side*3  戦々恐々のGW

俺――山月小虎の朝は比較的早い。



「……なんじ」



まだうつらうつらしながら、目を覚ました。



薄目で時計を見ると「6時00分」。



「おきなきゃ……くぁぁ……っ」



眠い目をこすって、大きく欠伸をした。まだ眠い。頭が枕に沈みそうになる。しばらく眠気と闘い、「……めし」と呟いてなんとか重い足で部屋を出た。



「ぶはっ――あー、あー、ねみぃ」



洗面所で顔を洗うとやっと意識がハッキリする。そこで気づいた。



「今日、ゴールデンウィーク……」





ゴールデンウィーク初日。



高坂千百合と遊ぶ約束をした日、である。



「んー、余った時間なにすっかなぁ」



味噌汁と適当なおかずを作りながら、考える。



とりあえず、高坂にメールをして予定は立てた――今日、10時半に三桜駅広場で待ち合わせ。そこから、三桜町に出来たばかりの大型ショッピングセンターに行ってお笑いライブを見る――あとは適当にブラブラ。それくらいしか決めていない。



「味噌汁……具がねぇ……豆腐ともやしだけでいいか。プリクラ撮ったり……ねぇわー。あ、大根あった」



朝ご飯とごったに考えるのもどうかと思うが、大抵、考え事は何かをしながらするとまとまる。料理をするのは慣れたもので、特に考え事をしながらでも、手は疎かにはならない。味噌汁はもやし汁にし、フライパンにはベーコンと卵でベーコンエッグ。それに賞味期限ギリギリそうな野菜をすべてぶちこんだ野菜炒めを付ければ、30分で簡単な朝食の完成だ。



見事に手抜き。朝は「面倒」という理由だけで、こんな食事だ。昼は弁当だし、夜はもう少しまともだ。そしてこの朝食の匂いに釣られて、父親が起きてくる。



「くぁぁ……ことらー父さんの社服しらな……っつぅ……」



ガンッと自室から出てきた父が縁に頭をぶつけた。痛そうな音と、頭を抱える父。



「……朝から……」



なにやってんだ。



「社服はそこにかけてある。Yシャツと靴下は洗ったやつ、鞄はソファ」



呆れながら、恒例になっている(恒例にした覚えはない)毎日のやりとりをする。



「あー、そうだったそうだった……」



そう言いながら、洗面所の方に向かい……ここでまたドッタンバッタン聞こえてくる。……どうして洗面所に行くだけでそんな音がするのか分からない。



生活が終わっていて仕事しか出来ない、父・山月 虎太郎(やまづき こたろう)。



本当に仕事出来るのか、って思うほどシャキッとしていない。しなびれた野菜のようだ。靴下は左右間違えて履くし、ベルトもしめ忘れる、鞄を忘れて会社に行こうとする、家では背が高いせいかしょっちゅう縁に頭はぶつける、物をどこに置いたか忘れる、家事・洗濯はできない(させてはいけない)、ご飯も作れない――よくは知らないが、そんな父の世話に母は疲れて出ていったらしい。そんな母さんが出て行って10年経つのに改善されないんだから、俺も呆れ果てている。



「父さん、ご飯はー?」

「食べる食べる」



父は寝癖がついた頭で(洗面所いったんだよな?)リビングに来て席に着く。



「おぉ……今日もうまそうだな。いつもありがとなあ、小虎」



父は俺が作った朝ご飯を見て嬉しそうに顔をほころばせる。



「……手抜きだっつーの」



そんな風に言われると調子が狂う。頭をがしがしかきながら、一緒に「いただきます」と手を合わせた。生活が終わっていてだらしない父。……それでも、一緒に暮らしていけてるのは父が小さなことでも誉めてくれるから……かもしれない。今となっては、恥ずかしくてしょうがないけど、やっぱり嬉しそうにご飯を食べ「ありがとう」と言ってくれるのは、嬉しかったり、する……。



「……自分キモっ……」

「んー?」

「なんでもないっ」



うすら寒いことを考えて、悪寒がした。首を振って、父に今日は何時に帰ってくるのか聞いた。



「少し、遅くなるなあ……付き合いで飲みに行ってくる」

「あんまり飲み過ぎんなよ」

「ははっ……保証できん」

「……快活に言うなよ。あ、時間は?」

「おお、やばいやばい」



父はゆっくりと朝飯を食う暇もなく、早くも出勤時間が迫っていた。慌てて残りの物を食べ、流しに茶碗を置くと、社服に着替え始めた。



「あ、ネクタイは……」

「自分の部屋!」

「そうだったそうだった」



わたわたわた……毎日もう少し早く起きるか、準備しっかりしとけば良いのに……。俺は、前日に準備しておいて朝食を食べ終わったら、家を出れる。俺は本当に父の子なのだろうか……本当に疑ったことが何回あることか。



「よしっじゃ、いってくるな」

「待て、弁当」

「ぐぇっ……こ、小虎……襟首は掴んではいけない……」



ぴしっと準備して家を出ていこうとする父の襟首を引っ張る。



「弁当忘れる父さんが悪いんだろ。あとネクタイ曲がってる」



しっかり弁当を持たせ、ネクタイを直してやる。しっかりした格好をすると、優しそうな風貌と40過ぎには見えない容姿でそれなりに見えるのに……どうしてもう少し、しっかり出来ないのか……。



「ははっ小虎は良い主夫になれるなあ」

「なあ、殴って良いか? 誰のせいだと思ってんだ!」

「反抗期か、小虎……っ」

「っんわけあるか! 早くしないとバスにおいてかれっぞ」



蹴り出してやろうか、マジで。



「……小虎」

「?」

「いや、なんでもない。良い子にな。じゃ、いってくる」



ふと、父は何かを思い出したように俺の名前を呼んだが、ぽんっと俺の頭を一度叩いて家を出て行った。



「……高2の息子にすることかよ……っ」



さらっとそんなことをやる父は人タラシで、だからこの世の中を生きていけるに違いない、俺は髪をぐしゃぐしゃにしながら扉を睨みつけ、そう思った。





俺の家は、賑わっている中心街より郊外にある。田畑もちらほらあるし、とてものどかで、三桜町発展前の昔の名残があって好きだ。ちなみに、三桜学園は中心街を抜けて、急な坂を登った先にある。軽く山の上にあるのをイメージして欲しい。



愛用の自転車(ママチャリ)を漕いで、高坂との待ち合わせ場所の駅まで来た。自転車を置き場にキチンと置いてきて、携帯で時間を確認した。



「約束の時間まで5分前か」



高坂に「着いた」とメールしよう、と思ったが……ふと、通る人通る人がチラチラ俺を見ていく。



「なんだ……?」



特に二度見する確率は、男が多い。変な格好はしないはず……。私服も普通だし……好きでシルバーアクセサリーを少しつけているだけだ。注目されるほど、痛い格好はしてない。あのスズも今日はいないし、一体なんなんだ?



だが、すぐにその理由は判明した。




「山月くん」

「ぐわっ!?」




名前を呼ばれ、ひょこ、と俺の後ろから顔を出したのは高坂だった。俺は突然のことで驚き、横に飛び退く。



「驚かせちゃった」

「驚いちゃったよ!」



高坂はイタズラが成功して喜んでいるのだろうが、心臓に悪い。しかし、あらためて高坂を見たとき、心臓が跳ねた。



「……う、わ……っ」



綺麗。



初めて、俺は高坂をまじまじと見た。



高坂に見惚れた。



私服の高坂はそれはもう……綺麗だった。淡い色の膝丈ワンピースにニットのカーディガンを重ねている。まだ寒いせいか生足なわけがないので、口にレースがあしらわれているレギンスを履いていた。……無駄に女の服に詳しいのは、スズのせいだ。遊びに行くと、ぺらぺら今日のコーディネートはどうの、この服は高かった、これはこういうので……と服について再現なく喋り続けるため、なんとなく分かってしまう。



シンプルでも、高坂の魅力が最大限に生かされている服装だと。



いつもと違う高坂……制服も似合ってた、っていうのもおかしいけど私服は私服ですごい威力……。髪型も学校とは違い、ポニーテイルではなくおろしていて、ハーフアップにしていた。



さっき男たちが見ていたのは、後ろの高坂だったのだ。



美人だ美人だと思ってきたが……うわぁ。俺、マジで高坂と遊ぶの? 高坂って考えて見れば、スゲー高嶺の花じゃん。俺みたいな不良もどきが釣り合うわけねぇ……。



「うわー……」

「どうしたの、山月くん?」

「あ、えーっと、高坂、かわいいな……」



迷った結果、俺の口からはそんなありきたりな言葉しか出てこなくて。



「あ……うん……ありがとう」



高坂は驚いて何度か瞬きを繰り返し、うつむいてそう言った。……もしかして……高坂、照れてる?



表情が変わらない彼女の感情を推し量るのは、難しいが一連の動作はそんな風だった。




うわ……かわいい……。




「あー、うー、……ああ……」



口からは無意味な言葉しか出ない。俺は高坂から目線をそらし、恥ずかしくて乱暴に頭をかく。



高坂かわいすぎだろー……こんなの反則だろ、マジで。



「……山月くんもかっこいい……です」

「ありがと……でも、チャラいよな……」



安いジーパンに見映えだけは良い二点セットで売ってるアンサンブル。ユ●クロとし●むら。それにシルバーアクセサリー。これは、止めとけば良かった。ホント……もう少し身支度に気を使ってくれば良かった。高坂と遊ぶならもう少し考えろよ。俺、キンパだしシルバーアクセサリーとか、相当チャラい。チンピラかよ……スズに服のこと聞けばよかった。



滅茶苦茶、後悔……。



高坂は俺のそんな後悔を知らず、ぶんぶんと首を振る。



「ううん。かっこいい。特にシルバーアクセサリー似合ってる」

「そ、うか…?」

「うん」



いたたまれない、というか、こういうのなんて言うんだっけ……。



ああ。面映ゆい、だ。



なんにでも……特に俺に対して嘘はつかない(つけないのだと思う)高坂にそう言われると照れ臭くて……面映ゆい。



「……行くか」

「うん」



褒め殺し大会は止めにして、そろそろ移動しよう、と言う。高坂は自然と俺の横に立ち、二人揃って歩き出した。




「確か、ライブは12時半からだよな」

「ええ。……楽しみ」



「遊び」に誘ったとき、意外にも、高坂は「お笑い」好きと発覚した。テレビでお笑い番組があれば必ず見たり、ビデオ(もうDVDや内蔵HDディスクか?)に録画するほど。DVDもたくさん持っている、と言っていた。



「あんまりTV見ねぇからわからねーけど、芸人さんなら有名人なんだよな」



最近、家のことやバイトで忙しいせいでTVは滅多に見なくなった。バラティ番組よりも、ニュースを見る。そのせいで話題の有名人はほとんど知らない。総理が何回交代したかは分かるんだけどな……親父臭いなぁ、俺。



「そこそこ、かしら。山月くんも分かるような有名な中堅の人がMCで、そこそこ売れてる若手芸人、あとは今年死んでほしい下品なピン芸人」

「死んでほしい!?」

「あ、消えそう、の言い間違い」

「言い間違いどころか、放送事故!! アウト! 高坂の本音が垣間見えた……っ」



下品なネタと滑り芸は好きじゃないの、と言う高坂の口調には嫌悪が入り交じっていた。まぁ……下ネタもほどほどに、って話だな……滑り芸はしょうがないんじゃないか……芸人さんって大変。



チリッ



「……ん」



高坂と話しながら……微かに感じた好奇心とは別の視線。首元がチリチリ痛む。それに俺は過敏に反応し、目をさ迷わせる。



「どうかしたの?」

「いや。それより、高坂……まだ時間あるし、どっか入って飯食べちまうか?」




そう言い、するっと高坂の手を取って道を折れる。ここを折れると、大型ショッピングセンターには少し遠回りになるな、と思いながら。



「山月くん……?」

「高坂、ファーストフードで良いか? お前の口に合うか分からないけど」

「山月く……どうしたの、ねぇ」



高坂は訝しげに俺を見ている。内心「ごめん」と思いながらそれを黙殺し、ぺらぺら喋る。……後ろに誰かついてきているのを感じながら。



「あんまり俺も利用しないけど、たまに不健康なもん食いたくなるんだよなー。俺も結構な現代っ子だ」

「……山月くん」

「確かここらへんなんだよなー……」



また道を折れ、さらに細い道を行く。道を曲がる時に「誰かついてきてる」と耳打ちする。



「……っ!」

「よく分からねぇけど、殺気感じた」



今も感じている。チリチリ首元が痛い。普通の人なら分からない程度だが、俺は市来先輩やら3年の不良たちからメンチ切られて来たせいで、そういうのは敏感だ。過敏と言っても良い。いつなんときに喧嘩売られるか分からないから……これも無駄についた能力……ホントいらない。



「っあ、……それは……」

「撒くからついてきてくれ」

「あの、山月く……」



高坂が何か言ったが、「もしかしたら高坂を狙って……」と思うと気にする余裕もなく次々道を変えていく。高坂の手を握りしめ、こっちにいけば……と大通りに出る道を選んだが……。



「……っ」

「……すみません、ちょっと話を……」



……先回りされていた。



相手はサングラスをかけた黒スーツの男。年は30代過ぎと言ったところ。柔和に話しかけてきたが、信用出来ない。



「……急いでるので……すいません」

「少しですみます……それと、そちらのお嬢さんの手を離していただきたい」



一瞬にして男の雰囲気が変わる。……カタギの人じゃないな、この人。



「この人は、その、山月く……」

「高坂、後ろにいろよ……」



俺は警戒心を強め、高坂を男から隠すように一歩前に出る。手は握ったまま……緊張のせいか汗ばむ手……情けない。



「中々見上げた根性してますね……おい、」



男が舌打ちをし、なにもない路地裏に声をかけるとぞろぞろとカタギには思えない人たちが出てきた。



「……マジック?」

「いや、高坂違うからっ!」



確かに狭い路地裏から数人の男たちが出てくるのは、不思議極まるがマジックって! 彼女のボケは今日も冴えすぎていた。



「ごほん……手荒な真似、させていただきますよ」

「調子狂わして……すいません……」

「いえ……」



どうやら高坂の発言が聞こえていたらしい。わざとらしく咳払いをされ、思わず謝る。さっと後ろを見るが、どうやら囲まれている。さっさっと逃げればよかった……っ!



「……良い大人が高校生にたかるんですか」

「まさか。そちらのお嬢さんを渡していただきたいだけですよ。とくにあなたに用はありません」



丁寧な口調とは裏腹に、発せられる威圧感。狙いは高坂……やっぱりお嬢様だからか…………ますます渡せない。じりっと後ろに下がり、どうしようかと思う。後ろに高坂を守りながら、喧嘩なんて出来るハズがない。それに高坂は暴力が嫌いだ……俺もこの人数に勝ち目なんてない。なんとか逃げれないかと思っていると、



「――ち ゆ り っ!」

「……っ!」



高坂の名前を嬉しそうに呼ぶ声と彼女の息を呑む音が聞こえる。驚いて振り向こうとし、高坂と繋いでいた手の方の手首を誰かに手刀で落とされる。



「こうさ……いっ!」



痛みで高坂の手を離してしまい、逆の手で手首を抑えた。そして、手刀で攻撃してきた奴を見上げて睨み付ける。



「なんなんですか、アンタら!」

「へぇ。良い目してるね、君」



俺を見てにっこりと笑った男は高坂の腰に手を回し、後ろから抱き締めていた。笑っていても、目が笑っていない。俺を冷たく見据え、殺意すらこもっているような気がする。



「……っ高坂離せよ!」「若頭!! あなたは車で待っていてくださいと……」



怯むことなく、そう吠えたらあの丁寧な口調の人と台詞がかぶった。



て、いうか……。



「わ、若頭?」



どういうことだよ!?



目の前の男は丁寧な口調の人の質問を無視し、高坂へよどみなく言葉を紡ぐ。



「千百合久しぶりだね。昨日は家に帰れなかったから、一昨日ぶりかな。今日はずいぶん綺麗な格好をしてるね。ああ、可愛い。ちなみに彼氏が出来たって話は聞いたことがないけど、この似非金髪不良誰かな。彼氏? 彼氏なの? そうだったらお兄ちゃん許せないなぁ……俺の千百合(いもうと)に手を出すなんて……」

「いや、離して……っお兄ちゃん!」

「お兄ちゃんっ?」



ますます分けが分からず、高坂を見るとため息をつかれた。






場所を移動して喫茶店……俺のような庶民が気軽に入れる店ではない。ここは日本・世界一水が安全の国だぞ? 水で金取るってどこの外国だ。アホか。



「ホント……すいませんでした……っ!!」



そこで俺は、テーブルに頭がつくほど頭を下げた。



「いえ……こちらこそ、勘違いをして……」



俺の前の席で申し訳なさそうに言うのは……高坂組若頭付きの柴田さん。



……そう。さっきの怖い人たちは、高坂の家の人たちだった……ガチで怖い人たち。



しかも、



「千百合、なんで怖い顔してるのかな?」

「……」



俺の斜め前の席でにこにこ笑ってる男の人は――高坂のお兄さん――高坂組四代目頭、高坂万里(こうさか ばんり)さん……現、高坂組若頭。



二人は……高坂が見慣れない男と居るのを見つけ、心配して声をかけたという。



それなのに……俺、なんでモノホンのヤーさんたちに喧嘩売った?



知らなかったとはいえ、若頭に生意気な口聞いてんだ?



高坂は何回も何か言おうとしてたのに、なんで耳を貸さなかったんだ?



馬鹿なのアホなの死ぬの?



ていうか、この人たちに殺されるんじゃね?



目が虚ろになりつつあると、柴田さんが心配そうに声をかけてくれた。



「あの、大丈夫ですか?」

「は、ははは……殺さないでください……」

「や、山月さん……そんなに怯えないでください。高坂組はカタギには危害を加えてはいけないんです。大丈夫ですよ」

「……でも、」




ちら、と隣にいる高坂を見る。……怒り心頭という感じでお兄さんに食ってかかっている。



「……お兄ちゃんわざとでしょ」

「どういうことだい?」

「わたしが今日、この街で山月くんと遊ぶこと知ってたでしょ」

「まさか。お兄ちゃんはエスパーじゃないんだよ」

「しってる。でも、わざとシバさんたちにここの仕事を任せた」

「どうしてそう思うんだい? ここは高坂組の管轄、だから高坂組はここで仕事があっただけだよ」

「……そうかしら。じゃあどうしてお兄ちゃんはそんなに楽しそうなの」

「千百合にたまたま会えたら、だよ」

「まさか。わたしが男の人と居るところを邪魔できたからでしょ」

「まあまあ。千百合、怒らない怒らない」

「怒らない? むりよ。山月くんとでかけるのとてもたのしみにしていたのに、邪魔されて……」

「千百合、こんな似非金髪不良どこが好きなんだい。どうにも胡散臭くてチャラい……信じられないじゃないか。信じる要素がない」




グサッ……!




似非金髪不良……そんな風に言われるなんてショックだ……確かにこのナリじゃ信じてくれないよな……金髪って好きで金髪なわけじゃない。スズとショウに染められたんだよ……! 染め直してもいいけど、脱色したから染めても数カ月に一度色が落ちて金髪が見える。そのたびに黒染め剤を買うのも経済的に……畜生……スズとショウめ……っ!!



まさか、そんなことを言えることも出来ず……一方は無表情。もう一方は笑顔の兄妹喧嘩を見守ることしかできない。



「言ったわね……お兄ちゃん……きらい。半径一メートルちかよらないで。山月くんのこと理解もせずにそんなこというなんて、お兄ちゃん……だいっきらい。くちもききたくない」

「ちゆ……!?」

「こ、高坂……そんなに怒ることじゃ、」

「わたしは、好きな人を馬鹿にされて黙ってるほどおしとやかじゃない」



「すきな、ひと……?」




柴田さんが大きく目を見開き、お兄さんの笑顔が固まった。




……ウン……俺、死んだ……。




「……千百合……すきな、ひと……?」

「ええ。山月小虎くんは、わたしの好きな人」

「……へえ……そうかそうか……好きな人、なあ?」

「う゛……っ」




お兄さん目がっ! 目がっ!




お兄さんは血走った目で俺を見、その目とは対照的ににっこりと笑ってこう言った。




「君は海だったら、日本海と太平洋、どっちが好きかな?」

「え、えっと……」

「早く答えろ……選択権もなく沈みたいか」

「……っ!?」




そう言う意味の「海だったらどっちが好き?」という質問か!



ドラム缶に入れられてコンクリで固めて沈むんだ……さよなら俺!



半ば涙目で「お手をわずらわせない方で……」と言いかかったとき、暴走するお兄さんを柴田さんが止めてくれた。



「若、組がカタギに手を出すことは禁じられてます。直接、親父が手をくだしますよ」

「千百合に悪い虫がつくなら、指の一本や二本……っ」



……なんかものすごく怖い話をしてるんだけど、コノヒトタチ。お兄さんの目マジだし、自分の妹に悪い虫がつくなら、指一本失うこともいとわないなんて……。



やっぱりさよなら、俺……っ!



「そうなったら千百合嬢が悲しみますよ、良いんですか?」

「それは……」

「もしかしたら、高坂組を継ぐのが千百合嬢になるかもしれませんし」

「そんなのは……っ」



柴田さんがわざとらしくため息をつきながらそう言った。その言葉でお兄さんは、口をつむぐ。……もしかしたら、高坂のお兄さんはお兄さんなりに「家」のことを高坂に背負わせたくないのかもしれない。……すげぇな、シスコン……俺も関心するところ違うか。



「……ああ、そうだ「いま……お兄ちゃんがいなくなっても悲しくないわ。それと家なんて継ぎたくもないから、そうなったら山月くんと駆け落ちしようかしら」

「千百合ぃぃぃいいい!!」

「高坂ぁぁぁああああ!?」



……お兄さんが納得しかかったとき、高坂の爆弾発言。え、え、えぇ!? 高坂、なに言っちゃってんの? 俺殺したいの? お兄さん犯罪者にしたいの?



ガタンッ!! ……と凄まじい音がしてお兄さんに胸ぐらを掴まれた。



「この……っ似非金髪不良ぉぉぉおおお!! ガチでバミューダ海峡に沈めてやるからなああああああああ!!!!」

「ちょ、やめてください! 似非金髪不良でも良いので海に沈めるのだけは……! それと沈められるなら日本海の方でっ!!」

「若、なにやってるんですか!? 山月さんも話を信じ込まないでください!!」

「やめてお兄ちゃん……さっきのことを撤回する気はないけど」

「高坂は火に油を注ぐなぁぁあああ!!」

「俺の千百合を返せぇぇぇええええ!!」

「奪ってませんって! て、いう……か、くび、しま……っ」

「や、山月さん!! 若、いえ、この馬鹿! 手をお離しください!!」

「おい、シバ、馬鹿っつったな! 今!?」

「高坂組の若頭がカタギに手を出すなんて前代未聞です、この馬鹿!」

「……とうさ、……ごめ……っ」

「え? 山月くん? 山月くん!」



高坂の焦る声を聞き薄れゆく意識の中……




【三桜学園高等部2年生……喫茶店にて、高坂組の若頭に首を絞められ、殺される】




……なんて記事が明日新聞に掲載されるかもしれない……と考えた、俺だった……。




「本当に……あの馬鹿がすみませんでした……っ」

「……柴田さんが謝ることじゃ……俺も仕事中だったのを引き止めて迷惑かけましたから、お互い様……っていうのはおかしいですかね?」



俺は柴田さんがなんとか止めてくれたおかげで万里さん(「高坂のお兄さん」と呼んだらまた誤解を呼んで殺されそうになるので「万里さん」と呼ばせてもらうことにした)に殺されずに済んだ。今は高坂と万里さんが二人で話したいと言うので、俺と柴田さんは少し外に出て話していた。



「山月さん……よく、私たちがあんな失礼なことをしたのに許せますね」

「あははは……周りがちょっと特殊というか……それに万里さんは高坂を心配しているからあんな行動に出たんじゃないですか」

「……心配の度が過ぎます。引いたでしょう? あのシスコンっぷり」

「ま、ぁ……」



ばっさりと切り捨てられた言葉に苦笑する。



「そうでしょう。一般の人はそんなものですよ。……それと、ひとつ聞いても良いでしょうか」

「なんですか……?」



真剣な顔をして聞く柴田さんにスッと背筋が伸びる。



「こうした高坂の事情も含めて知って……千百合嬢の友達として……いえ、もしかしたら恋人なのかもしれませんが……」

「ち、違います! ただの友達です…っ!」



これから言うことを予測すれば……実は俺、高坂をフってるんです、とは言えない。柴田さんもにもこの場で殺されかねないだろう。



「そうですか。それは色々とよかった。……家のことに千百合嬢は関わっていませんのでご安心を。これからも千百合嬢と仲良くしてくださいね」



含みの多い『色々』が気になったが、そのお願いには即答した。



「もちろんです」



高坂と居るのは楽だし、話すのも楽しい。今日だって遊ぶのを楽しみにしてたんだ。柴田さんは俺のその返事に優しく笑い――…うわー……男前ってこういうことを言うんだな……――「ありがとうございます。そろそろ中に入りましょうか」と提案した。





「じゃあね、千百合。日が暮れる前に帰ってくるんだよ」

「……お兄ちゃんはシバさんに迷惑をかけないで仕事に精だしてしてね。今日は帰ってこなくていいから」

「ツンツンしてる千百合も可愛いなあ……そう思うだろ、シバ」

「はいはい。仕事に向かいますよば……若」

「てめえ……今、馬鹿って言いかけただろ。クビにすんぞ」

「千百合嬢、山月さん、ここのお金は払っておくのであとは二人で一日遊んでくださいね。お邪魔してすみませんでした」

「あっ、ありがとうございます!」



……店に戻ると高坂は不機嫌そうで、万里さんは柴田さんにひきづられて帰って行った。

……最後に睨まれたのは気のせいじゃない。はー……と息を吐き、高坂の目の前に座る。とりあえず、勘違いしたことを謝った。



「高坂、ごめんな。俺が勘違いしたせいで……」

「……」

「高坂……?」



高坂は能面のようにピクリ、とも表情を動かさなくなった。なんていうか……無表情に拍車がかかったような……。



「今、12時31分……」

「……え」



『確か、ライブは12時半からだよな』

『ええ。……楽しみ』



――そう歩いているときに確認した。高坂がとても楽しみにしてたのも知っていた。



「お兄ちゃんが男は危険だ、まだ彼氏は早いとか、無駄な話するせいで……お笑いライブ、はじまった」



高坂から発せられた声は静かな怒りがにじんでいた。



「お笑い……らいぶ……」

「こう、さか……」

「……山月くん、お願いがあるの」



もし、今の高坂に表情があればとびっきり(怒り)の笑顔がついていただろう。



高坂の手には一枚の金のカード。



「……買い物に付き合ってくれる?」

「……高坂、買い物で怒りを発散させるのは……」

「これ、お兄ちゃんのカードなの。さっき財布置いてトイレ行ったときに盗んじゃった」

「盗んじゃった!? ていうか、それ身内でも犯罪だろ!」

「別にどうとでもつかってもいいでしょう……山月くんと遊んでいるところを邪魔されたんだから」



高坂は怒りで周りが見えなくなっている。だが、そのカードを使っても……



「……むしろ、お兄さんの場合自分のお金で高坂が服とか買ってそれを着たら間接的に自分がプレゼントしたことになるから、喜びそうだけどな」

「…………それはとてもいや」



高坂も万里さんのシスコンっぷりには辟易(へきえき)しているらしい。俺に指摘され、黙りこんでしまう。どうしたもんか……と思うが、楽しみにしてたものが見れなくなるのは辛い。しかも、それはライブというリアルタイムでやるもだったのだから……尚更。



「……高坂、俺、今日どこでも付き合うから元気出せ。……な?」



気休めでしかない言葉をかける。すると、高坂がその言葉にくいつきぱっと顔を上げて俺を見た。



「……どこでも?」

「あ、ああ……ライブのあと時間も余るから高坂に合わせてどっか行こう、って考えてたし……そのカード使っての買い物はナシな」

「……わかった」



高坂は若干、不服そうだったが頷いてくれた。そして行きたいところを口にする。



「あのね、わたし――……」





「はいよ。スマイルセット」

「ありがとう」



場所は変って、某大手ハンバーガーチェーン店の窓際の席。高坂が食事で「ファーストフードが食べたい」と言ったからだ。安さで人気のファーストフードだが、お嬢様の高坂の口に合うのか心配になる。俺にとっては安い食事で済んで助かったけど……。



俺が頼んだのは、季節限定のハンバーガー。美味しそうだから頼んだけど……限定とか言われると弱い日本人のサガから来るものかもしれない。高坂は店頭に飾ってあった「スマイルセット」の「おまけのおもちゃ」が気になったようでそれが欲しいがために「スマイルセット」を頼んだ。……何歳児だってツッコミたかったけど、高坂がそういう風に興味を示しておそるおそる店員さんに頼む姿は可愛くて、何も言えなかった。



高坂は本当にファーストフードの店には入ったことがないらしく、店内を興味深そうにきょろきょろと見渡す姿はなんだか微笑ましかった。店内を動き回れても迷惑なので、席を取っておいて欲しい、と頼み俺が注文のものを持ってきた。



「食べないのか」

「……」



高坂は目の前の「スマイルセット」をただ見るだけで食べようとしない。もしかして、と思って俺がハンバーガーを手に取りその包み紙を取って食べ始めると、同じようにハンバーガーを手にして包み紙を取り真似してそれをかじった。




未知への小さな一口。大きな一歩。




「……おいしい」

「そっか」

「山月くん、おいしい?」

「うまいよ」

「そう」



その言葉を聞いて俺もまた食べ始めた。高坂の口にあって良かった、と思う。……高坂が「スマイルセット」のおもちゃで遊びだしてその子供だましなおもちゃに感動する姿を見て笑ってしまいジュースを噴き出すのは、この約10分後のこと。





続いて高坂が行きたいと言ったのは……



「プリクラ……撮りたい」

「ガチすか」

「ガチ……ってどういう意味なの?」

「本当かって意味」



ゲーセンでプリクラ撮りたいと言った。朝、「プリクラ撮る……ねぇわ」と考えてた手前、高坂が撮りたいなんて言い出すのは予想外だった。



「本当。ワタシウソツカナイ」

「なんで片言!? 中国人かっ!」

「わたしは、山月くんとプリクラが撮りたい」

「……真顔だぞ、俺」

「…私なんて無表情」

「うぁー真顔と無表情の写真なんてつまんないだろ?」

「良いから」

「うぉ……っ」



意思ののある手に腕を引かれ、女子中高生で賑わうそこに身を投じた。




「……やっぱり俺、真顔じゃん」

「……私も無表情だから大丈夫」



何が大丈夫なのか。



結局、二人で巨体に2回入りプリクラを撮った。けど、お互い真顔に無表情ってどういうことだ。証明写真か。ピースしてても、全然楽しそうじゃない。……喧嘩中って感じだ。



「……」



でも、高坂が無表情でも機嫌が良くて嬉しそうなのを見るとどうでも良くなった。




「あと、なんかするか? 金あるし、UFOキャッチャーとか対戦ゲームとか色々あるけど」

「色々したいわ」

「そいじゃまず……」




おおおお!!!!




「な、なんだ?」

「びっくり」



高坂に「音ゲーでもするか?」と聞こうとしたが、対戦ゲームの巨体がある方から歓声が聞こえてきて声が遮られた。



「……あれ、女の子が男の人を倒したから盛り上がったみたい」

「そうみたいだな」



二人で対戦ゲームの方に目を向け、「すごいなー」と言い合う。その対戦ゲームはストリートファイト系で負けた男の方は悔しそうにゲーム機に項垂れている。勝った女の子は嬉しそうにしており「ふふふ……楽勝ですわー!」と高笑いしていた。



ん? 「ですわ」口調?



「……もしかして……」

「どうしたの?」

「いや……あそこに居るの知り合いかも」

「え、どっち?」

「……勝った女子」



その女子は「それではごきげんよう」と言ってゲーム機から立ち上がり、歓声を浴びながら優雅にこっちへ向かってくる。



もしかしてもしかしなくても。



「お前かよ、梨園……!」

「まあ! トラ様ではないですの?」



ストリートファイト系のゲームで勝っていたのはクラスメイトの梨園円香だった。梨園は嬉しそうにこちらに来て、恥ずかしそうに自分の私服を手で隠した。



「まあまあまあ……! どうしましょう。トラ様がいると分かっていればもう少しおしゃれにも気を遣いましたのにっ」

「いや、十分洒落てるよ」



梨園は薄い緑のカーディガンにクリーム色のショートパンツ、レースがあしらわれた黒のニーハイ。少しショートカットの髪も巻いていて十分洒落ていた。



「トラ様もシルバーアクセサリーが好きですのね。服と合ってカッコいいですわー! 真面目ですけど金髪のせいでチャラくなるトラ様……ああかわいい!」

「チャラいって言うな!! しょうがないだろ……あと男にかわいいってどういうことだよっ?」



これでも童顔ではないし、背も人並みにある。梨園やら腐ったやつらに「かわいい」と言われるたび首を傾げてしまう。



「気にしないでくださいまし。それと……その後ろにいる方は……」

「え? あ、悪い、高坂」

「こうさ、か……?」



梨園と話し込んでいて高坂のことを忘れていた。高坂は梨園のことを人見知りしたのか(ていうか、普段からは想像つかないけど高坂って人見知りするのか?)俺の後ろに隠れていた。


「コウサカって……高坂千百合さんですの……?」

「ん? ああ。今日一緒に遊んでんだよ」



俺がそう言うと、梨園は驚いて手で口許を押さえまじまじと俺を見た。



「と、トラ様……高坂さんと付き合ってますの……?」

「違う違う。友達だよ。お前と同じだ」

「……わたしが山月くんが好きなだけ」



高坂にボソッと後ろで言われ、気まずくなって目をそらす。梨園は水を得た魚のようにキラキラし始めた。



「まあまあまあ!! さすがフラグ一級建築士ー! わんこ幼馴染みに男の娘にクラスの不良や電波、不良先輩に学園一の美少女!! 一体いくつフラグを立てて放置するんですのー!? 因みにわたくしはほもに限らずGL/NL/リバ/鬼畜/おっさん/ショタ/にょた/規制/などなど……話と絵がアリならなんでもイケますわよ。雑食ですので! 美男美女カップルなんて素敵ですの……ネタでしかないですの……はぁん…じゅる…乙!」




……急に腐語りし始めた梨園。この意味不明な話を高坂に聞かせてはならない、と高坂の耳をふさいだ。高坂は不思議そうに俺を見ていたが、俺が首を振ると大人しく黙った。



「りーえーんー」

「はっ……つい美味しいネタにトリップしてしまいましたわ……トラ様はともかくすみませんね、高坂さん」

「俺はともかく!?」



……俺をないがしろにするなよ。もう突っ込んでやらねえぞ。でも……それもそれで「放置プレイですの!?」とか言われそう……。高坂は梨園がなにを喋ってるのか分からなかったようで(分かっても困る)「ううん、大丈夫」と首を振る。なぜかその動作に梨園は「はぅ……」と頬を紅潮させた。



「……り、梨園っ?」

「トラ様……お願いがあるのです」



俺はその様子に引きながら、梨園に袖を引っ張られ耳をかすように言われる。こしょこしょこしょこしょ……と小さな声で言われたことにものすごく驚いた。



「はあ!? お前……いつも変なこと言ってるくせにここで恥ずかしがるか!?」

「だ、だって……無理ですの……!」

「女子の中心にいてなにを……コミュニケーション能力高いじゃねぇか!」

「あれは……趣味が合うだけで同志になるのに一分もかかりませんわ」

「腐女子やべぇ! それなのに恥ずかしい……?」

「はいですの……ずっとお話したいと思ってまして……でもすっごく可愛くてきれいな方に声をかけるのはとても勇気がいるのですよ……?」

「そういうもんか……でも断られることはないと思うぞ?」

「本当ですのっ?」



俺に梨園は期待する目を向ける。俺はまた放置をくらった高坂を呼んで彼女の方へ向き直り、梨園の「お願い」を言う。



「高坂」

「……?」

「梨園が高坂と友達になりたいって言ってるけど」



――そう、梨園は俺に「あのっ……前から高坂さんと友達になって色々話したいと思っていたんですけど……紹介して貰えませんか……?」とお願いしてきた。前々から有名な高坂にお近づきになりたかったとのこと。……そういえば、可愛い女の子も好き、と言っていたのを思い出して梨園ならもっと近くに行って「観察」したり「眺めて」いたいのだろう。(理由がおかしい。でも、実際俺やスズにやっているのは"そういうこと"だ)



「え……?」



高坂は言われたことに驚き、俺の顔と梨園の顔を交互に見た。梨園はそれを拒否と見たようで、慌てて否定し始める。



「あああ!!!! ダメだったら良いですの!! 高坂さんのような綺麗で可愛い子と友達になりたいなんて高望みゅっ……すぎゃ……ましたわ!!」

「梨園噛んでる噛んでる」

「うわああ……トラ様ぁぁぁ……!」

「お前は告白した女子かっ!」

「心境はそんな感じですの~~!!」



梨園は、高坂と話したのが恥ずかしいのか、噛んだのか恥ずかしいのか、俺にしがみつく。コイツは美少女を相手にすると、人見知りを発揮するらしい。なんだよ、「美少女限定の人見知り」って……確かに綺麗なやつとか独特な雰囲気なやつに話しかけるのは躊躇するけど……自分のクラスのやつ見てみろ。独特で変わったやつばっかりだぞ?



高坂は梨園に目を向け「……梨園さん、あの、なんでわたしなんかと友達になりたいの……?」と聞いた。「わたしなんか」と自分を卑下にする高坂が気になった。けど、自分の表情が変わらないことで色々言われてきた彼女にとっては梨園の申し出は珍しいものだったのだろう。



「最近トラ様と居るでしょう……? なら、楽しい方なのかと思い……」

「ちょっと待て。なんで俺と居たら"楽しい人"なんだ!?」

「トラ様の周りにはそういう方しかいませんから!」

「うぜぇぇぇ……!! お前らが変わってるだけで……ああ……本当に変わったやつしかいねえや……」



さっき思い出したことを反芻し、なんだか落ち込んだ。俺の周り……まともなやつ、いねぇよ……。



「元気出して、山月くん」

「そうですわ。個性は大事ですのよ?」

「いや、個性が濃すぎるのもどうかと思うぞ!?」



女子二人に慰められ、意気消沈。GWが終わると、またなにかあるのかもしれない……と思うと胃が痛む。胃腸炎とかになったら、クラスのやつらのせいだ……医療代はスズに請求させてもらう。一方で俺がため息をついて思考を飛ばしていると、もう一方では梨園が噛み噛みながら高坂に話しかけていた。



「こっ、うさっかさん……トラ様は可愛いですわよねっ!」



おい梨園……話題がないからってなに聞いてんだ!



「……うん。かわいい」

「そして高坂は頷くのか!?」

「か、かわいいっと言えば……ここらへんの雑貨店は可愛い小物がたくさんあるんですのよ?」

「ほんと?」

「ほんとうです。あとでトラ様に連れていってもらってはいかが?」

「うん……あのね、わたし髪飾りを集めたりするのが好きなの」

「高坂さんは髪が長くて綺麗でいらっしゃいますものね。今日のその花のピンも可愛いですわ」

「ありがとう。花のモチーフが好きなの」



どうやら、二人は波長が合ったのか様々な話題を二人で話していく。一方、男の俺は二人のガールズトークについていけない。あの店は小物が可愛いの、高いけど良いの、服はどこのブランドが好きだの……服なんてし●むらとユニコロが一番だろ。――安くて良質だから。そんな庶民な俺にはセレブな女子二人にはついていけないわけで……手持ち無沙汰になり、ゲームセンターの中で視線をさ迷わせた。



そこで目に止まったのが、「UFOキャッチャー」



「……ちょっと見てくるな」

「あ、はい」「はいですの。――あそこのお店は知っています? 高坂さんなら……」「知ってるわ。常連だもの」「ああ、やっぱり! イメージ通りですわ」




「……」




俺を尻目にきゃあきゃあ盛り上がる二人。二人が仲良くなったことは嬉しいけど、生返事返されるのは少し悲しい。



別に良いよ、といじけ気味に目を付けたUFOキャッチャーに向かう。



「……やば。これは絶対取りたい……」


遠目から見て思わず目を丸くしたけど、あらためて近くで見てそんな声がもれた。そのUFOキャッチャーの景品は、黒い箱に入っているシルバーアクセサリーのブレスレットだった。頭を染められてから、あまりにも普通の格好が似合わなくなってしまった。それからスズの影響もあり、お洒落に興味を持つようになって、シルバーアクセサリーが好きになった。じゃらじゃら付けてるのもそれである。UFOキャッチャーに入ってるなら安物かもしれないが、デザインが気に入った。



シンプルなチェーンにパワーストーンのような緑輝石がついたもの。幸い、俺が欲しいデザインのものは手前の方に積んである。



「あー、欲しい……」



俺の頭がこれをとるのにどのくらいかかるのか計算するため、目まぐるしく回転する。一回プレイするのに、200円。三回プレイで500円。一回で獲れたら行幸。二回なら、まずまず。諦めず三回で獲れたら、まあまあ。四回以降はない。



この箱に千円も賭けてられない。勝負は三回キリ、と決めて500円を挿入した。



「……よし」



一回目、慎重にアームを横に動かし獲物の真上に移動させる。ボタンを押してアームを開かせた。



ヒューゥ……



「あっ……」



アームは獲物を持ち上げたものの、重さに堪えきれず落ちてしまった。



「ちッ……200円無駄になった……」



だが、めげずにもう一度。



距離が近くなった分、転がせばイケる……! と拳を握り、アームを操作した。



「よし、コイコイ!」



上手くアームを操作し、もう一度箱を持ち上げることに成功でき……穴に落っことすことが出来た。



「よっしゃ!」



小さくガッツポーズをし、搬入口から獲物を取り出す。中を開くと、ディスプレイ通りの物が入っていた。



「400円でゲットー。これだからUFOキャッチャーは獲れたら楽しいんだよな」



青臭い中学時代に鍛え上げた腕……! 少ないお小遣いでどうにかシルバーアクセサリーや欲しいものを獲るため、コツやらなんやらを掴み、UFOキャッチャーに勤しんだものだ。そのうち、壊れやすいから買った方が安いって気づいたけど……デザインが良いものはすぐ欲しくなる。



「あと一回……なんか獲れっかな」



まだ一回プレイ出来ることを思い出し、一番獲りやすい位置にあった箱を獲った。



「トラ様ー?」

「あ、高坂・梨園」



簡単に獲物を獲ることが出来、満足して近くにあった袋に獲物を入れていると二人が探しに来た。



「あら、UFOキャッチャー、してたんですの?」

「ああ。俺、結構得意なんだ」



梨園に獲ったものを見せ、「500円で二つ獲った」と得意気に言うと梨園の目が燃えに燃えた。



「ゲーマー魂が疼きましたわ……! 友好の証としてちゆさんになにかプレゼント品を獲って来ますの!!」

「え、まどちゃん別にい……」



梨園は高坂の制止も聞かず、一番奥にあったデカイ真っ赤なウサギのキャラクターの縫いぐるみを一発で獲ってみせた。



「ええぇぇぇ……お前凄すぎだろ……」

「ふふっ! ちゆさんのために頑張りましたわ!」



唖然とする俺を尻目に梨園は、えっへん! と胸を張って「あげますわ、ちゆさんのために獲りましたの」と笑う。



「ありがと……まどちゃん」

「友情の証ということにしてくださいませ。……その代わりと言ってはなんですが、プリクラを一枚撮りませんこと?」

「撮るわ」



まだ30分も話してないだろうに……本当に二人は波長が合ったようで、即決でプリクラを撮りに行った。



「やれやれ……外で待ってた方が良いみたいだな」



俺は口ではあきれたようにそう言ったが、「虐められていた」と言っていた友達の少なそうな高坂。その彼女に一人、梨園という新しい友達が出来たことは嬉しく、外で待つのは満更でもなかった。





「楽しかった……」

「良かったな」



高坂はでかいウサギを抱えながら素直に、こくん、と頷く。



夕方になってそろそろ……と梨園とゲームセンターで別れ(今度はもっと大勢で遊びましょう、と言われた)俺と高坂は駅前のベンチに座っていた。



高坂の迎え待ちだ。



「……山月くんは?」

「ん?」

「わたしだけ、楽しんでたんじゃないかしら……?」



今日、遊んだ場所は……わたしがいきたいこと、したいことばっかり。




そう少し申し訳なさそうに言ってきた高坂に「そんなことねぇよ」と返す。



「ちょっと高坂のお兄さんにはビビったけど……ファーストフードは飯代安く済んだし、ゲームセンターでプリクラはアレだけど……UFOキャッチャーで好きなもん獲れたし……」




たくさん楽しくて嬉しそうな高坂見れたし。




「……!」

「……だから、良いんだよ。楽しかったんだから!」




恥ずかしい言葉を無理矢理そう誤魔化した。こういうキザな言葉をサラッと言えるやつはどうかしてる。高坂の顔を見れず、そっぽを向く。でも、いつだって高坂は、じっと目を見て話そうとしてくるから、困る。



「山月くん……耳、真っ赤よ」

「うっせぇよ……夕日だろ夕日」

「耳だけ、真っ赤」

「~~っ言うなよっ」

「わたしは、いうの」



真っ直ぐな視線に焼き殺されそう。高坂を見ないようにし、俯いて話題を変えた。



「あーあー、梨園と仲良くなってたな」

「……うん。友達になって、って言われてびっくりしたけど、とってもうれしかった。さっき会ったばかりなのにとても仲良くなってあだ名で呼び合って……でも、わたし、きみ、わるくなかったかしら……」



昔のトラウマを思い出しているのだろうか。高坂は少し不安げに目をふせる。俺は即座にそれを否定した。



「梨園はそんなこと一切言わねえし、思いもしねえ。クラスに変なやつばっか居るからな」

「そう……ふふふ……今日はたくさんうれしいことばかり」



心なしか高坂の声が弾んでいる。ああ、本当に楽しかったんだなあ、と思うと誘って良かった、という気持ちになる。



「あ、高坂、これやるよ」

「これ、さっき獲ったの?」



耳の赤みも引いた頃、二つ獲った景品のうちひとつを高坂の手に載せた。



「きっと安物だけど、色、ピンクだし、二つも要らないからやるよ」



俺が気に入ったブレスレットのデザインとは輝石色が緑ではなく、桃色で違う。そんなにゴツいデザインじゃないし、高坂がつけても違和感ないんじゃないかと、思った。



「いいの?」

「ああ。似合うかどうかわからないけど……」

「つけてみる」



高坂はそっと黒い箱を開け、ブレスレットを右手首に巻き付けるがうまくつけられない。



「手がふるえて……」

「は!?……ちょっと貸してくれ」



なぜブレスレットをつけるだけで手が震える……。俺は高坂の手を取ってブレスレットをうまく手首につけてやった。



「これで……よし。どうだ?」

「……」



高坂の細い手首で揺れる銀のブレスレット。桃の輝石は夕日を反射して光っている。



高坂はそれを大事そうに左手で触り、お礼を口にした。



「山月くん、ありがとう……一生大切にする」

「いや、一生って……っ!?」




――――宝物にするから。





――記憶は定かじゃないけど、何度か生返事を繰り返しているところに高坂の迎えの車が来て、上機嫌な高坂と別れた。



俺は、高坂と座っていた駅のベンチで空を仰ぐ。――4月に会ったとき、あんなに暗かった空が随分明るくなった。




「もうダメだろ……ホントもう……あああ……」




あーあー、言いながらさきほどのことを思い出す。




バチィ!



そのときのことをなんと表現したら良いのか――とにかく身体に電流が走ったような衝撃。いや、電流よりも電撃と言った方が良いかもしれない。本当に漫画みたいな衝撃ってあるんだな、って思った。




ほんの一瞬だった。




でも、その一瞬は……ずっと長い一瞬だった。



――……高坂がふんわり、と一瞬微笑んだのだ。




嬉しそうに安物のブレスレットを握りしめて……目を細め、口元を緩めた。




俺の心臓が無駄に動いて、目が点になった。



もう、表情が欠落した高坂が笑うなんて貴重とかそんなレベルじゃない。



その笑顔は、絶滅危惧種より守るべきものだと思った。



……ようは言語がゲシュタルト崩壊するほど衝撃で、言葉では言い表せないほど綺麗過ぎて俺の心臓が撃ち抜かれたってことだ。



「あああ反則だろ高坂ぁぁぁ……」



俺の語彙ではこう言うのが限界だ。



そもそも、高坂という存在がイレギュラー。



あんな美人に微笑みかけられた、



「ほれてまーうーやろー」



俺自身、なにかが崩壊中だった。



こんな古いギャグ、高坂に前でやったら「0点」とバッサリ切られるかな、と思って笑った。




「まだGWは初日なのに度肝抜かれるばっかだ、畜生」





俺はなぜか悔しそうに呟いて、苛立ち紛れに落ちていた空き缶を思いっきり蹴った。



カンッ!



結局、夕日をバックにくるくる舞った空き缶は綺麗で、苛立ちは増すばかりだった。



END

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