第3話 旅支度にて
この世界は、もとの世界よりも文明の発展が遅い。コンビニもスーパーもないので数日旅行ともなれば、忘れものは致命的だ。
病的なほどに心配症な俺との相性は最悪、出来るものならネットを使って、『異世界、旅行、持ち物』と検索してやりたいが、当然、そんな技術あるはずがないので、俺は何度目かになる持ち物チェックに勤しんでいる。
ーー迷う、どの本にしようか……?
ベルと晴香さんとは、現地集合ということになっている。
当然、50キロなんていう狂った距離を俺が走れるワケもないので"神台"のワープ機能を使う。
ベルには、『アレくらいの距離、私が
確かに、彼女にとっては人間2人抱えて走るくらい造作もないことなのだろうが……想像しただけで恥ずかしすぎるだろ、俺!
色々と大変な旅行になる気はしていたが、行く前に大変なことになっしまうとは……。
まさか、もとの世界での知り合いに会おうなんざ、想像もしなかった。どうしたものか……。
「なにボーッとしてるのよ、もしかして帰りたくなった?」
振り返れば、少しだけ寂しそうな面持ちでこちらを見下ろすエミがいた。
「自分でも、意外なことに全くそれはないな。まぁ、驚きはしたが」
妹は、愛莉矢は、俺のことが嫌いなのかと思っていた。いや、嫌いだったはずだ、それだけのことを言ったんだから当然だ。そんな彼女が俺のことを心配しているだなんて、思いもしなかった。
詰まる所、『消えていなくなってしまえ』とまでは思っていなかったのだろう。我が妹ながら、女神のごとき寛大さだ。いや、ただの憐憫なのかもしれない。
「あっそ。
それで、あの
「まぁ、どうにかして帰すしかないわな」
先は長そうだ、思わず溜息が出る。
「方法を探すために、2回も街に行くワケ?」
語尾に『ワケ』が続くとき、それは彼女の機嫌が芳しくないときだ。
誤魔化すべきかいなか、迷いどころだが、嘘を付いてもすぐばれる気がする。
「いや、関係ないかな。
ただの、興味本位だよ」
「それなら行かなくてもいいじゃない……」
不安そうに俯くエミの姿に、思わず頬が緩んだ。
「俺が言えることじゃないが、心配しすぎだよ。
トラップもしっかり仕掛けておいたし、アイルスやピーちゃん、それにルルもいるだろ? ベルも来ないように説得するし、ここまで来る奴なんてだれもいないだろ」
それでも彼女は、まだ浮かない様子、それどころか俯いて拗ねるように口を窄めてしまった。
「違うわよ……」
「え、そうなの? ならなんで?」
今回の旅行は、あくまでベルとの約束を履行するためのものであって、別に街に移住しようなんてこれっぽっちも考えていない、エミもそれは解っているはずだ。
「また……また、ベルと変なことするんじゃないの!?」
真赤な顔で叫ぶエミ。
ーーそういうことか。
「ないない、今回は晴香さんもいるんだし、そんな雰囲気にはならないよ」
「そうね、それもそうよね」
やっと安心できたのか、大きく息を吐く。
ちょうどそのとき、勢いよく扉が開け放たれた。こんな溌剌と扉を開けるような元気のいい奴、うちには1人しかいない。
「甘いっす! 2人とも鈍感過ぎっす!」
案の定、現れたのはアイルスだ。
彼女は、ルルを背負いながら、その行動とは裏腹に、悟りを開いたかのように静かな顔をしている。
数日前、『
その後ろから、ピーちゃんもひょこりと顔を出している。
『ガシャン! ガシャン! ガシャン!』
「全く、同意見っす!」
「「いや、なんて言ってんの?」」
一応言うと、
ピーちゃんは、前方を指差し、後方を振り向き、へっぴり腰をになる。謎だ。
「勇者よりも、ハルカとか言う女の方が危険だって言ってるっす!」
「なっ!?」
目を見開いたまま硬直するエミ、なにをそんなに驚いているのやら。
何故か、室内がシンと静まり返ったが、その沈黙を打ち破ったのは、ルルだ。微妙に雰囲気は、彼女の独壇場と言っていいだろう。
「ご主人、寂しい?」
彼女は、いつものようにヌボーっとした面持ちで小首をかしげた。
「え、なんで?」
「しばらくお別れ」
あぁ、そういうことね。
たかだか、1週間程度だ、別に寂しくはないが、一応、肯定しておこうか。
「あぁ、そうだな。
ルルに会えないと思うと寂しいよ」
そう言ってやると、ルルは少しだけ満足気な顔をする。
すると、彼女はアイルスの背中から降りて、右手をこちらに差し出してきた。
「ならこれをあげる」
「え、なに?」
「これがあれば寂しくない」
ルルが俺になにかをくれるなんて初めてである。それどころか、彼女が誰かに何かを与えることなど今までで1度としてなかったのではないだろうか。
俺は、ちょっと感動しながも、手を伸ばした。
「これは……」
ハンカチだろうか?
ピンク色の滑らかな布地に、精緻なレースのあしらわれた……。
「食事係の部屋から貰ってきた」
「へぇ〜、ちなみにこれがなんであるのかは、解ってるのか?」
おぉ、解っているようだ。
自信ありげな面持ちで、目一杯に胸を反らしている。
「愚問、これはパンツ」
ーーですよね〜!!
俺の手の上にハラリと広がる可愛らしいパンツ、よりにもよって持ち主は、エミらしい。
「ギャーーーーーーーーーーー!!!!!」
こうしてやっと、街での生活が始まるのであった。
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