第4話

「それなら、私たちはここから一生出られないってこと?」

「いいや」

 意外にもシャドウは首を横に振った。

「出口を探せばいいんだよ」

「出口があるの?」

「入り口があるところには出口があるものさ」

 曖昧な返答だったが、出口が存在するのならまだ希望はある。問題はどこをどう探せばいいのかが全くわからないということだ。

 私はじっとシャドウを見た。

「期待せずに聞くけど」

「なんだい?」

「出口ってどこにあるの?」

 シャドウはにんまりと笑った。

「出口は、君の望む場所にあるよ」

「……」

 ろくな答えが返ってこないのはわかっていたけれど、それにしたってあんまりな答えだ。というか私の望む場所にあるというのなら、出口は階段の下にあるはずだ。それ以外のことなんて望んでない。

 ちら、と後ろを振り返ると果てしなく続く闇が見えた。どれだけ進んでもこの暗闇が続いているのかと思うと、どうしても気分が落ち込む。私はシャドウに向き直った。

「とりあえず、今度は上に行ってみよう。もしかしたら出られるかもしれないし」

「いいよ」

 そう言うとシャドウはすすっと私の後ろに回り込んだ。どうしたって私の前を進んでくれる気はないらしい。案内人というより、従者みたいだ。こんな言うことをきかなそうな従者はいないだろうけど。


 それからしばらく階段を上り続けたが、やっぱり出口は見えてこない。下りてきたとき、階段は最初の方だけ直線に伸びていたが、いくら上ってもずっと螺旋状のままだ。二十分程階段を上り続け、いい加減足がくたくたになってきた。

「ああ、もう……どうなってるのっ」

 私はその場に立ち止まって叫んだ。あたりに私の声が木霊する。そのままシャドウの方に体を向け、ランタンを脇に置いて階段の上に座り込んだ。 

「休憩かい?」

 シャドウが突っ立ったまま言う。

「もう足が疲れたんだもの。……どうしよう、このままずっと出られなかったら」

 こんな暗闇の中で一生を終える姿を想像してしまいぞっとした。

「うう、泣きそう……」

「ナキソウ?」

「あんまり怖くて涙が出そうってこと!」

 語気を強めて言うと、シャドウはおもむろに自分の着ている服の袖をびりっと破いた。

「ちょ、ちょっと! 何してるのっ」

「涙で顔が濡れたなら、これで拭くといいよ」

 そう言ってシャドウは、服の切れ端を私に差し出した。

 優しいんだか、天然なんだか。少しだけ申し訳ない気持になる。

「……ありがとう。ごめんね、大きい声出して」

 私はシャドウから服の切れ端を受け取った。実際に涙が出たりはしていないから、使わずにそのままポケットに切れ端をしまいこむ。


「ぐちぐち言ってても仕方ないし、出口を探そうかな……」

 私に残された道はそれしかないのだ。

 ぐっと腕だけで伸びをする。どうせなら体全体でしようと立ち上がった、その時。

 がっ、と私の足がランタンを蹴飛ばした。

「あっ!」

 咄嗟に宙に浮いたランタンに手を伸ばす。しかし私の手は空を切り、ランタンは螺旋階段の中央部に真っ逆さまに置いていった。数秒遅れて、がしゃんっという音が耳に届いた。

「や、やっちゃった……!」

 ランタンがなくなり、周囲は完全な暗闇になってしまった。近くにいるはずのシャドウの姿すら見えない。

「どうしよう……。そうだ、シャドウ、ランタンもう一個出せない?」

「あれしかないよ」

 いつも通りの声でシャドウが答えた。

「そう……」

 がっくりと肩を落とす。

 こうも真っ暗だと、進むのすら危うくなってくる。気休めくらいにしかならないだろうけれど、少しでも目が慣れるまで待ってみようか。

 というかランタンが壊れてしまったことはかなりショックだ。この屋敷は全体的に暗いから、今後も使うつもりだった。でも落として割ってしまったものは仕方がない。

 そこで、私はふと気付いた。

「ねえ、シャドウ」

「なんだい」

「さっきランタンが割れる音聞こえたよね?」

「聞こえたね」

「……無限階段なのに、底があるの?」

「穴の中には底があるものだよ」

 それはそうだ。

 私が考えていることが当たっているなら、もしかしたら出口は。嫌な汗が背筋を伝う。

「まさかとは思うけど、出口って螺旋階段の中央のこと?」

「君がそう思うならそうかもしれないね」

 そこは否定して欲しかったな、なんて勝手な考えがちらっと頭を掠めた。

 でも一度そう思ってしまったら、例え否定されていたとしても、もうそうとしか考えられない。上っても下りても果てがないのなら、行けそうな道なんてこの穴の中くらいだ。これを道と呼んでいいのかどうかは、疑わしいところではあるけれど。

 私はそーっと階段の淵まで歩を進めた。手すりも何もなく、落ちようと思えば簡単に落ちられる。手に汗が滲んだ。でも、もう他に手立てはないのだ。

「決めた。私、落ちる」

 こんな台詞を言うことは今後ないだろう。

「そうかい」

「うん。こんなところに閉じ込められるより、骨が折れた方がましよ」

 そう言って自分を奮い立たせようとするが、やっぱり怖いものは怖い。足は情けなく震えている。

「……自分で落ちるって思ったより怖いのね。シャドウ、私の背中押してくれない?」

 冗談のつもりで言ってみた。

「わかったよ」

 シャドウが平然と答える。

「え、待って。冗談だよ、じょうっ……」

 背中に手の平の感触。

 手の平は、私の背中を強く押した。

「きゃああああああああ!」

 一瞬の浮遊感の後、私の体は真下に向かって真っ逆さまに落ちていった。

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