックと呼ばれる、ストレージやサーバーなどの機器を収めた棚が数百台並んでいる。それだけの台数があっても、メンテナンスを行う人間は数人で、今は夜勤明けのポールとドミニクの二人しかいなかった。彼らは前日納入された、マーズ社のCCSSと呼ばれる最新型のストレージ装置への入れ替え作業を夜通し行っていた。ポールにはマーズ社もCCSSも先月まで聞いたことのないものであったが、彼の会社のCTOがその性能に惚れ込んで急遽、大量に導入することになったのであった。本格的な入れ替え作業を行うのはその日の午後からとなっており、応援としてエンジニアが二十名程やって来る予定となっていた。

 だが、その二時間前、予期せぬ来訪者によってフロアのドアが開かれた。

予定より早くエンジニアが来たようだ——そう思って振り向いたポールが目にしたのは二人の男女であった。二人はいずれもスラリとした細身の長身で、緑色のサングラスをかけ、銀色の銃を持っていた。一人は長髪の女性、もう一人はスキンヘッドの男性であったが、二人とも異様なぐらい顔が小さかった。八頭身どころではない、大人の体に子供の顔が載っているように見えた。

 呆然と二人を見つめるポールには目もくれず、彼らは持っていた銃で入り口付近のストレージを破壊し始めた。

 「おい! やめるんだ!」

 ドミニクの叫びも空しく、二人は装置を破壊し続けた。そして、入口付近の装置を破壊し終えると、ポールがいる方へやってきた。ポールはとっさにラックの陰に隠れたが、二人には姿を見られていた。ポールの横にはCCSSが何台も置かれていた。

 ——これ以上、破壊されるわけにはいかない

 だが、ポールには対抗する武器も無ければ、勇気も無かった。足はすくみ、逃げることすらできなかった。

 二人組はポールが座り込んでいる通路までやって来た。だが、ポールには目もくれず、CCSSに銃口を向けた。

 そのとき、彼らの背後からドミニクが女性に飛びかかった。ドミニクは女性から銃を奪おうとした。

 だが、ドミニクはあっけなくスキンヘッドの男に胸を撃たれ、その衝撃でラックに激しくぶつかると、そのまま床に倒れた。作業途中であったラックはバランスを失って大きく傾いた。

 「ドミニク!」

 ポールは倒れたドミニクに駆け寄った。ドミニクは白目をむいたまま動かなかった。だが、撃たれた胸を見ても何の外傷も無かった。

 ポールが二人組の方を振り替えると、女性がようやく口を開いた。

 「電気ショックで失神しているだけよ。あなたもそうなりたくなければ、おとなしくするのね」

 「は、はい……でも、よくここに入れましたね。入口のセキュリティロックもその銃で破壊したのでしょうか?」

 「この時代では、あれでもセキュリティロックと呼ぶのね。あんなものなら一秒もかからず解除できるわよ」

 「そんなことができるのですか……地上には、銃を持った守衛もいたでしょう?」

 「私達は地上から来たのではないわ」

 「えっ?」

 「未来から来たの。この時代からは何世紀も先の未来になるわ。そこから人類の退化を止めに来たのよ」

 「……さっぱりわかりません。もし、あなた達が未来から来たのだとしても、ここを破壊することが、なぜ人類の退化を止めることになるのでしょうか?」

 そう言いながら、ポールは女性の顔を眺めたが、サングラスの奥の表情を読み取ることはできなかった。よく見るとサングラスの縁にはいくつかのコードが出ており、イヤホンのように耳につながっているものもあれば、背中や頭の方に伸びているものもある。サングラスの表面には小さな文字のようなものが映っていることもあり、どうやら情報機器の役割をするもののようであった。

 未来から来た、というのは本当かもしれない——ポールがそう思い始めた頃、スキンヘッドの男が、CCSSを指差して言った。

 「退化の原因はそのストレージさ。それが普及した頃から人間は物を覚えようとしなくなっちまった」

 「これが……そんなに影響があるものなのでしょうか?」

 「それはまだ初期の製品だがね。マーズ社はここのデータセンターから得た資金を元に企業買収や何やらでえらいものを作っちまう。三年もすれば、この装置一台分のストレージは親指ぐらいのサイズでできるようになるのさ」

 「本当ですか……そうなると、このフロアなんて要らなくなりますね」

 「そうさ、誰でも莫大な記憶を持ち運べるようになるんだよ。頭で覚えるより機械で覚える方が正確だろ? ネットでつながれば、他人の記憶だって蓄積できる。その結果、誰も物を覚えようとしなくなるのさ」

 「たしかに、検索すればわかることをわざわざ覚えようとは思いませんが」

 「それが退化だよ。あんたの時代でも歳を取ると記憶力が低下するとか言うだろ?そのうち若い世代でも脳の一部が発達しなくなって、脳はどんどん小さくなるのさ」

 ポールは改めて二人の異様に小さい頭を眺めて言った。

 「あなた達の目的はわかりましたが、データセンターは他にもあるのです。ここを破壊したところで思うようにはなりませんよ」

 「ハハッ、それはご心配なく。他のデータセンターにも別の者が行ってるから」

 「そうですか……では、好きにしてください。どうせ三年もすれば、仕事がなくなるんだ」

 その言葉を聞くと、二人組は満足したように笑みを浮かべて銃を構え、ストレージを破壊しようとした。

 だが、そのとき、ドミニクがぶつかった衝撃で傾いていたラックに男性の肩が触れ、バランスを失ったラックが二人組の方に倒れかかった。二人組はラックを支えようとしたが、装置の内部で終端がむき出しのまま宙ぶらりんになっていた電源ケーブルの束が、振子のようになって二人組に接触した。

 「アァッ!」

 短い悲鳴を上げ、二人組はラックの下敷きになるようにして倒れた。そして、しばらく動かなかった。


 ポールはラックの電源を遮断して元の位置に戻した。下敷きになっていた二人はまだ意識を失っていたが、死んではいないように思われた。

 ポールは二人の顔に装着されているサングラスを外してみた。小顔だが素顔は現代の人間と大して変わらない。試しに男性のサングラスをかけてみたが、サングラスは利用者を識別するらしく、「認証エラー」というメッセージが表示されるだけであった。銃も同様に認証エラーとなり、ポールが操作することはできなかった。

 そして、ポールがスーツの素材を確認しようと女性のスーツに手をかけたところで、女性が突然目を開いた。ポールは慌ててサングラスと銃をラックの中に放り込んだ。

 「あなたは……誰?」

 女性はポールに尋ねた。

 「あなたが私をここに連れてきたの? 隣の男性はあなたの知り合いかしら?」

 どうやら記憶の退化は数分前のことまで覚えられないぐらいに進んでいるらしい。小型化したストレージはサングラスと一体になっていたようだ。

 ポールはサングラスを放り込んだラックの扉をそっと閉じた。

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